ゾンビ化
「え? ダンジョウも自爆?」
「いや、あれは自分を爆発の中心とする魔法だね。爆発のようなエネルギーを放射する。周りが敵ばかりのときとかに有効な魔法だね」
クレイトさんがダンジョウの自爆を解説してくれる。森の中にはまだおかわりがいる気配だけど、見えていたやつらはだいたい吹き飛んだようだ。
「ダンジョウは爆発のスペシャリストだから、やつに任せておこう。爆発に耐性も持ってるしな、あいつ」
カッシオも投げやりに解説してくれた。俺たちに爆発は危険だけど、耐性のあるダンジョウなら巻き込まれても大丈夫だから任せるってことかな。
「また範囲魔法を当てずっぽうで打ち込んでもいいけど、森をこれ以上傷つけたくもないしね」
確かにゴブリンが出てきた森の出口あたりはサンダーストームとアイスストーム、そして今しがたのダンジョウの爆発によりめちゃくちゃになってしまっている。
ここらはリザードマンの狩り場でもあるから、あまり荒らしたくはないのも確かだ。
しかしさすがにダンジョウ一人に任せるわけにもいかず、皆で前進の号令を出した瞬間に事情が変わった。
何匹かのゴブリンが立ち上がった。俺らの後方で死んでいたはずのゴブリンがだ。
それとほぼ同時にティラノ、こっちでは腐肉喰らいか、そいつも立ち上がった。
ゾンビ化だ。
忘れてたよ、この世界では死者は出来る限り作らないほうが楽だってこと。あたりをすっかりゾンビに囲まれてしまった。
「死体を処理する時間もなかったからなぁ」
フファンがひとりごちていた。
『ゾンビ化したら痛みや恐怖で怯むことがないし、頭を吹き飛ばすか動けなくなるまでばらばらにするしかないが、あの巨体ではなぁ。腐肉喰らいは僕がやるよ。ゴブリンゾンビは任せる』
ティラノゾンビにクレイトさんが進み出る。
ハギルは近くに来たゴブリンゾンビの首を刎ねていき、フファンはブレスで燃やしていたけど湿地帯だから思ったように燃えず、仕方無しといった感じでその持っていた大きなハンマーで頭を叩き潰していった。
俺はエクテルグが放射状に吐いたブレスで炎上し動きの止まったゴブリンゾンビを一匹ずつその頭をファイアーボールで吹き飛ばしていった。
リヒューサは風の魔法みたいなもので首を刎ねている。正直みんなグロい。
「デトネーション」
クレイトさんは襲いかかってきたティラノゾンビの足にデトネーションをぶつけ、片足を吹き飛ばした。
バランスを崩して倒れこんだ、狙いやすくなった頭にもデトネーションを使い、吹き飛ばした。
面倒なだけで、このメンツはゾンビでは止まらないよなぁ。
森の方では相変わらずダンジョウとゴブリングレネードが暴れているようで何度も爆発音が聞こえる。
せっかくリヒューサとクレイトさんが遠慮して森に魔法を打ち込まなかったのに台無しである。
「まあその分の働きはしてくれたようだ。このゴブリンたちを率いていたロードを捕らえたらしい。すぐに連れて戻ってくるよ」
クレイトさんが発言してすぐに、森の奥から、空中に釣り上げられた大柄なゴブリンとともにダンジョウが戻ってきた。
ダンジョウが右手を上に上げて何かを握っているかのようなポーズをとってるから、たぶん何らかの魔法みたいなもので拘束してるのだろう。
その後ろには生き残ったと思われるゴブリンとゾンビ化したゴブリンとが戦っている。
ゴブリンとは言えエグいなぁ。味方だったものに襲われるとか。
ゴブリンたちも今のダンジョウには手出ししてこないし、これはこれでいいんだけどさ。
もがいていた大柄なゴブリンが急に落ちた。クレイトさんの前に。
ダンジョウはさっきまでやっていたへんなポーズをやめているから、拘束にはそのポーズが必要だったんだろう。
落ちたゴブリンは痛みでうめいてはいるけど、それによる怪我はないようだ。下が湿地だからな、泥で汚れてしまったけど。
「ゴブリンよ、なぜこちらに攻めてきた?」
「西の地を得ようと思った」
クレイトさんの日本語での問いにゴブリンは日本語で答えた。ゴブリン語じゃないのね。
「なぜ、今のタイミングなのだ? もともとゴブリンたちは金属の取り扱いでこの地を支配できていたのではないか?」
「いくら富もうと地を得ていない。それに……」
経済的に支配していても土地を得れないと我慢ならないってことか。それになにか後半を濁した?
