模擬戦闘
「結界も封印も異常なしだったよ」
ユーリアは付近をあちこち見て回ったあとクレイトさんとドゥーアさんに報告する。
説明好きのドゥーアさんによると、結界はこの町の敷地内にかけられた対呪いのものであり、封印とは各遺体にかけられた呪いにかからないようにする封印、だそうだ。
それによりエテルナ・ヌイの中では呪いをかけることはできないし、何らかの方法で遺体を持ち去っても封印を解かない限り、呪いをかけることができない=アンデッド化できない、という二重の防御のようだ。
しかもクレイトさんの手により魔法による他の結界もあるとのこと。ただのお墓にしちゃ防御力高すぎないかこれ?
「これぐらいしておかないと安心できないんだよ、この世界はね……」
死んだあとも不快なことから逃れるためにはここまでしないといけないこの世界やばいな……。俺がいた世界の銀行がお金を守るためのものよりずっと力入れないといけないとか。
「今日のお仕事はこれで終わりー。これからどうする?」
「それじゃせっかく僕も来たことだし、ユーリアが真面目に戦闘の特訓しているかどうか確認させてもらおうかな」
「戦いー? いいよ」
「え? ユーリアも戦わせるんですか? それって危なくないですか?」
「危ないは危ないけどね。ただユーリアの特性を考えるとユーリア自身が狙われることもあるだろうからね、ユーリアには一人で生きていけるようになってもらわないといけないしね」
え? それってどういう?
「リュウトくんの能力も見ておきたいな。リュウトくんも参加の方向でお願いしたい」
クレイトさんが俺の狼狽えをわざと無視したかのようにドゥーアさんにとんでもないことを提案した。
「おー、リュウト殿もやるのですか! それは素晴らしい。じっくりと実力を見せていただきましょうか。今ケリスを呼んでおりますので、しばしお待ちを」
「え? 俺はやるとは一言も……、ケリスって誰ですか?」
「ケリスは元々町に偶然滞在してしまっていた凄腕の冒険者でしてね、運悪く腐竜と遭遇してしまったが故に命を落としてしまいましたが、腐竜に一太刀浴びせたほどの剛の者ですぞ」
え? 死の瘴気をなんとかしてその化物に一矢報いた人? やばくね。
「お待たせしました。お久しぶりですな、クレイト様。ユーリア様は優秀ですよ。もしかすると生前の私を超えることができるかもしれないぐらいに」
現れたのはドゥーアさんの義体にそっくりな白い髭を蓄えた武人だった。それなりに派手な装飾がされた革の鎧を着込んでおり、帯剣していて何本かの木剣を持ってきていた。これ、ドゥーアさんと同じ義体じゃね?
「ああ、そうだ。察しが良いね、さすがだ。一度に作ったものなので同じものだよ。本来のケリス殿はソードファントムというアンデッドだ」
「お初にお目にかかる。義体で失礼します。まあ私の今の本当の姿を見たい者などおりませぬでしょうがね」
自嘲を含んだような顔で話しかけられた。
「あ、これはどうも。クレイトさんのところで居候することになったスガノリュウトといいます。あ、剣とか今まで握ったこともないです。……後学のためあとで本来の姿をお見せください」
なりたくてなった姿ではないだろうし、ソードファントムってどんななのか見ておきたいのも事実だ。
「ははは、さすがクレイト様が連れてきた御仁だ。鍛錬が終わったらお見せしましょう」
そう言って木剣をユーリアには投げて渡し、俺には手渡ししてくれた。
ユーリアは安々と受け取っていた。かっこいいなユーリア。
どう見てもまだ小学生程度なのに一端の剣士に見えたぞ。
「さて、もちろん私も木剣で行きますが、盾も使わせてもらいますよ」とケリスさんは言いつつ、背中に背負っていた割と大きめの盾を取り出して構えた。
「今はソードファントムなんぞやっておりますが、元々は防御の方が得意でしてな。義体を得てからは積極的に盾を使わせてもらってます」
「ほう、それは初耳でした。今度良い盾も見繕って持ってきますよ」
クレイトさんが受け合う。なるほどあの良さげな皮の鎧はクレイトさんが渡したものだったんだな。おそらく腰に挿したままの剣も。今持ってる盾は木でできた質素なものだ。
墓から離れた場所に陣取ったケリスさんは自身の周りの地面に小さめの円を木剣で描いた。
「私はここから出ませんので、来てください。手合わせしましょう。あなた方の実力を把握し、クレイト様に知ってもらわないといけませんからね、ユーリア様、リュウト殿」
「わかったよ!」
ユーリアの背丈から考えると大きすぎるであろう木剣を軽々と構えたユーリアがためらいなくケリスさんに斬りかかっていく。構えも様になってるように見えるし、木剣のスピードはや!
しかしその攻撃を盾すら使わず、ケリスさんは体を半身にしただけで避ける。
ユーリアは大きな木剣を空振ったせいかやや体勢が崩れている。
そこを避けたケリスさんが木剣を横薙ぐ。挙動の小さな攻撃だったが、それをユーリアは横っ飛びで回避した。反射神経すげぇ、それについていく体もすげぇ……。
え、俺、こんなのに参加しないといけないの?
