瞬間移動
「夜にエテルナ・ヌイに戻るのは危険だから今日は屋敷に泊まっていきなさい」
屋敷に帰るなり、クレイトさんにグーファスがそう言われた。
確かに俺とかユーリアならスペクターの護衛がつくからまだなんとかなるけど、グーファス一人に帰らせるのはやばいかもしれない。
万一そんなタイミングで異種族が襲ってきたらやばいしな。
それにグーファスは昼間見る限り子どもたちに気に入られてるし、たまにはこっちでゆっくりお客さんとしているのもありだと思う。
「今日は食事の後で風呂も用意するから入っていくといい」
お、今日は風呂があるのか。ユーリアに石鹸を渡すいいタイミングかもしれない。
今日もビルデアさんの料理は、安くついているはずなのにうまい。
グーファスもびっくりしてたな。
ビルデアさん冒険者じゃなく店持ったら流行るんじゃないか?とすら思うね。
絶対毎日料理目当てに通う人出てくるよ。
……ビルデアさんに出資して店やってもらって、身の振り方決まってない子どもたちをそこに務めてもらうってのもありか?
まあ今考えることじゃないか。
「リュウト」
食事が終わってからクレイトさんに呼び出された。なんだろう?
簡単なことなら念話で済ますはずだし。
「明日はちょっと一日僕に付き合ってほしい」
「あーはい、ユーリアと一緒にエテルナ・ヌイへ行く日課以外特に用事はないので構いませんよ」
「それも明日はグーファスに任せて、僕についてきてほしい」
え、ユーリアより優先しろというのはただ事じゃないぞ。
「はい、分かりました」
何があるのか心配だが、ユーリアが風呂に入ってしまう。
慌てて部屋を辞して、ユーリアを探す。入る直前だった。
風呂場に向かうところだったよ。
「ユーリア」
「ん? なあに?」
慌てて石鹸を出してユーリアに渡す。
「これ、使ってみてくれ。今日買ってきたんだ」
「なあにこれ?」
んー、改めて簡潔に説明するの難しいな。
「シムーンさんなら知ってるんじゃないかな。体をより綺麗にするやつだよ」
「わあ、そうなんだ。ありがとう」
「ああ、あとこれも」
香りつきの石鹸のかけらも渡す。
「同じやつなんだけど、いい香りが付いてるやつだ。これ量少ないけど試しに使ってみてほしい。こっちのほうを気に入ったらまた考えるから」
「わー何の香りだろーほんとにいい香り。ありがとー使ってみるね」
グーファスと何気ない会話をしていたら俺たちの風呂の番になった。
今は恐れ多くもクレイトさんが火加減を見てくれている。
男性スタッフ陣全員で風呂に入れ、ということらしい。
別に臭くないからクレイトさんなりの優しさなんだろうけど、まったく偉ぶること無いから逆にビビるってやつだ。
まーそんな感じで男の子どもたちを含めた、クレイトさんを除く野郎全員で風呂に突撃することになった。
普段は俺がルクスの世話をすることが多いが今日はジャービスさんも一緒なのでジャービスさんが面倒を見てくれている。
風呂場に入ってみると目立つところに半分に切られた石鹸が鎮座していた。
あーやっぱり皆で共用となったか。しかも半分に切ってまで野郎にまで分けてくれるとは……、ちょっとユーリアを舐めていたようだ。
こんなことなら最初から屋敷の分として買ってきたら良かった。
と、少し反省したものの、ありがたく使わせてもらうことに。
幸いスタッフたちは全員石鹸を知っていたので俺が指南する必要はなかった。
普段から湯船に浸っているから体が脂っぽいとかはなかったけど、頭とかはなかなか厳しかったから助かる。
むしろみんなそれが当たり前で石鹸でさっぱりするのに違和感があったようだ。
けど気持ちいいと評判だ。
これは石鹸の導入は決定だな。
問題は値段だけどクレイトさんがいつもお金に糸目はつけないみたいなこと言ってるから大丈夫だろう。
清潔になれば病気になる可能性も低くなるし、いいことだらけだ。
そういえば香りつき石鹸のかけらは置いてなかった。
さすがに一回使っただけでなくなるほど小さいものではなかったし、ユーリアが独占してくれたんだろうか。
風呂から上がったら分かる気がする。
