イブキ・プログラム番外編『初めて信号無視したときに、少年の自我は目覚める』
18歳で飛び降り自殺をした齋藤息吹少年。記憶を引き継いで赤ん坊へと生まれ変わって現在は遠野瑞希となる。生前の夢だった小説家になろうとするも、己の才能の無さに落胆し、今日もまた意味のない時間を過ごすのであった。
『イブキ・プログラム』本編でざっくり抜けている中学生編です。
題『初めて信号無視したときに、少年の自我は目覚める』
著『遠野瑞希』
「そこに遠野瑞希という中学生がいるだろ?彼は前世で飛び降り自殺をした愚か者なんだ。」
「なんてことだ!折角の命をなんだと思っているんだ!!」
「だから神がもう一度チャンスをくれたんだね。今度こそ人生をまっとうしてくれることだろう」
「しかし彼は神を信じていないみたいだよ?本当に大丈夫かい?」
「そうだね。大丈夫だとは思うが、彼は生きがいである小説の執筆を、まだまだこれからって時にちょっと酷評されたら拗ねて筆を折ってしまったようだ。それに折角前世の記憶をプレゼントされたのに、能力を生かさず怠けたまま小学校生活を終えてしまったようだね」
「本当に更生の余地はあるのだろうか?」
「きっと大丈夫だろうけど、彼は中学生になって間もなく不登校になってしまった」
「なんてことだ!」
「恐らく大丈夫だとは思うが、彼は部屋から一歩も出ないでいる」
「本当に大丈夫なのかい!?」
「たぶん大丈夫だと思うが、時間があっても小説は書かないようだね」
「そんな!どうしたら彼のような考え方になれるんだ!!」
前世の記憶があれば余裕だよ。こうやって遊んでいても。テストの日だけ登校して、余裕で60点はとれる。まあ前回のテストは行かなかったんだけど、別にテスト行かなかったからって人生的には何の影響もないことを僕は知っている。前回の人生で高校3年生まで生きてたんだ。それが僕の誇りだ。
そうじゃない。このままじゃダメなことくらい知っている。
中学入ってから人生の分岐点があった。
1年一学期の半ばという割と初期の段階で、このクラスにも当然虐めというのが存在した。
僕は中学校を人生における困難なポイントとして位置付けていた。その理由こそが虐めだ。この、いじめのターゲットにならない事こそ中学校生活の最も重要なことだと思う。これは過去に高校生まで上がった経験のある僕が言うんだから間違いない。
ではどうするか。
簡単に思いつく方法として虐める側に回るというのがある。しかし昨今では虐めてた側が突然いじめられる側になるなんてことが起こりうる。結局のところ虐めは嫌なことなのだ。そして嫌なことをしてる人も嫌だから虐めることで支配下に置ける。この矛盾ともいえるサイクルをそつなくこなすのが中学生というものだ。
次に考えられるものとして怖そうな人になるという方法がある。シャツは第二ボタンまで外して、髪は金髪でツンツン、タバコを吸って酒を飲んでピアスをつけて眉毛を剃れば完璧。しかしこれにも弱点はある。その後の社会復帰が難しくなることだ。
候補はまだある。例えば暴力的になる方法。因縁付けた奴をとことんボコボコにすることで地位を確立させるやり方だ。ただしこれは実際に強くなければ成り立たないし、負ければいつでも真逆のターゲットにされる危険が伴うギャンブル性の強い選択肢。
そして、実際に僕がとったのは、全ての中間子になる方法だ。
虐める側のグループに所属はしているものの、端で見てるだけ。
不良とはつるむが、タバコまでは吸わないほどほどのワル。
喧嘩はしないが、因縁をつけられたら『あ?』とガンを飛ばす程度。
しかしこれも問題がある。相手に合わせる生き方がどれほど疲れるか。不良とは何故か深夜公園でたむろする人種だ。僕は警察に補導されないかビクビクしてたし、よくわからん先輩の武勇伝とか知らないバイクの話とかに話を合わせなきゃいけないし、金がかかることも多い。
淡い青春も、部活動で汗流す経験も、将来のための勉学も、僕にとっては要らなかった。ただ安全に過ごせればたった3年でこの時期は終わる。自分の身を守るためにこの程度のことは必要だろう。
イジメ、かっこわるいよ、などと綺麗ごとを言うつもりはない。虐めはごく自然に存在しているし、誰もが標的にならない方法を探しているものだ。これは中学校だけの話ではないだろう。
なんて偉そうに語ったところで今の僕は不登校だ。上4つの選択肢をすべて無視し、学校を連続で休むといういかにもターゲットになりそうな状況に身を置いている。学校に戻れば異端児のレッテルを貼られること間違いなし、なのでもう中学校に戻ることはないだろう。
1年一学期の半ばという割と初期の段階でうちのクラスにも虐めがあったというのは先ほど言った通り。
僕が不登校になる事件の発端は学校の近くのスーパーでタバコが万引きされたことから始まった。
当然、僕の所属している不良グループの犯行である。
そこで、全校生徒荷物検査が実施されることとなった。不良グループのリーダーは気が気じゃなかっただろうな。僕もこの結末がどこへ向かうのか興味があった。
担任の先生が一人ずつ席を回って確認する。
不良リーダーM君は自分の番が回ってくるまでに何とかしなければと焦った表情をしている。
未成年喫煙と万引きの犯人にはちょうどいい罰だろう。様子をずっとうかがっていたいが、目が合うと何か頼まるかもしれない。ここは自分も困った様子をしておくのが安定行動だろう。
M君が立ち上がった。何か行動を起こすようだ。
「せんせー!S君がゲーム持ってきてまーーす!!」
なるほど、注目を一人に向ける方法か、なかなかやる。S君は目立たないオタク系だが校則に背いてゲーム機を持ってきている。オタク仲間と楽しい放課後を過ごす予定だったかもしれないが残念だったな。
「一人一人まわってるんだから座って待ってろ」
これが担任の反応だった。肩透かし。
いや。
M君はS君のバッグに手を突っ込む。本当の狙いはゲーム機を探すふりをしてバッグにタバコを忍ばせることだったのか…!
