気配
「……そうか。では次はギアスだ。カッシオ、君も受けてもらうよ。ハギル、今ならこの結界に入れるから来てもらえないかい?」
三人まとめてギアスをかけるつもりのようだ。ここはエテルナ・ヌイだから呪いに属するギアスはかけれないはずだけど、わざわざハギルを結界内に入れたということは、結界内なら出来るんだろう。
「は、すぐに」
ハギルが近くまでやってきた。
「すまないねぇ。普通であれば君の忠誠を疑うことはしないのだが、このカッシオの能力が独特なのでね。保険をかけさせてもらいたいんだ」
「とおっしゃると?」
「ここにいるカッシオの能力は裏切りを引き起こすこと、みたいなんだ。今この中で裏切る可能性、あくまで可能性だよ、裏切るという選択肢があるのはハギル、君だけだと思うからね。だから念の為、君にもギアスを受けてもらいたい」
ハギルは一瞬驚いたような顔をしたけど、すぐに真顔になった。
「それほど私めを評価していただいていたとは……。それに、ギアスによってクレイト様からの信頼がよりあつくなるのであれば、問題ありません」
「では三人にギアスをかけるよ。ギアスの内容はユーリアやリュウトに対して悪意を向けてはならない、だ」
クレイトさんが何やら唱える。前と同じようにエフェクトも何も出ない。
「条件にクレイト様が入っていませんがよろしいのですか?」
とダンジョウ。もっともな疑念だけど、なぜかは俺には分かる。
「ん、僕に対してならいくらでも構わないよ、あーでも、それはリュウトやユーリアへ悪意を向けるのと同義かもしれない。彼らは周りを大事にするからね、そういうことだから周りに対しても気をつけなよ。それに僕自身に悪意を向けたら僕がどうにかしてしまうかもね」
と微笑みながら返すクレイトさん。うん、クレイトさんらしい。
ダンジョウは顔色を失っていた。
カッシオは当然といった感じですましている。
ハギルは笑っていた。
現時点ではこの三人が裏切ることはなさそうだ。
「おまたせしました。今後このカッシオとダンジョウも我らがエテルナ・ヌイの住民となります。しばらくはリュウトの補佐として行動させますのでよろしくお願いします」
皆と合流して広場へ戻る。そこには心配そうな顔をしていたグーファスと、大怪我したばかりのはずなのにあっけらかんとしたレミュエーラ、それといつの間に戻ったのか人化したリヒューサと知らない男性が一人待っていた。
俺たちが近づくとその知らないおじさんの目が一瞬でつり上がったように見えた。
瞬間そこに巨大な赤い竜が現れた。
レッドドラゴンのヴァルカと大まかには似てるけど、細かいところが全然違う感じのドラゴンだ。
「お待ちを、豪炎竜どの」
赤い竜の傍らで立ったままだったリヒューサが声をかける。
「あれら、魔の者はこの地の当主クレイト様に下っておるようですので」
「そうなのか? 魔王級の力を感じるのだが……」
しぶい美声といった声で念話が聞こえてくる。全方位の念話のようだ。
「これはこれは豪炎竜どの。しかもかなりの高位の方とお見受け致す。我は【元】魔王、カッシオと申します。ここにいるダンジョウと共にクレイト様の弟子、リュウト様の配下となり申したゆえ、魔属でなくなりつつあります。以後、ご承知願えれば幸いです」
カッシオが進み出てとりなしてくれる。ほんと、こいつ社交性高いよな。
一瞬戸惑ったような顔を見せた竜は、次の瞬間困った顔をした元のおじさんに戻った。
「魔王が寝返ったのか。聞いたこともない話だな」
「クレイト様は規格外ですので……」
「まあ、主らのおかげで生き永らえたのだ。好きに私を使ってくれ」
警戒自体は解いていないものの、リヒューサの言うことを信じてくれたようだ。
しかしあれが豪炎竜か。
同じ火属性だからレッドドラゴンとの差が如実に現れていると言うか、ヴァルカには悪いけど並んでたら確実に豪炎竜のほうが格上だって分かる感じだった。
「もともとエテルナ・ヌイに住んでいないものは全員ラカハイへ帰還してします」
