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六二〇年 ロウレンティア神殿において、鉄神ユシャワティン傷を負い、物語は始まる。

 大地の加護者である神霊。

 その神霊の加護が行き届く広さというものは、マスカダイン島全体の五分の一程であるとされている。

 それ故か、島に神殿は等距離で五つほどあり、それぞれに神霊を宿した器が住む。

 しかし、大地に降り立った神霊は九柱。

 マスカダインの北、ロウレンティア地方。

 そこには五柱の神霊が共存している。


 ※※


 ロウレンティア神殿。鉄神ユシャワティンの間。

 表向きの威風堂々たる建築物の裏。

 人の足では踏み入ることは不可能な、次元の向こう側。

 神が寝床、裏の神殿。


「ミュナ、君は神霊に会ったことはあるかい?」


 黒衣の女が、質問した。


「ユシャワティン。会うも何も、眼の前にいるではありませんか!」


 白衣の女が、怒鳴るように応える。


 まあ、そうなのだがと苦しそうに笑う黒衣の女。痩せぎすで、黒みを強調する化粧をした女である。彼女の名はユシャワティン。本当の名前は別にあるが、鉄神の証である眼の下の黒い隈がはっきりと現れるようになってからは、もうその名前しか名乗っていない。

 彼女を心配そうに見やる、白衣の女。豊満な肉付きで、金色の波打った髪が豊かに伸びている。眼の前の女と対照的な活気のある美しさを蓄えているが、不安そうな表情が水を差している。彼女の名はミュナ。彼女もまた、癒神の証に、十も数えぬ歳に一夜にして大人の女の肉体に成長して以来、ずっとこの神殿で暮らしている。

 二人は、神霊をその身に宿した神霊器である。

 何故このような形に落ち着いたのかはわからないが、五柱の神霊がひしめき合うこの神殿では、神殿は表向きはっきりと縄張りを分けている。一つの建物にありながら、五つに区切られた間が各々神殿と名乗る。便宜上その建物をロウレンティア神殿と呼んではいるがこの有様は、神々の都合と言うよりも、どの神霊を信仰するかという命題を抱えたこの土地の人々の、宗派による衝突を避けるための処置とも言えた。

 神霊達も、それに仕える眷属も、そしてこのロウレンティアという土地にある特別な制度によってあるそれぞれの神殿の神官達も、平時はほとんど交わることはない。

 しかし、ほぼ同時期に先代と入れ替わる形でこの神殿に移り住んだユシャワティンとミュナは何かと話が合い、こっそりと合ってお互いに供えられたマスカダインを食べ合ったり、お互いの眷属の話をしたり、こっそり仕入れた下々の話題で盛り上がったりしていた。

 普段から、そう、普段から世間話を切り出すのはミュナの方だった。

 うら若き外見に寄りそうのか、未だに少女のような精神性を保つミュナのおしゃべりに、少ししか違わない癖に年上ぶったユシャワティンが相槌を打つ。

 そして時折、黒い先輩が観念めいたことを口にして、それをミュナが言ってる意味がわからなくても、熱心に聞く。

 そういう関係が、ずっと続いていた。


「私が言っているのはね、ズィリィン」


 黒衣の女は、何十年ぶりに癒神の本当の名を口にした。


「君は、自分の中にいる神霊ミュナと話をしたことがあるかい?」


 白衣の女は、焦り、彼女が何を言いたいのかわからぬまま応えた。


「ありませんよ。だって、神霊には、そう、人の心のようなものはないから、私達人間に宿るんでしょう。それとも、ミペッポ。あなたは神霊ユシャワティンを見たことがあると?」


 ミペッポは首を振る。


「ない。神霊をその身に宿した時、それまでの神霊器として生きてきた四人の先代達の記憶は流れ込んできた。必要な知識も理解した。けれど、神様のようなものに意識が触れたことはない」


 黒衣の女は、壁にもたれ、そのまま尻餅を付いた。

 白衣の女が大声を上げて駆けよろうとしたが、それを嗤って制止して、女は続ける。


「いや、大丈夫だ。ちょっとしんどくなってきただけ。頼む、私が気絶しないように、もうちょっと私の話に付き合ってくれるかい」


 白衣の女は、そんな言葉に乗ってウィットに会話する余裕などなく、黒衣の女に駆けより、抱きしめる。

 白衣が、相手の体から流れている出血で、どんどん赤い染みを広げるが、気にする暇などない。

 必死で呼び続ける。


「ミュナ、そんなに抱きしめなくてもいいから、せっかくの神装が汚れてしまう」


「ユシャワティン、しっかりしてください。今、私のワノトギが、ポリアンナが来ますから! あれなら、そんな負傷、瞬きする内に治しますから!」


「大丈夫だよ、未来予知のワノトギから、私の死期はまだ先だと聞いている。大丈夫だ」


「大丈夫じゃありません。こんなに血を流して、どうして。どうしてこんな酷いことを」


「全く、自分のワノトギに殺されそうになるなんて、阿呆な話だ。神明暦始まって以来の珍事だよ」


「惨事です!」


 その少し外れた物言いがツボに入って、苦しげに笑ってしまった。


「ああ、それで。そうだ。結局、私が言いたかったのは、神霊ってのは、仕組みだってことさ。ただ、神霊という大きな力の塊があって、それに呼びかけて、降ろして宿し器になった者が神を名乗る。そういう仕組みにすぎないのさ。私達、そう。私達も含めて、この島に住む全ての人間は、仕組みに支配されているんだ。それに気付いてしまったから、あの男は私を殺さざるを得なかったのだろうね。死んでないけれど」


「そんなの!」


 いつものように、ひとり言のようなユシャワティンの言葉を聞き終えて、いつものように、ミュナは必死に考えて叫ぶ。


「そんなの、皆わかりきったことじゃないですか! それでも皆が幸せになって欲しいから私達は神様を演じて、今まで生きてきたんじゃないですか!」


 黒衣の女は嗤った。


「そうだよね、その程度のこと、みんなわかってるのにね」


 白衣の女に抱きしめられながら、宙空を見つめそして、


「それでも神を殺すか、我が欠片を分けた子よ。いや、最早神に背いたお前はあの忌み名で呼ぶしかないな。ワノトギ・ミカワよ」


 気を失った。

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