対竜戦前日
クレイトさんと一緒にリヒューサも休憩処にやってきた。
「明日はよろしくお願いします」
「うむ、最近体がなまっておるからな、退屈でない模擬戦を期待しておるぞ」
どんなけ余裕なんだとも思うけど、クレイトさんを除いたらおそらく圧倒的にトップで強いのはリヒューサだから仕方ない。
ケリスさんでも単独だとどうしようもないようだし。
ケリスさん並のハギルに期待しよう。
あ、ちなみにヴァルカは見学だ。
竜対竜というのも見てみたい気もするが、ヴァルカ曰く手加減する余裕などないから模擬戦は無理、だそうだからなぁ。
ある程度の準備は間に合ったようだし、良い戦いになるといいけど。
ファニーウォーカーがかなり強いみたいだけど実際に戦ってるところ見たことないからなぁ。
見たことないといえばうちのスタッフになった黄昏の漂流者や今荷物運びを頼んでいるシャイニングホライゾンも見たことないんだよなぁ、実は。
黄昏の漂流者はそれなりに有名だったみたいなので結構強いと思うけどシャイニングホライゾンの面々は自分たちでそれほど強くないと言ってたからな。
こちらの戦力も未知数なのにそれを指揮するファーガソンさんへの負担も多そうだ。
だから俺はユーリアを守りつつファーガソンさんの援護ができたらと考えている。
グーファスは手製の斧とオーガシールドよりは小さいけど人間用としてはかなり大きい盾を持ってもらう予定で、レミュエーラは唯一の機動戦力だけどたった一騎ではどうしようもないので地上の弓部隊と一緒に行動してもらう予定だ。
魔法戦力は各冒険者パーティーの魔法使いとアルティナさんだ。
ドゥーアさんは不参加となる。
ドゥーアさんに何かあったらエテルナ・ヌイが機能停止しかねないし、クレイトさん以外にも俯瞰に見てもらう人が必要だったから。
あとロメイさんも結局不参加ということにしてもらった。
やっぱり小さな赤子を放置するのは不味いだろうということで、事前のバフのみしてもらうことになった。
バフをかけたら観客の方へ戻って赤ちゃんのベルカとともに子どもたちの面倒を見てもらうことにした。
それに加えてモーガンさんも不参加だ。治療術師が全員参加してその治療術師が全員動けなくなったら困るからだ。
いくらポーションがたくさんあるとはいえ、治療術師の治療には敵わないことが多いみたいだし。
他のパーティーの治療術師に不参加を言い渡したら連携とかがだめになるかもしれないので黄昏の漂流者には泣いてもらうことになった。
まあアレックスさんやビルデアさんなら大丈夫だろう。
多分一番忙しいのは子どもたちの面倒を一手に引き受けることになったシムーンさんとジャービスさんだろう。
子どもたちに触れるようになったクレイトさんも手伝うようだけど。
ハギルたちナーガラージャとナーガ、オークは今まで通りハギルが指示を出すことになっている。
そのハギルに指示を出すのがファーガソンさんという感じだ。
建前としてはそのファーガソンさんにクレイトさんが指示を出してるからだ。
オーガだけは防御のためファーガソンさんの直接指揮下に入る。
ゴーレムたちもファーガソンさんの指示で動く。
たった一匹の竜のためにすごい戦力だと思うのだけど、リヒューサは余裕そうだ。
颶風竜どんなけなんだ。
ちなみに俺はユーリアとファーガソンさんの護衛でユーリアはファーガソンさんの護衛という名目で後ろに控える。
勝敗の決め方は戦意を喪失したら負けだ。
各個々人も戦意を喪失したら除外となる。
だからこちらはファーガソンさんが戦意を喪失したら全体の負けだ。
あとクレイトさんの判断による判定もある。
模擬戦とはいえ実際の武器を使って実際に戦うわけだから、客観的な判断も必要だしね。
クレイトさんの判断に異議を唱えるような人はいないだろうし。
「いよいよ明日だ、リヒューサ、お手柔らかに頼むよ」
クレイトさんがリヒューサに声をかける。
一方的にリヒューサがクレイトさんになついているものと思っていたけど、クレイトさんもけっこうリヒューサを頼りにしてるようにも見える。
二百年前からの忠臣ともなればそうなるか。
「よろしくお願いします」
一応俺もリヒューサに声をかけておく。
「クレイト様の一番弟子であり、世界を守る颶風竜の力、まだ幼体とはいえ勝てると思うな」
人化してるので可愛い姿で、こちらを煽ってくる。
「あくまで模擬戦ですから。戦い方をご指導いただけたらと思います」
圧倒的な力量差があるので、胸を借りるつもりなのは本当だ。
対人ならケリスさんから学べそうだけど、対人以外というか対竜はリヒューサでないと無理だろう。
ヴァルカだとヴァルカが手加減できずこちらが殺されてしまいそうだし。
「加減はもちろんしてやるよ、空を飛んでばかりだと訓練にもならんだろうしな。飛ぶのは最小限にしてやるつもりだ」
「え? それだと颶風竜の強みが全く生かされないのでは?」
本人はにやにやしてるつもりなのだろうけど、人化したリヒューサではにこやかに笑っているようにしか見えない。
「確かにそうじゃが、まともに戦えんようになるぞ、そっちが。空からブレス吹きかけられるだけでは訓練にもならんだろう?」
ドラゴンにそれされたら他の生き物じゃまったく太刀打ちできなくなるのも確かだな。
「それもそうですね。ぜひ地上でお相手願います」
「わたしは実際に、クレイト様にしか今まで負けたことがないのだ。リザードマンの頃からな。颶風竜となった今、負ける気はさっぱりせん。大怪我はするかもしれんが殺さんように手加減はするから心配するでないぞ」
何百年と生きていて、一敗しただけとかすごいな。
その一敗もクレイトさん相手じゃ仕方ないし。
「大怪我も痛いから困りますが、死なないように頑張ります」
「うむ、では明日だな。本日はもう帰ると良い。疲れが残っておっても考慮できんぞ」
「リヒューサの言うとおりだね。では私たちは帰ることにするよ。あ、そうそうレミュエーラを呼んできてくれないか、あとアルティナも」
「あ、はい。呼んできます」
この場には俺とリヒューサとクレイトさんしかいないので一番格下の俺が呼びにいかないと。
レミュエーラとアルティナさんは一緒にヴァルカのところにいたので、声をかけて連れて行った。
「クレイトさまー、なにかなー?」
「どうされましたか?」
「ああ、呼びつけて済まないね。明日はたくさんの人がくるからレミュエーラに人化してもらえるかな、と思ってね」
レミュエーラはきょとんとした感じで首をかしげる。
「このままじゃ都合悪いっぽい?」
少し困ったような顔をしてクレイトさんが説明してくれた。
「一度屋敷へ行った時人化しただろ。ダロンはもう知ってるからいいんだが他の子があの時の女の子と同じ顔を持つセイレーンがいたら、今後人化して屋敷に行く時に困るんじゃないかな、と思ってね」
おお、俺でも思い至らなかった人としての気の使い方をクレイトさんがしてる!
クレイトさんアンデッドなのに成長するとかやばいでしょ。
本来は俺が気を利かせないといけないことだったのに、反省しないといけないな。
「さすがにまだ自分で人化はできないだろ? 私が長めの効果のポリモフルアザーをかけようと思うんだが。明日に掛ける時間的余裕はないだろうから」
「では準備してきますね」
やり取りを聞いて自分のやることを察したアルティナさんが断りを入れてから走っていった。
俺も察したのでユーリアと合流すると伝えてその場を立ち去った。