スリーデイズ坊主
目が覚めると、そこは知らない天井だった。
……なんてわかりきったことを考える程度のは余裕はあるようだ。
しかし夢でなかったのは良かったのか悪かったのか。……それは今後わかってくることだろう。
「おはようございます」
ベッドから抜け出し、そのまま部屋を出る。着替えなんかなかったから着の身着のままで寝たからそれで問題ない。
「おはよう、リュウトくん」
「おはよーございまーす、リュウトさん」
二人共すでに起きていたようだ。……クレイトさんが寝る必要があるのかどうかは知らないけど。
「二人共なにされてるんですか?」
「ユーリアが料理を作れるようになりたい、と言ってな。台所を片付けているところだよ。使っていない地下室があってね」
「今まで台所使ってなかったんですか?」
「マジックアイテムを並べて使うぐらいだったね、今までは。今度人里に行くときにいろいろと揃えるつもりだよ。いろいろと足りないものもあるし。地下室を氷室にでもしようかと思っていたんだ」
これも常に置いておくかい? と虚空から水差しを取り出すクレイトさん。おお、定番のアイテムボックスもあるのかな?
「おとーさん、火を出せる道具はない? 窯だけじゃ今あるだけの薪じゃ厳しいと思うし」
「簡単に火をおこす道具はあるけど、それを維持し続けるものは記憶に無いなぁ。町に行けばあるかな?」
町! いろいろとなにかありそうだし。
「それ、俺もついて行っていいですか? すごく興味あります」
「申し訳ないが、今回は遠慮してくれまいか。君がこちらの世界に不慣れということもあるしね」
そう言われて非常に残念に思ったが、心にひっかかるものがあった。
「そういえばなんですけど」
「ん? どうかしたかい?」
「はい、はっきりしたことは言えないんですが、なぜかこっちの世界の記憶があるっぽいんですよ」
「ええ? どういうことだい? 君は異世界出身なんだよね」
「はい、知識の有りそうなクレイトさんたちが日本という国を知りませんし、俺の世界に虚空から水差しを出す技術はありませんからそれは間違いないです。けど俺、なぜかこっちのトイレの仕方とか知ってたんですよね……」
「……! ああ、それは思いつかなかったね。異世界とこちらのトイレが違うとか思いもよらなかったよ、僕はトイレを使わないから。確かにこっちのトイレのことを教えた覚えはないね」
「はい、それで昨日、もよおしたので聞こうと思ったんですが、するとまるで思い出したかのようにどのへんにトイレがあるのか、どのように使うのかとか分かったんです。棒だけでなく葉っぱもあって良かったですよ。さすがにあの棒の共用はアレですから……」
「ふむむむ……」
「それにですね、俺にとってこういうトイレは慣れないもののはずなのに違和感がなかったんですよ、まるで慣れ親しんだ常識のように……。俺の世界とぜんぜん違うのにです」
「なるほどねぇ……」
クレイトさんは作業の手を止めて考え出す。
右手を顎に添えて考えるさまは、まるで学者のようにも見える。本当は骨なんだろうけど。
「おとーさん、わたしとの話が先ー」
ユーリアがクレイトさんに抗議し始める。ぷくーと膨れてて可愛い。
そうだよな、この年頃だったらそんなものだよな、なんだかすごく大人びて見えていたけど。
「ああ、すまんすまん。リュウトくん、その話は大変興味深い。また今度話の続きをしよう」
「あ、はい。それで構いません。ユーリア、邪魔してごめんね。あと緊急の話しがひとつあるんですが……」
「ん、なんだい?」
「俺のやれることってなんかないですか? 世話になりっぱなしなのもアレですから」
