竜王と破術師
しかし一吠えした後、リヒューサは大勢の冒険者や異種族を前にしてはあまりに可愛らしいいつもの少女の姿に変身した。
いや、いつもの姿ではなく何故か髪型がいわゆるツインテールになっていた。そしてクレイトさんからもらったといっていた杖は持っていない。
「人化出来る竜には、まず人化したまま戦うという掟、とまでは言わんが、伝統がある。見事破ってみせよ。ちなみに魔法使いのままでも私はクレイト様にしか負けたことはないぞ」
遠いのに呟き声がはっきりと聞こえる。たぶん拡声の魔法だろう。
突然リヒューサと俺達の間の空間で三つの爆発が起こった。
無詠唱でファイアボールを三発も同時に飛ばしたようだ。
しかもそれを攻撃に使わず、威嚇にしか使っていない。
爆発の威力も大きいもののようだったので、とんでもない魔力の持ち主だと分かる。
実際リヒューサは自信満々ににやにやしている。
……まあリヒューサをあまり見慣れてない人には可愛らしく微笑んでるようにしか見えないかもだけど。
「指揮官殿! ここは我らに任せてもらえませんか?」
竜と戦うために指揮官に復帰したのに魔法使い単体と戦うはめになって困惑していたファーガソンさんにラピーダさんが提案する。
「強力な魔法使い相手に数でかかるのは得策ではありませんし、魔法使い相手なら我らの得意ですので、どうか」
「わかった。とりあえず任せる。ハギルにも待機を伝えておく」
「ありがとうございます。我らの本領、見せます!」
見たことはないけどたしかここにいる冒険者の中ではファニーウォーカーが一番強かったはずだし、なんか魔法使い相手だと得意らしい。
実際範囲攻撃できる魔法使い相手に数で押しても無駄な怪我人が出るだけだろうから、ファーガソンさんは任せることにしたようだ。
ファニーウォーカーの面々が進み出る。
トレイスさんとラピーダさんが前衛のようだ。後衛としてリュハスさんが後ろに控えて盾とメイスを持ったペトチッカさんがリュハスさんを庇える位置にいた。
ラピーダさんが前衛なのは少々驚きだ。
装備を見るだけなら後衛っぽかったんだけど。それにトレイスさんは斧と盾を構えているのに未だにラピーダさんは何も持っていない。
最初に動いたのはリュハスさんだった。
「サイレンス」
傍から見ているだけでは効果が分からないが、その名前からしてゲームの知識を動員すると、リヒューサの周辺で音が発せられなくする魔法だ。
音が出ないので呪文詠唱が成立しない。
しかしリヒューサは無詠唱が出来るので意味がないと思ったけど、呪文詠唱をしなければ発動できない大魔法を封じたってところか。
もちろん範囲内では味方であるラピーダさんやトレイスさんも詠唱はできなくなる。
その二人はサイレンスの詠唱と同時にリヒューサに突撃している。
まあトレイスさんは純戦士だと言っていたので影響はないだろうけど、ラピーダさんはどうなんだろう?
サイレンスで包まれたリヒューサはそれでもまだ余裕を見せるようににやっと笑い、先程見せたように無詠唱でファイアボールを同時に三発、ラピーダさんとトレイスさん、リュハスさんへ飛ばした。
トレイスさんは突進しながら盾で爆発を受け止め、リュハスさんへの攻撃は近くにいたペトチッカさんが盾で受け止めた。
魔法なのでノーダメージとはいかないようだけど、それなりに被害は抑えたようだ。
同じタイミングで攻撃を受けたラピーダさんは盾を持っていないため、躱した。
直撃はしなかったけど爆風は避けれないだろう。
しかしラピーダさんの姿は躱したと思ったら、消えた。
見守っている他の冒険者たちも気づいたようで、少し騒然となる。
しかしファニーウォーカーの面々には動揺はなく、戦闘続行している。
リュハスさんはスロウを唱えて発動させたが抵抗されたようだ。
なんでスロウ? スロウは名前の通り対象となったものの敏捷性を落とす魔法だ。確かに戦闘に有利になるだろうけど、このタイミングでなぜ?とも思う。
トレイスさんは突進している、最初の距離が遠かったのでまだ到達していない。到達するまでにもう一度リヒューサの攻撃がありそうだ。
と思ったら、突然リヒューサの目の前にラピーダさんが現れた。
すでに低い姿勢で攻撃態勢になっている。え? 超スピードとかそんなもんじゃないぞ。
実際一緒に駆け出したはずのトレイスさんはまだ半分程度しか距離を詰めていない。
いくら鎧が重いからとかラピーダさんが素早いとかでも説明がつかないレベルだ。
……もしかして短距離ワープ?
