6.熊風高校生徒会
「――では本日の議題です」
昼休みの熊風高校生徒会室に毅然とした声が響き渡る。
「最近、我が校の女生徒の生写真が校内で売買されています。写真は一枚数百円から数千円で取引され、隣の虎雷高校にまで出回っているようです。生徒会、そして風紀委員としてこれを見過ごすわけにはいきません。力を合わせてこの問題を解決しましょう!」
言い終えると、生徒会副会長の烏丸シュウジは熱意に満ちた瞳で周囲を一瞥した。
「ああ、それなら俺も持ってるよ。ほら」
のんびりとした口調で学ランの胸ポケットから写真を取り出したのは生徒会長だ。
熊風高校では既に夏服への移行期間が終わっているのだが、生徒会長は何故か常に学ランを着用しなければならないという変な校則がある。かつて生徒会長が校長にその理由を訊ねた事があったが、『その方が会長っぽいからに決まってるだろ常考』という言葉だけが返ってきた。
「会長……生徒の手本とならねばならない人が何をやってるんですッ!」
机をバン! と叩いて、シュウジは会長を睨みつける。
「いや、でも校長と理事長も買ってるんだよ? 俺もこの前、二人が並んでるの見たし」
ガンッ!!
あまりに予想外の事実にシュウジはずっこけて、机に思い切り額を打ち付けてしまう。彼の瞳の炎は早くも消えかかっていた。
「ば、馬鹿な……!? この学校の風紀はどうなってるんだ!?」
「……今の会長の発言は記録から消しておきますね」
書記の一年女子が議事録にそっと消しゴムをかける。
「まあまあ、落ち着いて烏丸君。それで、写真の出所はどこなのかしら?」
シュウジと同じく副会長の三年女子がなだめ、先を促す。
「は、はい……。僕が個人的に調査をした結果、諸悪の根源はこの男と判明しました」
シュウジは脇に置いた鞄から一枚の写真を取り出し、机の上に置いた。皆が写真を覗き込むと、ダルそうな面構えをしてピースサインすら曲がって出している男子生徒が写っていた。
「二年E組の有馬タダクニ。昨年度ご卒業された我が校伝説の問題児、有馬ミハル先輩の弟です」
「ミハル先輩の弟くんかあ。血は争えないわねえ」
写真を見ながら副会長は苦笑する。
「販売されている生写真の生徒は彼の妹とクラスメイトのようです。全く、信じられません」
「ユウキちゃん、可愛いからなあ」
生徒会長は一人だけ別の写真を愛おしげに見つめていた。
「……会長、その写真は後で没収しますからそのつもりで」
「ええっ!? そ、そんなぁ……」
がっくりと肩を落とす生徒会長を尻目に、シュウジは続けて鞄からファイルされた紙束を取り出して全員に配り始めた。
「彼の素行調査をまとめてありますので、ご覧下さい」
「相変わらず仕事が早いわねえ、探偵になれるわよ」
「恐縮です」
資料を配り終えると、シュウジはそこに書かれた内容を読み上げる。
「髪型、服装は特に問題なし。成績も悪くありません。ですが素行にかなり問題があります。彼のクラスで評判を聞いたところ、『金の為なら親兄弟でも売り飛ばす。実際、父親を外人傭兵部隊に売り飛ばした』『落とした一〇円玉を拾うために校舎の四階から何の躊躇いもなく飛び降りてしかも無傷だった』『学校のトイレットペーパーを持ち帰るのを見た時はガチで引いた』『用がある電話は必ずワン切りして相手にかけさせるほどドケチ』『銭狂い』などなど、悪評が絶えません。どうやら金銭において異常な執着があるようです」
「うわあ……」
「さすがはミハル先輩の弟くんねえ、只者じゃないわね」
「部活動はバスケ部に所属していましたが、理由は不明ですが昨日退部届を出しています。それと、他部活の助っ人も度々していたようですね。報酬として金銭を受け取っていたらしいですが、彼が助っ人をした試合はどんなに戦力差があっても必ず勝利しており、その筋からは『伝説の傭兵』とまで呼ばれているようです」
「……すげえな」
感心したように会計の二年男子が呟いた。
「続いて、以前校内で行ったアンケートには好きな言葉は不労所得、嫌いな言葉に労働・ボランティアと書いてあります。ふざけた奴です」
「趣味は野球観戦、特技は流し打ち……この人バスケ部だったんですよね?」
「あら? この世で一番大事なものに『家族、友人』ってあるわね。意外だわ」
「行動は全く逆のようですけどね。以上が有馬タダクニに関する調査の結果です。これで彼の大まかな人物像は把握できたかと思います」
「まあ、とんでもない子よね。それで、彼とはもう接触したの?」
「いえ、まだです。以前、単独で突っ走るなと先輩方に注意されましたのでまずは調査と裏付けだけを」
「うん、えらいえらい。じゃあ、どうしましょうか、会長?」
「うーん、今のところユウ……写真の女生徒達からも何も言ってきてないし、一応今回は注意だけにとどめておこうか。なんせ校長や理事長も絡んでるからなあ」
「……わかりました。では早速、今から彼に会いに行ってきます。まだ昼休みは十分残っていますしね」
やや不服そうではあるが、言ってすっくと立ち上がるとシュウジは生徒会室を後にした。