ドラゴン
クレイトさんが帰ってきてから一週間が経った。
この一週間も特に何かあったわけでなくいつもの日常が続いていた。
俺はケリスさんのもとで訓練したり、屋敷で子どもの相手をしたりしていただけだった気がする。
ただこの一週間でエテルナ・ヌイへの物資を届けるのに俺達がついていかなくてもいいようにしたぐらいか。
シャイニングホライズンを専属で雇うことになったためだ。
拘束するのは月に二回、物資の買い出しから荷降ろしまでを全部やってもらうことになった。
現地ではドゥーアさんやグーファスが対応し、小屋の補充も二人にエテルナ・ヌイから持ってくるということにしてもらった。
そんな一週間が経った日、朝にドゥーアさんからクレイトさんへ報告がきたらしい。
「やっぱりドラゴンがきたようだ。僕たちもエテルナ・ヌイへ行こうか」
「ほんとにきちゃったんですか。大丈夫なんですよね?」
「ああ、僕が知っている彼女なら大丈夫だと思う」
「ドラゴンはメスなんですか?」
結構な知り合いな感じだな。なのになんで確定で大丈夫と言わないんだろう?
『まあ、おいおい語るよ。ちょっと経緯が複雑でね』
なんだろう? けどなんだかんだで安定していた今までの日々が過去のものになりそうな予感はする。
ユーリアとクレイトさんと三人でエテルナ・ヌイへ向かう。
三人揃って向かうのも久々だ。
クレイトさんはこの一週間はほとんど何かの作業をしたり、何処かに行ったりしていた。
ユーリアがクレイトさんに何をしているのか聞いたところ義体を作成していたそうだ。
クレイトさんでもそんなに時間がかかるものなのね。
材料もレアだし、そりゃ量産できないわけだ。
エテルナ・ヌイへ向かう道中でスライムを見かけた。これも久々だ。
この一週間にエテルナ・ヌイへの襲撃もなかったから、スライムが増えることもなかったしね。
エテルナ・ヌイへ着くと同時にケリスさんとグーファスの出迎えが来ていた。
「お待ちしておりました、クレイト様。広場でドゥーアが対応しております」
クレイトさんは片手を上げて返事に変える。
「皆で会いに行こうか」
クレイトさんについていく形で皆でぞろぞろと広場へ向かう。
広場には地面に座ったドゥーアさんの義体とそれをぺたぺた触っている幼女がいるだけでドラゴンはいなかった。
幼女がこちらに気づくとさっと走ってきてクレイトさんの前で跪いた。
「一週間ぶりでございます、パティ……クレイト様」
今クレイトさんのことをパティルって言いかけなかったか? ということは古い知り合いのかな? 見た目と違って。
「やあ、君はリヒューサなのかい?」
「はい、リヒューサでございます。ようやく人化できるようになりましたので参った次第です」
「ということは無事にドラゴンになれたようだね」
「はい、おかげさまで颶風竜となることができました。姿を見せてもよろしいですか?」
「ほう、ここにいるのは皆信用できる者たちだから大丈夫だよ」
「では失礼して……」
ずっと跪いていたリヒューサが立ち上がって、少し離れる。リヒューサの姿が歪んだと思ったらそこには小さなドラゴンがいた。
大きな翼と長い尻尾を持っている細身で緑色のドラゴンだ。
しかし想像していたよりだいぶと小さい。翼と尻尾を入れなければ大型犬ぐらいの大きさだ。
「彼女はリヒューサ、僕が魔王と呼ばれていた頃の部下だったリザードマンだった、今は颶風竜だけどね」
なんか今ちょっといろいろと聞き捨てならないことをいくつも聞いた気がするんだけど。
「え? 魔王とか呼ばれてたんですか?」
「あー、うん、長くなるから皆にはあとできちんと説明するよ。ともかく彼女はリザードマンだったがこの前僕と会った時はドラゴニュートだった。彼女たちリザードマンには生まれ直しという秘術があってね。彼女は生まれ直したらしい」
「は、再びクレイト様に会える日がくるとは生まれ直した甲斐があったというものです」
ドラゴンになってもしゃべれるのね。
「この前来たリザードマンは彼女の部族の者だったようでね。村に行ってみたら生まれ直しの秘術を行う直前の彼女がいたんだ。……僕はさすがに気づけなかったけどね。彼女が僕が以前の上司である魔王パティルだと気づいたんだ」
「魔力が独特ですからすぐに分かりましたよ」
「んまあ、ガディスに村を荒らされて魔力を消耗してしまっていた彼女の生まれ直しの秘術を手伝ってきたんだ」
「クレイト様の膨大な魔力のおかげで、カラードラゴンどころかエレメンタルドラゴンをも飛び越えて、颶風竜となることが出来ました」
『エレメンタルドラゴンの上位に颶風竜を含めた六種類のドラゴンがいるんだ』
「それはよかった。しかし颶風竜となると世界の防衛の務めがあるな」
「はい、しかし務めをこなさねばならない成体になるまで百年はかかります。成体となったあとでも自由がないわけではありませんが、それまでに我が部族をなんとか復興したいと思います」
「ああ、他ならぬ君の望みだ。僕も協力させてもらうよ」
なんだかいろいろと途方もないことになってきたぞ。