恐ろしい男だM君。だがこれだとどう考えてもM君の仕業だとわかられてしまうだろう。所詮は中学生の考える作戦といったところか…。
「で、どうした?ゲーム機を持ってきているのか?」
「はい、すいません」
「とりあえず出せ。預かるから、放課後取りに来い」
S君はゲーム機を取り出そうとしてバッグを見る。すると奥の箱の存在に気づく。
予想だにしていない事象に表情が凍り付いているのだろう。タバコなんかとは無縁な善良なる中学生だ。
S君はタバコの箱をさらに奥へと忍ばせてゲーム機だけを取り出す。
「明日からは持ってこないようにな。はい次の席ー」
間一髪といったところか。僕がS君なら今心臓の音が全身に響き渡っていることだろう。つくづく、自分じゃなくてよかったと安堵する。
荷物検査は終わり、犯人は出てこなかった。
そして休み時間が解放された。
「俺のバッグにタバコ入れたの誰だよ!」
S君が叫んだ。やめろ。もう終わったことじゃないか。その行動は自分を追い込むことになるぞ。今回のことは忘れて生きた方が何倍も君の為になる。
「ねぇ!俺のバッグにタバコ入れたの―—」
「うるせぇよ!!お前のもんだろ!!」
M君も叫ぶ。誰がどう見てもタバコを入れた犯人がわかる。
しかし、教室にいる誰もが見ないふりをしていた。
当然S君も委縮した。
どうしようもない。当たり前のことなんだ。
弱いものは黙り、強いものの言いなり。
でも僕は、弱い人間になりたくなかった。人生2周目だから。1周目の人間と同じような生き方はごめんだ。
「タバコ出して」
「え?」
「いいから、タバコちょうだい」
「あ、うん」
S君からタバコの箱を受け取ってM君のもとへ行く。
「M君これ、取り戻してあげたよ。ほら味がいいとかタールが強いとか前に話してたよね?」
「あ?知らねえよ」
「ほら、タバコ手に入れるの難しいから万引きするしかないって言ってたじゃん」
「何言ってんだてめぇ」
我ながらバカバカしい行動に出たものだ。ここで動けばかっこいいとでも思ったのか。
「おいS!こっちこいよ」
S君はビクビクしながらMのところに来る。
「俺と遠野、どっちのタバコだと思う?」
「……遠野君だと思う」
「だってよ?お前のたばこじゃん」
僕は黙るしかなかった。弱いものは黙り、強いものの言いなり。
前世の経験を頼りにうまく生きてきたつもりが、強い人間にならなければ無力だと思い知らされる。
強いものとは、悪いことを簡単にできてしまう人のことだ。
幼児が初めて信号無視をしたときみたいに、ルールに流されないで自我を押し通したように、僕も強くならなければいけないと思った。
という話は序章もいいところ。僕が不登校になるきっかけに過ぎない。それどころか、僕はしばらくの間こうして小説を書くことを辞めていた。
なぜ今こんなものを書いているかというと、この先に出会う菅原冥という男と出会ったからである。
そして、これを書き終えたら僕は二度と小説を書かないだろう。
小説を書くと菅原という男を思い出すからだ。
「この遠野瑞希という男はどうしてこんなに無能なんだい?彼は人生2周目なんだろう?」
「それは仕方ないことなんだ。彼は前の人生で何かを達成したという経験が全くない」
「全くないってことはないだろう」
「いや、これは大げさではないよ。そもそも彼はスポンジ人間なんだ」
「スポンジ人間とはいったい何だい?」
「自分の中からは何も出てこない人間の事だよ」
「ハハハハハ!本当に面白い例えをするね」
「だから彼が書く小説は中身がないんだ」
「しかし、彼は小説を書くしか中身のない人間なのだろう?」
「そうつまり彼は、ピーマン人間なんだ」
「ピーマン人間とはいったい何だい?」
「中身のない人間の事だよ」
「ハハハハハ!本当に面白い例えをするね」
「……。」
「……はぁ」
自宅で引きこもっている間僕がやれることといったらゲームぐらいだった。
小説を書く気にはなれなかった。以前小説を持ち込みに行ったことがある。あの時はまだ僕に才能があると思っていた。
しかし僕が褒められたことは小学生レベルとしての凄さだけ。その上、言われたのは編集者の指示通り新しいのを書いて来いとだけ。これが本当に才能のある作家だったらもっと熱を持って、一緒にに作り上げていこうと言われるに違いない。
