受け継ぐもの
そこからはひたすらワープを覚えた。
魔力がいまいち足りてないからなにも省略できないので呪文はもちろんのこと触媒の使い方から身振り手振りまで覚えないといけない。
昼になってユーリアが帰ってきたけど覚えきれず、昼食休憩ということで屋敷に三人で戻ったりしたけど、なんとか覚えきるのに夕方近くまでかかってしまった。ユーリアは屋敷に残って、俺は小屋で特訓した。
「ふむ、なんとか使えるようだね。良かった。もう少し時間かかるかなと思ったけど、思ったより早かったね」
これは想定より頑張ったと褒められていると取るべきなのか、期待されていなかったと嘆くべきなのか。
まあたぶん使えるようになったから、今となってはどっちでもいいけど。
「必要魔力を抑えるために転移場所に触媒を置いて脳内に記録しておかないといけないことは理解してるよね。だからその転移する場所に一度僕の魔法で行こうか」
ワープの概略は聞いているのでそういう手続が必要だということは覚えていた。
魔力が高くなれば徐々に省略していけるようだけど、今の能力では無理だ。
「万一転移門と干渉してはいけないので、外で開こうか」
小屋から出てからクレイトさんが呪文を唱えると地面に円筒状の光が立ち上がった。だいたい人一人が入れる程度の大きさだ。
「先に行ってるよ。僕が消えたらすぐに追いかけてきてくれ」
そう言ってクレイトさんは光の中に入っていく。体全体が入った瞬間消えた。転移門と同じ感じだ。俺も慌てて後を追った。
気づくと全く別の場所にいた。
足元に立ち上がっていた光は消えている。ごごご、と何やら凄まじい風の音のようなものが聞こえるが、
風は吹いていない。
周りは白い煙のようなもので視界を覆われている。しかし自分たちがいるところは不自然なまでに普通だ。
「ようこそ、僕の宝物庫へ。ここはある軌道で飛んでいる浮島の上だよ」
浮島?! その割には普段どおりに出来るけど。
「魔法で保護してるからね。してなければ空気は薄い、風は強い、寒すぎる、でとても人間は普通にしてられないと思うよ」
ああ、なるほど。空気薄いってことはそうとうな高さにあるんだな。高いから気流とかあって風がすごいし寒いのか。
「さあ、こっちだ」
岩肌が見えるところへ移動する。
ただの崖の壁にしか見えない。
そんな壁にクレイトさんが手をかざすと音もなく穴が空いた。昔のアニメとかに出てきた、岩肌に見せかけたドアみたいなものかな。
「ここは、ここに扉があると知っているものにしか反応しないようにしているんだ。後々ユーリアにもここに来てもらうつもりだけど、それまではリュウトに任せたいからね」
クレイトさんについていって、中にはいっていく。
中は石壁で作られたダンジョン?みたいな感じになっていた。通路があって部屋があって各部屋には扉が、みたいな。
「そうだね、ここはダンジョンだと言っていいと思う。ただここに来るのは非常に困難だと思うから守護者の数は少ないけどね」
そういえばところどころに石像が置いてあったりしてるな。ゴーレムだったりするんだろう。
「すでに僕の本名を知ってるものには反応しないようにしてるからね。そうでないなら今頃リュウトはミンチになってるよ」
ははは、そう聞かされると急に石像が怖くなってきた。
「これらはミスリルゴーレムだからね。僕でも破壊は苦労するやつだよ」
ミスリル! 有名なやつだな。ミスリルがあるならエテルナ・ヌイでも用意したらすごい戦力になるのでは。
「たしかにそうだけどミスリルは貴重だからね。エテルナ・ヌイには過剰な戦力、というか目立ちすぎてしまうからね。それに万一のためここの防衛力は下げたくないし」
いくつかの扉をくぐり、部屋を抜け、罠を回避しつつ進んでいった。
