職人の矜持
お腹いっぱいになったところで屋敷に行く。
屋敷には完全武装をしたジャービスさんがいた。え? なんで完全武装?
「お待ちしてました、クレイトさん」
「あの、なんで鎧とか着込んで武装されているんですか?」
すごい気になったので素で聞いてしまった。
「いやははは、これはワシが冒険者時代につけていたやつでしてな。自宅から持って来るには着込んでくるのが一番早かったからですわ。けど不摂生がたたってサイズがあってませんわ。ははは。それに防衛とかもっていってましたからな。いざというときのためですわ」
「なるほど、気を使わせてしまったようですね。これが僕と遠くでも会話ができるようになる指輪です。常につけておいてくださったらいつでも僕の念話が受け取れます。またここの宝石の部分をこう指で撫でれば暫くの間ジャービスさんが考えていることが僕にも伝わります。ですから僕を呼び出すことも可能です」
俺らの指輪とはちょっと仕様が違うものだった。鉄の指輪に小さな青い宝石がついてるものだった。
『子どもがこんなのをつけてたら狙われかねないからね』
俺には続いて念話が届いた。
『もうリュウトは自分の身は自分で守れるだろうからこっちに変えてもいいよ。実際はさっき作ったものだから君に渡すときには宝石付きのはなかったんだ』
あー、俺も子供扱いかと思ったよ。まあ子供みたいなものだけどさ。まあその建前だったら俺は宝石付きの方へ変えてもらった方がいいかも。
『わかった。また時間あるときに作るよ』
「こんな便利そうなものをありがとうございます。なるべくこちらからはクレイトさんのお手を煩わせることはないようにしますよ」
「ええ、でも必要と思った時には遠慮せずに使ってくださいよ」
「任せてください。人材についてですが、けっこう良さげなのが揃いそうです」
「おお、もう手配が済んでいるのですね。さすがです。ジャービスさんにお願いして正解だったと思いますよ」
「はは、それは終わってからにしてくださいや。明日に来ると思います」
「そういえば内装とか全く足りてないと思うのですが」
話がトントン拍子に進みすぎているので、思ったことを質問してみる。
「ああ、昨日のうちに内装に関しては知り合いの鍛冶屋に頼んであるよ。あいつは顔が広いから家具とかもすぐおさめてくれるさ」
「え? あの、もしかして昨日の資金でそれを?」
クレイトさんが驚きの声を上げる。珍しいな。
「ええ、そうですがなにか?」
「いや、あれは本当にジャービスさんへの給金でして……、内装とかは今日僕たちがなんとかしようかと……」
「ああ、そうだったんですかい。額が多いから早とちりしてしまいましたな」
なんかさらっと言ってるけど、この人、自分のお金で内装とかも揃える気だったようだ。なんというかいい人過ぎない?
「すでに支払ったのですか?」
「いえ、手付金を払っただけですよ」
「ではその払ったところへ僕と一緒に行きましょうか。払った額を聞き出さないと。それにあの予算内でおさめる気だったのでしょう?」
「ええ、もちろんそうですが」
「それよりも大きな予算で揃えましょう。せっかくですしね」
「いいんですかい? そりゃこちらとしてはありがたい限りですが、最初は何も返せないですぜ?」
「最初は、ということはあとになれば何らかの形で返してくれるつもりなのでしょう? ならばそれで十分です」
「いやまぁ、クレイトさんにはかなわねぇなぁ」
強引に話を決めてしまった。なんかこういうときだけ押しが強いよなクレイトさん。
「では今日はまだ時間がありますし、ジャービスさんが頼んだというところへ行きましょうか」
「ははっ、容赦ねぇや。わかりました。案内します」
「あ、少しお待ちを。二人に変装魔法をかけないと」
俺たちに変装の魔法をかけるためにクレイトさんが止まったが、ジャービスさんはそれをひきとめた。
「どうせ、明日には二人も人前に出るんでしょ? なら今いてもおかしくはないでしょう。それとも向こうで誰かと会いましたか?」
「いえ、ジャービスさんが言うことももっともです。では今回はなしでいきましょう」
「おーい、スミスー、いるかー?」
町の中ほどにある大きめの工房にジャービスさんはどかどか入っていって声をかける。勝手知ったるという感じだ。
「おーう、ちょいと待てや」
奥から出てきたのは一瞬ドワーフか? といった様な風体のひげもじゃで身長が低く代わりに横に広い親父だった。
「なんでぇ、ジャービス。なんのようだ?」
まだジャービスさんしか目に入っていないようだ。
「いや、昨日の話なんだが、今日はその依頼人が来たいというので連れてきた」
「おお、こいつは失礼しました。気づかなかった。で、あんたが孤児院を始めるという……?」
「はい、クレイトと申します。先日はジャービスさんを通じて頼んだのですが、ちょっと間違いがありまして、その訂正に、と」
「もう手付金は木工の大将に渡しちまったぞ」
「相変わらず仕事が早いの、スミス」
「はい、それは構いませんのですが、予算の方でして」
「あの数あの期間であの額だとぎりぎりだぞ」
さすが職人だけあってはっきりという人だな。
「はい、そう思いまして増額を……」
「ん? 減額じゃなくて増額?」
「はい、予算の方はまだありまして、どうせならもっと良いものを、と思いましてね」
「ほう、そいつは嬉しいねぇ。まあ欲しいのは時間だったりするもんだが、状況が状況だしな」
「で、こちらで用意するつもりの予算なのですが」
