ファンタジー落語「亜人(デミ)嫁取り(前編)」
久方ぶりのオリジナル落語でございます。枕の蜘蛛の話は完全実話、なかなか世の中には生き物の神秘てえのが見聞できるようで……
え~……落語には男やもめなんてえのがしょっちゅう出てくるもんですが、恥ずかしながらあたしも男の一人暮らしでございます。夜ともなると暇を持て余して、酒ぇ呑みながら撮り溜めていたアニメを見るか、天井でもぼ~っと眺めているしかすることがねえ。
そんな折、ふと天井を見るってえと三匹の蜘蛛がおりやした。
俗に昼蜘蛛は縁起がいい、夜蜘蛛は縁起が悪いなんてえことを申しますが、「蜘蛛の糸」なんて小説もございまして、目にするたびにいちいち殺して回るのも気分が悪い。まあ居候だと思って眺めていると、どうも様子がおかしい。
説明させていただきますってえと、まずでけえのが一匹、そいからちいせえのと中くらいのが2匹おりやす。で、でけえ一匹はじっとして動かねえんですが、後の二匹が近づいたり離れたり、なんだか喧嘩をしている様子。
「ははぁ、こりゃあの2匹がオスで、でっけえメス蜘蛛を取り合ってるに違ぇねえ」
そう思ってなお観察しておりますと、なんと中っくらいの蜘蛛が何度かぶつかった挙句にささ~っと逃げちまった。こりゃ驚きだ、牛若丸と弁慶か、小さいのが大きいのを退けた結果、さああとはでかいメスとちっこいオスの2匹だけ。
するとまず、オスのがつつーっと近づいていきますな。
と、メスの方もつつー。
だんだん距離が近づいて行って、ついにくっつくかと思われたとき、ぱっと離れちまった。
こりゃうまくいかなかったかと思っていると、またオスがつつー、メスがつつー。
まあ人間も大差ないんですが、どうやらこう、お互いの相性を試している感じなんですな。つつー、ぱっ。つつー、ぱっ。
何度はこれを繰り返しているうちに、ついにでっけえメスとちっこいオスがくっついた。
時間にしてほんの数秒でございましたか、しかしありゃ確実に交尾が成立したと見た。そうして交尾を終えると、2匹ともさ~っとあっさり離れて行ってそれきりでございました。
……ええ、夜中に酒呑みながら天井眺めて、あたしゃあ一体なにをやってるんでございましょうかねえ。
しかし蜘蛛にしろ人間にしろそれ以外にしろ、「縁」というのはたしかにあるようでございまして、今回の舞台、相変わらずの貧乏長屋でございますが、少々変わっております。
というのもこの世界には亜人、いわゆる「デミヒューマン」というものが存在いたします。
よく知られたところではヴァンパイアにサキュバス、雪女、ラミアにアラクネと言ったところでございましょうか。人も亜人もそうそう諍いあってても仕方がねえってんで、それなりに共存、あるいは人間とデミの婚姻すらもごく普通に行われているという、そういう世界のお話でございます。
・・・・・・・・・・。
「えー、ごめん下さい、ご隠居さん、ご隠居さん」
「おぉ、きたかい留吉の。わざわざ呼び出したりして悪かったね」
「いえ、先日からの仕事も一段落したところでやして、ご隠居の御用事となりゃ喜んで顔ぉ出しにめえりやす」
「そうかいそりゃよかった。というのは他でもない、あたしが長屋の連中の仲人をしてきたの、おまいさんも知ってるだろう」
「へえ、そりゃもちろん」
「で、いまうちの長屋で一人身はおまいさん一人だ。そこで、あたしがちょいと口を聞いてやろうかと、こう思いましてね」
え~、いつの時代でも仲人好き、男やもめがいりゃあそこに適当な嫁をあてがいたい、いやさあてがうのが趣味、生き甲斐なんてえヒマな、いや奇特な御仁がいるものでございます。
「そいでね、ぜひおまいさんに嫁さんを世話してやりたいと思うんだけど、どうだろうねえ」
「はぁ、そりゃあっしも侘しい一人身でやすから、そういうお話は願ってもねえ事でやんすけど、どうもその、隠居さんの縁談話の話を聞くとどうにもいい噂が……」
「なんだい、のっけから気分のよくない話だね。誰かあたしの縁談に文句言ってる御仁がいるってぇのかい」
「いや、そぉゆうわけじゃあねえんですが……ほら、在宅のSEやってる寅さんいましたでしょう」
「あぁ、あいつぁ優秀なんだけど人見知りてぇか、あたしがどんないい縁談を持ってきても、本人と顔ぉ突き合わせただけでテンパっちまう。そんで、例の嫁さんと縁組したわけさぁね」
