ギアス
男と少女についていくと、一軒の小屋が見えてきた。
あたりはまばらに木が生えているだけの荒野に見える。少なくとも街とか村ではないようだ。
男……おとーさんに手招きされたのでその小屋に入る。
「僕のことはクレイトとでも呼んでくれ」
あ、また読まれたようだ。抵抗しても仕方ないけどこれは怖いな。
「あ、はい、わかりましたクレイトさん」
「すまないね、これはほとんど自動的だし、正直に言うとまだ君の素性がしれないしね。勘弁してほしい」
「ああ、そうですよね、異世界人とかわけわかんないでしょうしね」
「そうでもないかもな。少なくとも君を見てるとな。ともかくあまり怯えないでくれると助かる」
「読まれてるから正直に言いますが、怯えるなは無理ですよ。こんなこと向こうではなかったですしね」
「こっちでもそうそうはないから安心してほしい。ちょっと僕が特殊すぎるんでね」
そう言いつつ、クレイトさんは俺を小屋の一室に案内し、椅子をすすめてきた。
小屋の中はファンタジー世界ならごく普通といった感じで調度品も木製の質素なものばかりのように見える。
眼の前にあるテーブルは大きく、生活の中心であるようだ。
けどあまり生活臭は感じられない。
「ユーリア、お茶の用意ができたらユーリアの分の椅子が足りないから持ってきておくれ」
クレイトさんが奥に行った少女に声を掛ける。
心を読むということさえなければごく普通の親父さんに見えるんだがなぁ。
「まあ、そういう風に擬態してるからね」
ぎたい? 擬態か。とすると見たとおりじゃないのか?
「話が早くて助かるね。君が賢明なのか、異世界の素養が高いのかは分からないが」
たぶん世界の素養の差だと思う。俺は自分の世界では平均……いや、それ以下だったはず。
「そうなのか、ますます興味深いね」
ユーリアと呼ばれる少女が戻ってきた。
木でできた小さめのマグカップ二つと木の皿にのった果物の乾物をお盆に載せているようだ。あれ? マグカップ二つ? 自分の分は用意してないのかな?
「ああ、僕にはお茶を飲む習慣がないのでね」
クレイトさんは相変わらず俺の心を読んで答えてくれる。ぶっちゃけ便利かもしれない。それに度量の大きい人のようだ。まあ自動的に人の心が読めてしまうならそうもなるか。
「本当に素養が高くて助かるよ。話す気になってはいたが、さすがに心配もあってね……」
「おまたせしました! これからはちゃんと会話してね。でないと私には分からないから」
お盆に乗っていたものをテーブルに配置したあと奥から追加の椅子を持ってきて、ちょこんと座った。可愛い。
マグカップには茶色?っぽい色のお湯が入っていた。
確かに言ったとおりのお茶、しかも紅茶のようだ。
さっきは気づかなかったが砂糖が入っているだろう小壺もマドラー代わりなのか木の棒もあった。
「紅茶珍しい? 私もここに来る前はこんなの知らなかったしね」
ユーリアがこっちの様子を見て、喋りかけてきてくれた。
『ここにはたまにお客さんがくるんでね、そのために置いてあったんだ』
へー、お客がくるようなことをしてるのね。まあこんなところで二人っきりで生活とか厳しそうだしな。
「さて、何から話そうかな」
クレイトさんが横に逸れまくりそうな雰囲気を察して話を進めようとする。
が、先程言っていたようにあちらにはなんかためらいがあるようだ。
「それなら俺の自己紹介からしましょうか、なんせ異世界からだし」
「ああ、そうしてくれるといいかもな」
クレイトさんは少し安心したように落ち着きを取り戻し、ユーリアは見るからにワクワクしているようだった。
「えっと、俺は日本に住んでるスガノリュウトといいます。いつの間にかここにいたのでなぜここにいるのかは分かりません。あ、スガノは姓でリュウトが名です。ゲームや漫画が趣味だったのでこういう世界についてはたぶん前知識があります」
言ってからしまったと思った。異世界では姓がある事自体珍しいと言うか貴族にしかないということもあるからだ。
「ああ、リュウトくん、心配ないよ。こちらでも性名は一般的だ。ただ君のところとは違って順番は逆だがね。君のいう趣味のものは知らないが、知識が豊富なのはなによりだ」
「わたしはユーリア! ユーリア・クレイトだよ」
クレイトって姓だったのか。でも親子ならクレイトさんでいいのかな?
