真面目モヒカン
ラカハイから出発して一日目は何もなく、馬車の中でのんびりしているだけだった。
日も落ちてきたので野営をすることになった。
本来だと各自保存食で済ますらしいんだけど、クレイトさんが気を使ってくれたのか、懐から多くの食材をシャイニングホライゾンに提供して作って欲しいと頼んでくれた。
シャインングホライゾンの料理担当は屋敷に来てなかったティレンさんの担当らしく、彼が俺たちやジェイクさん、御者さんたちの分も作ってくれた。
スープに丸焼きに見える肉、それと白パンを食べた。
シャイニングホライズンの面々も御者さんたちも喜んで舌鼓を打っていた。
俺らからすると普通かちょっと贅沢程度だけど、この世界の基準ではかなり豪勢だろうから。
しかも冒険者や御者は基本保存食らしいから暖かくて美味しいものが、旅の途中に無料で食べれるのはありがたいんだとか。
まあ俺やユーリアも保存食だと思ってたから嬉しいサプライズだった。皆してクレイトさんにお礼を言いまくることになった。
夜は冒険者たちとクレイトさんが見張りになることになった。
俺たちや御者さんたちはずっと寝てていいことになった。
正直ありがたい。
このへんは前回通った時にゾンビたちに襲われたところだから警戒しておかないといけないし。何もしてなかったはずだが揺れる馬車に乗っているのは思ったより体力を使っていたようで、泥のように眠ってしまった。
今回は襲撃もなかったようで一度も起こされることなく朝を迎えた。
朝飯は昨日の残りを温め直していただいた。それが普通らしいが朝から乾パンと干し肉を水で流し込むのはなかなかに厳しそうだったので助かった。
出発してすぐに小屋に着いた。ここで一部の荷物を下ろす。
主に薪と食料だ。
俺とユーリアが指示しながら物資を置いていく。
ジェイクさんは一度来ているから慣れたものだったが。
今日はエテルナ・ヌイまで行くので小屋での休憩はなしで荷物をおろし終えたらすぐにエテルナ・ヌイへ向かう。
最初シャイニングホライゾンの面々がエテルナ・ヌイの入り口に立つゴーレムにびっくりしていたが、クレイトさんの支配下にあるものだと説明すると理解してくれた。
エテルナ・ヌイに入ると義体のドゥーアさんとケリスさんが、グーファスとレミュエーラを連れて案内誘導しに来た。
最初見慣れないせいか馬がレミュエーラを見て怯えていたが、すぐに慣れてくれたようだ。
レミュエーラがグーファスの肩にとまっているのが功を奏したのかもしれない。御者さんの制御が素晴らしいのもあったと思う。
「あれは……ハーピー、ですか?」
タルバガンさんが俺に聞いてくる。
「いえ、彼女はセイレーンです。うちの見張り役ですよ」
まだそれをし始めてから数日も経ってないけどそう言っておいた。
「セイレーン、聞いたことがある……」
「知っているのか? ブラックキャップ?」
なんだか聞いたことのあるやり取りしてるなぁ。
「海の近くによくいる異種族だな。歌が上手いらしい」
「へえそうなのか、人間に敵対はしてないのか」
「んー、種族としては敵対してないはずだ。人間と同じだな。個体による」
「ということは、人間の肩にとまってるし、クレイトさんのところにいるし」
「問題なかろう」
ほっ、良かった。見た目以上に理性的で。ジェイクさんも気にしてないようだった。
「よっしゃ、それじゃどんどん下ろしていこう」
冒険者たちが各馬車に散って荷物を下ろし始める。大きな重い荷物はグーファスが、そうでないものは俺が、小物はユーリアが受け取って運び込む。
レミュエーラは辺りで飛んでるだけだ。
グーファスがすごいのはあの体つきでわかるけど、ウッドチャックさん金属鎧身につけてるのになぜあんなに軽快に動けるんだ?
