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六〇一年 村一の猟師の娘 神霊の器の御印を見つける

しばらくゴウテツヤマクマゴロウは出てきません。

 アマランスは山の多い土地である。

 野を駆け、獣を追い野草を集める走る者達が多い。

 山々に囲まれた平地にあるその村も、ほとんどが猟師である。

 村一の猟師カラナには一人娘がいた。娘アラナはあまり表情を顔に出さぬ少女であった。

 他の年頃の娘のように姦しくもなく、挙動も少ないため、知恵のまわりが遅いのかと心配もされたが、ひとたび彼女を知れば、彼女が無口なだけで、人と同じ感受性をもっていることがわかる。むしろ思慮深く、周りのことが良く見えているということを、同じ村の少年デンタナだけは知っていた。

 本当に小さかった頃、縄を上手に編めず父に叱られてばかりだったデンタナにこっそり編み方を上手に教えてくれたのが、茶色い髪を揺らして現れたアラナだった。同じ年頃の少女が大人と同じように狩りの道具を作れることに驚き、聞いてみても、大人がしているのを手伝っている内に覚えた、とのことだった。


「デンタナだって、すぐに覚えるよ。一度覚えれば、男の子の方が力強いんだから強い縄が編めるよ」


 そう、優しく言ってくれた彼女の顔は、ただただ無表情だった。

 けれど少年にはわかっていた。彼女は優しさを表情ではなく態度で示す女の子であるということを。

 それから、何度目かの春と夏と秋と冬を、デンタナとアラナは幼馴染として過ごす。

 先祖伝来の薄い茶色い髪をした二人は、よく一緒にいた。

 猟師カネラナの息子デンタナはやっと一〇歳となり、猟師カラナの娘アラナよりも背が高くなった。

 アラナが八歳になった夜のことである。


「やはり、獣の数が減っているな」


 その夜、アラナが横になった後、父は母と話をしている。アラナは寝たふりをして父と母の会話を聞いていた。


 父は、深刻な声色で母に語る。

「水が涸れ、土が痩せている。山の恵みが育たなくなって、草木もそれを食べる獣も見る見る数を減らしている。こんなことは、俺が生まれてから一度もなかった。一年前、器様がお亡くなりになって。御山の精気が失われている。このままでは、来年にも俺達の食べるものはなくなってしまうだろう」


 母が応える。

「それでも、神様がいなくなったわけではないのでしょう? また、器様が選ばれてその方が神霊様を降ろすことができたなら、またこの地にご加護をいただけるのでしょう?」


 父は、少しの沈黙の後に言う。

「しかし、その器様が見つからない。8年前に、今は亡き器様が次の候補を選ばれた時、候補者となった誰もが神霊を降ろす次の神器の資格を得られなかった。しかし、このアマランスのどこかにいるんだ。いるはずだ。各村の代表達に、イオウェズ様は仰られた『次のお役目を受けた者の気配はあった。必ず、いる。その者を見つけなさい』と」


 アラナは、自分が眠ったふりをした後の父と母の会話から、この世の仕組みと直面する問題について、ある程度の理解をしていた。

 このアマランス地方が山々に囲まれた土地である。しかし緑あふれ恵が多く、多くの人が住み、複数の村々を形成している。それが可能なのは、神霊と呼ばれるものの加護があるからだ、という。

 この御山のどこかに神の殿があり、そこにそのお方はおわす。

 神霊は、この地に直接干渉はできない。魂が遠くにあって、この島の位置がわからないからだと言う。

 だから、導く者が必要なのだ。


 私達はここにいる


 、と。そう伝えて、神霊の力を誘導し自らの体に降ろす者が。

 そのお役目を果たす者が、神の器。そして彼(もしくは彼女)は、神そのものとして扱われる。

 器が死ねば、事前に器が選んだ後継者が神の座を受け継ぐ。

 そうして、神の力を土地にもたらし続ける仕組みがあるのだ。


 カラナの住む村を含む、この山岳地帯アマランスの器が死んで、一年。

 未だに後継者がおらず、山に衰えが見えている。

 父について猟を手伝いに行っているデンタナも、最近はまったく成果を持ち帰ることができなくてしょげている。その度に彼女が慰めている。

 だが、最近彼はそういう慰めを嫌うようになった。

 多分、自分にいいところを見せたいのだろうということはわかっているから、そういう時は謝る。すると、それも気に食わないのだろう、デンタナはぶっきらぼうな態度を取る。それが可愛くて仕方ない。

 しかし、それを微笑んでいられない現状がある。

 父と母の顔は日に日に深刻なものになっていく。

 不安なのだろう。今まで神がいなかったことなど、なかったのだ。

 眼に見える勢いで神の加護が失われていくということが、怖いのだ。

 アラナは思う。神がいなければ、人は生きていけないのだろうか。

 しかし、その加護の中の平穏を過ごしてきただけのアラナには、何の答えもない。

 せめて、自分は両親のよい娘であろう。

 デンタナの慰めであろう。

 自分にできることをしよう。

 不安な気持ちを、そういった気持ちで抑え込む。

 いつだって、アラナはそうしてきたから。

 寝返りをうつ。

 長く赤い髪が、頬を滑る。うっとおしい。

 

「……待ってよ!」


 飛び起きた。

 自分の髪の毛はこんなに長かったか?

 いや、そもそも。自分の髪が、赤かったことなんかない。両親と同じで……。


「アラナ、起きたのか?」

 

 父の声。


「どうしたの? アラナ?」


 母の声。


「なんでもない!」


 上ずった声が出た。

 心配した父母が寝所を覗く。

 アマランス地方ケス村。先祖伝来の薄い茶色い髪の両親が見たのは。



 選ばれた神の器の御印「火のように赤い髪」が伸びた、我が娘の姿だった。



 時の引き金が弾かれたのは、神明暦六〇一年のことであった。

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