ゲヘナ
「ふ、兄上はまだ我に気づいていないようだ。クレイト様にもな。でなければこんな雑魚どもでどうにかなると思うはずがない」
まあ確かにカッシオやクレイトさんにとっては雑魚なんだろうけど、俺にとっては厳しいだろう相手だなぁ。空飛ぶイルカ程度ならなんとかなりそうだけど、数がすごい。
腕からどんどん湧き出てくるし、切り口でない腕から直接ミノタウロスやレッサーデビルまで湧き始めているし。
「我は兄上、魔王ブルトゥスを討伐してくる。リュウトは雑魚の相手をしておいてくれ」
「お、おい、カッシオ、こんな数俺一人でさばけるわけないだろ」
「すぐにクレイト様が合流すると思うが、それもそうか。一対一ならグレーターでも勝てるはずだけどな」
精鋭ナーガラージャが二人がかりでダメだった相手に俺が勝てるわけないじゃん。
「ふむ、自分を過小評価するくせが抜けきっておらぬようだな。本気で戦えばリュウトはもはやナーガラージャなどハギル以外は相手にもならぬというのに。大サービスだ」
カッシオが何かを傍らにぽんと投げ捨てた。それがぼこぼこと膨れ上がったか思うと、すぐに人の形になった。
「先程マルモンの土人形の形代を奪っておいた。我の分身をお供においておこう。分身と言えど我と同等だからな」
そういって見た目そっくりの土人形をおいてカッシオは北門へ走っていった。
「あーもう!」
悪態をついたが、カッシオの立場というか境遇なら仕方ないだろう。俺も自分の身を守りつつ、エテルナ・ヌイ内に魔族が拡散しないよう沸いて出たやつらを潰していかないといけない。
空を跳んでいるイルカやインプに魔法は当てにくいので必中のマジックミサイルを飛ばす。
生まれたばかりでもろいのか、一発二発で消えてくれる。
これは助かる。
一匹に飛んでいく数を調整しながらマジックミサイルを連続で唱える。
カッシオの分身は無言でライトニングをレッサーデビルやミノタウロスに飛ばしていき、やっぱりだいたい一撃で吹き飛ばしていく。
向こうで炎の嵐が巻き起こったのが見えた。たぶんクレイトさんだろう。
俺もファイアボール以外の範囲魔法なにか覚えないとなぁ。討ち漏らしていたインプが一匹こちらにマジックミサイルを飛ばしてくる。
さっきマジックシールドをかけておいたおかげもあるだろうけど、前にナーガのマジックミサイルを食らったときは死ぬかと思うほど痛かったはずなんだけど、今回は全然だった。
まああのときからかなり鍛えてはいるから強くはなってるんだろうな。もちろん反撃して吹き飛ばしておいた。
クレイトさんがこちらに文字通り飛んできた。さっき違和感あったのはこれか。ちらっと見えた時えらく高い位置に跳んだなとは思ってたんだけど実際に飛んでたのか。
「大丈夫かい? ん? これカッシオかい?」
クレイトさんが一発で見抜いた。さすがだな。
「いえ、カッシオの分身体、だそうです」
「ほう、魔属とは器用なのだな。僕も分身体を作れたら便利なんだが……」
クレイトさん、カッシオの持つ能力に刺激されまくってるな。クレイトさんが魔族の力を解明して手に入れたら無敵になりそうだ。いやもう限りなく無敵なんだけどさ。
「この腕もまとめて焼いてしまうよ。ファイアストーム」
腕を中心に先程見かけた炎の嵐が吹き起こる。
インプや空飛ぶイルカはひとたまりもなく消滅していき、レッサーデビルやミノタウロスは一瞬耐えたあと消滅していった。
十秒ぐらい吹き荒れた後、唐突に炎の嵐は消えた。残ったのは焼け残った腕だけだ。
「さすが、切り落とされたとはいえ魔王の腕だな。やっぱりファイアストーム程度では燃え尽きないか」
珍しくクレイトさんが杖を振りかざし、呪文を唱え始める。
『ちょっと重いやつを使う。念の為辺りを警戒はしておいてくれ。けど攻撃はしないでくれ。巻き込みかねないからね』
結界を構築するレベルのものを使うってことか。カッシオの分身体とともにクレイトさんの前に立つ。
腕から何かが起き上がってくる。
あれはレッサーデビルじゃないな、たぶんグレーターだ。しかも複数!