向こうだって商売でやっているんだ。お金にならない人間は適当にあしらって、あわよくば才能を携えて戻ってくるように仕向ける。当たり前のことだ。
だから僕は小説を書く気にならない。
本当は僅かに希望も持っていた。もしかしたら違う編集者の人だったら違う反応かもしれない。書き直していけば見直してくれるかもしれない。次はもっと面白い話が書けるかもしれない。
でも僕には信じられなかった。才能がない。努力する習慣がない。一人を楽しませられなければ大衆を楽しませることはできない。いい加減な心構えではプロにはなれない。
そのほうがよっぽど現実味があるのだ。
極めつけは、僕はここまで頑張った。そう、持ち込みに行っただけでも普通では到達できない山なんだ。だからここで区切りをつけていい。と、自分を諦めさせる自分がいる。
兎にも角にも、僕はゲームに打ち込むことになる。昔買ってもらったゲームを擦り切れるまでやり込むのだ。
ここで自分にはゲームの才能があることに気がつく。いや、正確には2周目の脳みそは反射神経や計画性や集中力など能力が上がっている。これは強くてニューゲームの世界なんだということに気がつく。
集中すれば時がゆっくりになったように見え、指が高速でコマンド入力する。
人知を超えた感覚に高ぶりを抑えられない。
特に格闘ゲーム。知識、集中、反射神経、全てにおいて人間の限界を求められるこのジャンルは僕にとって最高のステージだった。
今、発売しているのは「ザ・ワイルド4」で、今僕が持ってるのは二世代前の「ザ・ワイルド2」だった。
引きこもってる僕にゲームを買ってくれという権限も、お小遣いをくれという度胸もない。
僕はこんなにゲームが上手いのに……。
そして初めてゲームセンターにやってきた。
学生っぽい人が結構いる。みんな不登校なのかな。
ワイルド4を見つけて100円入れる。まずはアーケードの操作に慣れないと……。
コンピューター相手に動きとコンボを確認しようとした。
しかし対面に人が座る。コインを入れる音がする。僕の初心者感丸出しの挙動を見て狩りに来たというところか。
……いいぜ。返り討ちにしてやる!!
相手が選んできたのは現環境最強ともいわれているお手軽高火力キャラ。性格的に俺TUEEEE無双したいだけの能無しに思える。
僕はそんなずるいキャラを使ったりはしない。ましてや軟弱な女キャラも使わない。僕が使うのは『ミズキ』だ。偶然僕と同じ名前のキャラで、クールでカッコいい。シナリオ上では最強扱いなのに、ゲーム上では最弱キャラという妙な立ち位置がお気に入りポイントだ。
これで最強キャラを倒したら相手は腹が立つだろうなぁ……。などとワクワクを膨らませていた。
ワイルド2と4ではコンボが全然違う。でも僕は事前にネットで調べてある。常人では知識をそのまま捜査に移すことは至難の業だろうが、僕は2周目なんだ。その特権を使わせてもらおう。
相手の攻撃は早くてリーチが長い。その上途切れることなく間合いを詰めてくる。
ミズキの方は攻撃の発生が遅いので相手の攻撃に割り込むことができない。つまりミズキはガードをするほかない。ガードをしても少しずつ体力が減るので、このまま時間切れになったら僕の負けだ。
この圧倒的なキャラ差のなか僕が勝つ方法は一つしかない。
ゲージ技だ。
ゲージ技は溜まったゲージを使って大ダメージを与える技。その始まりに無敵状態になれる。それを相手の攻撃にかぶせればコンボと合わせて半分は持っていけるはず。
しかし、ゲージを溜める方法は限られてくる。それは攻撃を与えるか攻撃を食らうか前方向に進むかジャストガードをするか。
現状どちらも攻撃を与えられていないので、相手が間合いを詰めるときに少しゲージが溜まるぐらいしか変化がない。
最後の方法であるジャストガード。相手の攻撃が当たる直前にガードボタンを押すことで僅かにゲージが溜まる。しかし、この受付時間が1/30秒というまさに人間を超える必要のある場面なのだ。
ここは集中モードにはいって時をスローにしなければならない。
指がボタンを弾く音だけが聞こえる。
タンッタンタンタンタッタタタタ。
来た。ゲージが溜まった。後は相手が攻撃ボタンを押す瞬間だ。それに合わせてコマンドをミスらなければ。
汗で滑る手で、なれないレバー入力で、指が半円を描く。
決まった!
