ワイト事変
すべての荷物を小屋に運び入れたあと、皆で一緒に食事をすることになった。
もちろん持ってきた食材を使ってだ。その利用法などをユーリアに冒険者が教えるためという理由もあった。
教えるのは女性のどちらかかと思ったらビルデアさんらしい。
なんでも食事担当がビルデアさんで女性二人はそれほど料理は得意でないからだそうな。けどサポートというかビルデアさんの主張によりモーガンさんも手伝うことになったようだ。
アレックスさんとロメイさんはジャービスさんと一緒にテーブルについている。
お茶はこっちで出したが、お茶請けはアレックスさんが持ってきたという焼き菓子が置いてあった。
ある商会で食料品を大量に購入したらおまけとしてくれたものらしい。ジャービスさんいわく、黄昏の漂流者の評判はすこぶる高く、ラカハイの町ではひっぱりだこになっているらしい。
どうもこの世界の冒険者は基本的に荒くれ者らしく、皆礼儀正しく、実力もある冒険者パーティーなんて滅多に居ないそうだ。
「そんなすごい方々が荷物運びの護衛とか地味な仕事、よく引き受けてくれましたね」
お茶をスマートに飲んでいたアレックスさんが焼き菓子を摘みながら答えてくれた。
「依頼主の前で言うことじゃないかもしれないけど、そりゃ報酬がいいし、扱いもいいからだね。正直この手の危険が不確定な仕事にしては法外なレベルで頂いているし、こういう役得もあるしさ」といって焼き菓子をパクっと食べる。
「それに前の事件で知り合った子が幸せに暮らせているか、とか気になるじゃない。そしてそれを仕事のついでで確認できるんなら受けない手はないでしょ」
話をロメイさんが受け継ぐ。
前の事件? なんのことだろう?
「前の事件、ってなんですか?」
ロメイさんがしまったという顔を露骨にして、ジャービスさんの方を見る。ジャービスさんはちらっとクレイトさんの方を見る。
クレイトさんから念話が来た。
『今ならユーリアもいないし、ここで聞くのも不自然ではないだろうから聞いておこうか。僕も彼らにどう思われているか知りたいしね』
「ああ、僕はいいよ。ただユーリアが少々その件に関しては避けたがっているので、こちらに来たときは止めてほしい」
「あ、はい、すいませんでした。クレイトさん。では話させていただきますね」
彼女たちの依頼主はジャービスさんだがそのジャービスさんはクレイトさんに雇われている感じなのでここではクレイトさんがトップだ。ユーリアの親でもあるし、一番の発言権がある、ということだろう。
「えっと、どこから話せばいいのか分からないので私達が把握してる最初から話しますね」
少し緊張したせいかお茶で喉を潤してからロメイさんは話し出してくれた。
「今から一ヶ月ほど前、ラカハイの町中でアンデッドが発生しました。しかもそのアンデッドはやっかいなことにワイトだったのです」
「ワイト?」
俺自身の記憶にはただのアンデッドモンスターの一種としてしか認識していないが、やっかいなのか? 体の記憶を掘り起こそうと思ったら、今まで会話に参加していなかったドゥーアさんが答えてくれた。
……解説のチャンスを見つけたって感じかな?
「ワイトとは、死体の周りに浮かぶ黄色い光のようなアンデッドです。死体はあくまで依代で光が本体です。やっかいなのは生者に対して見境なく攻撃してくる点と、ワイトに接触するとワイトの呪いを受けることです。その呪いは精神を蝕み、そのまま死ぬとワイトと化してしまいます。攻撃は殴ってくるだけですが、筋力が強化されるのか見た目よりずっとすばやく、力が強いので並の戦士では歯が立ちません」
「なるほど、たしかに厄介ですね、分かりました」
「町の中にワイトが発生したのが周知されたときにはすでにかなりの数に増えていました」
「そのときユーリアは町に住む孤児でした。彼女は町で伝令の仕事をしていたので面識はあったのです」
話を再びアレックスさんが受け継ぐ。
「町は大混乱でした。人々は戦えるものが多くいる場所に集まりました。鍛冶屋や鉱山ギルドの本部などにですね。私たちはワイトとも戦った経験があったので逃げ遅れた人がいないか町の中を見て回っていたんです。そこでユーリアを見つけたんですよ。ワイトに襲われかけている彼女を」
ちらりと台所の方を見るアレックス。ユーリアがこっちの話に気づいている様子はなさそうだ。
「彼女を襲っていたワイトは、元彼女の友人だったそうです。ちょうどリュウトさんのような背格好の方でした」
ああ、そういうことだったのか……。
「ワイトのことを知らなかった彼女は、友人をなんとかしようと頑張っていたようです。ですがすでに完全にワイト化していましたので……」
場馴れしているはずのアレックスさんも顔を歪めた。確かにこれはあまり良い記憶ではない。
「私は声をかけてユーリアさんをかばったのですが、ちょっとミスりましてね。ワイトの攻撃を受けてしまったんです」
「そのシーンは私は見たのですが、ユーリアが光りに包まれてその光が周りに広がっていったんです。あとで聞いたところによるとその光は町全体を覆っていたとのことでした」
「その光が消えたとき、ユーリアを襲っていたワイトはその場で倒れていました。そしてワイトの呪いを受けたはずの私も呪いが消え去っていました」
「ああ、わしもワイトと戦っていたときに光があたりを包んでびびったぞ」
「え? ジャービスさんも戦っていたんですが?」
「ああ、わしもユーリアたちを探していたんじゃ。元冒険者だし、わしは孤児たちの保護者みたいなことをやっとるからな、ワイトぐらいならと思っておったが年には勝てんの」
