日常
「ただいまー」
三人で屋敷に戻ってきた。たった二日離れていただけなのに、屋敷の中はだいぶ様変わりしていた。
「おかえりなさい」
出迎えてくれたのはシムーンさんとロメイさんだった。
「申し訳ありません、男たちはビルデア以外今買い出しに出ていまして、私達が留守番しておりました」
「雇ってくれてありがとうございます。クレイトさんたちが出発するまでに合流できずすいませんでした」
シムーンさんが謝ってきたが、それよりも、この充実具合を説明してほしい。
食堂が出来てた。椅子やテーブルは簡素なものが使われている。厨房も道具が揃っており、食器もたくさんあった。今はビルデアさんが食事の準備をしていた。浴室の隣に洗濯部屋も出来ていた。
なんでもシムーンさんはもとよりジャービスさんやファーガソンさん、アレックスさんの人脈も駆使して短期間で揃えたらしい。
「ないないづくしでしたので、ちょっと力技を使いました。でも思ったよりはお金は使っておりませんよ」
「そうですか、苦労をかけさせてしまったようですね。助かります」
「いえいえ、充実した日々でした。やり甲斐があります。次は庭に小規模菜園でも作ろうかと話をしています」
「子どもたちはどうしていますか?」
「仕事を持っていた子たちは仕事に行っています。そうでない子は今は子ども部屋にいると思います。男の子の部屋と女の子の部屋を分けたんですが、小さなルクスを面倒見てたのは主に女の子だったのでどうしようか考え中です。今はルクスは男の子の部屋で慣れないトーマやエドガーが世話してますね。子どもたちを呼んできましょうか?」
「いや、それには及ばないよ。僕たちは今日は二階に上がったままでいるから、帰ってきていないものとして扱っておくれ。明日からにしよう」
「そうですか、分かりました」
俺たちはそっと隠れるように二階に上がっていった。
「リュウトもユーリアも慣れない旅で疲れたろう。今日は小屋でゆっくりしていこう」
ラカハイに帰ったばかりだが、俺たちは転移門で小屋まで戻った。結局俺らの本拠地は小屋なんだな。
疲れているけど旅ではあまり良いものは食べてなかったので、ちょっと頑張るか。てきとーに野菜を刻んで鍋で煮る。そこに刻んだ煮る用の肉を入れて以前作っておいたままだったおにぎりを崩し入れる。
そこにスパイスや塩を入れて肉野菜粥だ。これだけだと物足りないので焼く用の肉を焼いてステーキも食べよう。
夜はクレイトさんに頼んでプリザーベイションとピュリフィケーション、それにアポーツを教えてもらった。
これから使いそうな気がするから。これらの魔法も体が覚えていたようですんなり使えるようになった。
魔法を教えてもらってる間ユーリアはポーションを作っていた。何があるか分からないし、ポーションも屋敷にストックしておいた方がいいよな。
「明日は早くに屋敷に行くから、屋敷に行った後にエテルナ・ヌイの管理に行くということにしておくれ」
朝じゃないと皆集まっていないからかな?
「はい、分かりました」
今日はもう寝よう。
「おはよう。朝ごはんはあちらで用意してもらうよう頼んでいるから作らなくていいよ」
朝起き抜けにクレイトさんに言われた。
「それと遅くなったがこれを渡しておくよ」
小さな宝石のついた鉄の指輪だ。
「これの方が能動的に僕に話しかけやすいだろうからね」
「はい、ありがとうございます」
そういって今までの鉄の指輪を返して宝石付きの指輪に付け替えた。
屋敷に行くと、当然のようにジャービスさんに出迎えられた。
「おかえりなさい。クレイトさん」
「ああ、いつもありがとう」
ジャービスさんに率いられて俺たちは屋敷の食堂へ向かった。そこにはすでにスタッフも子どもたちも勢揃いしていた。今まで騒がしくしていた子どもたちが一瞬で静かになった。そして皆スタッフも一緒に起立してクレイトさんへ挨拶する。
「おはようございます、クレイトさん。おかえりなさい」
なにこれ、ちょっと教育行き届きすぎてない? さすがに小さなルクスはしてないけど、次に小さいエドガーもちゃんとやってるぞ。
「ああ、ただいま。僕に敬意を払ってくれるのは嬉しいけど、もうそこまでしなくていいからね。他のスタッフと同じ感じの方がいい」
『それじゃ僕は退散するから食事してきなさい。小屋で待ってるよ』
俺とユーリアは用意されていた場所に座る。幸い特別な席という感じはなかった。
「僕は上に上がってるよ。また様子を見に来るよ。ジャービス殿は一緒に来てくれるかな」
「それじゃ皆は食べておいてくれ」
ジャービスさんはクレイトさんについて食堂から出ていった。
「よし、それじゃ皆、食べようか」
ジャービスさんに代わってアレックスさんが仕切った。年齢的にファーガソンさんが仕切るのかと思ったら違うのね。ファーガソンさんは涼しい顔をしてるので、スタッフ同士の話し合いでもあったのかな?
