ライル?!
「ライル! 生きていたのね。こんなところで何やってるの?」
いきなり知らない人の名前で俺を呼んでくる女性が俺の前に迫ってきた。
「おねーさん、この人はライルじゃなくてリュウトだよ」
ユーリアが俺の前に立ってかばってくれる。
「申し訳ないですけど、俺はリュウトって名前です。ライルって誰ですか?」
女性は驚きの顔のままで硬直してしまった。
俺はつけていた指輪の宝石をなでて、クレイトさんに助けを乞うことにする。
えっと、休憩中申し訳ないです。トラブルです。なんか俺を別人の名前で呼ぶ人が現れまして……。
『ん、それはもしかして……』
ええ、俺もそう思いました。たぶん元の体の人との知り合いなのでは……。
『分かった。すぐにそちらに行くからなんとかスルーしてくれ』
はい、わかりました。
「そ、そうなんですか……。けど本当にそっくり……」
俺だけじゃなく小さな女の子が別人だと主張してるおかげか最初の勢いはなくなってくれたようだ。しかし明らかにまだ疑っているようだ。
「失礼しました。私は破術師のラピーダ・ペラーと申します。ライルは私が参加しているパーティー、ファニーウォーカーのリーダーです。失礼ついでに一つ術を使用してもよろしいでしょうか? もちろん害があるものではありません」
と目の前の女性が丁寧に頭を下げた。
パーティーってことはこの人も冒険者なのかな?
破術師ってなんだ?
初耳だ。術を使うって、危なくはないのかな?
『破術師がいるのかい? パーフェクトイリュージョンを重ねておいて正解だったな。たぶんアストラル界を見るだけだろうから術を使ってもらっても大丈夫だよ』
クレイトさんからの注釈が飛んできた。特殊な能力を持った冒険者みたいだな。
アストラル界、なんか聞いてことあるけどなんだっけ。まあ今はいいか。
「周りの迷惑にならないものでしたら別に構いませんよ」
警戒心丸出しだったユーリアも相手の丁寧な物腰に警戒心が揺らいだようで、俺の横に移動した。
手を繋いできたので大丈夫だという意味を込めてギュっと握り返した。
「ありがとうございます。大したものではないので」
いったんラピーダと名乗った女性は目を瞑った。再び開いた時、その目が光っているように見えた。ああ、これがクレイトさんがさっき言ってたアストラル界を見る、ってやつかな?
「本当に失礼しました。魂の色がライルとはまるっきり違いました。他人の空似って本当にあるんですね」
「人間の魂だったろう? ドッペルゲンガーでもなかっただろう」
「あ、クレイト師」
クレイトさんが駆けつけてくれた。
「あなたは……」
「僕はクレイト、魔法使いで彼リュウトの師匠だ。破術師とは珍しいね」
「はい、申し訳ありません。あまりにも似ていたものでして、本人でないとするならライルに化けたドッペルゲンガーの可能性も疑いました」
「まぁ破術師ならそう思うのも仕方ないかもねぇ。で、どうだったかねリュウトの魂は」
「はい、私が知っているライルのものとは全く違う色でしたし、もちろん人間のそれでした。ただ気になったのは、魂と体が完全に一致していない、なにか隙間みたいなものがあるように感じられて……」
今度はクレイトさんが俺をかばうような位置に立つ。
「ほう……それはいったいどういった意味なんだい?」
「いえ、破術師のみの隠語とかそういうわけではなく、事実としてそういう感じなのです。穴が空いていてすっぽりとその穴にリュウトさんの魂がはまっているような……、しかし完璧にはまっているのではなく一部隙間がある、という感じでして……」
「どうなったらそういうことになるのか、今までの例はあるのかい?」
「私が覚えてる限りですが、異界からの侵入者、魔族などがそういう隙間を利用するという話があったというだけで……。その魂に問題はなかった、と思います」
「ふむ、ご忠告ありがとう。リュウトの師匠として気をつけておくよ」
「はい、重ねて申し訳ありませんでした」
「どうされたのですか?」
今度はアンソニーさんまで駆けつけてきた。
「アンソニーさん」
アンソニーさんの名前を俺と破術師のラピーダさんとで、ハモってしまった。ん? ラピーダさんもアンソニーさんの知り合い?
ラピーダさんもハモったことに驚いているようだ。
「アンソニーさんのお知り合いだったのですか。これは本当に失礼しました」
ラピーダさんが焦ったのか何度も頭を下げてくる。
「ラピーダさんがなにかリュウトさんに失礼を?」
このままだったらラピーダさんの立場が悪くなりそうなので慌てて弁解する。
「いえいえ、ただの空似だったってだけですよ」
「はい、リュウトさんがお話したライルと瓜二つなんですよ……」
「ああ、ライルって君たちのリーダーだったという人か……。確かにもしライルさんがここにいたらびっくりするのも仕方ないね。リュウトさん、申し訳ないです」
「いえいえいえいえいえ、別になにかされたわけじゃないですから問題ないですよ」
「何故そのライルという人がここにいたらおかしいのか、教えてくれませんか? 似ているというのも一種の縁ですし」
クレイトさんが話を膨らませてきた。まー確かに知っておきたい。
「あまり楽しい話ではないのですがよろしいですか? せっかくの食事会ですのに」
「君達破術師も知っての通り、魔法使いってのは好奇心旺盛なんだよ。それに貴女とアンソニーさんの関係も聞いておきたいしね」
「分かりました。せっかくの立食の食事会ですが個室を借りましょう。借りてきますね」
アンソニーさんが仕切ってくれた。確かに立食の食事会でこういう事態はよろしくないのかもしれない。
しばらく微妙な状況で待っていたら、先程の執事さんがメイドさん数人をひきつれてアンソニーさんと共にやってきた。
「今部屋の用意させておりますのでもうしばらくお待ち下さい。あとせっかくですのでお料理やお酒などを部屋に持っていってもらおうと思うのですが、いかがでしょうか?」
メイドさんが揃って頭を下げてくる。メイドさんたちが料理をとって持ってきてくれるようだ。
「あ、そういうことでしたら、帝国料理の焼き鳥と日本酒というお酒ないですか?」
メイドさんの一人が答えてくれた。
「焼き鳥とニホン酒ですか? 分かりました。料理人に聞いてまいります」
まだ見て回ってなかったからあるかどうかわからないけど、もしあるなら料理人に直接聞くのだから持ってきてもらえるだろう。日本酒があれば料理がもっとはかどるしな。
「わたし、お肉食べたいー」
俺に続いてユーリアも頼みだした。メイドさんの一人が目線を合わせてユーリアから詳しく希望のものを聞いている。
それに続いてアンソニーさんもラピーダさんと話しながらなにかメイドさんに頼んでいた。
「お待たせしました。準備できましたのでどうぞこちらへ」
誰からも報告を受けてないはずなのに執事が俺たちを個室へ案内してくれた。
やっぱりクレイトさんと同じような念話を使ってるんだろうか。
領主の執事ともなるとそんなレベル、ってことなのかも。
招かれた一室には急いで用意したとは思えないほどきちんとしたパーティーテーブルが用意されていた。
そして何故か領主のドニーさんが座って待っていた。
「食事会の参加者に勝手されると困るのは私ですからね。なんの話か知りませんが私も聞かせてもらいたい」
「ははっ、まあ領主様に隠さなければならないってことではないですから私は構いませんがね。皆さんもよろしいですか?」
ラピーダさんとクレイトさんは頷いた。もちろん俺も。
ユーリアも遅れて頷いた。
多分真似しただけだな。