砲撃形態
「兄上よ、未だにそんな体を使っていたのですか?」
見るとカッシオが巨大な魔王の顔の前まで浮き上がって話しかけていた。竜たちも驚き、空中で様子を伺っている。
「ん? その魔力はカッシオか。貴様、門が開いておるから別行動すると言っておきながら、なぜここにおる? ここらはわしの範囲ぞ?」
「意外と門がここの近くに開いておっただけですよ。それよりも先程の問い、答えてもらっていませんが?」
「なぜ貴様の問いにわざわざ答えてやらねばならぬ? 貴様は父上とわしの言うことに従っておればよいのだ」
一瞬カッシオが顔をそらし、こちらを見た気がした。遠いのではっきりとは分からなかったけど、表情は歪んでいたように見えた。
「我の魔力を見て、今なおそんな事を言うか、こんな愚か者が我が兄だと思うとヘドがでるな」
「貴様、何を言って……ぐふっ」
巨大な魔王の頭がぶれた。見えないなにかに殴られたような感じに。
同時にカッシオが拳を振るったようにも見えた。もちろん魔王の顔には届いていないはずだ。
「ふふふ、どんどん力が溢れてくるわ。これほどまでに甘美だとは思わなかったぞ」
「貴様、気でもふれたか」
「気がふれているのは兄上、ブルトゥスではないか? 我らは裏切りの魔王、なのになぜ大魔王にずっと従っているのだ?」
「それは……」
「ああ、わかっているさ。ブルトゥス、貴方に父上、大魔王イスカリオを裏切る理由はない。付き従っておるだけで力が分け与えられるのだからね。しかし私は違った」
「余ったからと言って生み出された下位の魔王でしかない我に付き従う恩恵はなく、余り物とは言え我も裏切りの魔王。ならば答えは一つだろう?」
「貴様……魔属の面汚しめ。魔属は上位に絶対服従が原則。それを忘れたか! 権限を奪ってやる」
「できるものならやってみせよ。我の権限は我のものだ。誰にも侵されぬものだ。我が誰に従うかは我が決める」
「権限を、剥奪できん……なぜだ?」
魔王ブルトゥスの顔は大きいのでこちらからでもはっきりと分かる。苦渋に満ちた顔になっている。
「力が劣るものが上の者の権限を奪えるはずもなかろう。……お前はもう我の贄だ」
カッシオはそう言い切り、右の手刀を薙ぐ。魔王ブルトゥスの首が飛ぶかと思ったけど、とっさに入れた小さな盾と弓つきの右腕を差し込んだようだ。
その右腕がまたこちらに飛んできて落ちる。
「すぐにゲヘナで沈めるよ」
傍らで俺と様子を見ていたクレイトさんがすぐに対応してくれる。雑魚が湧き出すまでにタイムラグがあるようだから、湧き出てくる前に沈められると思う。
けど一応警戒しながら、魔王たちの様子を伺う。
四本あったはずの腕がすでに残り一本となってしまった魔王ブルトゥスは半狂乱じみた勢いで残った炎の鞭を振り回す。けどカッシオはもちろん竜たちにも当たらない。
傷口から吹き出す血がどこかに落ちると、そこから魔族が湧き出てきているけど、だいたいは竜のブレスで消失し、地上までたどり着けたものの、すぐにヴァルカやハギル、ケリスさんたちに倒されている。
これはもう時間の問題だな。
『んー、あれが本当に魔王ならあまり時間はかけたくないんだよねぇ。さすがに内陸のここにまで海嘯竜はこないだろうけど、烈震竜に来られるとやっかいだし。出来たらすぐにでも滅してほしいんだけどねぇ』
クレイトさんの念話が聞こえる。
これたぶん皆にも届いていそうだ。
烈震竜か。人間の町ごと魔族をつぶしてしまう竜みたいだし、確かにそんなのに来られるとやっかいだ。竜が敵でないだけに。
『ラカハイで小規模な地震があったらしいんだよ。小規模だから被害はないっぽいけど、普段地震はないらしいから、烈震竜が動いた可能性があってねー』
烈震竜がこんなところで魔王と戦うことになったらエテルナ・ヌイはただではすまないはず。早いところ魔王を倒さないと。
「豪炎の、砲撃形態は使えるか?」
カッシオがムアイグラズさんの方を向いて大声で問う。
「?! 使えなくはないが、地上だと飛べなくなる」
「よい、魔王を動けなくするので砲撃形態で一気に焼き払ってくれ」
