旅立ち
別宅についた。
別宅は元々エテルナ・ヌイの近くにあった、俺達が住んでいた小屋だったところだ。
エテルナ・ヌイはこの小屋があった南まで広がったので、小屋も取り込んで、俺達の別宅に立て直したのだ。
別宅は自立式のゴーレムが守っているので防犯も完璧だ。
元エテルナ・ヌイの住民であったゴーストやファントム、スペクターたちはもう全員天界へ帰っている。ドゥーアさんたちが最後だったからね。
別邸にはエテルナ・ヌイ護衛団総括になってもらったファーガソンさんや今の人族護衛団長ダンジョウ、ナーガラージャ族護衛団長、リザードマン族護衛団長フファン、他にゴブリン族やオーガ族の護衛団長も集まっていた。
エテルナ・ヌイには軍ではなく護衛団という集団を採用していた。
団は異種族ごとにあり、各々の部族を守ってもらっている。
まあ実質軍みたいなものなのでファーガソンさんに無理言って引き受けてもらったのだ。
それができる人材は当時の俺たちにはファーガソンさんぐらいしかいなかったから。
団長たちは立場上もあるけど、八年ほど前からのクレイトさんを知っている者が多いので、集まってきたのだろう。
「ユーリアが教えたのかい?」
「ええ、彼らはおとーさんのこと知ってるし、会いたがっていたからね」
「見送りは多いほうがいい、ということか」
ユーリアは寂しそうに笑っただけだった。
別邸では団長たちは玄関近くで留まっていた。
「どうした? こないのか?」
「はい、まずは国王様と墓守長様が家族として迎えるのが筋かと、我らはその後で構いません」
ダンジョウがそう言った。ファーガソンさんやフファン、他の団長もうなずいている。
「そうか、悪いな。では水入らずで会わせてもらうことにするよ」
魔力で封印された部屋に俺とユーリアが入る。
元々クレイトさんの私室で屋敷への転移門を設置していた場所だ。
以前はよく屋敷のことが気になって、政務をほっぽり出して休みに来たものだが、最近は来ていなかった。
ユーリアもそうらしい。お互い今の立場をようやく認識できてきたってところか。
ユーリアも俺も魔力の扱いがうまくなっているので、転移の気配を感じられた。
俺はカッシオからのおすそ分けがあるから妥当だと思うんだけど、そういうブーストなしで俺に追いついてきてるユーリアの才能はどうなってるんだろうな?
今のエテルナ・ヌイの広大なセーフティエリアを維持できてるしな。
「わ、びっくりした」
念話ではないクレイトさんの声が聞こえた。
「おかえりなさい、クレイトさん」
「おかえりなさいー、おとーさん」
部屋の中に唐突にクレイトさんが現れてびっくりした顔をしている。
見た目は八年前と変わらない、どこにでもいそうなおじさんだ。幻影だから当然だけど年をとったようには見えない。
続いてリヒューサ、ムアイグラズさん、最後にお付きカッシオが転移で戻ってきた。全員自力で転移してきたようだ。
リヒューサとムアイグラズさんの見た目も八年前と変わらず、特にリヒューサは小さい子供のままだ。
颶風竜としての扱いがこれなのでこのままにしているそうだ。
お付きカッシオは宰相カッシオと見た目を変えている。
というか宰相カッシオがひげを生やして差別化している。お付きカッシオは以前のままだ。
「やあリュウト、帰ってきたよ。いや今はスガノ国王陛下か。ユーリアも元気そうで何よりだ」
「おとーさん!」
ユーリアが感極まった感じでクレイトさんに飛びついた。出会った当時はクレイトさんに触れなかったし、触ることができるようになってからユーリアがクレイトさんの胸元に飛び込むなんてことはなかったからよほどだったのだろう。
もし出会った当時だったならクレイトさんはしゃがんで受け止めないといけなかっただろうが、今なら普通に抱きとめられる。
抱きとめてユーリアの頭を撫でる。
「ただいま、ユーリア。そしてお別れだ」
ユーリアの長く伸びた髪を指ですきながらはっきりとそう宣言した。
