消火
「やつはどこにいったんでしょうか」
クレイトさんがこちらに駆け寄ってきたドニーさんたちを見て、ホッとした感じの表情をしていた。
「流石にそれはわからないけど、効果時間が切れるまでさっきのやつは幻の怪物に襲われ続けるよ。テレポートでも逃げ切れない。なにせ彼にかけた幻影だからね」
「リュウトさん、それにクレイト殿も……ありがとう、ございます。おかげで助かりました」
幻影に紛れてこちらにきたドニーさんが頭を下げる。後ろにはちゃんと女性と女の子もついてきていた。
「間に合ったようで良かったです。少し屋敷の火の手を増やしてしまいましたが、今から消しますので」
クレイトさんにしては長い呪文を唱えた。
「サプレスファイア」
呪文が成立した瞬間、勢いよく燃え上がっていたファイアウォールが一瞬で消えた。
そこかしこで上がっていた火も一瞬で全部消えたようだ。とたんに屋敷内が暗くなる。
「炎を一時的に禁じましたので屋敷内の火は全て消えたはずです。申し訳ないのですが明かりとしてついていた火も全て」
ここは窓があるのでいくらか明るいけど、薄暗くなってしまった場所もありそうだ。ここもまだやや暗いのでライトをかけておいた。
「転移封じの結界が破壊されております。いつ転移による奇襲があるか分かりませんので、とりあえずの簡易結界を張っておいてよろしいですか?」
「ああ、ちゃんとしたものは王都より魔術師を召喚せねばならぬし、ぜひともお願いしたい」
再びクレイトさんが呪文の詠唱に入った。今度は結界ということでかなり長そうだ。
ダンジョウとカッシオがこちらまで来た。
「彼らは?」
なんとか威厳を保ちつつ、といった感じのドニーさんに聞かれた。答えるべきクレイトさんは詠唱中なので俺が代わりに答えることにした。
「最近、師クレイトの命により私の配下となったものです」
「なんと、また有能の士が増えたのですか。おかげで助かりました。私はこの地の領主、ドナルドです。これらは我が妻エミーと娘のアニスです」
ドニーさんがダンジョウとカッシオにも頭を下げる。王弟だって聞いたのに、本当にドニーさんは偉そうにしないな。
「殿下! ご無事ですか!」
下から今度は親衛隊長が親衛隊を何人か引き連れてやってきた。
「ジャック、私を殿下と呼ぶなとあれほど……」
「殿下は殿下でございます。それよりも皆様方がご無事で何よりでした」
「だからこいつは呼びたくなかったんだ」
おそらく小さくつぶやいただけのドニーさんの台詞がはっきりと聞こえた。
すごい地獄耳になってしまったようだ。でも便利だから助かるなこれ。
ドニーさんとその奥様のエミーさんは親衛隊長のとやり取りになってしまったが娘のアニスちゃんはやることがなかったためかこちらに来て丁寧な挨拶をしてくれた。
「ありがとうございました。リュウト様にクレイト様、おかげで助かりました。母に変わってお礼申し上げます」
クレイトさんは呪文を唱え中だから主に俺に対してだ。
アニスちゃんはおそらくユーリアより少し上程度の可愛らしい子だった。
どことなくドニーさんに似ているけど大部分は綺麗なエミーさんから美貌を受け継ぎそうだ。
しかもさっきの挨拶からして我儘な貴族令嬢というわけでもなさそうだ。
「そうか、やつは死んだか……」
「はい、真っ二つになっておりました。彼ほどの手練がそのような状態になるなど考えられぬため、彼が利用され不意をつかれて殺されたのでしょう」
ドニーさんと親衛隊長との会話は何やら物騒な話をしていた。
今回の襲撃で残念ながら亡くなった方もいるようだ。
その割に悲しみにくれているという感じではないようだけど。誰なのかと理由はすぐに分かった。
「やつは私を疎む貴族共がつけた監視役みたいなものだったからな。執事としてはたいへん有能であったので便利に使わせてもらってはいたがな」
あー、あの念話が出来るっぽかった執事さんか。
押し入ってきたのはダンジョウの元同僚みたいだし、裏切らせたんだろうな。
そして用済みになったから殺された、と。
「……リュウト様?」
「え? ああ、ごめん、頭に入ってなかった」
しまった。ドニーさんたちの会話に集中しすぎてしまって、目の前のアニスちゃんの言葉を聞き取っていなかった。
「はい、ですので今度お礼の品を持って、皆様のお屋敷へ遊びにいってもよろしいでしょうか? 私と同年代近い子がたくさんいると聞いていますし、ここには来てしばらくしか経っていませんのでお友達がいないんです」
貴族令嬢を孤児院に入れて、孤児たちと仲良くするのはいいんだろうか?