グーファスが報告してくれた。レミュエーラがダンジョウを見つけてにやっと笑った気がした。あやうい性格してるよなぁ。
「では我々もラカハイへ帰りますか。ドゥーアくん、あとのことは任せるよ。豪炎竜どの、まずはゆっくりと疲れをとられると良い」
そう言って転移門をくぐってラカハイへ戻る。
戻ったら転移門のある建物の中に重装の兵士や冒険者っぽい人たちが集まっていた。ん? なんだろう、と思っていたらおじさん? が進み出てきた。
「おお、クレイト様にリュウト様、大司教様もお戻りになられましたか。それは良かった」
誰だろう? と首を傾げていると、向こうから名乗り出てくれた。
「申し遅れました、私、ラカハイ領主ドナルド・アレン公爵様の親衛隊隊長、ジャック・チャップマンと申します。ドナルド様の命により、救援に参ったのですが、どうやらすでに解決されたご様子。さすがでございますな」
そういえば公爵だって名乗ってたっけ、ドニーさん。そんな風にはあまり見えないんだけどねぇ。それに親衛隊って。そんなものがいるほどの人だったのか。
この人も騎士っぽいし貴族なんだろうけどドニーさん同様、身分のことはあまり気にしない人のようだ。
「あら、なにやらご迷惑をおかけしてしまったようですね。では私が直接ドナルド様へ説明しにいきましょう。これはカッシオにダンジョウです。今は私どもの配下です」
「クレイトさん」
「ああ、ビルデアくん、ちょうどよかった。ちょっと領主様のところへ行くことになったので、屋敷に帰るのが遅れるけど心配しなくていいと屋敷に戻った皆に伝えてくれるかな? こちらはもう問題ない、と」
親衛隊とやりとりしていたので気づかなかったけどビルデアさんも来ていたようだ。
「では私はこれで。またお話したいことがありますので、後ほどお伺いさせていただきますね」
「私も向かえが来ているようですので、今回はこれで。もうしばらくラカハイにいることにしますよ」
アンソニーさんたちと大司教とは転移門のある建物で別れた。
「クレイト様は稀代の魔法使いで、私どもを呼び寄せるきっかけを作ってくれたと聞いております」
領主の館へ向かう道中、親衛隊長のジャックさんがクレイトさんに話しかけてきた。声の調子はご機嫌といった感じだ。
「ほう、では別のところにいらしたのですか? 確かにお見かけしたことはございませんね」
「ええ、ラカハイへ赴任される際に王都に留まれと言われまして……、親衛隊をですよ。ラカハイの民を刺激しないようにと説明されておりましたが、もう平定されたのですな。さすがドナルド様です」
「ほう、そうなのですか。私もラカハイに来てまだ半年も経っておりませんので……」
「おや、なるほど。王国の直轄地であるラカハイを治めていた代官がはっきり言ってしまうと無能でしてな。罷免されて王弟殿下であらせられるドナルド様が治めることになったのです。それからわずか半年足らずでラカハイは見違えたように良くなったようですな」
「……王弟殿下であられたのですか。だから公爵なのですね」
「ええ、殿下、ドナルド様らしいですが、貴方にも言っていなかったのですか。王国の重要拠点でもあるラカハイにアンデッドを侵入させた代官は王直々に罷免され、立て直しのために王弟陛下であらせられるドナルド様自らがラカハイを治めることになったのです」
「ああ、なるほど。なぜドナルド様が治めているこのラカハイに今まで孤児院がなかったのか不思議には思っていたのですが、そういうことでしたか」
「ええ、荒れていたラカハイを立て直すのに必死でそこまで手が回っていなかったようですね。おかげで助かったと言っておりましたよ」
なるほど、ドナルドさんすっごい偉い人だったのか。それに確かにこんな良い町なのにユーリアみたいな孤児がいたとかおかしいものな。最近よくなったのか。
「リュウト、やばいぞ」
カッシオが小声で話しかけてきた。
「今向かっているだろう場所に魔属の気配があるぞ」