しかしこれで終わりじゃない。今のままだとまだミズキの体力の方が下回っている。ここからのコンボだ。空中に打ちあがった相手を地面すれすれのところで拾う。ここから5B、2B、5C、2C、前昇竜Cから打ち上げたところをまた地面すれすれのところで5B、2B、5C今度は前昇竜Bで前方へ飛ばして2Dで手前に引き寄せる。フィニッシュは214Dだ。
一般人には何を言っているか分からないと思うが、この分けわからないことを平然とやってのけるのが格ゲーマーだということを覚えていてほしい。このゲームはお手軽に人間の限界を味わえるものなのだ。
ともかく、相手の体力が半分ほどまでいってあとはガードをするのみ。
相手のイライラ攻撃が伝わって来る。イライラしてる人の行動パターンは読みやすい。集中モードを使わなくても簡単にガードできる。
……僕の勝ちだ。
対面でアーケードの台をドンっ!殴る音がする。僕はビクッとなった。やべぇ、怒らせちまったよ・・・などと怯えるも、相手は2ラウンド目を残して去って行ってしまった。
それ以来僕はゲーセンに通うこととなる。100円入れて勝ち続ければずっと遊べるわけで。お金のない僕には最適だった。次第にそこのゲーセンでは有名になっていき僕に100円を投資してくれる人も出てくるほどだ。中学生にとっては100円が浮くだけでもありがたいことだ。
そこにいる人たちと会話することもたまにあった。やっぱり学校さぼっている人が多いようだ。あと家がお金持ちで小遣いいっぱいもらってる人も多い印象だ。
一番年上が高校2年の人で、名前を菅原冥と言った。
菅原はゲームをやらないで人のプレイを見て貶すだけだった。僕もかなり苦手だった。
でも初めはそんなに野次を飛ばす印象は無くて、その理由に僕のプレイには文句を言わなかったことがある。確かに僕は負け無しだったから文句が出ないのかもしれないが、守ってばかりのワンパターンとか、俺なら余裕とか、いくらでもいいそうなものだが。なぜ僕に暴言を吐かないのだろう。たまに菅原にやろうぜと言う人もいるが、菅原は金無いから無理と、奢るからと言っても、借りは作らないと、とにかく自分は戦わないことに徹している嫌なやつという印象だった。
ゲーセンの中はガヤガヤ音がうるさいので会話をする場合店の外で立ち話を強いられる。この日、僕が店を出ようとしたときに「おい、黒いミズキ使い」と声を掛けられた。
菅原だった。
僕が困ったような顔をしていると。
「ちょっと話していこうぜ」
「えぇ、まぁ」
なんて、あんまりうれしくないですよオーラを出しながら承諾する。
「当り前のように勝って、楽しくないだろ」
「えぇ、まぁ」
「レベラーなんだから」
「え?」
レベラー。死んだ後に記憶を引き継いで産まれた人間。
なぜ菅原がレベラーを知っている?なぜ僕がレベラーだとわかるんだ?
「レベラーのこと何で俺が知ってるか、って感じだな」
「……。」
僕は菅原の顔を見る。
「レベラーの初期段階として相手の思考を読む能力があるからな」
「え?」
「レベラーが集まるアオサビって団体がいて、そこで洗礼を受けると一般人でもレベラーにしてくれるんだよ」
「アオサビ、ってネットの……」
「まあ今ではネットとかでも有名だわな。やり方は教えてくれなかったが、司祭にギロチンで殺されて俺はレベラーになれたわけ。菅原冥ってのは1週目の名前」
「菅原さんはなんでレベラーになりたかったんですか?」
「別に。なってもデメリットがないと思ったし」
「よく理解できません」
「お前はなんでレベラーになったんだ?」
「偶然ですよ。たまたま死んだらレベラーになりました。結構長い間レベラーなんてものを信じてすらいなかったくらいです」
「アオサビはどんどんレベラーを増やしてるみたいだから、お前みたいな一般人も条件が合えばレベラーにされるかもしれないがなぁ」
「あ!白石響。白石響って人がいませんでしたか?」
「いやしらねぇわ。レベラーはなぜか集まっちゃいけない規則になっているから。知ってるのは1周目に会ったことあるやつだけ」
「そうなんですか……」
「その白石響ってのがお前をレベラーにしたんじゃないのか?」
「え?」
「お前の記憶を見ると、死ぬ間際にそいつと会話してるみたいだし、そいつにレベラーにされたって考える方が自然だろ」
「そうですね」
でも、僕は自分から飛び降りたんだ。操られていたとは思えない。
「操られてたとは思えない、ねぇ……。操られてるやつは、自分が操られてるなんて思わないだろうよ」
「驚きました。本当に心が読めるんですね」
「まあな」
それからというもの。僕は菅原の弟分みたいに一緒に行動するようになった。
相変わらず人の悪態をつくところが嫌いだった。僕に同調を促すところが嫌いだった。でも、この人に認められたいという思いも強かった。その不安定感から僕はだんだん疲労していき、周りが見えなくなっていたのかもしれない。
「そろそろお前にもレベラーの能力の使い方を教えてやるよ」
菅原は言った。
「俺も最初は格ゲーやりながら集中力と反射神経を鍛えてたんだ。でもそれって自分の中だけの話だろ?」
「はぁ……」
「能力は自分を高めるのが1段階。誰か相手に影響与えたり、影響を受けたりするのが第2段階。その上に世界のルールに影響与える第3段階があると聞いている」
「世界のルールってなんですか?」
「例えば重力があって物が落ちるとかあるだろ?そういうのを覆す能力だよ。俺が実際に見たことあるのは水の上を歩くやつぐらいだけど」