あとで聞いておこう。
食事は俺たちが小屋で食べてるものと比べたら質素なものだったが美味かった。これは腕の差が出てるなぁといった感じだ。
隣に座っているビルデアさんに直接聞いてみた。
「これ作ったのビルデアさんですか?」
「ああ、俺だぜ。こんな量は冒険者の頃は作ったことなかったから試行錯誤中だがな。けっこー美味く出来てるだろ?」
「ええ、大変美味しいです。こつとかあるんですか?」
「こつとかはないけどな。前日から前もって準備できるってのは大きいな。あーあと安く手に入ったコンソメっていうブイヨンの親戚みたいなのがいい感じだな」
「コンソメが手に入ったんですか? 分けてほしいぐらいですね」
「アレックスのコネみたいなもので手に入れたからな。今度アレックスについていけば手に入るかもしれませんぜ」
「今度そうしてみますよ」
食べ終わった順に席を立って食堂から出ていく子どもたち。
特に仕事を持っている子どもたちはすぐに外へ出ていった。
気になったので本来ならジャービスさんに聞いたほうがいいのだろうがいないのでファーガソンさんに聞いてみた。
「そういえばファーガソンさん、子どもたちはなぜまだ働きに行っているんですか? 勉強させた方がいいのでは?」
ファーガソンさんは何を言ってるんだこいつは?と言った風な顔を一瞬したけど、すぐに元の無愛想な顔つきに戻って答えてくれた。
「ああ、都会のぼっちゃまとかならその方がいいとは思いますが。奴らがいきなり抜けたら現場が困るってこともありますし、独立資金を貯めろって方針にしたのです」
「独立資金?」
「はい、ここが居心地がいいからといつまでもいるのを認めるわけにもいきませんからな。ある程度の年齢になったら独立してもらわないとこちらも困りますので。ただいきなり独立しろと言われても先立つものもコネもないと厳しいでしょう。それを作りに行ってると思ってください」
「ああ、なるほど。給食費を納めろとかそういうのじゃないんですね」
「ええ、子どもらからは何も取りませんよ。預かりはしますが」
「そうですか。先のことも考えておられるのですね。皆様に来ていただいて本当に良かった」
「よしてくださいよ。この方針はジャービスが考えたことですし、俺も良いと思ったので従ってるだけです。もしクレイトさんやリュウトさんが改めろというなら考え直しますよ」
「いえいえ、聞いてみたら素晴らしい方針だと思いましたよ。俺の考えが至ってなかっただけです」
「居残り組が暇にしてはいけないので小規模菜園や鶏小屋などを建てようと思ってるのです」
「役割は重要ですしね」
「そういうことです」
ファーガソンさんと雑談をしている間に皆の食事も終わったようだ。
「ユーリア、俺らは上に上がろうか」
ユーリアは年の近いレイーネだったかな? 女の子と雑談していた。
「はーい、じゃあまたね」
レイーネに手をふるユーリア。もうちょっと様子を見れば良かったかな? 元々仲良しだった子なのかもしれない。
二階に上がって行くと、ちょうど転移門のある部屋からジャービスさんが出てくるところだった。
「おお、これはタイミングがいいですな。わしが見送りますよ」
「はい、よろしくです」
階段を誰もついてきていないか覗き込んで確かめてから転移門のある部屋に入る。
「ではまた」
見送ってくれるジャービスさんに軽く会釈しながら門をくぐる。
一瞬ホワイトアウトして気づくとクレイトさんの部屋だ。ユーリアも横にいる。クレイトさんも部屋の椅子に腰掛けていた。
「おかえり。今帰ってきたということはジャービスさんと会ったかい?」
「はい、見送ってもらいました」
「そうか、やっぱりジャービスさんだけに負担をかけているっぽいな。他に誰か協力者を作ったほうが良さそうだな」
「そうかもしれませんね。またジャービスさんに負担かもしれませんが今後のためにもジャービスさんと相談して誰がいいか意見を聞いてみた方がいいかもです」
「そうするよ。エテルナ・ヌイに行くかい?」
「はい、そうしようと思います」
「今日は僕も行くよ。ドゥーア殿に昨日の礼を言っておきたいしね」
「分かりました。俺たちはこのまま出発してもいけます」
「僕も行けるから、行こうか」
「はーい」