リヒューサと名乗ったドラゴンはしばらくエテルナ・ヌイに滞在するらしい。
クレイトさんから魔力を分けてもらうためらしい。クレイトさんの魔力は無尽蔵と言っていいから、すごいことになりそうだ。
とりあえず今日の分の魔力はもう渡したらしい。また明日からしばらく三人で通うことになりそうだ。
用事が終わったので三人で帰る途中にクレイトさんに聞いてみた。
「エテルナ・ヌイにドラゴンがいると皆に知られてもいいものなんですか?」
「カラードラゴンならともかく、六大竜の一つである颶風竜なら大丈夫だよ。六大竜は世界を守るものとして、恐れられつつも信仰されているからね」
「えっと、その分類もよく分かってないんですが。またあとで教えてもらっていいですか?」
「ああ、もちろんだとも。ユーリアにも聞いてもらいたいからね」
「え? なにー? なにか言ったー?」
前の方を歩いていたユーリアが聞き返してくる。地獄耳なんだな。
「小屋に帰ったら話があるって言ってたんだよ」
「そっかー、じゃあ先に帰ってお茶の準備しとくねー」
と言ってユーリアは走り出していった。慌てたようなスペクターが見えてユーリアの後ろについていった。……ご苦労おかけします。
小屋に戻るとユーリアは言っていたように台所にいたので手伝いに行く。
もう火をおこしてお湯を作り出していたので、地下の氷室へ行ってお茶菓子を取ってくる。
いつもの乾燥果物だ。しばらくしたらお湯が湧いたのでユーリアがお茶を入れてくれた。俺はお茶菓子を持って広間へ戻る。
広間ではクレイトさんが座って待っていた。
珍しい。
最近ではすぐに自室に戻って作業をしていたのに。
『話をするって言ったしね。それにもうお茶の用意してるんだから数分もないしね』
まあそのとおりだ。改まって話をするのなんて久々だな。
ユーリアがお茶を持ってきてくれた。俺とユーリアも着席する。
「さて、まずはなにから話せばいいことやら……」
「ではまずドラゴンについて、お願いできますか?」
「ああ、分かった。この世界のドラゴンには、カラードラゴン、エンレメンタルドラゴン、そして六大竜という三種類のランクによる分類があるんだ」
ここでいったんクレイトさんが話を止めた。質問がないか確認したみたいだ。今のところ質問したいことはない。
「カラードラゴンとはそのまんまで体色で分類されたドラゴンのことで、レッド、グリーン、イエロー、ブルー、ブラック、ホワイトといる。彼らの知能は人間並だが魔法を自在に使うものは滅多にいない。
たまに年をとったカラードラゴンがそうである程度らしい。人間的にはカラードラゴンはモンスターに分類されている」
「ブレスは吐くんですか?」
「ああ、色ごとに違うブレスを吐くね。レッドは炎、グリーンは毒ガス、イエローは電撃、ブルーは酸、ブラックも炎、ホワイトは冷気だね」
「エレメンタルドラゴンは属性で分類されたドラゴンでカラードラゴンの上位だと言われている。彼らは地域の守護者としてその生態系の最上位に君臨している。
ファイア、ウィンド、サンダー、ウォーター、アース、アイスの六種類だ。主にファイアは火山周辺、ウィンドは浮島周辺、サンダーも同じ浮島周辺、ウォーターは海や大きな湖、アースは大洞窟などに、アイスは雪山などにいるね。
魔法も普通に使うし基本的に人間が太刀打ちできる相手ではないが、むやみに人間を襲ったりはしない。だから信仰されていたりするね」
「六大竜はエレメンタルドラゴンの上位とされているけど、決定的に違うのが彼らは世界を守護しているとされているところだね。
六大には豪炎、颶風、雷霆、海嘯、烈震、吹雪がいる。
豪炎を見たことがある者はごく少数しかいない。僕も見たことはない。彼らは空より上にいるとされている。
颶風や雷霆は空を住処にしているからどこにでもいると思ってくれていい。
海嘯は海のど真ん中にいるらしい。これも僕は見たことはない。人間が見るには船に何日も乗って沖に出ないといけないだろうね。ただ海嘯が沿岸まで来て人間の町を滅ぼしたこともある。
烈震も人間の敵となることがある。烈震によって壊滅させられた町があるらしいからね。烈震は普段は地下にいるとされているけど、どこにでもいるようだ。
最後の吹雪も目撃情報自体少ないが雪山が連なる山脈の奥深くにいるとされているね」
「空の上ってどこー? 空ってすっごい高いのにまだ上があるの?」
ユーリアが質問した。これは俺でも答えられそうだ。
「たぶん宇宙のことだろうね。空の上には宇宙という世界が広がっているんだよ」
「ほう、リュウト、それは元の世界の知識かい? それを知っているものはこの世界にはごく少数しかいないはずだ」
「はい、俺らの世界では宇宙にものを打ち上げたり、選ばれた人たちがそこに行ったりしていました。研究もされていましたよ」
「なるほど、すごい世界だったんだね。こちらの世界でも空の上は宇宙だとされている。豪炎は宇宙に住んでいるとね」
ユーリアは空の上が宇宙だと知って満足したようだ。
「俺も質問なんですが、六大は何から世界を守護しているんですか?」
「魔王からだよ」
「え?」