「あー、おほん。僕はパティル・クレイトだ。あまり僕は自分の名が気に入っていないのでね。今後もクレイトと呼んでほしい」
「おとーさんの名、かわいいのに……」
ユーリアがつぶやく。
まあこっちのセンスはわからないけど、日本でおじさんの名前がパティルはちょっとかわいいかもな。
今後もクレイトさんでいいな。本人もそう希望してるし。
「さっそくで悪いが先程の紹介で気になった点があったので聞いてもいいかな?」
クレイトさんが話題を変えるように質問してくる。
「ええ、もちろん」
「ニホン出身だと言ったね。ニホンとはなにかな?」
「なにとは?」
質問の意味が理解できなかった。
「あー確かニホンに住んでいる、と言っていたね。ニホンとはどういう地域なのか?と思ってね」
「ああ、そういうことですか。日本とは国の名前です。日本列島という場所があってその列島全部が日本という国の領域となっています。どっちが先なのかは知りませんけど」
「ふむむ、なるほど。そういうことか」
クレイトさんは一人で納得したようだ。
「ああ、すまない。君……リュウトくんも先程考えていただろう? 我々が話している言語だよ。君も僕たちもニホン語を話しているんだ」
「え? そうなんですか? 異世界ものにありがちな不思議パワーで勝手に翻訳されているのかとも思ってました」
「僕もその可能性を考えはしたがなんの魔力も動いていないし、お互いがニホン語でないなら僕すら知らない未知の力が働いていることになるが、そうではないだろう。なにせお互いが自分たちの使っている言語がニホン語だと分かったのだから」
ああ、確かに。けどどういうことだ。なぜ異世界に日本語が?
「そのへんの話をしだすと長くなりすぎるから簡単に僕の知っていることを説明すると、我々が話している言語は確かにニホン語なのだが、そのニホンという単語がどこからきたものなのか不明だったのだ。こちらにはニホンなる国も地域も種族もいないのに、言葉だけあるという不思議な状態だったのだよ」
なるほど。しかしクレイトさん、やたら理解力があるな。俺にはそろそろ理解が追いついてきてない感じだ。
「おとーさん、お話難しいよ」
ユーリアには退屈な話だったようだ。
お茶請けに手を出しながら「リュウトさんもどうぞ、遠慮しなくていいからね」といいつつ、お茶を楽しんでいた。
「ああ、すまないねユーリア、けど必要なことなんだ」
クレイトさんは優しい笑顔でユーリアをたしなめる。
「さて、リュウトくん、そろそろ本題に行こうと思うんだが、その……大丈夫かね?」
おずおずといった感じで問いかけてくる。どうもクレイトさんにとってはかなり話しにくいことのようだ。だけど自分で言ってくるということは必要なことでもあるんだろう。ここは遠慮せず俺が押した方が良さそうだ。
「ええ、俺は大丈夫ですよ、先ほど頂いたポーション?か、このお茶のおかげかで元気が溢れてきているようですし。大丈夫です」
クレイトさんの目を見て、はっきりと答える。なけなしのコミュ力をふりしぼって。
「そうか、すまないね、気を使わせて。では……」
クレイトさんはこっちの思考を読めるんだった。慣れないなこれ。
「リュウトくんが異世界出身ということで話すのだが……、実は僕は……いわゆるアンデッドというものでね」
そうクレイトさんが言うと視界がゆがむ。いや、クレイトさんが歪んで見えた。
その歪みが戻ったときにはそこにクレイトさんの姿はなく何やらごついローブを身につけた骸骨がいた。
「魔法の変装を使っていたのだ。今まで君に見えていた姿は僕の生前のものだ」
ああ、これは納得できる、思考を自動で読めても違和感はない。そしてクレイトさんがなぜためらっていたのかも。
「ええ、驚きました。さすが異世界!とか思いましたよ。けど禍々しい感じはないんですね」
「死の瘴気はマジックアイテムで抑えてあるから大丈夫だよ。でないとユーリアも影響を受けてしまうからね」
あ、ユーリアは普通に人間なのね。死の瘴気って……なんだか知らないがヤバそうな字面だ。
