魔将
「え? 領主様のところに? やばくないか?」
「だからやばいと言っている。急いだほうがいいかもしれん」
「あの煙はなんだ?」
親衛隊の一人が叫ぶ。見ていると確かに進んでいる方向に煙があがっている。
あまり良さそうな感じはしない。
「急ぐぞ!」
親衛隊長のジャックさんが指示する。
親衛隊への指示だけどもちろん俺らも従う。
領主の屋敷にたどり着いた。
屋敷の一部が炎上していた。
それにその屋敷の周りに羽の生えた悪魔にしか見えない奴らが複数飛んでいる。
「隊長、このへんは任せます。わたしたちは屋敷内へ飛びます。結界が破壊されている」
そう言って、クレイトさんは俺の手を掴んだ。今までずっと触れないようにしていたから正直びびった。
最近の対策で触れることが出来るようになってたけど、長らく触ってはいけないと思ってたからなぁ。
などと考えていたら急に景色が変わった。
建物内だ。
どうもポータルでない魔法でテレポートしたようだ。短距離ワープ、出来たんだ。
炎上しつつある大広間、その奥にユーリアより少し年上っぽい女の子と大人の女性をかばっている風な、剣を構えているドナルドさん、そしてその前に二メールは超えていそうな巨体の鎧姿の男。
そしてその周りにはどう見ても牛の頭を持った巨人、大斧を持ったミノタウロス、って感じのやつが複数いた。
「デスクラウド」
向こうは全員驚いていたようなので不意打ちの形になった。クレイトさんがすかさずドニーさんたちを巻き込まないように呪文を使った。
周りにいたミノタウロスは発生した黒い霧に包まれて、ばたばたと倒れていく。しかし巨体の男とその近くにいたミノタウロスが一匹だけ抵抗に成功してしまったようだ。
ミノタウロスが突撃してきて大斧をクレイトさんに振り下ろそうとする。
とっさに剣を抜いて二人に割って入り、大斧の軌道を剣でそらす。
大斧を受けきれたら良かったんだが、さすがにそこまでの力はなかったので受け流した。
大斧が床にめり込む。
俺の助けなんかいらない気も後でしてきたけど、まあ勝手に体が動いたってやつだね。
「ディスインテグレイト」
クレイトさんが呪文を唱えると、ミノタウロスの体に小さな何かが飛んでいく。それがミノタウロスに当たった瞬間、ミノタウロスは消失し、その場にはミノタウロスが持っていた大斧だけが、床に刺さったまま残った。
なんの音も、エフェクトも、存在していたという物的証拠も残さず、個体を消し飛ばしてしまう恐ろしい魔法だ。
しかし警戒は怠れない。
奥の巨体の男が動かないからだ。
ドニーさんたちは希望に満ちた目でこちらを見ている。
どう見たって絶望的な状況だったしなぁ。
クレイトさんがテレポートしてまで飛び込んで来た意味はあったと思う。
大男は半身でこちらを見……、眺めている?
「コウダイ、策を示せ」
本人はぼそっと言ったつもりなんだろうけど部屋に声が響いた気がした。
途端に大男の肩の上に羽の生えた小悪魔、としか言いようがないやつがぼんっという効果音と煙とともに現れた。
その小悪魔は生意気にも学者がかぶるような帽子をかぶり、モノクルをつけ、あごひげを伸ばしていた。
「策と申されましても……。現地人が二人増えたところで、ホウセン様が蹴散らせば良いのでは?」
明らかに見下したような目をこちらに向けながら小悪魔がこちらに隠す気もなく、そんな事を言う。
「下から配下ではない魔属らしき者が近づいてきているが、それでもいいのか?」
「配下ではない者が、ですか? まあ誰であろうとここを任されたのはホウセン様ですから、無視されても良いのではないでしょうか?」
やばいな、これ。大男はどう見ても戦士だし、さっきのミノタウロスより強いだろう。
俺の実力ではクレイトさんを守れる気がしないどころか足手まといにしかならない気がする。
一太刀の時間を稼げればクレイトさんならなんとかしてくれるだろうから、肉壁も覚悟しないといけないかもな。
せめて盾を持ってきていたらなぁ、と若干後悔しつつ覚悟を決めた時、階下から走ってくる音が聞こえた。
「ホウセン!」
叫んだのはダンジョウだった。知り合いなのか?
