出会い
「なるほど、そういうことでしたか」
クレイトさんが書類にサインをしつつ、一部嘘を織り交ぜながらエテルナ・ヌイを墓場にした経緯を説明した。
嘘をついたのはユーリアと出会った経緯と孤児院をはじめた経緯だ。
ユーリアと出会った経緯はクレイトさんの正体を明かさないと説明できないし、孤児院の方は解決したけどそのときにあってはならないものがあったためだしなぁ。
重要な点はユーリアのギフトをドニーさんに教えたことかな。
ドニーさんもユーリアのギフトを高く評価してるみたいだし、言って良かったと思う。ユーリアの重要性を領主が認めたってことだしね。
「ただ、ユーリアのギフトについては喧伝はしないでいただきたい。世のネクロマンサーどもに狙われてしまうかもしれませんから」
「確かに。ユーリア……さんがもう少し大きければ話も変わりますが、まだ子供ですしな。大司教様が皆様に入れ込むのも分かってきましたよ。町での安全は私にお任せください」
「領主様の力強いお言葉、ありがたく思います」
執事がドニーさんに耳打ちをした。
「どうやら食事会の準備が出来たようです。ぜひご参加いただきたい。帝国料理も用意させましたよ」
おお、帝国料理がどんなのかは知らないけどコメとかマヨネーズとかの出処だから期待していいかも。
「使用人に案内させます。私はちょっと小さな所要がありますから、それをこなしてから顔を出させていだきますよ」
「そうですか、お待ちしておりますよ、ではユーリア、リュウト、行こうか」
三人で席を立って、入ってきた使用人について行く。
会場は一階の大広間だった。
思ったより広い会場に料理がたくさん並んでいた。
すでに食事会に参加するのであろう人が何人かもいる。見覚えのない方々ばかりだ。
『僕は端っこで座ってるよ、食べてきなさい』
クレイトさんから念話が飛んでくる。確かにこの場所でクレイトさんが活躍することはなさそうだ。
「ユーリア、好きなところに行っていいよ」
「えー、分からないからリュウトについてく」
俺も分からないんだけどな。でもまあユーリアが分からないのも仕方ないし、帝国料理とやらを探してみるか。
「分かった、一緒に回ろうか」
人が集まってる卓は避け、人のいない卓を見て回る。
見るからに高級そうな料理が並んでいる。が今は帝国料理だ。
「ん? あれは……」
遠くの卓で白いものが見えた。もしかすると米か? と思ってそちらにまっすぐ近づく。
その卓には皿の上におにぎりが並んでいた。のりは残念ながらないのかそのままだ。しかししっかり三角に握ってある。
「おおお? 三角おにぎりじゃないか!」
ユーリアを連れてその卓へ近づく。卓の近くに控えていたボーイが水の入ったボールを差し出してきた。
手を洗えってことっぽい。ありがたくユーリアとともに手を洗って、おにきりを手づかみする。
しっかり握られており崩れない。これまじで三角おにぎりだ。ユーリアを待たず思わずかぶりつく。雑貨屋で買ったコメよりだいぶとおいしい。
調理人の腕の差かそもそも米のレベルが違うのか。
……しかも具、これツナマヨじゃないか!
正確に言えばツナではなさそうな味だけど、魚っぽいし、マヨネーズなのは間違いない。
このマヨネーズも雑貨屋で買ったものよりずっと元の世界のマヨネーズに近い。
ということはイコールおいしい!ってことだ。ユーリアも一個とって食べている。
あっという間に一個食べてしまった。これは食いだめしたい。もう一個手にとってかぶりつく。
ん?!
具が違うぞ。
これは……おかかじゃないか。
ということは醤油もあるのか?!
