8.ポーカーテーブル
短く切り揃えられた髪に定規でも入ってるかのようなピシッと伸びた背筋。染み一つない開襟シャツはきちんとズボンに入っており、中も色シャツではなく白の無地と、まさに生徒手帳に描かれている模範生徒そのものだ。上履きの色は緑なので、タダクニ達と同じ二年のようだ。
「俺が有馬だけど、あんたは?」
「二年A組の烏丸シュウジだ。今日は生徒会兼風紀委員として君に用があって来た」
シュウジはタダクニの前まで歩み寄ると、射抜くような目で睨みつけてきた。
「……ウチに生徒会や風紀委員なんてあったのか?」
タダクニが真顔で隣のマサヒコに聞くと、シュウジのこめかみがピクッとひくついた。
「ほら、あれだ。朝礼とかで何か地味な先輩が挨拶とかやってたじゃん」
「ああ、そういえば。で、その生徒会様がわざわざ何の御用で?」
「単刀直入に言おう。君が校内で販売している写真の件で来た」
「写真?」
タダクニは一瞬眉をひそめ、それから納得したようにポンと手を打った。
「あー、はいはい。写真が欲しいんなら毎週金曜の昼休みにA棟の裏で販売してっから、明日また来て頂戴ね。値段は一枚五〇〇円で五枚セットだと二四九九円とお得になってるし、今なら幸せを運ぶ石もオマケでついて――」
「違う! 僕はその写真の販売を止めるよう警告しにここに来たんだ!」
シュウジは声を荒げてタダクニに迫る。
「止めろっつっても、こっちの顧客には校長や理事長もいるんだぞ? 学校公認の――」
そこでハッと気付いて、タダクニは女子達と談笑していたサヤカの方へちらりと目をやる。
サヤカの視線は完全にこちらに注がれて、というより既にクラス中の注目の的となっていた。
(まずいな……どうにかしてごまかさねえと)
タダクニは頭をフル回転させ、この場を上手く収める方法を模索した。
「よ、よーし、わかった。こういうのは昔から話し合いじゃ決着はつかねえと相場が決まってる。ここは一つ勝負といこうぜ」
「勝負?」
「そうだ。あんたも俺が素直に言う事を聞くようなタマだとは思ってねえだろ? だからあんたが勝ったら俺は仕事から手を引く。その代わり俺が勝ったら今後一切、その事に関しては何も言うな。どうだ?」
「……確かに、君は口でどうにかなるような人間ではなさそうだな……いいだろう。それで、何で勝負をするんだ?」
しばし顎に手を当てて思案した後、シュウジはその提案に承諾した。
(よし、食い付いた!)
タダクニは心の中でほくそ笑んだ。こうなれば後はこちらのものだ。
「そんじゃ、こいつでどうだ?」
タダクニは机の上のトランプを掴むと、シュウジに突き出した。
「簡単なポーカー勝負だ。チップなしでカードは二回まで交換あり、先に五勝した方が勝ちだ」
「いいだろう。僕が勝ったらついでにそのトランプも没収させてもらおう」
「どうぞご自由に。ま、勝てればの話だがな」
タダクニは手近な椅子にどかっと座ると、シュウジも机を挟むようにその一つ前の席の椅子に静かに腰を下ろした。
「んじゃ、チャイムが鳴る前にとっとと始めるか。ガチホモ、カードを配ってくれ」
「うむ、承知した」
ガチホモはトランプを受け取ると、慣れた手つきでカードを切り、一枚ずつ裏向きにカードを配っていく。
(……どうも怪しいな。この男、何か小細工を仕掛けているに違いない)
そう思い至ったシュウジは、カードを取ろうとするタダクニの手を止めた。
「待て。君の手札と僕の手札を替えてもらおう、それと順番も僕から始める。構わないな?」
「あ? 別にいいけど」
タダクニはあっさり了承すると、互いの手札を交換する。シュウジが自分の手札を見ると既にAのワンペアが出来ていたが、別に珍しい事でもない。
(本当に運と実力で勝負するつもりか? なら、少しは見直すべきか……)
想定外のことにやや驚きつつも、シュウジはカードを三枚交換する。すると、一回目であっさりAの4カードが出来てしまった。
(よく切っていなかったのか? それともやはり何か小細工を……だとしたら、策士策に溺れるという奴だな)
この勝負の勝ちを確信したシュウジは、二回目の交換はしなかった。
「どうやら僕の勝ちのようだな。Aの4カードだ」
勝ち誇った顔でシュウジは手札を机に広げて見せる。しかし、
「悪いな、こっちはAの5カードだ」
にやりと口元に笑みを浮かべ、タダクニは手札を机に広げた。そこには確かにAが『五枚』あった。
「……ち・ょ・っ・と・ま・て」
シュウジは額を押さえ、身体を震わせる。
「なんだよ、負けたからっていちゃもんつける気か?」
「違うッ! どうしてAが『九枚』もあるんだ!」
至極もっともな質問だった。普通は一組のトランプにAは四枚しか入っていない。
「ウチの連中はみんなカード隠し持ってイカサマやってっから、カードが混ざりまくってんだよ。6カードとか7カードとかも普通にあるぞ」
「なんだそれはッ! そんなのがポーカーと言えるかッ!」
「事前にカードの確認しなかったお前のミスだろうが。トランプがちゃんと五二枚バラバラのカードだっていう固定概念を持ってしまったのがお前の敗因だ!」
「どんな屁理屈だそれはッ! こんな勝負が認められるかッ! やり直しだッ!」
そんな口論を二人がしていると、突然教室の引き戸が荒々しく開かれると同時に、怒りを剥き出しにしたユウキがずかずかと入り込んできた。