ゴブリン
「腐肉喰らいは私でも厄介な相手、それを一瞬で倒してしまうとは……、やるじゃないか」
ハギルが感心していた。
ハギルは白兵戦ではかなり強い方だと思うんだけど、それでもか。
まああんな十メートル超えてるような大型恐竜を一人で倒せ、とか普通なら無理難題なんだけどな。
腐肉喰らいを倒して一息ついていると、また地響きが近づいてくる。今度は先程みたいに巨大ものが近づいてくるという感じでなく、それなりのが複数迫ってる感じだ。
現れたのは金属製の鎧に武器を持った重装のゴブリンたちと、トリケラトプス? みたいなのにゴブリンが複数乗っているやつだった。やっぱりさっきの腐肉喰らいはゴブリンに操られていたのだろう。
「ミサイルプロテクション」
クレイトさんが知らない呪文を使った。名前からして魔法か飛び道具を防ぐ魔法だろう。
その魔法はクレイトさんの周りにいるもの全てにかかった。
残念ながらカッシオとダンジョウは範囲外だったようだ。
トリケラトプスが突っ込んできた。狙いは俺たちのようだ。湿地をものともしない走りで突っ込んでくる。
とはいっても速度自体はそれほどでもない。二、三十キロぐらいの速度か?
距離もあるから避けるのには余裕があるけど、いつ進路を変えてくるか分からないのが怖い。
同時に重装ゴブリンも突っ込んでくるのも気になる。
カッシオとダンジョウが重装ゴブリンを何匹か引き受けてくれる。トリケラトプスは二人を無視しこちらに向かってくる。
ハギルがトリケラトプスを止めようと攻撃のために近づくと、トリケラトプスに乗っていたゴブリンから射掛けられた。
クレイトさん、ここから乗っているゴブリンが弓を持っているのに気づいていたのか。ハギルには幸いにも矢は当たらなかったようだ。魔法のおかげかもしれない。
その様子を見てたおかげか同じくトリケラトプスに近づこうとしていたフファンは止まって、その場からブレスをトリケラトプスに乗ってるゴブリン弓兵に向けて吐いた。
彼のブレスは火炎放射のように一直線に飛び、一匹に当たった。
その一匹はとたん炎に包まれて転がり落ちる。
落ちたのが湿地帯なので炎は消えたけど、あれではもう死んだか生きていても動けないだろう。
たしかにブレス強い。俺たちも対策なしでブレスはやばかったものな。手加減されていても。
一匹ゴブリン弓兵を失っても突進は止まらず、トリケラトプスは突っ込んできた。
俺たちは大きく回避する。クレイトさんがすれ違いざまにトリケラトプスの進行方向目の前にファイアウィールを立てた。
その炎の壁に突っ込んでしまったトリケラトプス自体には火はつかなかったものの、体に取り付けられていたものが燃え出し、乗っていたゴブリン弓兵も炎に包まれた。
トリケラトプスは横倒れて湿地で火を消そうとする。
ゴブリン弓兵たちは投げ出され、トリケラトプスに潰されたり、落ちどころが悪かったせいかそのまま動かなくなったりしていた。
ふと見た森から何かが光って見えた。たぶん魔法か金属製の武器だ。ゴブリンたちが畳み掛けてきたのかもしれない。
「カッシオ、ダンジョウ、下がって!」
トリケラトプスの突進でこっちには被害はなかったものの、完全に分断されてしまっている。カッシオとダンジョウが突出した形になってしまっているし、ここは少し下がったほうがいい。
クレイトさんも少しひきつけたせいか単独になってしまっている。
ハギルとフファンも離れ離れで連携が取れる距離ではない。
そんな中俺たちに矢の雨が降ってきた。
フファンやエクテルグが空に向けてブレスを放射状に吐いてくれたおかげでいくつかの矢は燃えて勢いを失って落ちたけど、何本かは俺のところまで届いた。
さっきクレイトさんが防御魔法をかけてくれていなかったら射殺されていたかも。
今の攻撃で矢が一本クレイトさんに当たってしまったようだ。肩に矢が刺さっている。
『僕は大丈夫だ。けど、矢には毒が塗られているようだ。当たらないように気をつけてくれ』