慌てて卓を見回してみるが、残念ながら醤油や醤油を使っているっぽい料理は見かけなかった。
醤油があったらぜひとも手に入れたいところなんだけど。……しかしこの味懐かしいな。懐かしすぎて涙が出てきそうだ。
「リュウト、どうしたの? 大丈夫?」
様子がおかしい俺を見て、ユーリアが心配しているようだ。いかんいかん、動揺しすぎた。
「ああ、ごめんごめん、なんともないよ。ただ懐かしかっただけさ」
「これおいしいね」
ユーリアもおにぎりを食べていた。小屋で作った分はおにぎりとしては食べなかったから初のおにぎりの感想がそれか、嬉しいな。
「喜んでいただけたようでなによりです」
後ろから話しかけられて慌てて振り返る。
後ろに立っていたのはシンプルながら高級そうなスーツを着た紳士だった。
「アンソニーさん?」
「覚えていてくださったのですか。嬉しいですね。ゴールドマン商会のアンソニーです。ご無沙汰しておりました。本日はこの食事会の準備を任せられましたね。帝国から最高の素材と料理人をこちらまで運んできたのですよ」
ユーリアは俺の後ろに隠れていたが思い出してきたようだ。
「あ、アンソニーさん、こんにちは」
「ユーリア様、こんにちは。そのまま社交界にデビューしても良い美しさですね。帝国の料理もお気にいってくださったようで、苦労した甲斐があったというものです」
ユーリアは歯の浮くようなお世辞を言われて顔を真赤にして再び俺の後ろに隠れてしまった。
「ところで何故ここに? 確かこの町に商会の支店はなかったのでは?」
「たまたま支店を開く許可を得に、領主様に挨拶に来たところ、帝国料理を振る舞いたいと相談されましてね。私共は帝国出身の商会ですから伝手ならたくさんありましたからね」
「おお、それではラカハイに支店が?」
「リュウトさんやユーリア様が気に入っていただけたのなら許可は得れそうですね。ありがとうございます」
「そうだ、醤油! アンソニーさんの商会では醤油取り扱ってますか?」
「ショウユですか? ちょっと私にはわかりかねるので帝国の者に聞いておきますね」
「はい、お願いします。是非手に入れたいのです」
「そんなに素晴らしいものなのですね。分かりました善処します」
「アンソニーさんの店で手に入るようになったらどんなに食生活が満たされるか……」
「ははっ、責任重大ですね。ところでクレイト様はどちらに? 挨拶をしておきたいのですが」
「あ、はい。クレイト師ならあちらの方でお休みになられているかと」
「ああ、あちらですね。ありがとうございます。それでは、また」
紳士的な挨拶をして、クレイトさんの方へ歩いていった。
「ねえ、リュウト。ショウユってそんなにおいしいの?」
俺の後ろに隠れていたユーリアが真顔で聞いてきた。まあそりゃそうだ。
「ああ、俺にとっては、ね。しょっぱい味だから好みはあると思うけど、いろいろな料理に使えるんだ。醤油を使ったやつ、ここにあるから食べてみるかい?」
「んー食べてみようかな」
さすがに食べかけを渡すのはアレなので新しいのを探すか。おかかをとったあたりのおにぎりをとって割ってみる。よし、当たりだ。おかか入りのおにぎりをユーリアに渡す。
「俺は大好きなんだけどな。ユーリアの口にあうかな?」
「食べてみるー、ありがとね」
ユーリアは小さな口を大きく開けておにぎりにかぶりつく。
「お魚の味がする。確かにしょっぱいけど、これおいしいね」
「たぶん俺の知ってる魚じゃないけど、調理方法は同じなんだと思う。魚じゃなくて黒っぽい色と味が醤油な。もともとは液体なんだよ」
「そうなんだね。コメと一緒だとおいしいって感じがする。でもパンにはどうだろ?」
「米にはあうけど、パンにはなかなかあわないだろうな。でもこれ野菜や肉とかには合うんだぜ」
「へー、そうなんだ。手に入ったらいいのにね」
「だなぁ」
おにぎり二個も食べたし、他も食べてみたいからおにぎりはこれぐらいにしておくか。
会場内の人は来た時点よりかなり増えていた。まあ誰が誰だか分からないんだけどね。
けどアンソニーさんもいたから仕事関連の人も多いのかもしれない。ただ帝国出身の人は少ないようで帝国料理に人気はあまりないようだ。
「ライル?!」
いきなり、近くに来た女性の参加者に叫ばれた。