いい気分で風呂から上がってきた。
ここでコーヒー牛乳かラムネあたりを飲みたい気分だがさすがにどちらもない。
炭酸飲料とかこの世界にあるのかしら。
炭酸自体はあると思うんだけど見たことはないなぁ。
炭酸水があれば自作できないこともないんだがなぁ。なんか生姜っぽいものもあるみたいだからジンジャーエールとかなら作れる気がする。
けど、ユーリアたちが風呂上がりの俺たちに水を持ってきてくれた。
「はい、これ。ロメイさんが作ってくれた水だよ」
ユーリアに水入りのマグカップを渡された。ユーリアからは石鹸の香りがする。ちゃんと使ってくれたようだ。
「ん? これなんか味がするぞ?」
「ロメイさんが果物を水に入れて作ったんだよ。風呂上がりだとすごく美味しいでしょ?」
ああ、これレモン水とかいうやつか。妊娠してるとすっぱいものが欲しくなると言うし、その副産物かな。
確かに風呂上がりだととてもうまく感じる。
「ロメイさんが作ったって、クリエイトウィーターで出してくれたって意味だと思ったよ」
他の子たちもそれぞれ水を配ってくれている。んー? なんか皆から石鹸の香りがするなぁ。
「ユーリア、香りつき石鹸も皆に?」
小声でユーリアに聞いてみる。ユーリアも合わせて小声で答えてくれた。
「うん、私一人だけ使うのもなんだし、香りするからばれるしね。皆すっごく喜んでいたよ」
あー、うん、やっぱりか。
一人だけ香りがしたらそりゃおかしいし、ユーリアの性格考えたらこうなるのは当然だよなぁ。
うーん、ユーリアへのプレゼントのつもりだったけど、こりゃ切り替えて屋敷の衛生向上ということにしたほうが良さそうだな。
「シムーンさんとか、これが使えるなら香水とかいらないとか言ってた」
ふむう、俺を含めた野郎どもは普通のでいいけど、女性陣には香りつきの方がいいかもな。
「参考になったよ、ありがとう」
次の日。エテルナ・ヌイへの補充物資とかを持ったグーファスとユーリアと一緒に俺とクレイトさんも小屋へ戻ってきた。
そのままグーファスとユーリアはエテルナ・ヌイへ向かったけど、俺とクレイトさんは部屋に残った。
「さて、用件というのはだね、君にある魔法をぜひとも覚えてほしくてね」
「魔法、ですか。はい、もちろん覚えさせてください」
「実は今の君の魔力だと少々厳しい魔法なんだけどね、ちょっと都合でなんとか使えるようになってほしいんだ」
そういいつつ、机に何かを置いた。アクセサリかな?
「これらは魔力の向上が期待できる魔法のアクセサリだ。これで魔力を少しでも引き上げつつ、魔晶石を使ってでも使えるようになってほしい」
置かれたのはネックレスとイヤリング、それにブレスレットかな?
「これらは単体でも魔力を引き上げるけど、全部つけると相乗効果でかなり引き上げるというものだ。本来女性用なのでつけづらいとは思うが、つけてみてくれ」
まあネックレスは服に隠れて鎖の部分しか見えないし、ブレスレットは特に過度な装飾とか見えないので、抵抗があるのはイヤリングぐらいかな。
そのイヤリングもそこまで派手でないし、ピアスみたいに考えれば問題ない、かな。
「どうだい? 違和感はないかね?」
「はい、問題はないと思いますが、これで魔力が上がったかどうかはちょっとわかりませんね」
「ふむ……。では一度魔法を使ってみようか。クリエイトウィーターでいいんじゃないか」
マグカップを持って水を注いでみる。普段どおりに使ったのにあふれてしまった。確かに魔力が向上しているようだ。
「実験は成功のようだね。それで魔力が足りるかどうか分からないが」
「それで何の魔法を覚えるんですか?」
「ワープの魔法を覚えてもらいたい。簡単に言えばすぐに効果の切れる個人用の転移門みたいなものだ」
「え、そんなのあるんですか?」
「今の世では遺失してるようだけどね。ただぜひともこれを覚えて君にも行ってほしいところがあるんだ。僕がいる時なら他人を送り届けることもできるワープポータルもあるからいいんだけどね」
なんだかよくわからないが便利そうな魔法だから覚えられるなら覚えておきたい。