「おお、ではこちらを手伝ってくれるかね。こっちの配置換えをしたいんだ」
台所の模様替えの手伝いをすることになった。
こちらに来てから食べたものって乾パンや干し肉や干し果物とかの保存食ばかりだった。
スープが出たけど、それも中身は生で食べても良い野菜の類と戻した干し肉だった。
なぜ今まで台所を使わなかったのか聞いてみると、なんでもこの小屋は元々ここに住むために建てられたものではなく、ユーリアはちゃんと食べれるだけで幸せで贅沢(?!)は今まで言わなかったかららしい。
……家長が食事いらないってのは大きいよなぁ。
なんでも長年骨をやっていたから人の生活というものに不慣れだそうだ。ユーリアは生きていけるだけで良いという感じで要求などは今までまったくなかったそうだ。
この話を聞いたときについでに聞いたけど、もちろん家族といっても養子だそうだ。
つい一ヶ月ほど前にここに来たらしい。どうりで生活臭がほとんどないわけだ。
なんだか複雑な背景がありそうだけど、言いたければ向こうから言ってくるだろうからあえてそのへんは聞かなかった。
こちらのことはよく聞かれた。
俺個人が向こうの世界でどういうやつだったのかとか。あまり思い出したくないんだけどな。
それでわかったのだけど、どうも俺そのものがこの世界に来たのではないっぽい。
どこにも鏡はないし、水面もなかったので確信がなかったのだけど、体つきが似ているものの明らかに体は別人だった。それが分かったのもマジックアイテムで魔法の鏡があると聞いて、わざわざ出してもらったからだ。
キーワードを言わなければただの鏡だということで、鏡として使わせてもらった。
そこに写っていたのは俺じゃなかった。悔しいことに元の俺よりも幾分見た目は良かった。
幾分、ってところに葛藤が見て取れるとかクレイトさんに言われたけどな!
クレイトさんの推測によると、何らかの原因で異世界の俺の魂が、こっちの体に入ったのだろう、と。
それがなぜかは分からないが、俺の今の体は急にそこに現れたらしい。
だから体の持ち主は強制転移でも食らったのではないか?ということだった。
強制転移とは文字通り強制的に転移させる魔法のことである。そういう魔法があるらしい。その際に何かあったのかも、と。
あと呪われていたが、その呪いにもおかしな点があったとのこと。強力な呪いだったらしいがその根本というか核みたいなものがなかったらしい。
だから呪いの影響は受けていたが致命的なものはなく、簡単に解呪できたらしい。
この体の本来の持ち主のことは、正直さっぱりわからない。
この世界の常識とかは感覚的なものまでわかるんだけど、パーソナルデータみたいなのはさっぱり出てこない。
また、着ている服は服ではなく金属鎧の下に着る下地みたいなものだろうとのこと。
そこまで金属鎧に詳しいわけではないらしいので細かいことは分からないが、もともとは金属鎧を着ていたのかも、らしい。
負傷して死にかけていたことも含めて、どこかで戦闘をし、死にかけのところ強制転移で飛ばされたのかもしれない。
金属鎧を失ったのもその時なのかもしれない。
かもしれないばかりだが、決定的なものがないので仕方ない。現状でここまでわかるだけすごい気もする。
まー体の本来の持ち主には悪いが、心配してもどうしようもないのでありがたく使わせてもらうつもりだ。
幸い元の俺の体よりずっと頑丈なようだし。今までは体のことで苦労してたからなぁ。
……そういえば元の俺の体はどうなってるんだろう? 魂がここにあるということは向こうでは抜け殻みたいになっているんだろうか?
