3.粕駄町よいとこ一度はおいで
粕駄町は人口約三万の地方都市だ。
全国住みたくない都市アンケートでは始まって以来、他の追随を許さない五三年連続ぶっちぎりの一位。住民の三割はチンピラで、何かにつけて暴動を起こす民度の低さが特徴となっている。
そんな粕駄町の警察はニュースで取り上げられているように更にタチが悪いのだが、統計データでは意外にも治安はそこまで悪くなく、犯罪発生率も低い。
これは住民の防衛能力が高く自ら犯罪者を撃退することが多々あるのと、警察が全く仕事をしないためそもそも件数自体がカウントされないからである。
これら一部の特殊な事情にさえ目をつぶれば至ってごく普通の町で、これといった名物も特産品もない。強いて一つ挙げるならば、一年前に町長が近年のエコブームの煽りを受けて町中に建てまくった最新式の風車だろうか。
当初はこれで町の電力を全てカバーすると息巻いていたのだが、安定した風が吹く平野部ならともかく街中に建てたところでろくな効果は見込めない。
しかもそこら中に設置したために低周波音による被害やプロペラに巻き込まれて切断された鳥の死骸があちこちに散乱し、トドメと言わんばかりに大型台風が町を直撃。吹き飛ばされたプロペラの破片が流星雨の如くあちらこちらに降り注ぎ、町民達の怒りはリミットブレイク。暴動で町役場は全焼した。
今では風車はそのまま放置されて単なるオブジェと化しており、町民からは『翼の折れたエンジェル』などと呼ばれている。
「全く、この町の警官はろくなのがいねえな。おっ、昨日も巨人が勝ってたのか。これで三連勝か、いいねえ」
新聞を手に取ってスポーツ欄に目を通すと、嬉しいニュースにタダクニは口笛を吹いた。昨日は色々と揉め事があって試合も結果も見れなかったのだ。
「ふーんだ。私はホークスファンだから関係ないもーん」
「けっ、この異端児め。いいか、日本人口の半分は巨人ファンなんだぞ」
「んなわけないじゃん、バーカ。あ、そうそう、今度新しいゲーム出るんだけど、『ブルードワーフ』でまた〇時販売するんだって! だからタダクニも付き合ってよ」
「やだよ、めんどくせえ」
「えー、いいじゃんかー。ねえったらー!」
ユウキは頬を膨らませて視線で訴えてくるが、タダクニはそれをしっしと片手で払いのける。
『ブルードワーフ』は誰得な肥満中年のイラストが描かれた看板が目印の大手ゲームショップだ。タダクニもテレビゲームはするがソフトの値段が高いために、借りることはあっても自分で買ったことは一度もない。
「どうせ二、三か月もすりゃ半額になんだろ。そん時に買えばいいじゃねえか」
「そんなの遅すぎるよー」
「大体、お前は小遣い入ったらそうやってすぐに遊びに使うけどよ。貯めて貯めて将来の楽でハッピーな暮らしに回そうとか思わねえのか?」
「えー、だって楽しめる時に楽しめなきゃ損じゃん。タダクニこそお金貯めてばっかで全然使わないけど、少しは遊ぼうとか思わないの?」
「俺はおっさんになってまで働きたくねえからな。一刻でも早く働かずにごろごろしながら暮らせる生活を手に入れるために、今のうちに貯めるだけ貯めてるだけだ」
もうその必要もないんだけどな、とタダクニは心の中で付け足す。なにせバラ色の未来へのプラチナチケットは既に手の内にあるのだ。
「うわ、ダメ人間の台詞だ」
「うるせえよ。つーか、お前、シズカが弁当作るまでに着替えねえとまた遅刻すんぞ」
「あっ、やっばーい!」
タダクニに指摘されて、ユウキはようやく自分がまだパジャマ姿なことに気が付き、
「お弁当の残り物、ちゃんとっといてよー!」
そう言い残すと、バタバタと慌ただしく二階へ駆け上がっていった。
「忙しい奴だな、全く」
タダクニは焼き上がったトーストにバターを塗り始めると、エプロンで手を拭いながら台所から出て来たシズカが声をかけてきた。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「本当に宝くじの事、みんなに言わなくていいの?」
シズカはタダクニが三億円の宝くじに当たった事を知っている唯一の人間だ。
というのも、元々そのくじはシズカに頼んで買ってきてもらったものなので、彼女は影のMVPと言ってもいいだろう。
しかしながら、家族はおろかMVPとも三億円を山分けしようという博愛精神などタダクニは微塵も持ち合わせていなかった。
「……いいか、妹よ」
タダクニはシズカの両肩にそっと手を置き、優しく諭すように話しかける。
「もしこの事がばれたら母さん達はともかく、親父と爺さんは間違いなく合法的な手段で俺の息の根を止めにかかってくるはずだ。家族が血みどろの醜い争いを繰り広げるのを見るのはお前も心が痛むだろう?」
「いつも見てるから別に痛まないけど、お兄ちゃんがそう言うんなら……」
「おお! わかってくれたか、妹よ!」
タダクニはシズカをオーバーなリアクションでがっしと抱きしめるが、その光景は全く感動的には見えなかった。