協調
んー、なんだろ?
いろいろと過去にあったむかつきを思い出したけどそれだけだ。
思い出しむかつきってやつだな。
別になにかの影響を受けていたとしても、影響がなくてもありそうなことしか起こってない。
「別に、特に」
「ははっ、リュウトの性格なら大丈夫だと思ったさ。むしろ僕の方がやばいかなと思ったけど大丈夫のようだ」
「ちっ、まるで無能と言われてるようでむかつくぞ」
義体が悪態をつく。
「ところでどんな属性だったんです?」
クレイトさんが答えてくれようとしたのを義体が止める。
「我が答えよう。我の属性は【裏切り】だ」
「不死に狂乱とかあったな、属性。それに裏切り?」
「ああ、そうだ。その世界の人間を裏切らせて多く糧を得るってことだ」
「僕はすでに人間という種自体を裏切ってるからね。国や妻や子どもたちも……。だから少し危ないかなと思ったけど、過去に不死属性だったことが僕を守る結果になったようだ」
「じゃあ俺が無事なのはなんででしょう?」
「たぶんだが裏切る要因がないから、ではないだろうか? そんな人間に会ったことなど今まで一度もなかったがな」
驚いた顔をした義体までが返答してくれた。
「リュウトがなにか、だれかを裏切って得をするってことはあるかい? それもないのに裏切らせるとか、それはもう洗脳だ」
ああ、確かに。今の俺にクレイトさんを裏切ってなにか得することなんかない上に裏切った時点で死ぬのは間違いない。
ユーリアを裏切るとかとんでもないし、他の関わった人たちに対しても裏切ったところで俺は得しないよな。
得しないのに裏切ることなんかないよな。
「で、だ。我の属性の力では貴様を裏切らせることは無理だと最初から感じていた。だから話したかったんだ」
「ほう、分かった上で話し合いとか何を話したいんだい?」
義体が少しクレイトさんから離れて指差す。
「この我、魔王カッシオの部下とならんか? お前の魔力は我のどの部下よりも大きい。取り込みたいぐらいだが、属性をもはねつける力を持っておるからそれは叶わん」
「魔王の配下となって、それは僕に利益があるのかい?」
「ああ、もちろんだ。我についてくるなら貴様が知っている以上の真理を教えてやることが出来るだろう。貴様は世界を渡ったことはないだろう? それとだ」
義体、今は魔王カッシオが俺の方を向いた。
「貴様にも教えてやるぞ。貴様が最初にいた世界の位置を。戻れるかどうかは知らんがな」
ええ?! それって魔王カッシオについていけば元の世界に戻れるかもしれない、ってこと? しかし……。
「……少し心が動いたのは事実ですが、可能性だけじゃ無理ですね」
「ああ、僕も全く同様だ。知りたいのは事実だが、僕の知らない真理があることがほぼ確実だと分かっただけで僕には満足だよ」
「ではもう一つ、情報をやろう。この地には我一人で来たわけじゃない。兄と父も来ている。もちろん我と同じ裏切り属性だ。この地は混沌と化すだろう。すでに二人とも降りてきているはずだ」
「ああ、先程豪炎竜が落ちてきたのはそのせいですか。となるとその兄か父とやらが降りてきたのはゴブリンの土地ですね。……むしろ好都合な気がしますが。あと一箇所はどこでしょうね」
骨の姿でやれやれといった雰囲気を醸し出すクレイトさん。
だいぶと人間らしくなってきてるなぁ、まあ元人間なんだけどさ。
「どうやら貴方が僕に与えてくれるものはそれほど価値はなかったようだ。しかし、魔王カッシオ。僕は君に大きな価値を与えれられるかもしれないよ?」
人形みたいな義体でしょんぼりしていた感じのカッシオがクレイトさんの話術に乗せられたようだ。
「君は裏切りが糧になるのだろう? ならば君自身が裏切ったら、自己供給できるようになるんじゃないか? どうだい? 君の兄や父を裏切らないかい?」
義体が呆然とした様子で立ち尽くす。
「……考えもしたことがなかった。人を唆すばかりで自分が裏切るなどと」
「自己矛盾をはらんでそうだが、どうだい? 裏切るなら協力もしよう」