しかしワープを無詠唱で即時発動となると相当な魔力がいると思う。
クレイトさんですら使ってるのをまだ見たことがないレベルだ。
混乱しながら見ていたが一番混乱してるのはリヒューサだろう。
傍目から見ても一瞬棒立ちになったのが分かった。
ラピーダさんは低い姿勢から伸び上がるように後ろ回し蹴りっぽい逆立ち突き蹴りをリヒューサの顎を狙って放った。
棒立ちになっていたリヒューサだがさすがといえばさすがで、その完全な不意打ちをなんとかのけぞって躱した。
……リヒューサの身長が低いからラピーダさんが目測を誤ったかのようにも見えたけど。
ラピーダさんは躱された足を折り曲げてリヒューサに倒れかかった。ちょうど膝のあたりがリヒューサの首にかかって、そのままもつれてふたりとも倒れ込む。
よく分からなかったけど倒れ込む時にリヒューサの腕を掴んでいたようで、元の世界で言う腕ひしぎ十字固みたいなの体勢になっていた。
え? もしかしてわざと? 倒れ込んだところでトレイスさんが辿り着き、掴んでいないフリーの方のリヒューサの腕を踏んだ。
一瞬斧を振り下ろすのかと思ったけど、足で踏むだけにとどめた、ように見えた。
リヒューサは完全に抑え込まれていた。ただの魔法使いならこの体勢から逃れるのは不可能だろう。
「ふー、竜にも通用して良かったぜ。さすがに人化した竜なんかと戦ったことはなかったからな」
サイレンスの範囲外にいるペトチッカさんが独り言とも説明ともつかない事を言う。
『恐るべし、破術師、といったところかな』
クレイトさんから念話がきた。クレイトさんはある程度破術師のこと知っている風だったな、そういえば。
勝ち誇ったようにトレイスさんが斧を肩にかつぎ、こちらを見る。サイレンスが未だにかかったままだから声が出ないのだろう。
『破術師はアストラル界に通じている。先程消えたように見えたのはたぶんアストラル界に潜ったのだろう。大きな魔力の動きは感じなかったからワープではないと思う』
なるほどなー。やっぱりワープではないよね。
『あと破術師は無手で戦うといういうことは知っていた。アストラル体であるゴーストやレイスも抑え込んで無力化できるらしいし。たぶん先程の技もそれの応用なのだろう。ああなったら魔法使いでも何もできない』
せめて呪文を唱えることが出来るならあの体勢でもなんとか出来るかもだけど、ああまで密着されては無詠唱で使える魔法では確かにどうにもならなさそうだ。身振り手振りもなく詠唱もできないとなるといかに魔力が高いものでもろくな魔法は使えないだろう。
『よく考えられていると思うよ。初めて破術師の戦いっぷりを見させてもらったが、僕でも彼女たちの攻撃をどう押さえればいいのか……ちょっと難しいね。さすが魔術師霊体特化と言われているだけはある』
クレイトさんでもそうなのか。特化型の戦士、いやあれだと武闘家か。武器を使わないのはアストラル体を掴むためなのかもな。
いろいろと驚いたが、自信満々だったリヒューサの人化形態は負けた。次が本番だな。