野心がない
「そうだなぁ、同じ護衛をするならエテルナ・ヌイで、の方がより力に見合うかもしれんな。なにせ颶風竜様がおられるのだから」
「まあ確かに腐竜の討伐を考えられるような方がおられたならエテルナ・ヌイの安全は保証されたものではありますが、さすがに護衛のためだけにラピーダ殿のような方を迎え入れる余裕はエテルナ・ヌイには……」
「ふむ、それもそうか。まあラピーダ殿たちの好きにしてもらうか。ラカハイでの自由は私が保証しよう」
『僕は領主殿を過小評価していたようだ。彼はやり手かもしれない。戦力として期待できそうなラピーダ殿をひきとめようとしている。僕を名目上とはいえ配下に加えたのもそのためだろうしね』
俺は話を聞きながらもこそっとメイドさんが持ってきてくれた、たれ焼き鳥を日本酒とともに頬張るのに忙しくてあまり頭を働かせてなかった。
そんなに戦力って必要なんですか?
『エテルナ・ヌイが滅んだのも過剰な戦力の敵が来たせいだし、都市連合と帝国がきな臭そうだしね。ラカハイは一定距離離れているから影響は少ないだろうけど警戒するに越したことはないよ』
そういうものなんですね。最近は平和すぎてそこまで考えてませんでしたよ。
『僕の狭い見識だけだが、この町はすごくいい町だよ。領主も人がいいし、宗教関係者も出来た人だったし、治め方がいいのか住民も良い人が多いと感じるしね。他のところはこんなものではないよ。冒険者崩れのごろつきが徒党を組んで町中を闊歩しているような所もあるしね』
そうなんですか。良い世界だなと思ってたけどここらへんだけだったのか。
「話はこのへんで終わりかな? ならばあとは食事を楽しんでおくれ。ああ、この場所はそのまま使ってくれて構わない。メイドとかに料理を持ってきてもらうといい。遅れている大司教様も来られたらこちらに呼ぶことにしよう」
「え? 大司教様って聖王教の大司教様ですか?」
アンソニーさんが食いついた。
「うむ、本日は大司教様もお呼びしている。ちょっとした急用で遅れてしまうとのことだったから、もうしばらくしたら来ると思う。アンソニーくん、君も紹介しよう」
「ええ、是非に」
アンソニーさんにとって、成果のある話になったようだ。
しかしこの体がライルさんのものだとしたら、ラピーダさん可哀想だな。かといって俺にもライルさんのことは一切分からないから、この体はライルさんのものかもしれない、と言ってもどうしようもないしな。
そもそも今の俺にはユーリアを守る、という役割があるからな。
簡単にそれを放棄はしたくない。
そのユーリアはうまいものを食べて幸せそうにしてる。
いい笑顔だ。
さて、俺もいい笑顔になるかな。日本酒っぽいのを飲んでみる。
元々そんなに飲み慣れてはいなかったけど、美味しいやつは美味しかったし、これはどうかな?
