第一話 逃走
皆様はじめまして。MANASと申します。
はじめての小説になります。
昨年12月に投稿した作品を書き直したものです。
楽しんでいただければ幸いです。
────槍先が左眼に突き刺さった。
眼球が燃え上がるような錯覚を覚える。
ゆっくりと引き抜かれる槍先。
少し遅れて、絶叫。
目を押さえ、痛みにのたうち回ろうとするも、恐怖と本能がそれを許さない。
歯の根は震え、左目からは血が、右目からは涙が溢れ出す。
理性は全力で警鐘を鳴らしている。はやく逃げろと叫んでいる。しかし本能がそれを拒絶する。全身が石になったように動かない。
自分より大きな相手と対峙したとき、硬直する。───猫族が冒険者に向かないと言われる理由のひとつだ。
立ったまま硬直している僕の眼前、絶対的な存在感を放つ怪物の名は、ケンタウロス。馬の胴体に人の上半身をもち、槍を操る怪物だ。僕の身体2つ分はありそうな巨躯は暗い朱色をしていて、月食を彷彿とさせる。
ずる賢く、巨塔下層にわざわざ降りてきては駆け出し冒険者ばかりを執拗に狙い、弄ぶように殺すことから多くの赤銅級(駆け出し)冒険者に恐れられる人馬。
まさに赤銅級(駆け出し)の僕は格好の獲物、それも、弄んで殺すための玩具というわけだ。
──横殴りの衝撃。
吹き飛ばされ、地面を転がる。
もっと踊れ、とでも言いたげに、人馬が不気味な笑い声を上げる。
手脚が動く──硬直が解けた。
脱兎の如く逃走を開始する。
背後には絶望。
4本の脚で轟音を立て、雄叫びを上げながら爆走する人馬。
駆ける。爪を立てて地面を掴み、恐怖ですくみそうになる手脚を全力で振り動かす。
迫る轟音。速度を上げ、幾度も角を曲がるも、一向に縮まらぬ彼我の距離。
猫族の体力はそう多くない。すぐに疲労が溜まり、筋肉が悲鳴を上げる。
「はっ、は、はっ!」
呼吸は乱れ、思考が薄れゆく中、耳は依然として、すぐ後ろに怪物が迫っている事実を冷酷に突きつけてくる。
──突如、轟音が消えた。
「────?」
振り切ったかと思い、走りつつ右目で振り返る。
──そこには、大きく跳びあがり、槍を叩きつけんと僕に狙いを定める人馬がいた。
「〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!」
横に跳び、間一髪直撃を避ける。
しかし、その衝撃は僕を逃しはしなかった。
えぐれた地面の破片が身体中に激しく当たり、姿勢をくずす。
既に体力が底をついた僕はいとも簡単に転がった。
立ち上がり、逃走を再開しようとするも手脚が震えて上手く動かない。筋肉を酷使し過ぎたようだ。
──死にたくない。
醜悪な面構えに下卑た笑みを浮かべ、不気味な笑い声を上げる人馬。
地面に転がっている僕を蹴飛ばし、仰向けにさせる。
──このまま嬲り殺されるのか。
槍先が右眼に向けられる。
──いやだ。いやだ。
心の中でいくら叫ぼうとも、声を上げようとしても、喉は枯れ、声が出ない。
右眼から涙が溢れる。
人馬が狙いを定め、僕の右眼を貫こうとしたそのとき──
──人馬の右腕が爆ぜた。
槍が地面に転がる。
「────?」
人馬が睨みつけている方向を見やる。
そこには──漆黒の鎧に身を包んだ冒険者がいた。
ひと振りの太刀を持ち、人馬よりも強大な威圧感を纏う鎧の冒険者は、腹立たしそうに吐き捨てる。
『まァた初心者狩りかよ、クソ馬さんよぉ』
明らかに格上の冒険者に対し、即座に逃走しようとする人馬。
しかし──
『逃げんじゃねえよっ!』
逃走を開始する前に決着はついていた。
10mにもなる距離を一瞬でつめ、斬撃。
わかたれる人の上半身と馬の胴体。
舞う血飛沫。
数瞬後に残ったのは、灰の山と魔石のみ。
──助かった。
安心して気の抜けた僕は、あっさりと意識を手放した。