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猫ブロガー・桐谷音子  作者: たま ささみ
6/6

終章

SF映画大成功の後、音子も西脇も流石に忙しくなり、各種映画祭やパーティーなど、華々しい場面が増えた。映画祭に行くときは、必ず西脇が音子をエスコートしてくれる。パーティーなどでも、なるべく音子に気を遣ってくれた。有難い。それこそがフェミニストたる者である、と家族たちは言うのだが。

 ライトの下が未だ苦手な音子にとっては、天から降ってきた救世主である。

 西脇は、俳優としての原点でもある、挑戦的な眼差し、それでいて人間味のある純然たるヒーロー。そういった絶大な評価を受け、活動拠点が主としてアメリカに移った。とはいえ、相変わらずリーディンス家の居候生活だ。

 海外で認められたからには、日本に行けば『超の付くスター扱い』を意味する。

 だから、敢えて西脇は、日本に行く時間を事務所にも教えない。

「日本に行ってくる」

「いってらっしゃーい。今回は猫?仕事?」

「仕事だ。猫のことだったら、必ずお前を連れて行くから」

「そか。お気をつけてー」

「相変わらず素っ気ない女だな。腹立つ」


 音子と西脇の二人は、頻繁に日本と本国や知人のいる海外を行き来し、猫たちの里親を探しては、日本の預かりさんから猫たちを譲り受けていた。

 ペットショップには、音子自らが西脇と一緒に姿を見せて猫を貰い受けてくる。

 店長を呼び、話を進めるのは西脇の仕事だ。

「すみません、こちらで買い手の付かなかった大きな猫、譲っていただけませんか。お値段は言い値で結構ですから」

「あ、西脇さんですよね?サイン貰えます?」

「その前に、猫います?」

「ええ、3匹ほど。お値段は子猫で20万でしたから、50万・・・」

「ふうん。ま、言い値ですからね」

「あ、いえ、10万で結構です」

「予防接種は?」

「勿論済んでます」

「こちらは良心的なお店ですね。いつか保護活動の中で紹介させてもらいますよ」

 西脇は、サインする。そして、隣の音子にもサインを強要する。

「へ?あたしも?」

「俺が此処まで来ることできたのが、お前のお蔭だから。だから、サインしろ」

「どうしてそうなるかな」

 昔、音子がペットショップ周りをしていたときにはかなりボッタクリの店も多かった。が、このところ、西脇が横で大きく咳払いすると、値段がグン!と安くなるから不思議だ。ペットショップ巡りの過程が、以前と様変わりしたのは確かである。


 最低でも、1か月に1度、日本での猫関係の保護活動は続いている。何度となく日本を訪れる月もあった。

「おい、来週日本行くぞ」

「いってらっしゃーい」

「お前も行くんだよ。用意しろ」

「なんでさ。猫関係ないやん」

「出版社の社長さんとこ行くんだよ。お焼香するっていっただろ」

「うげっ。正座なんて、あたしできないよ」

「そん時は失礼します、って謝ればいい」

「あわわ」

「お前が行きたいって言ったんだろうが。猫ブログ出版するんだろ、報告しないと」

 

 二人はお忍びで成田行きの飛行機に乗った。飛行機に乗る際は、エコノミークラスでは西脇本人と気付かれやすいので、いつもビジネスクラスを使う。厳戒態勢を取る二人。

 成田からタクシーを飛ばして出版社に出向き、元新人編集くんに挨拶を済ませたあと、元新人くんが運転する車で亡社長の家まで送ってもらった。元新人くんは、車中で他愛もない世間話を西脇としていた。その心の内は、何故西脇と音子が一緒に行動しているのか、知りたくて知りたくて仕方の無かったことだろう。

 それでも、元新人くんは大人になったと見える。こいつが西脇と音子の関係を週刊誌にリークしないとは限らないのだが、信用に値する人間に成長したような頼もしさである。

 社長のご遺族の前でお焼香を済ませた西脇と音子。正座のできない音子は、正座しようとして膝を折った瞬間、前に倒れそうになった。無論、後ろから西脇がフォローしたのは言うまでもない。


 重ねて言うが、今、日本では、西脇といえば『超の付くスター扱い』されている人物だ。

 芸能人のお付き合いでなくても、日本に行く機会もある。

 仕事以外では、西脇はいつも音子を連れだって日本を訪れていた。

 日本に戻ればフラッシュの嵐に取り囲まれる。カメラ嫌いの音子を気遣い、西脇はなるべく報道陣に見つからないよう、こっそりと日本へ戻ってくる。

 しかし、そうは問屋が卸さないのがメディアのメディアたる所以であろう。

「西脇さん!」

 どこで聞きつけるのか、必ず報道陣は空港に姿を見せる。事務所にも内緒で訪れているのに。

「今日はプライベートですから勘弁してください」

「後ろの金髪の女性、神谷琴音先生でしょう?」

 プライベートでは、無言を貫く西脇。勿論、音子へのフラッシュも許さない。

「俺はまだしも、彼女にカメラ向けないでくださいよ」

 それだけ言い残し、目的地へ向かう。


 何度も音子を伴って日本に現れるとなれば、日本のメディアは熱を帯びる。西脇博之と神谷琴音の交際説、あるいは結婚説が囁かれる。当然の成り行きと言えば成り行きであろう。