「ふう、思ったとおり、リュウトくんにはアンデッドに対する偏見はないようだ。助かったよ。ユーリアみたいな子はこの世界では滅多にいないのでね」
「えっと、心が読まれるので正直に言いますけど、偏見、というか恐怖はありますよ。俺の世界では骸骨は動かないものなので」
「ははは、基本的にはこちらでもそうなのだがね。昔起こったことでアンデッドが生まれやすくなってしまっているんだ、この世界は。だから皆アンデッドに悩まされている」
あーそういうことか。生理的なものではなく、実情から恐怖されているのね。
「じゃあクレイトさんは特殊?って認識でいいんですか? 俺こっちの常識知らないので失礼かと思いますが……」
「おとーさんは確かに特殊。わたしも基本的にアンデッドは嫌いだもの」
ユーリアが補足してくれる。アンデッドと知りつつ、それをおとーさんと呼ぶユーリアでもアンデッドは基本的に嫌い、だと。まーアンデッドって言っちゃえば死体か幽霊ってことだしな。
「どうやら受け入れてくれたようだね。さっきから何度も言っているが本当に助かるよ。僕は魔法が使えるから不自由はしないがユーリアにとって不便だからね」
不便?
「ああ、僕の体は直接触れると生命体に悪影響があるんだ。死の瘴気と共に普段からマジックアイテムで抑えてはいるが、なにか不具合があると困るからね」
ああ、だから俺の世話はユーリアに任せていたのね。万一のことを考えて。
「こんな体だからお茶も食事もとれないしね」
考えようによっては便利かもしれないけど、やっぱり食事を取れないのはつらいな。おいしいものが食べれないなんて……。
「ともかく、こちらの一番重い事情はこれだったんだけど、リュウトくんさえよければしばらくはここにいてもらえないかな?」
「ええ、もちろんです。近くにいたら寿命が縮まるとかだったら困りますが、対策されてるんでしょ? なら問題ないです。それよりも俺、ここではなんの身寄りもないのでクレイトさんたちに見捨てられたら、どうしようもないですし……」
「見捨てるとかそんなことするぐらいなら、最初から放っておくよ!」
ユーリアは心外だとでもいうぐらいに主張してきた。まあそれもそうか、なぜかは分からないが死にかけでこっちにきてるしな。
「幸い大きな小屋だから部屋はちゃんとある。ベッドもね。たまにくるお客が泊まる可能性も考えてのことだったんだが」
「ちなみにそのお客というのはクレイトさんのことをご存知なので?」
「いや、このことを知っているのは今の所ユーリアとリュウトくんと、それとある場所の住人たちだけだ。出来れば当面隠しておきたい。さっきも言ったとおり偏見の強いところなのでね」
ある場所の住民か、どこの誰なんだろう?
「まあ普段はこのように変装しているから直接僕に触らないようにだけ気をつけてくれるといい」
そういって再び骸骨から男性の姿へ戻る。
「あと、そうだな。リュウトくんを信用しないわけではないが一つ魔法を受けてほしい」
「え? なんの魔法ですか?」
「うん、万一のためというかユーリアに危害を加えられないようにギアスの魔法をね」
「ええと、ギアスの魔法って何らかを禁止するという命令の魔法でしたっけ?」
「おお、よく知っていたね。結構マイナーな魔法なんだが。知識があるのは助かるよ。なら知ってるとは思うが、禁止されたことをしようとすると全身に耐え難い苦痛が走るからね」
「それぐらいで信用してくださるなら喜んで。あ、解釈次第で誤って発動するようなことにならないようにはしてくださいよ」
「もちろんだ、それにギアスならユーリアも解除できるからね」
一瞬、ユーリアだけでいいのかとも思ったけど、俺がクレイトさんを害することとかどう世界が転んでもありえないというか出来ないか、と思い直した。
「すぐに話しておかないといけないことはこれぐらいかな。ほかはまた今度でもいいだろう」
「はい、ありがとうございます。今後ともよろしくおねがいします」
どうなるかと思ったが、とりあえずは生きていけるようだ。右も左もわからない異世界に一人で放り出されたら死ぬしかなかった。