「なんかしょぼいですね」
「そいつもそう言ってた。でも水の上を歩けるなら、鍛えればそのうち空を歩くこともできるかも知れねぇよな」
「なるほど」
「だから段階に分けて鍛えなきゃいけねぇ。そこで手っ取り早いのがカードゲームだ」
「今度はカードゲームですか?」
「相手の思考を読む鍛錬だ。ゴッドインストュルメントっていうカードゲームがある。世界中で流行ってて特徴としては、そうだなぁ、世界中の人が同じデッキ使っている。もう最強デッキってのが決まっている」
「そんなカードゲームあるんですか……。」
「そうすると勝負を決めるのは戦術性、ということになる。だから必然的に相手の思考を読む練習になるわけよ」
「いきなり読めと言われてもできませんよ」
「ちょっとは自分で考えろよクズが!」
「すいません……」
「相手の表情を見ながらある程度予測を立てる。それが外れてたら相手の顔がぶれて二重に見える。もし合ってたらそのままはっきり見える感じだ。やってみろ」
菅原からデッキをもらった。中のカードをよく読んで運用の仕方は大体理解できた。まずは地域大会に参加することとなった。相手も自分と同じデッキを使っているから同じようなシチュエーションになりやすい、そういうところからあたりをつけて、余裕っぽい表情かな……いや、ぶれる。ポーカーフェイスか。などと思考を読んでいくことになる。わかるようになってくると、あのコンボを狙ってるな、なら安いダメージをちまちま与えて速攻勝ちしてやる。などと勝利のパターンも生み出してきた。
地域大会はあっさり優勝して、地方大会にも参加することにした。このころにはもう、相手の手札が端から端までわかるようになっていた。
しかし、地方大会では半数も勝てなかった。同じデッキ、同じ戦略、であるとすればなぜこうも勝てないのか。
「相手の心理読めなくなってんのか?」
「いえ、読めるんですが……」
「読めてて何で勝てんのじゃゴミカス!!」
僕はその怒鳴りに言葉を失う。菅原の顔を見ることすらできない。
「もう辞めたいだと?誰にここまで上げてきてもらったと思ってんだ?」
返事をしなくても心を読まれてしまう。
「こ、このゲーム、戦略で勝っても、運が悪いと負けます」
すると一変して。
「そうだ。よく言った!いやー流石わが弟分!!それに気づかせるためにあえて厳しい指導をしてきたってもんよ」
菅原は明るい口調で、僕の肩をポンポン叩く。貶されて褒められて、僕は気が狂いそうだった。
「このゲームはな、半分以上運で決まる。地方大会まで上がってきてるやつは当然運を持っている」
「運って鍛えようがないじゃないですか」
「いんや違う。レベラーとしての能力の第3段階、世界のルールに影響を与える力ってのは、運みたいに人間ではどうしようもないところに影響を与える力ってことだ。そもそもレベラーの能力はレベラーに限ったことじゃなくて、人間の脳の成長した形だ。だから地方大会の奴らは無意識に運を鍛えている。その上の公式大会の奴らならもっとだ」
1周目でも世界のルールに影響与える人間がいるのか。折角僕は特別になれたと思ったのに、ここに居る人の半分以下なんだ。
「だから俺は上に立たなければならん。1周目の雑魚どもに負けるわけにはいかん」
この人の言ってることは無茶苦茶だし暴言だし情けなくもあったが、理解できてしまった。共感してしまった。僕の中にある2周目の人生というコンプレックスが露わになっていく。
運を鍛えれば宝くじで3億円当たるのだろうか。そもそも運を鍛えるって何なんだ?
「ちょっとは自分で考えろよゴミ野郎!!」
「……すいません」
「まぁ鍛え方は俺もわからん。だがお前も勝負して分かっただろう。緊張してるやつとリラックスしてるやつどっちが勝つと思う?」
「リラックスしてるほうですかね」
「俺もそう思う。そっちに運が来てるんじゃないかと思う」
「なるほど」
「あと、意識しすぎるのもダメだな。勝つ勝つ勝つなんて意気込むことは逆効果だ」
「そうやって運を持ってる人の特徴を真似ればいいんですね!」
「ちょっとはわかるようになったじゃねぇか」
結論。僕が編み出した必殺技は口寄せ創造と言う。目を瞑ってカードをゆっくりとめくることで、自分が欲しいと思ったカードを引けるようになった。深呼吸をして、全身の力を抜いてからゆっくりとカードを引くその圧倒的なスローモーションで相手を苛立たせ、同時に相手の運を奪うという技だ。
最初のうちは成功率10%ほどだったが、力の抜き方がわかってきたのか、自分の力を信じれるようになったのか75%ぐらいまで上がった。あとは僅かな雑念や意識のし過ぎによってぶれるぐらいだ。
ここら辺から僕は気づく。僕はレベラーとして菅原冥という男を……。
「驚いたね。この遠野瑞希という少年は能力解放に成功していっているよ」
「人間、どんなところに才能があるのかわからないものだ」
「では彼は、これから人生上向きに生きていけるんだね?」
「残念だがそうはいかない。彼は目的を持たずに生きている。ただ菅原冥の弟分として能力を使っているだけだ」
「ではどうすれば彼は自分の人生を生きることができるんだい?」
「どうすることもできないだろうね。人は操られている間に操られていると気づくことはないんだ」
「どうしてそんなに彼に対して悲観的なんだい?」
「それは……」