俺の常識でならいいに決まってるんだけどここ中世っぽい異世界だしなぁ。と、少し返事を迷っているうちにクレイトさんの呪文が完成したようだ。
「ええ、かまいませんよ。是非ともお越しください。歓迎しますよ」
にっこりとアニスちゃんへ笑いかけながら代わりに返事してくれた。疎いとはいえ、俺よりは理解しているはずだから、いいんだろう。
うちの子たちはどこに出しても恥ずかしくないようにはしてるはずだしな。
「本当ですか! ありがとうございます! ご迷惑にならないよう気をつけて参りますわ」
「さて、いったいどうされたのでしょうか?」
クレイトさんが親衛隊長と話しているドニーさんに話をふる。
「ああ、クレイト様。この屋敷の執事が裏切ったようでして、侵入者を手引したようです。ドナルド様のみを狙っていたようで、メイドたちは執事の指示で離れた部屋などに軟禁されていたようで無事なようです。裏切り者とはいえ情が移っていたのでしょう。部下のものが開放しております。また周辺を飛んでいた悪魔どもは全て討ち果たしております」
親衛隊長のジャックさんがドニーさんの代わりに答える。
さすが親衛隊を名乗っているだけあって小悪魔程度なら難なく撃破できたようだ。
それに巻き込まれたメイドさんもいなかったようで、不幸中の幸いだ。
「しかし侵入者は一体何者なのでしょうか?」
「それについては心当たりがあります」
ドニーさんとジャックさんが大げさに驚く。
「前にドナルド様に言いました魔王の手下のようです。ドナルド様が親衛隊を呼び戻したのは慧眼でした」
「おお、さすがはクレイト殿です。クレイト殿の進言によるものでしたからな」
ドナルドさんが胸に手を当ててお辞儀する。貴族流の感謝のポーズなのかもしれない。
「あなた……」
「おお、すまんな。ジャック、後始末を頼んでいいか? なれぬ悪意に晒されたのでエミーの具合が悪いようだ。離れは無事なのだろう? そちらで一休みさせてもらうよ。クレイト殿、すまないがそういうことなので後日、改めてこちらへ来てもらえないだろうか? 伝令を送る」
「ええ、そうですね、こちらもいろいろありましたので整理が必要ですし。ああ、伝令は必要ありませんよ。念の為こちらをお渡ししておきます。私とどこでも話が出来る指輪です。それで呼びつけてください。……もちろん何か良からぬことが起こったときも」
そういって俺や子どもたちももらったことのある指輪をドニーさんに渡した。
「かように便利なものが。ありがたく使わせてもらいますよ」
「ただこれは長時間会話すると機能しなくなるので呼び出しに使うのが一番かと思います」
「そうか、これがそこらの普通の魔術師でも作れるのであれば革命的なのだが」
あーやっぱりドニーさん優秀だわ。
確かにこれが一般化できるなら超便利というか世界をひっくり返しかねないものだって、すぐに気づいたようだ。
まー実際のところクレイトさんの念話能力ありきのものなのでそうはうまくいかないけど。
ドニーさんを高く評価してたクレイトさんさすがだな。
ドニーさんに手をひかれエミーさんたちは親衛隊に付き添われて離れに向かった。
その際アニスちゃんはこっちに手を降っていた。
アニスちゃんは悪意に晒されても大丈夫だったようだ。強い。
親衛隊の大部分はドニーさんについていったけど、二人ほど俺たちの護衛?
お目付け役? として残ったようだ。
「とりあえず奴らの痕跡が残ってないかだけ調べてから帰ろうか」
ホウセンが立っていたところや来ただろう経路をたどったけど、特に何もなかった。
のでカッシオとダンジョウを引き連れて、館から離れた。
親衛隊の二人は門までは送ってくれた。