うへぇ、言っちゃ何だけど当たったのがクレイトさんで良かった。毒矢とか俺が当たったら一発で終わりだ。
「クレイト様に傷をつけるとは何たる不敬!」
リヒューサが激高している。いや不敬って言ったって今のゴブリンは敵なんだから当たり前だろうに。
クレイトさんがリヒューサの方を見て首を振っていた。落ち着けって意味か、竜化の許可でも取ろうとしたのか。
リヒューサは可愛い顔を歪めながら呪文を詠唱して、森へ魔力を叩きつけた。
「サンダーストーム!」
森に雷の嵐が吹き荒れる。範囲が大きすぎて重装ゴブリンやカッシオやダンジョウも巻き込んでしまったかもしれない。
木々は煙を上げ、水蒸気爆発でも起こったのか森の中は真っ白になって見えなくなった。リヒューサ、やりすぎだって。
煙の中からカッシオとダンジョウが駆けてきた。カッシオの表情はいつもどおり飄々としていたが、ダンジョウは怒っている様子。
これは怒られても仕方ない。ぱっと見、矢を何本か受けているようだが、ダメージを負っているようには見えないのが救いだ。
『僕は氷系は苦手なんだけどなぁ』
クレイトさんがぼそっと念話でつぶやいていた。
「アイスストーム」
サンダーストームが打ち込まれたところへ今度はクレイトさんがアイスストームを打ち込む。
範囲内で急激に温度が下がり、氷の嵐が吹き荒れた。
魔法の効果は十秒あたり続き、唐突に切れた。
森はあたり一面真っ白になっていた。
上がった水蒸気が冷やされて霜になったのだろう。
ぶっちゃけあの中にいたものは死滅したんじゃないかな。実際ゴブリンらしき死体っぽいのもちらほらと見える。
さすがにこれで引いてくれるかな、と思ったけど甘かったようだ。
範囲外だったと思われる森の奥からさらに多数の粗末な鎧をつけた雑兵っぽいゴブリンと、少数のローブを羽織ったゴブリンが進み出てきた。
もう戦力差が違いすぎることは分かってるだろうに、こいつら殲滅されるまでやるつもりか?
いまリヒューサが怒り心頭だから放置しておいたらまじで殲滅してしまうぞ。
「おかしいですね。聞いていた話よりゴブリンが弱い。どうも種族バフがかかってるようには思えない脆弱さだ。ゴブリンキングが生まれたと推測されていたのですよね?」
こちらに下がってきたカッシオがクレイトさんに話しかけた。そんな話をカッシオにした覚えはないのだが、俺の記憶を読んだんだっけ。
「そうだね、ゴブリンキングが背後にいるならこのしつこさも分かるけど、ゴブリンキングがいる割には弱すぎるかもね。ほら、そこに見えてる雑兵たちも精強には見えない」
むしろやつれているようにも見える。
そんな雑兵の中から一匹の小柄なゴブリンが何かを抱えて飛び出してきた。
まだ前方にいたダンジョウがそれを阻止しようと立ちふさがる。
あ、これだめなやつじゃないか?
「ダンジョウ、そいつから離れて!」
ダンジョウが俺の声を聞いて、疑いもせずにバックステップするのは見えた。
しかしその姿は爆発したゴブリンによってかき消えた。
クレイトさんのデトネーションに匹敵しかねない爆発だった。
「ゴブリングレネード……」
「なんだい、それは?」
「ゴブリンの城攻め用の自爆攻撃です。まさかこんなところで使ってくるとは。あの抱えていたのが爆発する元です」
クレイトさんでも知らないのか。まあレアな攻撃ではあると思う。そもそもゴブリンが城攻めとかいつするんだ、って感じだし。
「対策は?」
「近づかないことです。あと火はやばいです、その場で爆発するかも」
「雑兵に紛れ込まれたらやばいね」
さすがに巻き込まれ覚悟で同時に攻めてくることはなかったけど、雑兵たちはこちらに近づこうとせず投石し始めてきた。先程爆発に巻き込まれたかに見えたダンジョウがゴブリンたちに突っ込んでいく。
投石がダンジョウに集中するけどお構いなしに突っ込んでいき、ダンジョウが爆発した。