「ああ、父は元々【矛盾】の大魔王から生まれた魔王だったらしいから大丈夫だろう」
骸骨の鼻の穴からふんっと息が出たような気がした。
「君がそんな情報を教えてくれるということは乗り気のようだね」
「ああ、すでに力が漲ってきている。素晴らしい効果だ。裏切るというのはこれほど素晴らしいことなのか」
いや、それはたぶんあんただけだ、と心のなかでつぶやいた。
しかし裏切りの魔王を唆して裏切らせるとかクレイトさんすごいな。俺には出ない発想だわ。
「いいだろう、我、魔王カッシオ。クレイト様の配下となろう。条件は我が父、大魔王イスカリオ、我が兄、魔王ブルトゥスを食らうことだ。その協力をしてもらおう。下剋上だ!」
興奮した様子でカッシオが宣言する。
「それがなされたならクレイト様やリュウトの望みも叶えてやらんこともない。いやこれは裏切らんよ。裏切ってる際には裏切らんものなのだからな」
なんかもうクレイト【様】になってる。立場的に従うことには慣れているのかもしれない。下剋上とか言ってるしな。
皆のもとに戻る前にエテルナ・ヌイにある地下工房に先に立ち寄ることになった。
ここの義体を持っていかれると困るから、地下工房で開発中だった新型に乗り換えてもらうためだ。
地下工房には男性型の義体が横たわっていた。
俺の影武者用の義体、だったらしい。
ということはアルティナさんみたいにコアも良いの使ってるんだろうな。
こんな魔王にはもったいない。
魔王カッシオは横たわっていた義体に移ったようでゆっくりと起き上がり、寝かされていた台に座った。
入った瞬間人形っぽかったところが一瞬で違和感がなくなったのはびっくりした。
元々俺に似せて作った義体だから俺に顔は似ている。
けどこいつはなんかつり目で怪しい光が宿っているように見える。
「では僕はちょっとこの義体を元の場所へ返してくるから、ここで少し待っていてほしい」
そういって、クレイトさんが人型のゴーレムに戻った義体と一緒に消えた。
「ふむ、なかなか居心地は悪くない。リュウトほどではないがな」
カッシオは座ったままニヤリと笑って俺に話しかけてくる。
「俺はまだお前を信用したわけじゃないぞ」
カッシオのニヤニヤ笑いがひどくなったように見えた。下手に今の俺に似ているからなんかむかつく。
「ユーリアのことなら謝るさ。我はとくにお前たちと敵対する気はなかったが、安全は確保したかっただけなんだ」
「ユーリアもだが、レミュエーラもだ。助かったようだからまだいいが、傷つけたことには変わりはない」
「あー、そのことか。ダンジョウはあれで武力に頼るくせがあるでな。まあ我が制御しきれていなかったのは認める。すまなかったな」
「……お前が俺に謝っても困る。その、ダンジョウがレミュエーラに謝ってもらわないと」
ニヤニヤ笑いがはっきりとした笑い顔になった。
「ははっ、やはりお前は甘ちゃんだな、中に入っていたから知っていたが。すぐに殴りかかってくるのでは、と思っておったが」
思わず俺は顔の前で拳を握る。その拳を見つめながら。
「それで物事が解決するならそうするさ。けどそうしたって俺の気がすむぐらいで、むしろ状況は悪化するだろ?」
「ますます面白いな、リュウト。今までお前みたいなやつとは出会ったことがなかった」
「そうか? 俺の元の世界ならこう考えるのが普通だと思うんだが」
「そうでもないと思うがなぁ。人の心なんぞどの世界も同じよ。そしてその多くは力で相手を屈服させたいと感じておるものだ」
そう言いながらカッシオは立ち上がった。
俺に似せているので目の高さも合うから、自然と目があった。
「確約はできんがダンジョウには言っておこう。クレイト様といいお前といい、ここの人間には協調が重要のようだ」
裏切りの魔王とか言っていたくせにやけに物分りのいいやつだ。だからこそ信用しにくい。
「我はその協調のために、お前にはプレゼントを渡しておるのだぞ。体を借りた謝罪と感謝の意も含めてな。気づいておらぬようだが」
え? プレゼント? 何ももらってないぞ。
「どういうことだ?」