みりん
「こちらが今準備させてもらっているお酒のリストになります」
ダグサさんが一枚の書類を渡してきた。
ワインやエールが主だが日本酒も混じってるようだ。銘柄はさすがに元の世界にはないやつのようだ。
それとこの書類、どう見ても羊皮紙じゃないな、紙っぽい。
「日本酒もあるんですね。ところでこの紙、どうされたんですか?」
アンソニーさんはダグサさんに任せたようだ。引き継ぎの意味もあるのかもしれない。
「はい、人間の作った酒とのことでしたのでまだこちらでは普及していない日本酒もあれば面白かろうと。日本酒は帝国産ですしね。紙をよくご存知で。最近帝国で普及してきた簡易羊皮紙みたいなものですが、羊皮紙よりも使い勝手が良くてうちの商会ではこれを利用するようになってきております」
へー、帝国でも最近なのね。やっぱり帝国にも俺と同じような日本人の転生?者でもいそうだな。
いないとしたらとんでもない天才がいるな。転生者がいると確定したら会って話してみたいものだが。
とか考えながらリストを見ていたら日本酒のところにみりんと書かれていた。え? みりん? 飲むの?
「あの……、日本酒のところにみりんと書かれているんですが……」
「ええ、はい。かなり甘いお酒ですよ」
「ああ、いや、たしかにお酒なんだろうけど、飲むんですか?」
「甘いので女性に人気があります、料理に使うと美味しくできるとも言われていますね」
こっちでは調味料ではなく飲むのが基本なのか。そういえば正月近くになるとお屠蘇の元とかみりんについていたりしてた気もするな。けどみりんがあるなら煮物とかビルデアさんならさらにおいしくできそうだな。
「このみりん、数があるならうちの孤児院でも使いたいんですが。調味料として」
「調味料専門に使うにはお高いですがよろしいのですか? 数はありますのですぐに提供できるかと思います」
一応念話でクレイトさんに確認しようと思ったが、確認する前にクレイトさんの方から構わないよという念話がきた。
「ええ、ぜひお願いします。そのみりんの倍の量の安めの日本酒とみりんと同量の醤油もほしいんですがいいですか?」
「安めの日本酒の方はいけるかと思いますが、醤油の方は少しお時間いただきたいですね」
「そうですか。同時でなくていいのでお願いします」
ビルデアさんにたれのレシピを教えたらきっと有効活用してくれるに違いない。醤油たれとか子どもにも人気出ると思うし。
とそんなこんなで俺のわがままを振り回しているうちにファニーウォーカーの準備ができたようだ。奥から普通の格好をしたラピーダさんと鎧を着ていないエテルナ・ヌイであった護衛の人、あと見たことのない男性が二人部屋に入ってきた。
この人たちもファニーウォーカーの一員なのだろう。
「お待たせしました。彼らの準備が終わったようです。リュウトさんをお借りしますね」
「ええ、どうぞ。リュウト、楽しんでおいで」
『また帰ってきたら報告しておくれ。僕も気になるしね。僕とユーリアは日課に行っておくよ』
はい、お願いします。
「はじめまして、スガノ・リュウトです。お話は伺っています」
「おお、ほんまにそっくりやな。はじめまして、だよな? 俺はペトチッカ。治療術師のペトチッカや。よろしゅうな」
「リュハス、魔法使いだ」
「おまえ、ほんま愛想ないな。もうちょいしゃべる単語増やせや。相手一見さんやで」
「俺達は店じゃないからその単語は適切ではない。それにライルに似すぎていてとてもそうと思えない」
「わちゃわちゃしてすまんな。こいつらいつもこうなんだよ。俺はトレイス、あっちであったよな」
正直、顔は記憶していなかった。元の世界では目が悪かったから人の顔を記憶するの苦手だったんだよな。けど声は覚えてた。
「はい、トレイスさん」
そういえばトイレがあるような場所とか味とかモンスターの知識とかはライルさんから借りることができてたけどライルさん個人の記憶って全然残ってないな。
ラピーダさんに最初に会ったときもさっぱり分からなかったし。同じ記憶でもジャンルが違うからなのかな。
四人と喋りながらゴールドマン商会の応接室から連れ出された。そして四人に連れて行かれたのはファーガソンさんのおすすめだった、ファーガソンさんの知り合いが経営する酒場だった。
「ここラカハイでは他で見かけない帝国風の味付けなんだよ。俺ら帝国の料理好きだったからさ。都市連合は帝国に近いから結構帝国風のところ多かったんだ」
「いらっしゃい。おー、リュウトさんじゃないですか。皆さんご一緒で? じゃあ奥の個室にどうぞ」
「リュウトさん、顔が広いんだな。俺の隠れ家だと思ってたんだが、まさかの常連だったとは」
「トレイスさん、誤解ですよ。ここには一度しか来たことないです。ちょっとうちのスタッフと店長さんが知り合いだっただけですよ。でもここ確かにサービスいいし量も多いですよね」
「ははっ、なんでそんなとこまでライルと似てるんだよ。脳みそがリュウトさんをライルだと勘違いしてしまったぜ」
笑いながら背中をバンバン、とまではいかないな、軽く叩いてくる。たぶん相手がライルさんだと思いっきり叩いてたんだろうな。
五人で飲むにはちょっと広い部屋だけど、他の客の声が入りにくいのはいい感じだ。
テーブルについて各々がお酒を注文してトレイスさんが代表して料理をいくつか注文した。
俺は前に飲んだミードを注文した。
「そういや、ライルもミードが好きだったなぁ。ほんまにライルちゃうんか? とぼけとるだけとか?」
微妙に関西弁っぽい喋り方をするペトチッカさん。
そういえばシャイングホライゾンの魔法使いロングテールさんも関西弁っぽかったよなぁ。
こっちに関西があるはずないし、なんなんだろうな。
「そうだと、俺たちの心も休まるんだけどな。魂の色が違うんだろ?」
「ええ、ライルのものとは全く違うわ。だから万一、体だけはライルであってもリュウトさんはライルとは別人よ。ライルの魂がないと」
ラピーダさんがドキリとすることを言う。
「もしリュウトさんがライルの体を乗っ取ったとしても乗っ取りなら魂は残ってるはずだし、魂だけ入れ替える術とか私でも聞いたことはないわ。それにもしそんな術があったとしても、そんなことをした人物が善良に暮らしているとも思えないしね。だからリュウトさんは他人の空似の別人よ」
ははは、どうして俺がここに来ちゃったのか分からないからなぁ。誰かの術だったのかもしれないのか。
「そういえば、そのライルさんってどんな人物だったんですか?」
ラピーダさんがワインをくいっとあおった。
「簡単に言えば変人ね」
「おいおい、そりゃひどくねぇか? まぁ変人だったのは確かだけどいいやつだったぞ」
「まああくまで、俺ら冒険者から見たら変人だってのは同意するけどな。正義感のやたら強いやつでな。まさに弱きを助け強きをくじくって感じのやつでな」
「え? それで変人なんですか?」
「ああ、ここはすげぇ平和だから実感わかねぇかもしれないけど冒険者なんてものは基本荒くれ者よ。金をもらって荒事で解決する職だからな。ぶっちゃけ俺もライルと会うまではそうだったしな」
「そうなんですか? トレイルさんが荒くれていたとか今の印象からは想像もつきませんが」
「ははっ、ライルの野郎は影響力もあったからなぁ。俺たちも奴に感化されてしまってこの有様よ。もう力ずくで解決とかなかなかできねぇ」
冒険者たちが荒くれの集団だってことはよく聞くけど、俺の周りにいる冒険者は良い人ばかりだから実感がわかない。