そうだと死んだと思われて処分されてるかも……。
そうなってたら帰れないな。
まーあの体に戻るのは嫌な気もするが、あっちの世界も捨てがたい、というかちょっとホームシック気味だ。
しかし帰るどころかどうなっているのかすら分からないから絶望的だし、考えるのはやめておこう。
あと魔法を教えてもらった。この世界では比較的簡単に魔法が使えるようで、素養のある人間も多いらしい。
ユーリアもこの体も素養があるようで、ユーリアも魔法はすでに使えるらしい。そこで生活に便利な魔法を教えてもらうことになった。
まずはティンダーの魔法。いわゆる火起こし用の火を出す魔法だ。
火花を一瞬出すような感じなので攻撃とかには使えない。が火起こしの道具を持っていなくても火を使えるようになるのはいろいろと便利だろう。
やり方を教えてもらうと一発でできた。クレイトさんいわくこの体自体が以前覚えていたのだろうとのこと。そうだよな、そうでもないと科学しか知らない俺がすぐに魔法を使えるとも思えない。
まあ楽ができて助かる。
次に教えてもらったのがクリエイトウォーター。水を生み出す魔法だ。これも非常に便利だろう。
自分の体の端っこならどこからでも任意の水流で水を出すことができるのでジョッキに指先から水を注ぐということも可能だ。
もちろん強い水流は多くの魔力がいるようだが、ピューっと出る程度ならほとんどかからない。
ふと思ったのだが杖などの道具の先からでも出せるかと聞いたら、デバイス化というそれ用の魔法をかけているものであればいけるとのこと。
その魔法も難しいものではないらしい。
そちらも教えてもらった。これもすぐに覚えることができた。
試しに木のスプーンに魔法をかけてみて、スプーンの先から水を出してみる。
思ったとおりに出せた。
これで懸案の一つが解決した。
昨日使った葉っぱ、固かったんだよなぁ。こっちの体はどうか知らないけど、あっちの体ではそれでいろいろ苦労したので気になってたんだ。
これでだいぶと緩和できるはずだし、気苦労が減った。
俺の様子を見てクレイトさんも悟ったらしくいろいろと注意をしてくれた。魔法発動中に力まないこと。
魔力が上がる場合があるらしい。
あとトイレに置いてある棒、すでにデバイス化してるらしい。
本来はその棒で拭き取るためらしいのだが、クリエイトウォーター目的で使う人もいるためらしい。
ああ、こっちでもそれは普及してるのね。まあ便利だし使えるなら使うよなぁ。
あまり大量の水はトイレでは使わないでほしいとのことも。
下にいるスライムが無駄に大きくなりすぎてしまうからだそうな。
あ、スライムいるのね。よじ登ってこない? そういうタイプではない? 良かった。
気になったので追加で質問した
「魔法の名前、日本語じゃなくて英語ですよね?」
クレイトさんによると、もちろん英国なんて場所はこっちの世界にはなく、こちらも出所不明だそうだ。
一般的には古代魔法言語として理解されているらしい。
魔法言語なのに普通に日本語にも混じってることへの説明はなかった。
……こう考えてみたら現代の日本語ってカオスだよな、他言語もそのまま取り入れてるというか、一緒にそのまま使ってたりするし。
いわゆるルー語とかはどうなんだろう? スリーデイズ坊主とか通じるのかな?
「三日坊主のことだな。重大な理由なく長続きできないこと、もしくは飽きやすい人のことだ。確かにスリーデイズの部分が英語だから英語が理解できない人には理解できないかもな。
英語は基本魔法にしか使わないが、普通にニホン語に組み込まれている英語もたくさんあるから、だいたいは通じると思っていいと思う。
多くの英語がすでにニホン語化してるといえばいいのかな?
ちなみに三日の部分も本当に三日というわけではなく短い時間という意味合いだ。どこかおかしな部分はあったかい?」
いえ、完璧に意味も理解していると思います。三日坊主も通じるのか。坊主はさすがにこっちにはいないと思うんだが……。
「なぜそう思うんだい? 坊主とはいわゆる聖職者の別称みたいなものではないのかい? 他には少年のことを指したり、頭に頭髪がない状態のことを言ったりもするか。あと釣りで釣れなかったことをいうときもあるね」
クレイトさんじゃないけど、いろいろ興味深い。けど俺の頭じゃこれぐらいが限界だな。理解が追いついてこない。
そうこう話していると出かけていたユーリアが帰ってきた。
なんでも見回りに行っていたらしい。なんの見回りだろうか?
え、明日は俺も一緒に行ってほしい? はい、喜んでついていきます。この世界のことについてクレイトさんともっと話を詰めたいと思うものの、さすがに世話になっておきながら何の役にも立たないのは自分にとっても恐怖だ。
いつ見捨てられるかわからない。
できることはやったほうがいいと思うし、ユーリアが何をしてるのかも気になる。
このへんは人住んでなさそうだし、それなのになぜこの二人はここにいるのかまだ聞いてないし。