「ただし、永遠ではない」
ユーリアが泣いた目を大きく見開いた。
「え? それってどういうこと?」
「話すと長くなりそうなんだ。ひとまず座らないか?」
お付きカッシオが指を鳴らすとユーリアとクレイトさん以外のための椅子が虚空から出現した。
お付きカッシオの創生術もすごいことになっているものだ。
ユーリアとクレイトさんの椅子は元からこの部屋にある。
全員が椅子に座り、ユーリアは泣き腫らした目をハンカチで拭っていたので、俺が代わりに聞くことにした。
「で、どういうことです?」
「まあ待ちたまえ、話には順番というものがあるんだ。君たちがここで待ち構えていたということはもう理解しているのだろうけど、報告はしておかねばね」
「はい、師クレイト。報告をお願いします」
「国王にまでなったのに僕を師とまだ呼んでくれるんだね。君に任せてよかったとつくづく思うよ。さて、予想通り、我々は大魔王イスカリオを討ち滅ぼした。その力はほぼカッシオが受け継いだ」
「ここからは我が話そう。大魔王の力は我が受け継いだ。が、ロストした分も大きく、また多くを宰相に流し、宰相はエテルナ・ヌイの地へ流したので、我が大魔王となることはない。なお正式には大魔王を討ち滅ぼしたのはリヒューサとムアイグラズとなっているので、反感を買う事はないはず。都市連合にも聖王信仰ひいては竜信仰はあったのでな。竜が魔王を滅ぼした、という聖王信仰の教義のままだっただけだな」
「その大魔王の側に魔将もいてな。ホウセンという者とマルモンという者だった。もちろんこの二人も討ち果たした」
リヒューサが横から解説を足してくれた。
「要するに宰相カッシオの元となった依代をまたマルモンから回収できたということだな」
「これを使って僕も分身をエテルナ・ヌイに残そうと思うんだ」
「分身、ですか?」
「ああ、カッシオと違って僕は元魔族というわけではないのでカッシオと同等のものというわけにはいかないみたいだが、ある程度力を移し、中身は僕そのもの、という分身ができるようだ。残念ながら同期は接触でしかできないようだけどね」
そういうと同時にクレイトさんの座った足元あたりからもう一人のクレイトさんが出現した。
「本当の見た目は必要ないと思うからこの姿だけどね」
そういってクレイトさんが本来の、骨の姿に戻った。この姿を見るもの久々だ。
「僕は大部分、本体から受け継いでるが、魔力は本体より劣る。魔力以外は記憶も含めてそのものだと思ってくれていい」
これはさっき出現したクレイトさんの分身の発言だ。
「分身が残るから別れは永遠ではない? どういうこと?」
ユーリアが訝しみながらクレイトさんに目で説明を求めていた。
「分身はまだ前提でしかないよ。僕とカッシオはこの世界を出て、旅をしてこようと思ってね」
「ドゥーアさんたちのように昇天するのではないのですか?」
正直、驚いた。死ねないクレイトさんの最終目標はユーリアによる昇天だったはずだ。ユーリアも魔力は十分に残してあるはずだし。
「つくづく僕という存在は業が深いようでね。僕がつかんだ真理はこの世界だけのものでしかなかったようなんだ。リュウトが他の世界からきたように、異世界の存在は証明されているし、その異世界へカッシオやムアイグラズなら送れるという話を聞いてね。僕はその世界の真理もぜひとも知りたくなった、というわけなんだよ」
「え、それって俺も元の世界に帰れたりするんですか?」
「残念ながら人間では、宇宙を渡るのは不可能だろう。クレイト殿だからこそ魔属や竜にもついていけるのだと考えてほしい」
ムアイグラズさんから本当に残念な言葉を聞くことになった。
「本来、魔属ですら別の世界にたどり着くのは難しいのだが、今回はリュウト、貴様がいる。貴様と元の体とのリンクはさすがに切れておるが、今の我ならログを追うことで貴様がいた世界にたどり着けることができるはずだ。すなわち我らがリュウトの代わりに様子を見てきてやる、ということだ」