それからしばらくはゲーセンとカードショップを行き来する日々。カードショップは小さい大会でただ優勝するだけ。ゲームセンターではザ・ワイルド4で連勝するだけ。もう僕に挑戦する人も少なくなってきた。はっきり言って時間の無駄だ。もう成長する余地がない。菅原が戦わなくなった理由もこれなのだろうか。だからといって対戦してる人の後ろから暴言を吐く気にはなれなかった。
この日はゲーセンの一角『ファンタジーゴールデンオペレーター』というゲーム(通称FGO)に人だかりができていた。
平日の昼間には珍しい、いやゲーセン全体でも珍しい、女性で強いプレイヤーをいつものゲーセン通いの人たちが囲む。その実力は確かなもので、いわゆる魅せプレイを意識して難しい操作をしていた。ここまで上手いということはどこか違うゲーセンに通っていたのだろう。僕はなぜだか気になって人だかりの一番外側で彼女のプレイを見ていた。
彼女は今何を考えているんだろう。思考を読むため集中モードに入った。周りに見られて緊張していると予測、しかし僕の視界がぼやける。祭りみたいになって楽しいと予測、しかし結果は同じ。でなければいったい。
ゲーセンに女の子。しかも実力があるとなると当然周りの男はみんな彼女に惹かれていくのだ。僕は今回もまた流されるままに彼女に惹かれていった。
彼女の名前は翁楓。驚いたことに19歳、と大分年上だった。会話をするためには店の外で出待ちみたいにしなくちゃいけないし、その時点ではすでに男に囲まれたりで、話すことなんてほとんどできなかった。ゲーセン通いの中には連絡先を聞いた人もいるみたいだが、適当な言い訳をされて教えてもらえないんだそうだ。いわゆる高嶺の花といった感じで僕もお近づきになれる望みは薄いと気づいていた。
僕が暇つぶしにワイルド4をやっていると声を掛けられた。
「対戦してもいいですか?」
翁さんだった。
「ど、どうもyぉ」
かなりドモっていたが、身振りでなんとなくどうぞって感じに伝わったはずだ。
翁さんは普通に弱かった。何で対戦なんて挑んできたんだろう。そのあとさらに「お強いですね。いつもこのゲーセンに居ますよね?」と話しかけられた。
「ええまぁ……」
しかし僕のか細い声なんて店内のザワザワにかき消されてしまう。
「店の外で少し話しませんか?」
と、翁さんは言うのだ。意味が分からなかった。しかし思考を読んでも、彼女の心の中にハニートラップも宗教勧誘も、当然僕への好意もなかった。でなければ僕に話しかける理由はないはずだ。頭の中がマゴマゴする。だけどきっと僕はこの時にはもう結末がわかってたんだ。頭をよぎっていたんだろう。操り糸が。
でも女の子と会話してるときなんてIQ50くらいになってるから、正しい判断なんてできなかった。
「格闘ゲームって難しいのにすごいですね」
「いや、そうでもないですよ」
「いつからここに居るんですか?」
「半年くらいっすかね」
「半年前は何してたんですか?」
「それまでは普通に学校に通ってたんで、ゲーセンとかあんまり」
「じゃあそんな短い期間であそこまで上手くなったんですね」
この奇妙な感じ。翁さんは自分ではなく僕のことを話題にする一方だ。
「翁さんはどうしてこの店に?」
「私は、たまたまです」
「なんか、普通女の子って自分のこと話したがりますよね」
さりげなくあなたを女としてみてますよと言ってる自分も気持ち悪い。
「そうでしょうか?あんまり男とか女とか考えたことないです。遠野さんは人の事よく見てるんですね」
遠野さん、か、僕の名前を知っている。そして話の方向をまた僕への関心に向けた。
「見てるっていうか、あんまり知らないですけど」
1周目の人生で人の会話をメモしていた日々を思い出す。だからこうして自分について質問されるのは気持ちがいいことを知っている。
「でもいつも見てますよね。私のこととか」
「いやつい、癖が」
「癖がどうしたんですか?」
「小説を書いてたことがあって……人間観察が癖になっちゃってるんですよね」
気があると思われるよりは小説家を目指してたことばれる方がまだましだ。
「へぇ。小説書いてるんですか!すごいですね!」
「いや、もう書いてないんですよ」
「え?辞めちゃったんですか?」
「一回持ち込みに行って、そこで心折れちゃいました」
「そうなんですか」
なに自分のことをベラベラとしゃべっているのだろう。
「翁さんはゲーム以外に何か趣味とかないんですか?」
「私は特にないですね」
やっぱり自分の話は絶対にしない。
「あ、連絡先交換しましょうよ。小説読ませてください」
「あ、はい」
もう書いてないって言ってるのに、僕はあっさり承諾してしまった。連絡先、ゲーセン通いの連中にしてみれば喉から手が出るほど欲しい文字列だろう。これには裏がある、とはわかっていてもどうしてもにやけてしまう。僅かでも、1%でも、もしかしたら自分に好意があっての事じゃないかと思うとその可能性に賭けてしまうのが男というものだ。そんなはずは無いことを、相手の心を読んで確かめたはずなのに、自分の測りミスかもしれないと都合のいい方へと思考を泳がせる。
『8/19にゲーセンじゃなくてご飯食べに行きませんか?小説見せたいんで……。』というメールを翁さんに送った。この文章を打つだけでも3時間はためらった。そしたら1分もしないうちに『いいですよ!』と返事が来て、思わず飛び跳ねた。早速自分が書いた小説を見返して、1年前編集者に言われた部分の修正に手を付けた。
