六二〇年 同時刻、森の小道で追い剥ぎが現れること。
深い森の中。
人々が踏みしめて開いたであろう小道。
薄暗く、辺りに人家はなく。
もし、追い剥ぎなど出ても、助けを呼ぶ甲斐もないだろう。
そういう場所。
おそらく真昼頃ではあるが、鬱蒼とした森の中では入りこむ光も少なく。
ただ夜でないことがわかるだけ。
そういう時間。
フードを被った青年は薄汚れた風貌の三人組に囲まれていた。
ずんぐりとした髭面の男。
ひょろりとしたノッポの男。
頭の大きい小男。
三人が三人とも、その手に光る刃物を手にしている。
そう、鉄の刃物である。
マスカダイン神明暦六二〇年において、金属は貴重なものである。
それも完全な加工を施された鉄となれば、鉄神ユシャワティンの加護を得た精霊憑きでなければ作りあげられないであろう。そう言う物を、持っている。
「ぐへへ、兄ちゃん、なかなかいい身なりをしてるじゃねえか」
「なら、俺達の持ってるこいつがどんだけ怖いか知ってるよな~」
「痛いぞ~、先っちょ刺さっただけでも痛くて泣くぞ~」
「オラオラ、いいから持ち物を出しな。俺たちゃ本職の盗賊だ。出す物さえ出してくれりゃ命は取らねえぜ」
「なんでもいいんだぜ、食い物でも、その着てる上等そうな布でもなあ。命は大事にしろよぉ」
「さもないと、刺しちゃうぜ? 刺しちゃうぜ? おっ? おっ?」
あまり、精霊の加護により得た聖物を持つタイプの人間達ではないようだが、結局刃とは武器としてこれ以上ないほどに有用である。
ならば、これも当然の使い方なのだろう。
三人の悪漢に取り囲まれた青年は、自分の頭上辺りに意識を集中し、呟いた。
「ならば、これも当然の使い方なのだろうな、トギ・シュシュ」
すると虚空より、返事が来る。
『けれど、ユシャワティンのワノトギ達は何を考えているのか、こんな阿呆共にまで神果を分け与えるなんて。いくらワノトギが平等な者であろうと、平等過ぎでしょう』
三人のリーダー格である髭面の男、トンがいぶかしむ。
「おい、誰と話してんだ。いや、今の声は」
ノッポの参謀、チンが続ける。
「いや、俺達以外には誰もいなかったはずだ」
ちょっとあほな小男カンが気付く。
「あれ、今こいつの体の中から声がしたような」
青年はくすりと笑い、フードを脱いだ。
「よくわかったね。そうさ、今のは俺の体の中にいるトギの声だ」
そして、指を鳴らすと、爆発が起きた。
熱風に転がされながら、トンが叫ぶ。
「こ、こいつワノトギだー!」
木に叩きつけられたチンが呻く。
「しかも、燃えるような火色の髪、長身。間違いない。こいつ赤侠カルヴァトだ」
小便をもらしながら、カンが喚く。
「お助けー」
その青年は、一〇年前に、かのアマランスの神霊イオウェズの試練を受け、精霊憑きへと生まれ変わったあのカルヴァトである。
彼もまた、広大な島中を周回し、死霊に憑かれた者を神殿へと誘い、悪霊が現れれば戦い、調停者として人々の諍いに割って入る、所謂まっとうなワノトギとしての人生を送っていた。
本日もその巡礼の最中、人気のない森をかきわけていると、彼をただのひょろながい青年と思った盗賊達に見つかったというわけである。
フードを被り、猫背だったので気付かなかったが、その髪は冬の日に燃え盛る炎のように赤く、背は並の人間を越して高い、精悍な若者である。普通にしていたら、絶対に喧嘩を売らなかっただろうに、そのことを三人悪が悔やむ暇もなく、精霊憑き(ワノトギ)は身に炎を纏いながら、ぐいと歩み、カンを踏みつけながら告げた。
「おい、お前ら、焼かれたくなかった百数える間に飯と水持ってこい。いーち、にー、さーん」
必死で頷きアジトへと走って行くトンとチンを見送り、がたがた震えるカンを放してやると、切株を見つけてどんと座る。
苦笑。
「しかし、クマゴロウ師は【これがワノトギの生計だ】とか言って教えて下さったけれど。いくら悪党相手とは言え、本当にこんな強盗まがいのやり方していいのかな」
治安維持のために武力を持ったワノトギが盗賊を対峙するのはよくある話だが、果たしてその後自分の子分のように従えるのは本道なのか。
他のワノトギのやり方をしらないため、何にも言えない。しかし、他の生活の仕方を教えてもらっていないカルヴァトには、これ以外のやり方がわからないのだ。ならば、このやり方でいかせてもらおうと思うしかない。
「なあ、そこの君」
木陰で震えるカンに、カルヴァトは声をかけた。哀れにも、震えながら小男は応える。
「た、食べないでください」
さっきまでの威勢もどこへやらである。
「とって食べたりはしないよ。訊きたいことがあるだけさ」
カルヴァトは立ちあがり、カンが地面に放り出した、刃物を手に取り、刃面を光らせ問う。
「これを、人の身に余るカネを君達に譲った奴らは、誰だ。そいつらはどこにいる」