「クレイトさん、グレーターデビルが沸いてきています。早く!」
返事は念話でも帰ってこない。たぶん聞こえていると思うけど。それだけ集中してるってことか。間に合わなかったときに備えて構える。
グレーターデビルが腕から湧き出て、飛んだ。翼あるからそうなんだろうとは思ってたけどやっぱり飛べるのか。
「クレイトさん!」
「ゲヘナ」
クレイトさんの呪文が完成すると同時に腕の周りに赤い結界がはられた。
地面まで赤くなっていて炎が吹き上がっているようだ。
その赤くなった地面からフックのようなかぎ爪のついた鎖が飛び出してきて飛び立ったばかりのグレーターデビルを捕まえる。
何本も何本も出現し、グレーターデビルは鎖でがんじがらめにされた。また魔王の腕にもどんどん鎖のかぎ爪が突き立てられている。
クレイトさんが杖でとんと地面をつく。その瞬間赤い地面から大きな炎が吹き上がり、グレーターデビルや魔王の腕を焼く。
焼きながら鎖が沈んでいき、グレーターデビルを魔王の腕ごと赤い地面に引きずり込んでいく。
十秒もかからず、巨大な魔王の腕もそこから沸いて出てきたグレーターデビルもろとも赤い地面に引きずり込まれて消えた。
何も見えなくなった直後、再び赤い地面から炎が吹き上がって、終わった。結界も消えている。
「対魔属、というか対腐竜を想定した魔法だ。並大抵の魔属、及びアンデッドならなすすべなく消失する、はずの魔法だ」
「はず、ってどういうことですか?」
ちょっと見たことがない感じの魔法だったので恐怖に震えてしまった。戦慄するってこういうことか?
「使ったのはさっきが初めてなのでね、まだ追証できてないんだよ。多分大丈夫」
「ちなみに、僕は並大抵じゃないのでこの魔法でも消失できないよ」
え? なにそれ? どうやってあの魔法から生還するのか想像すら出来ない。それにその情報いまいる?
「はっはっは、君がこれを使えるようになっても、僕は消えることは出来ない、ということだよ。だから覚える必要ないからね」
俺の心の声を読んで、返事してくるクレイトさん。
「俺達の攻撃をいったん止めさせたのは?」
「うーん、万一その攻撃に反応されたら困るからだね。あのかぎ爪鎖がこっちに飛んできたら怖いだろう? 僕なら大丈夫だけど人間なんかひとたまりもないだろうからね」
あー、はい、あんなかぎ爪突き立てられたらそれだけで死ねます。その上でどこかに飲み込まれて焼かれるんでしょ? 確かに無理です。
「さて、腕二本消失させたんだからさすがに魔王にでもダメージはいってると思うんだけど、どうなんだろうね」
ヴァルカたちは門の内側、町の中までひいて、門で雑魚たちをまとめて迎撃していた。
そうする必要があったわけでなく、単に魔王がエテルナ・ヌイに近づいてきていて、踏まれかねないからのようだ。
そうでなくても魔王は町に背を向けて竜を迎撃しようとしている感じで、尻尾も振り回しているので振り回すたびに魔族たちが跳ね飛ばされているようだ。
魔王の残った腕には何本にも別れた炎の鞭と、小さな盾に弓がついているようなものを持っていた。
炎の鞭で竜を絡め取ろうと空中に振るい、たまにムアイグラズに絡みついているようだけど、同じ属性なのでそれだけではダメージにならず、すぐに逃れている。
リヒューサは早すぎて絡み取れないようだ。
代わりにリヒューサには弓から魔法の矢を連発して牽制している様子。