「リュウトくん、今のが見えたんだろう? ならついていけるさ」
怯えていても仕方ないのは確かだな。今まで出会ったアンデッドは友好的な人たちばかりだったけど、本来はそうじゃないだろうしな。自分の身は自分で守れるようになった方がいいのも確かだし。覚悟決めていくか。
ユーリアがさっき見せたように小走りでケリスさんに近づく。そしてユーリアと違って上段ではなく、逆袈裟で木剣をケリスさんに向かって斬りつける。その際、思わず「っけええええええぇぇぇ!っ」となんの叫びだよ、というような声が出てしまった。
「なかなか良い太刀筋ですな」
そう冷静なケリスさんの声が聞こえた。俺の攻撃はいつの間にか差し出されていた盾で安々と受け止められてしまった。ユーリアの攻撃が簡単に避けられたの見たから、避けにくい攻撃をと思ったけど盾の存在を忘れていた。
「盾で止められたらすぐに引かなければ!」
ケリスさんが俺に指摘しながら木剣を受け止めた盾で木剣を俺ごとはじいた。
幸い木剣を落とすことはしなかったが大きく体勢を崩してしまった。追撃を恐れてなんとか飛び退って体勢を整える。がケリスさんは円から出ないため追撃はなかった。
「追撃が来るのを恐れたのは正解ですよ、リュウト殿、いやぁ筋がいい。攻撃時声を出すのも力がはいるので最初は悪くはないですが、癖になる前に無言で斬りかかれるようになりましょう」
剣道とかでは声を出せとか言われてた気がしたけど、実戦ではそうなのか? まあ剣道と違って一対一に限定されてるわけじゃないし、そもそも相手が人間とも限らないからそうかもな。
ふと見るとユーリアが今にも斬りかかっていきそうだったので、俺も同時に突っかかってみる。
「本当に筋がいい。ですが、まだまだこの程度では!」
ユーリアの攻撃は盾で、俺の攻撃は木剣で簡単に受け止められてしまった。このまま組み合ったままだと弾き返されるので俺もユーリアもすばやく引く。
「もう経験が活きましたな」
ケリスさんはにこにこしている。声のトーンもなんだか機嫌が良い感じだ。しかし気迫はすごくてなかなか連続攻撃にはいけない。
「彼我の戦闘力を察知できているようですね、素晴らしい。何度も手合わせしているユーリア様なら分かりますが、リュウト殿、あなた本当に素人なのですか?」
言われて確かに、と思ってしまった。俺は今まで体育の授業で剣道を習っただけだし、喧嘩ですらしたことがないへたれだった。なのになんでここまで動けるんだろう?
……もしかしてこの体のおかげか? 前にクレイトさんもこの体は戦闘をしていたかもしれないって言ってたし、もしかするとこの体がすごく優秀でそれが俺をひっぱってくれてる? 鍛えてなかった俺も悪いんだけど鍛えるための健康すらなかったからな、元の体……。
「恐れていては訓練になりませんぞ。それにここから動けないからといってこちらから手出しできないというのも間違いです」
そういってケリスさんは大きな構えをとって木剣で空を斬る。それと同時に風? 剣圧? 衝撃波? なんだかよくわからないけど、なにかが俺に向かって飛んできた。漫画とかでよくある剣技の飛び道具か。
俺は慌てて横っ飛びで躱す。こちらが回避している間に同じものをユーリアにも飛ばしていたようだ。
ユーリアは衝撃波を躱すどころかその横をすれ違ってケリスさんに斬りかかる。その攻撃もケリスさんは木剣で受け止めるが先程の技は大技だったのか弾き返す余裕はないようだ。チャンスかも!
「ケリスさん、これって剣技の練習じゃなくて戦闘の練習だよね?」
何度か木剣を打ち合わせながらユーリアがケリスさんに話しかけてる。ほんとすげぇな。こちらも体勢を整えてケリスさんに打ちかかっていく。
「ええ、そうですよ。実際に私も盾を使っているでしょう?」
そういってケリスさんは盾で俺の攻撃ごと吹き飛ばす。痛ってぇ! 強く打ち付けられてしまい、後ずさってしまう。
「だよね!」
そういってユーリアは大きく飛び下がる。打ち合っていたケリスさんはその行動の意味が理解できず一瞬動きを止める。
「ファイアーボール!」
「な?! 無詠唱だと?!」
飛び下がりながらユーリアは利き手ではないだろう方の手をケリスさんに向けて大きな火の玉を打ち出す。
ユーリアの行動の意味を理解したケリスさんはさすがだった。不意打ちとも言える炎の魔法攻撃をケリスさんは木で出来た普通の盾で防ぎきった。
なんか体が光った気がしたのでこれも漫画とかでよくあるスキルとか使ったのかもしれない。
しかし体勢は崩れていたので今度こそチャンス!
俺は痛いのも我慢してケリスさんに斬りかかる。飛び下がったユーリアも着地したらすぐにケリスさんに斬りかかってきた。
ファイアボールを防ぐために盾を掲げたままのケリスさんは動かない。反動でもあったのかな? まあいいや、俺程度の攻撃でケリスさんが怪我することもないだろうと思いっきり木剣を振るった。ユーリアももう追いついていて俺と同時攻撃の形になった。
「おおおおおおおおお!!」
ケリスさんが雄叫びを上げて掲げていた盾をこちらに打ち付けるように回転する。俺もユーリアも木剣を盾で弾かれて折られた。その衝撃と同時に衝撃波みたいなショックが体全体に襲いかかってきて、俺もユーリアも吹き飛んでしまった。
「今のはやばかった……。ああ、大丈夫ですか? とっさだったのであまり手加減できませんでしたので」
あの状況でも手加減を考えてくれたのか……やっぱすげぇな。衝撃波で脳も揺れてしまったせいか、俺は情けなくもそのまま気絶してしまった。