さすがに大剣は背負ってないけどさ。
ウッドチャックさんがひときわ目立つけど他の面々も素晴らしい動きだった。
結構な量の物資だったはずだがあっという間に搬入が終わった。
「思ったより早く済みましたね」
「ええ、リュウトさんやユーリアちゃん、グーファスさんが手伝ってくれたおかげですよ」
「自分たちの荷物なんだから手伝うのは当たり前じゃないですか」
当然のことをしたまでだと思って笑顔でそう返したが、タルバガンさんは笑っていなかった。
「いえ、手伝わないのが普通ですよ。金は払ったんだからお前らがやれ! が普通ですよ。俺らもそうだと思いますし」
「そうなんですか? でも手伝ったほうが早いじゃないですか」
「まあそうなんですけどね。そうは考えない人の方が多いってことですよ。まあ悪いことではないと思うのでいいんですが、相手を見ないと舐めてきますよ」
そういや似たようなことクレイトさんにも言われたな。
「俺がこんな格好してるのも最初に舐められないためですからね」
「へぇ、まあ確かに舐めては来ないと思いますね」
「俺、自分で言うのも何ですが根が真面目すぎて、よく舐められてたんですよ。この格好になってから舐められたことはないですからね」
真面目なモヒカンか。
「リュウトさんもそのケがあるから気をつけてくださいね」
「かといってその格好はちょっと……」
思わず苦笑しながら本音を言ってしまった。
「ははは、そういうところですよ。まあこの格好は俺も好きでやってるところもありますからお勧めはしませんよ」
「リュウト」
作業を見守りながらドゥーアさんと話をしていたクレイトさんが俺を呼んだ。
「はい、なんでしょうか?」
「ああ、僕はしばらくエテルナ・ヌイにとどまることにしたから、ユーリアと一緒にラカハイへ帰ってもらえるかな?」
「え、何かあったんですか?」
「あー、何かあったってほどでもないんだけど、先日リザードマンがやってきて是非とも僕に自分たちの村へ来てほしい、とのことらしいんだよ」
あー、あのリザードマンたちか。同盟するとかいう話だったから、その件かな?
「分かりました。ユーリアを連れてラカハイでお待ちしていますね」
『もちろん転移門を使って小屋に戻ってエテルナ・ヌイに通ってもいいからね。ドゥーアさんに護衛を頼んでおくよ。あと冒険者たちへの報酬とその他不慮の事態のためのお金も渡しておくよ』
はい、分かりました。クレイトさんがいない中に転移門を使うのは初めてになりますね。
そう思いながらクレイトさんからお金を預かった。
その後にタルバガンさんやジェイクさんにもクレイトさんは帰らない、と伝えた。特に何もなく了解された。信用されてるってことかな。
ユーリアがいつものチェックとお祈りをしに行ったので、グーファスたちの部屋でグーファスに声をかけた。
「どうだい? これでだいぶと人間らしい暮らしが出来るんじゃないかな?」
グーファスは大きな体を小さくして頭を下げまくりながら返事をする。
「ありがとうございます。こんな厚遇していただけるとは思っていませんでした。いずれきっとこのご恩はお返しします」
「いいって、そんなの。それにこれらはクレイトさんの力だからね。クレイトさんに感謝しておくれ」
「はい、でもリュウトさんやユーリアさんのおかげでもあります。直接敵対したのに俺達を許してくれたんですから」
「事情を聞いたらそうもなるって。気にしないでくれ。あ、でもクレイトさんには恩を返してあげてほしい」
「はい、もちろんです。あとレミュエーラはこういうことは苦手なのでご勘弁ください。ご恩は返させますので」
「ああ、レミュエーラは人間の文化とは関係ないしね。それにもううまくやってくれてると思うし、その調子で頼むよ」
レミュエーラは今はここにはおらず、巡回に行っている。
「それじゃ俺達は町に帰るよ。あ、でもクレイトさんはしばらくここにとどまるみたいだよ。何か不足があったらクレイトさんに言ってほしい。また次に持ってくるよ」
「何から何までありがとうございます」
広場の方へ行くとユーリアが墓の前で祈っているところだった。
「ユーリア、そろそろ帰るよ。あとクレイトさんはここに残るってさ」
「はーい、なんかドゥーアさんやケリスさんとそんなこと話してたし、念話で報告きてたよ」
「そっか。クレイトさんがいないとちょっと寂しいし怖いけどなんとかなるだろ」
「シャイニングホライゾンさんたち、面白いしね」
昨日の道中に結構ユーリアと話してたしな。
馬車の中で退屈してたユーリアを気遣ったのか代わる代わる彼らはユーリアと話をするためにこっちの馬車近くを歩いていたからな。
日が落ちる前にできるだけ進んでおこうということで、すぐに出発することにした。
帰りに荷物はなく馬車の中は空だから馬の歩みが早くなるだろう。
エテルナ・ヌイの皆とクレイトさんが見送ってくれた。
「それではお二人をラカハイまで護衛させていただきます」
タルバガンさんがクレイトさんにそう言って頭を下げていた。
ほんとに真面目なんだな。クレイトさんは片手を軽くあげて挨拶に変えていた。