「結局その光でワイトの襲撃は終息。ワイトの呪いを受けていたものもすべて解呪されていました」
「僕はそのうわさを聞きつけてラカハイに向かったんだよ。町では光のことを奇跡とかいってたけどね。その発生源を僕は突き止めた」
「ジャービスさんと相談して隠しておいたんですけどねぇ」
アレックスさんがジト目でクレイトさんの方を見ていた。アレックスさんはクレイトさんの正体は知らないみたいだけど、そりゃ隠せないよ、クレイトさんには。
「と、まあ事件というのはそういうことだったのさ。僕がユーリアを引き取った理由でもある」
「ああ、そうクレイトさんに提案されたときはびっくりしたものだけどな。けど力ある魔法使いのクレイトさんなら大丈夫だろうとね。ユーリアを利用したいだけなら引き取るとかそんな面倒なことは言い出さないからな」
「そんなことがあったんですね。ありがとうございます、教えてくださって」
「ユーリアと一緒に生活することになるんだから知っておいた方が良いわな。そんな感じなんでよろしくな、リュウトさん」
ジャービスさんに背中を叩かれる。孤児たちの保護者をやってた元冒険者って善人か! まーそんな人だからクレイトさんもジャービスさんにお願いしてるんだろうな。
「おまたせー、鶏肉と野菜のシチューってのが出来たよー」
「一通りの食器も買ってきたからな、一度に全員分出せるぜ。味は俺の保証付きだ」
「ああ、ビルデア殿、すまないが私とドゥーア殿は偏食でね。申し訳ないが遠慮させてもらうよ」
そういってクレイトさんとドゥーアさんが席を立つ。
「お、そうか、そりゃ残念だがシチューだから問題ないぜ」
「皆様でごゆっくりどうぞ、私達は別室に行っておりますので」
ドゥーアさんが頭を下げてクレイトさんをクレイトさんの自室に誘導する。
「おお、そうだクレイトさん。ユーリアまじで筋いいぜ。うちの女たちよりよっぽどだったぜ」
「そうか、ユーリアは多才だな。あとで褒めておきますよ」
「おう、そうしてやってくんな」
ユーリアとロメイさんがシチューを持ってきて並べてくれた。シチューといってもとろみがあるような感じじゃないのね。
「冒険者風だから貴族様が食ってるようなものと違うけどな。けどこれだけの材料で作ったこいつはそこらの宿でも食べれねぇぞ」
「クレイトさんには事前に許可をいただいてるから、白パンを出すよ。白パンもたくさんあるけど長持ちしないからね」
「白パンをご馳走してくれるとは。本当にありがたいわい」
なんかジャービスさんも嬉しそうだ。確かに出されたパンは今まで食べてた黒パンとは明らかに違って白いし柔らかそうだ。
「しかしここまでのご馳走があるなら酒も飲みたかったのう」
そういえば運び込んだものにお酒はなかったな。まあユーリアの食事だけだからいらないしな。
「今後はリュウトさんもいるから買ってこないとな。今日のところは俺のワインでよければおすそわけするぜ? ジャービスさん」
「ワインか、いいねぇ。町に帰ったらお返しするから分けてくれんか」
「普段飲みの安いやつだがな。それでよければ分けるぜ」
「はっ、ここしばらくは安酒しか飲んだことないわい」
なんかおっさんたちの方が浮かれてる感じだな。やっぱりこの世界の食べ物事情は悪いようだ。
まあユーリアがにこにこしてるからいいや。この喧騒は今までになかった。食事時ぐらい賑やかのほうがいいものな。
ユーリアを中心にして皆にシチューが行き渡ったので、一緒に食べた。確かにここに来てもっともおいしい食事だった。もう少し味に刺激があった方が好みだけど、難しいし贅沢なんだろうな、それは。ユーリアが終始笑顔だったのが印象的な食事だった。
久々に賑やかで美味しい食事が終わり、お茶で一服しているとクレイトさんとドゥーアさんが部屋から出てきた。
「やあ、食事は終わったようだね。僕の準備の方は終わったよ」
いつもの変装の服装ではなく、やや厚手の服に変えてあった。芸が細かいな。けど短いとはいえ町に出かけるのだから服を着替えるのも当然といえば当然だ。
「ジャービス殿、気を使って僕の着替えも一通り持ってきてくれたんだね。ありがたいが僕はもう一通り持っているんだ。だから持ってきてもらった分はリュウトにあげようと思うのだがいいかな?」
「もちろんですとも。クレイトさん、資金はクレイトさんのものなんですから自由にしてくださって構いませんよ。むしろ不必要なものを買ってきてしまって申し訳ないですわ」
「いやいや、おかげさまでリュウトの着替えが出来てこちらも助かるよ。というわけでリュウト、あっちの部屋に衣服を置いてあるから、今度着替えるといい。サイズはちょっと合わないかもしれないがね」
「いえ、大変嬉しいです、師クレイト」
「ああ、そういえばジャービスさんの指示で僕とロメイがユーリアの服も見繕ってきてるからね」
「ほんと! ありがとう!」
今の服でもユーリアは十分に可愛いと思うけど、新しい服は嬉しいよな。服が高価なら特に。
「おおそうだ、忘れてた。クレイトさん、スライムを分けてもらっていいかね?」
ジャービスさんが立ち上がってクレイトに頼んでいた。
「ん? トイレのかい? 別に構わないけど理由を聞いてもいいかい?」
「いや、町のスライムたち、ここしばらく元気がないようでな。あまり増えないのよ。かといってパティルスライムの野生なんか見たことないし。前に来た時お手洗いにいって見てみてらここにいるスライムえらく元気に見えたんでね。出来たら持って帰って増やしたいんだ」
ん? いまなんて言った?