プロのアドバイスを1年以上放置してたくせに、女の子の為となれば、今は8月19日までに修正して印刷しないと、などと奮闘している。この構図が滑稽だ。
約束の日、中学生がオシャレな料理屋など知っているはずもなくゲーセンの横のファミレスに集まった。翁さんは小説をじっくり読んでくれている。この間やることもなく、ただばれないように相手の心を読んでいた。そこには楽しいとか詰まんないとかの感情はなかった。本当にこの人は何がしたいのかさっぱりわからない。いや、わかっているが信じたくなかった。僅かでも、1%でも、もしかしたら自分の想定しうる最悪かもしれないと思うとその可能性を無意識に排除するのが男というものだ。
「うん。面白いね」
なんて全く思ってないくせに。
「もっとじっくり読みたいから、持って帰っていい?」
「あ、はい。もちろん」
「そしたらちゃんとした感想を言うね」
「なんか口調が大分打ち解けてますね……」
「え?そうかなぁ」
そのあとは、なんで小説家を目指してたのかとか、なんで不登校になったのかとか、そんな話をして1日が終わった。
僕の小説の内容はおよそこんなものだ。
雪の強い地方で猟師をやっている主人公が周りの人とトラブルがあって集落を飛び出す。そして山にこもって自給自足生活を始めるが、猟師は当然動物たちに嫌われる。集落でも山でも自分の居場所を失った主人公は熊に食べられて終わる。ここじゃないどこかに楽園があると思うなよ、という話である。
これを編集者にはハッピーエンドにしろだとか、主人公の口の悪さを直せとさんざん言われたのだ。
その次の週に僕は再び翁さんと食事をした。僕が渡した原稿に付箋がたくさん貼られていた。
「まずね」
ああこれは、と僕は思った。おんなじなのだ。あの時の編集者と。言うならば情熱的に、時間をかけてゆっくりと。今から翁さんは僕を貶すべく意気揚々としている。「まずね」の一言ですべてを悟った。
「通して見たときに主人公の感情にブレがありすぎると思うの。ここからここまで、こんな短い間に人間って怒ったりしないから」
「で、すよね……」
「だから間にもう一つエピソードを挿むべきです。素人意見だけど」
「全然、あの、読者の意見ってすごく参考になります」
僕はこの人に惚れているんだ。だから言いなりになってしまう。
「ほんとに?うれしい。お役に立てて」
「じゃあここに追加エピソードを入れて、後はどうしましょう?」
「最後は救いのある終わりを見せた方がいいと思うなぁ。動物に殺されちゃうんだけど、誰かが花を添えに来るとか」
「いいですね!」
これだと楽園はどこにもないってテーマから遠ざかってしまう。でも、僕は従った。この小説は僕のためにあるんじゃなく、彼女のために捧げる物なんだ。
それからファミレスで打ち合わせするのが恒例になっていた。僕が原稿を修正箇所を教えてもらって翁さんは更新版に目を通す。でも一度家に持ち帰ってじっくり吟味するというのは変わらなかった。
あるときは「私、新しいキャラクターを考えて来たんだけど、これを物語に組み込んでくれないかなぁ」
「いいですよ!なんだか共作みたいで楽しいですね」
あるときは「思い切って白紙に戻そう」
「いいですね!今なら面白い話が書けそうな気がします」
あるときは「だんだん面白くなってきたよ。この調子で、絶対プロになってね」
「はい!頑張ります!」
こんなやりとりを繰り返して彼女の為に小説を書く。小説を書けば翁さんと繋がっていられる。それはゲーセン通いの連中たちが渇望した状況だ。今まさに僕はあの店の頂点にいる。だから翁さんと繋がっていたいのだ。
今週は翁さんがたまたま予定合わないと言っていたので、たまにはゲーセンに顔を出すかぁ、と店に行った。その頃は小説執筆に忙しくて、もうほとんど行かなくなっていた。
「あ、ミズキ使いじゃん。最近どうしたの?」
「あ、いや、彼女が出来まして……」
「え?まじ?どんな子?」
この言葉を待っていた。驚けよ、今から僕をこの店の頂点に召喚する。
「ぇ、ぁあ、あの翁っていうここの店にもよく来てる子です」
最高の瞬間だった。愚民どもはどんな顔をしているのかと思って顔を上げる。
「あいつと連絡取れてんの?なんか警察沙汰らしいよ」
時が止まった。たとえどれだけ脳が進化しても、今のこの状況が理解できなかった。
「どういうことですか?」
小学生以下の陳腐な反応が脊髄反射で出た。
「この前翁さんの母親がうちの店に来て娘知りませんかって。2ヶ月帰ってないって」
「いや、僕先週も会ってますよ……」
汗が止まらない。もう聞きたくない。
「何が恐ろしいって、捜査してる警官がこの前行方不明になったから君たちも気を付けてって」
彼女はいったいどこからあのファミレスに来ていたのだろう。僕の原稿をいったいどこへ持って帰っていたのだろう。
それがこんな山奥だったとは。でもこのことが幸いだった。幸い僕は山に関する小説を書いていた。
この禍々しい、あいつの気配がだんだん強くなる。
菅原冥。
しかし、最初に待ち受けていたのは銃声だった。恐らく行方不明になっていた警官だろう。躊躇なくこちらに向かって銃を発砲した。目が完全にラリっている。まだ距離があるから当たらずには済んだが、当たるか当たらないかは運だ。落ち着け。運なら冷静になった方に勝ち目がある。