「了解した。今の魔王の位置に標準を合わせる」
「おうよ」
カッシオがほとんど知り合っていないはずのムアイグラズさんと謎の会話をしていた。
会話の内容を察するに、ムアイグラズさんたち豪炎竜には魔王すら一発で消滅させられるようなスキルがあるといった感じか。
「遊んでやりたがったが、急がねばならぬようだ。ブルトゥス、覚悟せよ」
凄惨な笑みを浮かべたカッシオがブルトゥスに取り付き、人の下半身に見えた舌をつかみ、引っこ抜いた。
カッシオが舌を掴んだと同時に、リヒューサが飛ばした風の刃が残った最後の一本の腕を切り飛ばした。
その腕は今度はこちらに飛んでこず、その場に落ちた。……今までの腕はリヒューサがこちらに切り飛ばしていたのか。
『退避だ、もっと内側へ、北門から離れるんだ、ケリス、ハギル、ヴァルカ』
クレイトさんも余裕がなかったのか全方位の念話だ。
『魔王の後ろに結界をはる。遠慮なくぶっぱなしてくれたまえ、ムアイグラズくん』
クレイトさんは豪炎竜が何をするのか知っている感じだな。
「ふむ、後学のためにリュウトも見ておきなさい」
そう言ってクレイトさんが俺に魔法をかけて宙に浮かせた。ムアイグラズさんが降りたところはまだ破壊されてないエテルナ・ヌイの壁で見えなかったんだけど、これで全体を見ることができるようになった。
……自力でフライぐらい使えるようにしておいたほうがいいな。
ムアイグラズさんは地面に降りてから体を変形させているようだ。手足が引っ込み亀のようになっている感じだ。
翼は大きく広げている。ムアイグラズさんの長い首が砲身のような感じの砲台? みたいになった。
その首は巨大な魔王の方向に向けられている。
「アーク程度ではかすっただけで消し飛ぶ、豪炎竜の砲撃形態だ。宇宙空間ではこいつらが並んで斉射してくるんだ。えげつないよな」
気軽な感じに俺の隣に浮いてきたカッシオの分身体が俺に話しかけてくる。分身体なのに、あるいは分身体だからか、カッシオそのものでもあるようだ。
ムアイグラズさんの翼が発光していく。
そして強く発光したと思ったら、砲口のようになっていた口から極太ビームみたいなブレスが魔王の巨大な体に向けて発射された。
もう腕が一本も生えていない魔王の胴体にビームが当たる。
一瞬魔王の体は持ちこたえたけど、すぐに当たった場所から崩壊していき、崩壊が体全体へ広がっていく。
魔王を貫通した極太ビームはだいぶ威力を減衰されたのか、クレイトさんが張ったと思われる結界に当たって、そこで消滅していった。
宙に浮かんだままのカッシオの本体は、引っこ抜いた人型の魔王の舌を片手でネックハンキングして持ち上げていた。
ムアイグラズさんによって魔王の体が崩壊するとほぼ同時に、魔王の舌はカッシオに腕から吸収されたかのように消えた。
「ブルトゥスの魔王核の完全掌握に成功し、支配下においた。今後は我のサブシステムとして使うことにする」
「サブシステム? よくわからないけど、そんなの使って大丈夫なのか? 反乱起こしたりしない?」
「問題ない、やつの個性は不快だから完璧に消去したし、残ったシステムを再利用するだけだ。クレイト様が手間だがまたギアスをかけてもらってもいい」
分身体がそう言ってる間に、本体が俺の近くまで飛んできた。
俺は地上へ着地し、すでに引き返していたハギルやケリスさんや先に降りていたらしいクレイトさんに出迎えられた。
分身体は降りてこず、本体と一緒に降りてきた。
「ずいぶんと強化されたようだね、カッシオ」
「ええ、おかげさまで。あの魔王の大部分を吸収できました。吸収しきれなかった分はここの土地に返還しておきましたよ」
クレイトさんが首をかしげる。
「ふむう? 魔属の力を土地に分け与えられるのか。それを返還というんだね」
「ええ、まあ詳しくは後ほどお教えしますよ。吸収による恩恵も大きいですが、裏切りに対する報酬もかなりのものでしたので」
リヒューサはムアイグラズさんの方へ降りていったようだ。ムアイグラズさんはあの極太ビームを吐いてからまだ動いていない。
変形してたし、変形解除するにも時間がかかるのだろう。