別れ
あー昨日は調子に乗って飲みすぎたな。頑健がなければ今日一日動けないところだった。
次の日、目が冷めて最初に思ったのがこれ。
元の世界だと体が弱かったから少し飲みすぎただけで次の日動けなくなることあったからなぁ。頑健様様、ライル様様だ。
すごく良い人らしかったライルさんの体を借りてるんだからしゃんとしないとな。
階下に降りていくとちょうど朝ごはんの準備が終わったところだった。
「あ、リュウト! 大丈夫? ちょうど呼びに行こうか迷ってたところだったんだ」
ユーリアが出迎えてくれた。昨日は何も相手できなくてごめん。
「お、自分で起きてこれたか。二日酔いはないか? あるならビルデア様特製ジュース作ってやるぜ」
「貴重な食材をそんなのに使わなくたって、ボクならアルコール抜いてあげられるよ。アルコールも毒だからさ」
治療術師のモーガンさんに物理的にツッコミを入れられてビルデアさんがひるんでた。
「いえ、大丈夫です。もう残ってないようなので」
「へー強いんだな。羨ましいぜ。モーガンのやつ俺には解毒使ってくれないんだよな」
「たまになら使ってあげてもいいんだけど、あなた頼って飲みすぎるじゃない。解毒したってそれまでに受けたダメージは残るんだからダメだよ。内蔵ダメージの蓄積なんかなかなか癒せないんだから」
ふーん、魔法による癒やしでもそういうのは苦手なのか。けどなかなかってことはできないこともないってことなのかもな。慢性内臓疾患とか治せるのかな?
だとしたらやっぱり魔法を含めたら元の世界より発達してると言えるのかもしれない。
その治療を受けれるのはごく一部だろうけど。
まあ元の世界でもお金次第なところがあるから同じか。
「今日は二日分の埋葬があるから、様子を見に行くよ。今までエテルナ・ヌイの墓守に任せっぱなしだったからね」
食べられるようになったからクレイトさんも朝食の席についている。しかし並べられてる料理は子供たちよりも少ない。
そのへん「あれ?」と考えていたらクレイトさんから念話が飛んできた。
『別にぼくは食べなくてもいいんだからあまり食材を無駄にしたくなくてね。少なめでいいと言ってあるんだ。全く食べないよりはいいだろう?』
ええ、そうですね。今まで人の前で食べたことなかったですから、不思議に思ってた人もいるでしょうし、いいと思います。
食材をケチる必要はないですけどね。
クレイトさんの魔力は無限と言えるほど大量にあるから、食べたものを魔力の足しにしてもあまり意味がないのも確かだしなぁ。
食事を終えたら三人で聖王教会へ行くことになった。今日はエテルナ・ヌイで待つのではなく聖王教会からついていくらしい。
教会につくと顔パスで門番に通された。対応のために出てきたのはいつもの助祭さん。
「本日はこちらで術をかけられるのですね。今現在一組の家族が別れを惜しんでおりますので、しばらくお待ちいただくことになりそうです」
あら、今しがた運ばれてきた方がいるようだ。
助祭さんに前に通された部屋に案内され、お茶を出してもらった。せっかく早くにきたけど、最後ではないにせよ別れの時間を邪魔するわけにもいかないしな。
この世界ではすぐにアンデッドになってしまう可能性があるため、結界や術者がいない場合は死亡したらすぐに結界があり術者もいる教会に運び込むらしい。
なお肉屋などにも結界は張られていて、包丁なども聖別されているらしい。肉屋さん自体も何らかの宗教の術者でもあるそうだ。
という話をお茶を飲みながらクレイトさんや助祭さんから聞く。
なんでも助祭さんあの前に行った肉屋さんの息子だそうな。
飛び込みで入ってもよくしてくれたので贔屓にさせてもらってると言うと、何度も頭を下げられた。