クレイトさんに教えてもらってないと速攻で死んでたな、というレベルの凶悪さだった。
「こんなところに来るやつが迷い込んだなんてことはないからね。泥棒に容赦はしないよ。幸いここに来た泥棒は今までにもいないからあれらが役立ったことはないけどね」
今後も永遠に役立たないでほしいな。
「さあ、ここだ。合言葉は先程教えたとおりだ」
俺が教えてもらった合言葉を言うと、大仰な金属で出来た扉がゆっくりと勝手に開いた。
中は真っ暗だったが、俺たちが一歩入った瞬間ライトの魔法が発動したようで明るくなった。
大きな棚がいくつもならんでおり、そこかしこに大きな宝箱が置いてある。奥の方にはドラゴンが座っていてもおかしくないような金貨の山があった。
「いちいち金貨を宝箱にしまおうとしたら宝箱がいくついるのか分からなかったからね。あと言っておくけど、これらは人間から奪ったものじゃないからね。ほとんどは僕から見ても伝説の時代からあったようなダンジョンから持ってきたものだよ。もともと死蔵されていたものだから経済も乱していないはずだ」
そういったものならあまり表に流通させない方が良さそうですね。
「肝心なことを聞いていませんでしたが」
俺があらたまって念話ではなく言葉に出して聞く。
「うん、なんだい?」
「何故俺をクレイトさんの宝物庫へ?」
「ああ、確かに重要なことを言っていなかったね。正式にリュウトには僕の弟子、跡継ぎになってもらおうと思ってね。僕の持つ全てを引き継いでほしいんだ。いつ僕がいなくなってもユーリアが困らないようにね」
「なら確かにさっきも言ってましたが、ユーリアのためなら直接ユーリアにだけ引き継いでもらった方が良かったのでは?」
クレイトさんは困ったような顔をした。
「ユーリアはまだ幼い。もうしばらく保護するものが必要だ。僕を消す力がたまるのに約一年。エテルナ・ヌイの皆を優先しても最短で二年だ。二年では僕のすべてをユーリアが自分で受け継ぐことは出来ないだろう」
「えっと、それは……」
「僕にみなまで言わせる気かい? リュウトの想像通りさ」
「正直、自信はないです。俺今まで他人の人生を背負うなんて真似したことないですから」
「誰でも最初があるさ。僕だって最初はいろいろと考えたさ。そして僕はそれを放棄して不死になったような男だぞ? けどリュウトはそんな人間ではない、と僕が判断した。それだけのことさ」
体が震える。
しかしいつかは背負うものだ、今の生活を続けるなら。続けたいなら。
クレイトさんは近々いなくなるのは確定してるんだ。
クレイトさんだけじゃない、ドゥーアさんたちエテルナ・ヌイに住むアンデッドの皆もいなくなる。
幸い屋敷の皆やグーファスやレミュエーラは残ってくれるだろう。けど今はクレイトさんがいてこそだ。それを受け継がなければならない。
自然と涙があふれる。悲しいわけでも悔しいわけでもない。
しかしなんらかの感情があふれてきてしまったんだろう。
自分ではそれが何なのかわからない。
しかし、この涙にかけてもクレイトさんからの思いを受け取らなければならない。
「はい、命にかけてもユーリアは守ります。守らせてください。クレイトさんが安心して旅立てるよう努力します」
俺は全身全霊でもって言ったつもりだったが、クレイトさんに笑われてしまった。
「命はかけなくていいよ。今となってはリュウト、君も僕の大切な人だ。そんな君に死なれたら僕は困る。たとえユーリアを守るためだとしてもね。だって君がユーリアをおいて死んでしまったらユーリアはきっと悲しむ」
ああ、それはそのとおりだ。気をつけないとすぐに自分を捨ててしまう考えになってしまう。
……民族性なんだろうか?
「それもそうですね。命を捨てずに、がんばります」
「ああ、そうしてくれ。捨てることが出来る命があるだけ、ましなんだからね」