「それに、なんだ?」
尋問していたのはクレイトさんだったけど、思わず俺も口出してしまった。
「それに、もはや東はゴブリンの地ではなくなってしまった。キングは殺されてしまった、魔王を名乗る者に」
ああ、やっぱりそうなのか。魔王が降りてたのはほぼ間違いないって感じだったけど確定したな。それにキングがいたってのも、それが殺されてしまったからゴブリンたちが弱体化してしまったってのも。
「キングはいなくなってしまった。国は乗っ取られてしまった。俺たちは新たな国を作らなければならない」
「だから西へ侵略しにきたってことか?」
「魔王は強かった。俺がまったく敵わなかったキングをまるで子供のように扱い、殺してしまった。あの国にはもういられない。俺たちは魔王に使い潰される」
「兄上は政治能力ゼロに近いからなぁ」
カッシオがつぶやく。ブルトゥスという魔王は完全に脳筋のようだ。
クレイトさんが受け継いでくれた。
「ふむ、大体わかった。君がこの群れの長かね?」
「そうだ」
「では君が西を襲うと決めたのだね?」
「そ、それは……」
さすがにその質問の意味を悟ったのか大柄なゴブリンが言い淀んだ。
でもトップであると認めながら言い淀んだということはもう白状したのを同じだな。
「では、君の部下、そうだなトップファイブあたりまでこちらに呼んでもらえるかな?」
大柄なゴブリンはたぶんゴブリン語で三人の名前を呼びつけた。
「一人は戦死しているので三名でよいか?」
「どういった者が戦死したんだい?」
「私の副官で第三位だった」
やってきたのは三人ともローブを羽織ったシャーマン風のゴブリンだった。逆らう気はなさそうで畏まっていた。
「このような状況になってもまだロードについていきたい、と思っている者はいるかい?」
シャーマンたちも日本語を解するようだ。二人が前に進み出てきた。
「よろしい、少なくともロード。君には二人も忠誠心のあるものがいたようだ。よって今すぐ君を殺すのはやめることにする」
「それと君たち、このような状況にあってこの敗軍の将についていくと言った忠誠と覚悟の責任はとってもらわなければならない」
クレイトさんが呪文を唱え始めた。なんか聞いた覚えがある気がする。
瞬間、大柄なゴブリンロードと彼についていくと宣言した二人のゴブリンシャーマンが消えた。
「殺してはいない。強制転移で三人とも別大陸の同じ場所に飛ばした。生き残れるかどうかは彼ら次第だ」
ああ、いつぞや頭の悪いネクロマンサーに使ったランダム転移か。
残ったシャーマン一人はそれを見てびびってしまったのか、湿地であるにも関わらず膝を折り、土下座っぽい格好をし始めた。顔はなんとか水面にはつけていないようだ。
「さて君は裏切り者だ。このような状況であったとしても本人を目の前にして否定するのは並大抵ではないだろう? そうかしこまらないで発言してくれないか」
慌ててシャーマンが顔を上げる。
「も、申し上げます。私は最初からこの西進に反対しておりました。キングを失った今、他種族を敵に回してはゴブリン族が全滅しかねない、と」
クレイトさんがすごく悪役っぽい笑みを浮かべて、さらに発言をするよう促した。
「私は他種族に鍛冶技術を売り込み、他種族と融和するよう進言しましたが、今更だと却下されました。私は私のこの考えを信じておりますのでもはやロードには付き合いきれぬ、と……」