ということはあの肉屋さんも宗教関係者でもあるのか。
とてもそうは見えなかったけど、ハーブを育ててニオイ消しとかしてたし、言われてみればインテリっぽかったかも。
見た目や喋り方は完全に筋肉系親父って感じだったけど。
しばらく雑談して待っていると、助祭さんとは別の人が呼びにきた。
霊安室に行く際に悲しみに包まれている家族らしい一団とすれ違った。
あのなんとも言えない葬式の雰囲気だ。
前にエテルナ・ヌイで見かけた家族は別れが済んでいたからか亡くなった方が大往生だったかで落ち着いていたからそこまででもなかったけど、これはきついな。
霊安室にすでに用意されていた棺桶の中に先程亡くなった方と他に二つの棺桶が置かれてあった。
蓋が開いたままの棺桶を見て、助祭さんがなにか祈りを捧げた。
「ではユーリア様、お願いいたします」
と場所をユーリアに譲った。
ユーリアが一歩前へ出て棺桶を覗き込む。俺も付き添いで見てみる。
うわぁ……、まだ若そうな男性だった。手足が折れ、頭も強く打っていたようなのでたぶん高いところから落ちてしまったんだろう。
たぶん即死だ。
折れているであろう手足はなんとか人間の形にまで戻してあったけど、頭の傷はそのまんまで傷のところを布で抑えてあっただけだったようだから治療する間もなかったのだろうと推察できる。
オークとかでなれてきていたからなんとか耐えれたけど以前の俺だったら吐いていたかもしれない。
そんな状況の死体を前にしてユーリアは動じることなく呪いの有無を調べ、封印を施していく。
「こちらの方は先程運ばれてきた方ですので何も施しておりませんでした。他のお二人に関してはお待ちいただいていたのでプリザーベイションを施し済みです」
助祭さんが説明してくれた。やっぱり先程すれ違った人たちはこの人の家族か……。
全くの赤の他人でも人の死はやりきれないな。
たぶん俺が人の死が身近ではない世界から来たせいだろう。
クレイトさんは分かるとして、助祭さんもユーリアですら、顔色一つ変えない。
まあ助祭さんも慣れていると言うか業務でよくあることなんだろうし、ユーリアはもっとひどい体験をしてるからかもしれないが。
他のプリザーベイション施し済みの棺桶の蓋を助祭さんに開けてもらって、同様の施術をユーリアはかけていった。うち一つは少し手間がかかった。
なんでも呪いの影響を少しばかり受けていたらしい。
結界の中だったのでこれ以上悪化せず動き出すこともなかったようだ。
ユーリアは簡単に解呪してから封印していった。
その封印中、助祭さんは他の棺桶の蓋を釘で固定していっていた。ユーリアの封印が終わったとほぼ同時に司祭さん他数名が霊安室に入ってきた。
司祭さんはこちらにやってきて他の人たちは助祭さんの手伝いを始めた。
「いつもご助力ありがとうございます。皆様方のご評判で我が教会へ運び込まれるご遺体が増え、寄付も増えております」
そうだったのか、そりゃ司祭さんもにこにこするわけだし、大司教さんも来るわけだ。
司祭さんがちらっと棺桶の方を見てから言った。
「そろそろ準備が整ったようなので出発したいと思います。よろしいでしょうか?」
もちろん、断る理由もない。司祭さんに誘導されるままにクレイトさんとユーリアと一緒に霊安室から出る。そのあとに棺桶を担いた皆が出てくる。途中で先程の家族と合流して転移門のある場所まで移動する。
悲しい雰囲気に包まれていた家族たちも転移門の前では驚きというか戸惑いの感情が溢れ出ていた。
まあ当然だろう。先にクレイトさんが入って続いて司祭さんと棺桶が入っていくと観念した様子で転移門へ家族たちも入っていく。
最後に俺とユーリアが見張りの人たちにお礼を言いながら転移門をくぐった。