ということはこいつも大魔王イスカリオ配下の魔属か?
ホウセンと呼ばれた大男の関心が俺らから離れたのを感じた。
……助かった。まさかダンジョウに助けられるとは。
「ダンジョウではないか。お前は確かカッシオ様のところへ行ったはず。なぜここにいる」
「そのカッシオがここにいるからさ」
ダンジョウの後ろから言いながらカッシオも現れた。
入り口からここまでまっすぐに来てくれたようだ。
「カッシオ……様? 確かに似ているが、若干違う気もする……?」
「我は常に成長しているからな。見違えても仕方あるまい。さて、ホウセン、貴様ここで何をしている?」
「言う義務はありませんぞ、ホウセン様」
大男、ホウセンの肩に止まっている小悪魔が囁く。
こいつも囁いてるつもりなんだろうけど、とても声が響いている。
ホウセンは小悪魔に言われたからか押し黙った。素直か!
どう見てもあの小悪魔の方がホウセンよりも格上には見えないからなぁ。
三人が押し問答してるうちに俺よりも前にクレイトさんが進み出る。
俺が前にいたらかばってしまうのを見透かしたかのように。
「イリュージョナリーモンスター」
また知らない呪文を唱えてそれが成立すると、カッシオを見据えていたホウセンが見えないなにかの攻撃を受け止めたかのような動きをした。呪文の名前からして幻影の怪物がホウセンを襲っている?
凄まじい一撃を振るってるけど、相手が見えないのでまるで演舞を踊っているかのようだ。
「ホ、ホウセン様? いったいどうなされたのですか?」
肩の上に乗っていた小悪魔にも相手は見えないようだ。
何かが見えているのはホウセンだけのようだ。
この隙をついて、ドニーさんたちへ身振り手振りでこちらに来るように言う。
クレイトさんがこちらの意図を読んでくれたようで魔法で支援してくれた。
「ファイアウィール」
ファイアウォールの炎と音と煙で一瞬でもドニーさんたちを認識できないようにしてくれた。
屋敷がさらに燃えてしまうけど、すでに燃えてるからご勘弁を、ということで。命あってのものだしね。
「パーフェクトイリュージョン」
魔眼をもっていても見抜けないという完璧な幻影の魔法、らしい。以前クレイトさんは自分の体にかけて変身の代わりにしていた。
その魔法をさらにホウセンたちにかけたようだ。今ホウセンは幻影の獣に襲われながら自分にとって都合のいい幻影も見ているはず。
「目的はかろうじて果たした。跳ぶぞ、コウダイ」
なおも持っていたハルバードみたいな武器を振り回しながら、肩のそばで飛んでいた小悪魔に言う。
「カッシオ様、このことは大魔王様へ報告させていただきますからね」
コウダイと呼ばれた小悪魔がカッシオに向けて言いながら、再びホウセンの肩に止まった。
ダンジョウがそれを聞いてか、小悪魔に斬りかかろうとしたが、カッシオに止められていた。
次の瞬間、ホウセンと小悪魔コウダイはかき消えてしまった。テレポートなりなんなりでとんでいったのだろう。
「よろしかったので?」
ダンジョウがカッシオに振り向きながら問う。
「ああ、もちろん、すでに我らの裏切りは父上に気づかれておるし、あのまま切りかかっておれば今頃貴様は真っ二つであったぞ」
カッシオがダンジョウに諭すように言っていた。
……なんかえらくはっきりと聞こえるけど、あれ小さな声で言ってるよなぁ。
さっきから小さいはずの声がはっきりと聞こえているような気がする。
もしかしてカッシオが再設定したというギフトの影響かもなぁ。【悟り】だから何を言っているのか悟っているみたいな感じなのかも。