たしか銃って6発だったか。さっきので残り5発。とにかく無心で走った。銃声が聞こえる度に4、3、2、とカウントダウンを進めた。0になった瞬間、警官は壊れたブリキのように倒れた。色々思うところはあるが今は菅原冥に会いに行かなければ。
菅原は倒れた大木に座っていた。その左に翁さんが立っている。
「よう瑞希。今週は会えないってメールすればゲーセンに行くと思ったよ。それで必ずこの場所に来ると思ってた」
「菅原さん。どこからがあなたの図りなんですか?何を面白がっているんですか?」
菅原はゆっくりと静かな声で言う。
「なにって、お前があの店の頂点になっただろ?で、その上が俺なんだよ。わかるか?」
「わかりません」
あの警官は操られていた。菅原に洗脳されていた。翁さんも洗脳されて、菅原の駒としてあのゲーセンに来た。菅原の駒として高嶺の花になった。菅原の駒として僕に会いに来ていた。翁さんは僕が渡した原稿を菅原に読ませて、菅原がそれっぽい修正案を出して僕を従わせていた。いつの間にか間接的に僕よりも小説を書いている。僕よりも小説を書く才能があると見せつけるために。
「お前が楓を選んだのは、相対的価値を見い出したからだろ?自分のステータスにしたかったからだろ?」
「違います」
「お前がプロを目指してたのは、素人よりも上に立ってると思ったからだろ?」
「……。」
僕が小説を書く理由は生きがいだからだ。僕が翁さんを選んだ理由は好きだからだ。好きという気持ちは純粋であるはずなんだ。
「頭の悪いお前に一つずつ説明してやるよ。まずお前は自分が優れていると思ってゲーセンにやってきたな。そこで周りをボコボコにすることで愉悦に浸っていた」
「違う。僕がゲームをやっていたのは楽しかったからだ」
「その次にカードの大会で優勝したな?自分は特別だと思えてよかっただろ?」
「違う。あれは自分の成長が楽しくて」
「最後に、周りに自慢したくて楓を引き留めていただろ?」
「違う」
「それはな。全部俺が通った道なんだよ。お前は俺に操られていたにすぎない」
操られているやつは、自分が操られているとは思わない。菅原は駒同士を動かして自分の下位互換を作ることで愉悦を感じる。下位互換である駒が優秀であればあるほど愉悦の質が高まる。そのために僕の能力を解放させていた。だから菅原は自分は参加しない、手を下さないを徹底した。
こんな醜い男と、僕は同じ道を辿っているだと。何を言っているんだ?僕の性格が歪んでいるとでも?翁さんはどうなるんだ?翁さんの本心は?僕の小説は?プロになる道は?鍛えたゲームの腕は?費やした時間は?翁さんのお母さんが心配している。行方不明になった警官が倒れている。なんで?菅原冥と言う男がこの町を、このセカイを、全てを壊している。なぜ菅原は生きている?僕の人生は?
う。
ぅ。
視界がぼやける。頭がワレル。
誰なんだコイツは。スガワラとはいったい誰なんだ。ナンナンダこのセカイハ。ナゼこうなってしまっタ。ナゼこのモンスターを産んでしまった。
ぼやけた視界の中で、操り人形になった翁さんが映る。
「違う。やっぱり僕とあんたは違うよ」
「は?」
僕は笑っていたかもしれない。
「あんたは第3段階に行けなかったんだ!この世界のルールに影響を与えるところまで。だから相手を洗脳する精一杯のあがきで愉悦に浸っている」
悔しがる菅原の表情を見て僕は快感を得ていた。僕がモンスターになってしまわないように、この物語を終わらせなければいけない。
「僕の能力は口寄せ創造なんだ」
目を瞑る。ゆっくりと。
「この山には熊がいる」
宣言したとたんに草むらの影から黒くて大きな獣が忍び寄る。
「腹を空かした熊が誰を食べるのかは運しだいだ。焦っているあんたと、落ち着いている僕と、どっちがやられると思う?」
菅原は大木を超えて全力で走り去った。巨大な熊は弄ぶような速度で菅原とのかけっこを始める。
僕は我に返って突っ立っている翁さんの頬を軽く叩いた。
「目を覚ましてください。お母さんが心配していますよ」
「ん?遠野さん?あれファミレス……?今日は会えないって……あれ?」
「翁さん山で遭難したらしいですよ。あそこにいる警官と一緒に帰ってください」
「あれ?小説はー」
翁さんから小説という言葉が出てゾッとした。この人の中に菅原という男は存在し続ける。当然僕の中にもだ。
上を目指すという道の先にあの男がいるのなら。この先僕は、どこまでも無気力に生きる。僕自身がこの世界のゴミであり怪物でもある。
僕はもう小説を書かない。
「言いかけた言葉は何だったんだい?」
「はて。私はなにか言いかけたかな?」
「遠野瑞希に悲観的な理由だよ」
「ああそうだったね。悲観的な理由」
「遠野瑞希だって神に選ばれたのだから、きっと救いの余地があると思うがね」
「いや違う」
「どういうことだい?」
「彼を産まれ変えたのは神ではなく私なんだ」
「なんてことだ!!それは禁止されているはずでは……」
「だからこそだよ。禁忌を犯してまで助けるべき人間ではなかった」
「なぜそんなことを……」
「さあね。私にもわからない。だがこのことはすぐ神にバレるだろう。所詮私にも、楽園はなかったってことだよ」
中学生編は能力覚醒の過程を書くためのものでして、展開がゆっくりなうえ長いことからマンガの方では丸々カットしていたのですが、後々やっぱり必要な話だということで小説という形で出すことにしました。本編の方もよろしくお願いします。
本編のマンガはこちら→http://seiga.nicovideo.jp/comic/24021