 猫を譲り受けに行ったときのことだ。極秘で空港に降り立ったはずが、またもやメディアの餌食と化した。

「まったく。極秘で入ってんのに、どうして群がる」

「凄いね、マスコミ」

「おい、今日は一緒に歩くぞ」

「カメラの洗礼は、お許しを~」

 瞬く間に、二人目掛けてリポーターらしきマイクを持った人間とカメラを担いだ人間が近づいてくる。一社ならまだしも、それが何社かバッティングし、空港は物々しい雰囲気と化す。

「西脇さん!今日もご一緒に?」

「何のことです?」

「やだなあ、神谷琴音先生ですよ」

「ああ、こちらキャサリン=リーディンスさんですよ」

「神谷先生が?あの映画の原作者?じゃあ、オーディションの推薦も彼女が?」

「推薦とか、そういったことは守秘事項ですから」

「近頃いつも一緒の飛行機ですよね?お付き合いされてると見ていいのかな」

「僕も彼女も、動物保護活動の一環で日本に来ています」

「神谷先生!」

 カメラは当然、音子にも近づいてくる。

 すると咄嗟に西脇は音子の前に立ちふさがり、顔を撮らせないように歩く。いつもこういうシチュエーションで日本でのカメラ洗礼は続く。

「カメラは勘弁してください」

 別のリポーターが声を張り上げる。

「いつもお二人一緒に来日されますよね」

 それに対し、西脇は常から平然と言ってのける。

「そうですね。目的が一緒ですから」

「お付き合いされてるということでいいんですか?」

「さあ、どうでしょう」

「じゃあ、神谷先生はハードルクリアされたということ?」

「ハードル却下された話、前にしたでしょう。あれから変わっていませんよ」

「でも、いつも、いつもご一緒じゃ、ねえ」

「ハードルをクリアした人は、いませんよ。これでいいのかな?」


 やっとメディアのカメラを振り切り、追いかけてくるパパラッチどもをまき、西脇の知人宅に急いだ。

 知人宅に着いた西脇、開口一番。

「おう、いるか?悪いな、厄介ごと頼んで」

「お前、日本の家引き払ったもんな。猫連れじゃホテルも難しいだろ」

「まあな。ああ、紹介するよ。キャサリンだ。神谷琴音の方が解り易いか」

「どっちも。映画祭の頃から、二人ともテレビに映りっぱなしだったからな」

「え?あたしも?」

「挨拶しろ。大学の同級生だ」

「あ、はい、俺様俳優の映画原作を書きましたキャサリン=リーディンスです」

 相手が腹を抱えて大笑いする。

「大友と言います。西條を俺様俳優扱いした女性って、初めてじゃねえ?」

「この、くそガキ。あとでプロレス技かけてやる」

「へーん。リーディンスの居候が生意気な口たたいてんじゃねえよ」

「悪い、大友。見た目こんなんで可愛げありそうなのに、腹ん中、悪魔みてえな奴でよ」

「でも、西條が女性に素顔晒した姿も久々に見たよ。女っていうと身構えてたもんな」


 音子が聞く。

「身構える?」

「そう、こいつ大学時代から女を寄せ付けなくてさ。女は面倒だから嫌だって」

「へええ。10年も経つと人間は性格悪くなるものなんだ。そしてジゴロになるんだねえ」

「五月蝿い、お子様が分かった口聞いてんじゃねえ。大友も、それ以上言うな。こいつを付けあがらせる恰好の材料になっちまう」

「そうだな、お前の威厳も保たないといけないし。泊まってもらう部屋に案内するよ」


 西脇が音子のことを心配する。音子は、今日泊まる場所を決めていない。

「おい、お前、今日どうすんの。ホテル行くか?俺はここに泊まるけど」

「それこそ万が一カメラ来たら、同じ家から朝に出てきたって書かれちゃうよ、俺様俳優にとってスキャンダルは命取りだろ」

「別に。向こうじゃいつも同じ屋根の下じゃねえか」

「積もる話もあるだろうから、あたしは駅前のホテルに行くよ。大友さん、明日また伺います。猫たちと、そのおっきな目つきの悪いパンダをどうぞよろしくお願いします」

 大友と呼ばれた相手が、再び笑い転げたのはいうまでもない。


 西脇は、今は日本の家を引き払っていた。

 猫の預かりさんから引き受けるのは簡単なのだが、その日のうちに帰れるとは限らない。そのため、西脇の知り合いなどを通じ、臨時で部屋を確保してもらっている。

 面倒といえば面倒この上ない。どうにか、いい案はないものか。

 日本に来るたび、何か方策を、と考える音子だった。


 翌日、西脇の友人宅を再度訪れ、お礼を言って空港まで急ぐ。

 空港までのタクシーの中。

 音子は、西脇を突いた。

「いつもいろんな人に迷惑かけて、なんだか申し訳ないね」

「まあな。昨日わかったんだけど、大友、猫アレルギーだった」

「うひゃっ。申し訳ないことしたね」

「毎回、今度は誰に頼もうかって、それが面倒なんだよな」

「ねえ、この面倒さ、どうにか克服できないかな」

「そうだなあ。ひとつだけ、手があるな」

「なに?」


 西脇が、にっこりと笑う。

「お前が日本国籍を取得すれば解決すんじゃね?俺が撮影で居なくても長期滞在可能だし。1軒か2軒マンション借りれば済むだろ」

 西脇なりの、素直でないプロポーズ。

 暫く考えて、頷く音子。

「ああ、そりゃ名案だ。ラーメンディナーならハードルクリアできるよ」


 素直でない二人の、率直すぎる意思表示だった。

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