クレイトさんがだんだん声を小さくして話す。それにつられて鍛冶屋のスミスさんがクレイトさんの方へ耳を近づける。
「……桁が二つも違うじゃねぇか!」
スミスさんがジャービスさんにいきなり食ってかかる。
「お前だけはそんなことはしないやつだと思っていたのに……、見損なったぞ!」
いきなりののしられてジャービスさんも周りの俺たちも面食らう。
「あー、なにか誤解されているようですが。最初の額はジャービスさんへの給金額だったのですよ。別途予算があることを知らなかったジャービスさんが身銭を切ろうとしてたんです」
クレイトさんが察してあわててスミスさんに説明する。
「え……、ああ、ほんとですかい?」
ぽかーんといった顔でこちらを見るスミスさん、クレイトさんも俺もユーリアもがくんがくんうなずく。
「あー……、すまん。ひどいこと言った。許してほしい」
スミスさんがジャービスさんに向き直って、頭を下げた。
「上ワインな」
「おう、そんなのでいいならいくらでもおごってやるさ。ってかあの額の給金が入るんならそんなもんいつでも飲めるじゃろが」
「それこそ見損なうなよ。ワシが滅多にそんな使い方すると思ってんのか?」
仲の良さそうなおじさんたちだ。ちょっと心配したけど問題ないようだ。
「クレイトさんや、その額での発注なら急いで手付も増やしたほうがいいかもしれんぞ。本当に今の額だとぎりのぎりだったからな。俺の顔で引き受けてくれたって面もあると思う。俺も行くから急いで増やしてやってくれんかな?」
「ええ、それが良いのであれば」
「おう、ジャービス、お前も来るんだろ。そもそもお前の勘違いでこんなことになってんだからよ」
「ああ、もちろん行くとも」
俺らも行きます。
スミスさんが急ぎの用で出かけるとのことを弟子?の人に伝えて、工房から出た。
スミスさんが案内してくれたのはスミスさんの工房からちょっと上ったところにある、これまた大きい工房だった。
「ここだ、おーい、カムシンー」
工房から背の高いおじさんが出てきた。少し白髪が混じったナイスミドルって感じの人だ。
「なんだスミス。そちらの方々は?」
「おう、昨日の件なんだが」
「お客さんかい。どうぞ皆さん、こちらへ」
といって工房に招き入れてくれた。
工房の一室に招かれて入った部屋は立派な家具が置いてある部屋だった。大きくて立派なテーブルもあるし、豪華な装飾が施された椅子もたくさんあった。
たぶんここ、ショールーム兼応接室だ。さっきのスミスさんところの工房との対応の差に戸惑う。
「俺んとこにお客を迎え入れてなんちゃらなんてことは滅多にないからな。それにここの工房は貴族も出入りしとるでな」
スミスさんも俺の心を読めるのか?といった感じで言い訳している。
「こちらで少々お待ち下さい。今お茶を持ってこさせますので」
しばらくするときれいな女性二人がジョッキではなくティーカップに入ったお茶をもってきてくれた。お茶菓子までついてる。これはなんだろう? 甘納豆?
『マロングラッセだね、けっこうな高級品だよ』
「お待たせしました。この工房を取り仕切っておりますカムシンと申します」
テーブルの近くで立ったまま挨拶をする。なにこの紳士、とても職人とは思えない。まーそれも単なる俺の思い込みなんだけど、職人といえばスミスさんみたいな人ばかりだと思っていた。
「先日、スミスが持ち込んだ件、だそうですが?」
「おう、紹介するぞ。こちらが依頼主のクレイトさんだ。ジャービスはその使いみたいなもんだ」
クレイトさんが座ったまま軽く会釈する。
「クレイト様ですか、お噂はかねがね」
「でな、昨日の件なんだが予算八ゴールドだったがあれは手違いでな。百ゴールドに増額だ」
さすがの紳士も顔色が明らかに変わった。
「え? 百ゴールドですか? それは願ってもないことですが、よろしいのですか?」
「ええ、もちろん。無理を言っていたのは分かっておりますのでせめてお金だけでも無理ではない額をと、思いまして」
「はい、百ゴールドもあれば十分でございます。むしろ出来上がるまで仮のものを別に作ってもいいぐらいです。簡易なものでしたら数日で間に合わせますので。もちろんちゃんとしたものを後ほど収めるという形で」
「装飾とかはいらないので丈夫なものをほしいのですが」
クレイトさんが椅子の装飾を見ながら言う。
「ええ、用途も聞いておりますのでもちろんです。むしろそっちの方が得意なんですよ。仮のものだとスピード命で組むので耐久性に問題が出てきますから」
「手付金ですが、一割でよろしいかな?」
「あ、はい。すでに八十シルバーいただいておりますので、あと九ゴールドと二十シルバーですが、額が額ですので九ゴールドで全く問題ありません」
「では十ゴールド支払いますよ。昨日の八十シルバーは予算変更の迷惑賃ということで」
「私は職人ですが商売人でもありますので、それはさすがに……」
「今後いろいろとごやっかいになるかもしれませんから、その際はよろしく、ということで」
「……分かりました。職人として商売人としての誇りにかけて、クレイト様の損にはさせません」
カムシンさんが深々と頭を下げた。
「相変わらず硬いのう……」
などとうそぶいてるのはスミスさん。
でもまあ分からないでもない。相場以上のお金をもらうのはプレッシャーになるからな。
たくさんもらったわーいって人は職人にはあまりいないんじゃないかな。スミスさんだってあんなこと言ってるけど、この人も同じ立場になったらこんな感じになると思う。