んー、確かに日本酒だけど、正直そんなおいしくはないな。
けどご飯に合うお酒としては十分に合格点は出せそうだし、料理に使うには十分な感じだ。あとは手に入るかどうかだな。
「お話は終わりましたかな?」
部屋に使用人に連れられて大司教が入ってきた。
「おお、大司教様。お迎えにも行けず申し訳ない。はい、今しがた話は終わりました。立食で案内しておりましたが、このように都合で席も用意しましたので、どうぞこちらへ。それとも立食のほうがよろしいでしょうか?」
「流石に年をとってしまいましたので席があるならその方が助かりますな」
「わかりました。今上座を用意させますのでしばらくお待ちを」
「いやいや、一宗教者である私のために今から用意するに及びませんよ。隣、よろしいかな?」
うお、いきなり俺にふられた。
「ええ、いや、はい。俺……私は構いませんがよろしいのですか?」
「ええ、ユーリア様もクレイト様もたいへん面白いですが、私は貴方も面白い人物だと思っていますからね」
「え? なんでですか?」
「失礼な物言いになってしまっていたら申し訳ないですが、私から見たら貴方には野心というものがさっぱりないように見えるのです。たいへん面白い位置におられるのにね」
思わず食事の手が止まってしまう言葉だった。
こっちの人に野心があるのは当然なのかもしれないけど、元の世界に野心なんてものがある人って、少ないよな。
少なくとも何らかの才能を持っていると思い込めてないとあの世界で野心とか無理だし。もちろん俺なんかが野心など持てるはずもなく。
それはこっちに来てからも同様で。
いろいろできるようになったとはいってもそれだってこのライルさんかもしれない体あってのことだし、出現した場所というか境遇の運が良かったと言わざるを得ないし。
「はあ、そういうものですか?」
なんともきまりの悪い発言を思わずしてしまう。
大司教はそれをにこやかに受け止めた。
この人、なんか別の意味ですごいな。
いい人だとは思うけど、なんか底が知れない。
そういえばクレイトさんがこの人、クレイトさんの正体を見抜いているかもしれないとか言ってたな。
……ないとはいえないかもしれない。
「それにしても見慣れないものをお飲みですな。何というものですか?」
興味が俺の飲んでいた日本酒に逸れたようだ。
「ええ、これは日本酒というお酒です。帝国のものらしいですよ。あそこにいるアンソニーさんが持ってきてくれたものらしいです」
「ほう、帝国産ですか。それは珍しい。帝国のものがこの国に入ってくることは少ないですからね」
「へぇそうなんですね。そういえばアンソニーさんも大司教様とお話がしたいとか言ってましたよ」
あからさまにアンソニーさんに話を振ってみる。
俺の言葉を聞きつけたのかドニーさんも会話に入ってくる。
「大司教様、アンソニーくんは帝国のゴールドマン商会の商会主でしてね。ラカハイにも支店を置きたいとのことでやってきたのですよ」
アンソニーさんが大司教の前にやってきて挨拶した。
「ゴールドマン商会の商会主、アンソニー・ゴールドマンと申します。大司教様、今後もお見知りおきしていただければ幸いです」
「これはこれはご丁寧に。ご存知のようですが私は聖王教大司教のシャロムと申します。ゴールドマン商会は存じておりましたよ。よもやこのようなお若い方が商会主だとは思いませんでした」
大司教も立ち上がって返礼した。
「はい、つい最近父が亡くなりまして、その際にリュウト殿とユーリア様、クレイト様にお世話になったのが縁でございます」
「ああ、そうだったのですね。つい最近こちらに来たばかりでして、それは存じておりませんでした。申し訳ない。ということはお父上はエテルナ・ヌイに?」
「はい、ネクロマンサーに狙われておりましたので、お世話になりました」
「なるほど、こちらに支店があれば墓参りも行きやすいですしな。それにこの町に帝国系の商会は確かなかったはずですし、この町は伸びますぞ。いいところに目をつけられましたな」
「はい、ありがとうございます。日本酒にご関心があるようですが、教会にお送りしましょうか?」
「あーいや、別に当教が酒を禁じているということはないですが、それは遠慮させてください。快く思わない者もおるでしょうしな。しかしこのような場で飲む程度であれば眉をひそめる者もおらぬでしょう」
しまったという感情がでまくりの顔をしてるなアンソニーさん、こういうのは苦手なのかもしれない。
けど商会主なら今後もこういうこともあるだろうから経験になるといいな。
……これ俺がふったから悪いってことないよね。
クレイトさんは今のこちらの様子を見ながらにやにや? にこにこ、してる。
ユーリアは食べるのに忙しいようだ。
ラピーダさんはアンソニーさんの護衛も兼ねてるとのことでアンソニーさんの近くで立っている。
「まぁまぁ、そんなことで人の評価を下げるような真似はしませんよ。もっと気楽に、ね。せっかくの食事会ですし、私は後から来た身、皆で楽しんで食事をしましょう。ユーリア様のように」
一心不乱に食べていたユーリアが急に話をふられて、「はっ?!」とした表情でこちらを見る。
軽く笑いが起こった。
俺も笑ってしまった。
一瞬緊張した空気が流れたけど大司教のジョーク?で一気に場は和んだ。
やっぱりこの人只者じゃないや、いやそりゃ大司教なんだから只者じゃないのは明らかなんだけどさ。