まあ今でいうところのコミュ障とでもいうでしょうかね、本人の能力的には問題ないんですが、どうにも生身の女子衆と喋った経験が少ない、そういう御仁でございました。
「で、取り持ったお貞さんてぇのがまさに貞女の鑑! 実際に会ってみてもすぐに意気投合して、とんとんとーんと祝言と相成ってわけだよ」
「いや、そのお貞さんって……ええと、その呪いのビデオの」
「あらやだよ留吉。このハイテクの世の中に呪いのビデオくらいで憶するやつがありますかい。実際、そのころのお貞さんはたいそう難儀しておられてねえ。なにせ磁気テープには寿命があるものだから、このままじゃノイズにかき消されちまう。そこで寅の野郎がお貞さんをBD-Rに落とし込んで事なきを得たってんでお貞さんもご両親もたいそうお喜びになられて、めでたく今じゃあおしどり夫婦ってもんなんだよ」
「はぁ」
「けんど……そのお貞さんってのはモニターから一切出てこれないんでやしょう? てことは家事炊事一切できないってことじゃあ」
「やだねえ、このハイテク時代んなこたぁねえよ。週に一度はモニターから実体化するんだけどね、ただいちど実体化するとまつ毛が全部抜けちまうらしい。ああ、けど普段は夫婦そろってモニター越しに『お貞』『おまいさん』なんてぇ仲睦まじいそうな」
「はぁ……まあ幸せってぇのは人それぞれでやすから、別にいいんですけどね。あっしゃあ、せめて生身の体ぁもったかかぁがほしいでさぁ」
「よし、じゃあこっちの娘さんはどうだえ。見た目は少し幼く見えるが、おまいさんよりは年上のはずですよ」
「はあ、なかなかおぼこい顔の娘ですが、あの……これはどうして全身が写ってねえんでやしょう」
「写ってるよ」
「え? でも」
「その娘は『おてけ』さんと言ってね、長らく寺子屋で仕事ぉなさってたんだが」
「お竹さん?」
「違う、おてけさんだ。つまり『てけてけ』のおてけさん。だからその上半身しか映ってないのが全身でいいんですよ」
「ってそりゃ学校のお化けじゃねえですかい!?」
「てけてけ」というのはいわゆる学校の怪談と申しますか噂話、都市伝説の類ですな。
腰より下がなくって、腕だけで「てけてけてけ」って追いかけて来るってぇ話です。
「だから器用に両手を使って外出もできる、家事炊事もちゃんとできるよ」
「あのねご隠居。いくら家事炊事が出来たって、下半身がねえ事にゃ、その……夫婦の営みってぇのが出来ねえじゃねえですか。あっしはやですよ」
「色々文句の多い男だねおまいさんも……ええとそいじゃどの娘さんに」
と、ご隠居が悩んでおりますと、傍らに幾枚かの写真が置いてあります。
留吉、目ざとくそれらを見つけますとさっと取ってしまいます。
「あ、これこれ。勝手に見るんじゃないよ」
「まあまあいいじゃありませんか。おっ、この娘はたいそうべっぴんな上に、こらまたなんてえでけえ乳だ。あっしは乳のでけえ娘には目がねえんですよ」
「すがすがしいほど正直な男だね」
「おぉ、こっちの凛々しい感じの娘はさらに巨乳じゃありませんか! ねえご隠居さん」
「あぁ……その二人はダメだよ。その、立っ端がちょいとね」
「なんです、あっしは背の高ぇ女子も好きでやすよ。立っ端があるっていたっていってえどのくらい」
「そっちの娘さんはそうさな、ざっと20尺以上(6メートル以上)はあるかな」
「に、にじゅ? そりゃ2尺の間違いなんじゃ」
「そいじゃ子どもだよ。その娘さんはラミア、いわゆる半人半蛇の種族でな。腰より先の尻尾部分が長ぇんだな」
「はぁ……20尺じゃあうちの六畳にゃ入りきりませんね、うちの長屋は狭苦しいから」
「余計な世話だよ。で、そっちの娘さんはケンタウロスだ。腰から下が馬だから、そんなのに入ってもらったら畳が駄目になっちまう」
「しかしおてけさんの後はラミアにケンタウロスですか。なんつうかこう、普通の縁談てぇのはねえんですかご隠居」
「あらそんなこと言うのかい、おまいさんは。他種族差別主義者かい。よござんす、そんな狭量な店子にいてもらう義理はこっちにもありませんよ。今日にも部屋を引き払って」
「いやいやいや、別に他種族を差別する気なんざぁありやせんよ。ただ、あっしは普通に家事炊事が出来て、普通に仲睦まじく夫婦として添い遂げられるようなかかあが欲しいだけなんで」
と、留吉しどろもどろになりながら言い訳いたします。
続きます。