深淵からの呼び声
「防衛が出来るなら転移門を開いてもよろしいか? ラカハイ領主殿?」
「あ、ああ、そうですな。安全であるか我が目で確かめさせてほしい、です。作ったあとに消せるのでしょう?」
「おう、もちろんじゃ。一時的に使えなくしたり、見えなくしたりも出来るぞ」
「ならば明日、我が精鋭とともにエテルナ・ヌイへ転移門で行ってもよろしいですか? そういえばこちらの転移門の設置場所はどこにするのですか?」
「ええ、それなら我が教会の所有する物件が近くにありますので、そこにしようかと。その方が兵も置きやすいでしょうし、利用もしやすくなるでしょう」
「ご配慮感謝いたします。もし順調にことが進めばラカハイがその物件を買わせていただきます」
「ええ、その方がよろしいでしょう」
「では明日に、この教会で集まる、ということでよろしいでしょうか? 大司教様」
「よろしいでしょうか? リヒューサ様?」
「私はかまわんぞ。いったんエテルナ・ヌイへ戻るから明日また来ることにしよう」
「町のものに広報せねばなりませんな。少々大げさに書いてもよろしいでしょうか?」
「嘘偽りでなければ何でもかまわんよ」
「では私も私の名で持って広報させていただきます。あとで口裏を合わせましょう、領主殿。ではクレイト様方はまた明日に」
いつもの助祭さんが出迎えに来た。外まで送ってくれるようだ。
リヒューサとは中庭で別れた。
俺たちが教会から出ると教会から竜が飛び立ったのが見えた。
近くにいた町の人や領主の護衛として来ていた感じの人たちが騒いでいた。
確かにこれを放置しておいたら治安的にまずそうだ。
「さて、こちらも準備することにしよう。まずは屋敷に帰るよ。これでジャービスさんの負担も減らせるかもしれない」
三人で屋敷に帰ってきた。
「おかえりなさーい」
庭で畑の世話をしていた子どもたちに挨拶される。帰ってきておかえりの挨拶を受けれるのはいつ聞いてもいいものだな。
屋敷に戻ったクレイトさんはジャービスさんをまず呼んで、子どもたちを連れておやつでも食べてきてほしいと言ってお金を渡していた。子どもたちを屋敷から一時的に離すためだ。ジャービスさんはもう事情知ってるしな。
ジャービスさんが屋敷に残っていた子どもを全員連れて、広場へ行った。
その間に他のスタッフを玄関前に集めた。こんなことは一度もなかったので少しざわついている。
「忙しい中集まってもらってすまないね。これから少し状況が変わりそうなので、皆に伝えておかないといけないことがあるんだ」
「何があったんです?」
と、これはファーガソンさん。
「いえ、これから起きるのです。では着いてきてください」
そう言ってクレイトさんが二階へ上がっていく。また少しざわめきが起こる。そりゃ今まで入るなってところだからね。
ファーガソンさんが先頭で着いていく。殿はアレックスさんだ。
「こちらです。入ってください」
転移門が設置されているクレイトさんの部屋を開けて誘導する。
「む? これは……?」
「あら、やっぱり転移門」
「これが転移門か」
皆が一言二言つぶやく。なんか分かってたって人もいるけど。
「はい、これはエテルナ・ヌイの近くにある私の小屋につながっている転移門です。この度ラカハイとエテルナ・ヌイを直接つなぐ転移門が開かれることになったので、これの存在を皆様に認識いていただいておいた方が良いと判断しました」
シムーンさん以外はなんだか納得してる感じだ。シムーンさんは本当に一般の町人だからわからないよな。
「一度皆で行きましょうか。ついてきてください」
「あ、俺は屋敷に残りますね。屋敷空っぽにするのもあれなので」
「分かった。じゃあ最後にユーリア、来てくれるかい」
皆が次々に転移門をくぐっていく。最後はシムーンさんだ。
「大丈夫だよ、いこ」
ユーリアがシムーンさんの手を握る。二人は一緒に転移門をくぐっていった。
さて、俺は留守番だ。何もやることないけどな。
また本でも呼び寄せて時間つぶしでもするかな。……と思ったけどその本が置いてある部屋に今皆がいるのだから本が急に消えたらびびるだろうな、と思ったのでそれはやめた。
やることもなく食卓の椅子に座ってぼぉーっとしてると、なんだか声が聞こえてきた。
『……、ん、なんだこれ、こんなところに穴があるじゃねぇか』
何の声だろう? 明らかにクレイトさんではない声が聞こえる。
『誰か居るのか? なんだろうな、この穴は。おーい、聞こえるかー?』
答えたほうがいいのかな? おーい、聞こえますかー?
頭の中で考えても何の反応もないな。
「おーい、聞こえますかー?」
声に出しても見たけど反応はない。なんなんだろう?
『何もないな。何かの気配を感じた気がするんだが、まあいいか。また今度だ』
あらら、なんだか知らないけど向こうも諦めたみたいだ。ほんと、なんだったんだろう?
『何がだい?』
急にクレイトさんの念話が飛んできてびっくりした。
二階から声が聞こえてきたから、もう戻ってきたのか。
あ、いえ、なんでもないですよ。なんか変な声が聞こえた気がして……。
『ふむ、まあ何もなかったならいいんだけどね』
皆が二階から降りてきた。珍しくロメイさんが興奮した感じでクレイトさんと話をしている。
「屋敷の警戒レベルを上げないといけませんね」
アレックスさんが意見を言っている。
「そうだね、エテルナ・ヌイにあるゴーレムをこちらにも置こうと思っている。扉の前と屋敷前の門にね」
「そうですね、今は門に時々一人我らが立ってるだけでしたから、ゴーレムを置ければ生半可な者は近付こうともしませんよ」
「万一のときのための避難訓練? みたいなこともやっておきたいですね。幸いわかりにくい位置に地下室への扉がありますし」
これはシムーンさん。
「そうだね、そのへんは任せていいかい?」
「ああ、任せてほしい。そういうのは得意なんです」
答えたのはファーガソンさん。そういうのってどういうのだろうか。逃げ方?
けどやっぱり転移門があるってのは一大事なんだな、皆の反応を見てると。
「一応、この転移門も領主様には存在を言っておくからね。まあつながってるのがエテルナ・ヌイから少し離れた小屋だし、エテルナ・ヌイに何かあってもすぐに困ることにはならないだろうけどね。むしろエテルナ・ヌイへ救援に向かう通路になり得るか」
「そうですな。ごく一部のものしか知らない直通の転移門があるのは大きいかと。ただ先にこちらを狙われても大丈夫なようにはしておかないと、ですな」
ファーガソンさんがわけ知り顔で言っている。もしかしてそういうのってのは軍事関連?
「幸いスタッフはシムーンくん以外は戦える人材だし、ゴーレムもつけてくれるならなんとでもなるだろうよ」
「わ、私も戦えたほうが、いいですか?」
「いや、君は子どもたちを逃がす役目をしてほしいな。下手に戦えてしまうと、どうしても防衛しないとってなってしまうし」
「そうですか……、なんだか悪い気もしますが」
「そんなことはないぞ、こういうのこそ適材適所だ。君が今から戦闘訓練をするより、子どもたちと如何に逃げるか、を考えていたほうがいい」
「そうだね、そのへんはこんなに早くにこんなことになると想定していなかった僕の責任でもあるから、子どもたちの保護に関しては僕も考えるよ」
「はい、お願いします」
「とりあえず、今日のところはこれまでにしよう。そろそろ子どもたちも帰ってくるだろうし、普段通りに戻ってくれ」
「はい」
皆が返事をして解散となった。