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スマッシュライフ!  作者: 千両
銭狂いと天使が出会った日
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2.有馬家のいつもの朝

 ――六月一八日(木)。

『おどりゃとっとと起きんかいッ! このボケカスアホンダラ!』

 部屋にけたたましい罵倒ばとうが響き渡る。

 その発生源は腹にデジタル時計が内蔵されたクマのぬいぐるみで、ラリったテディベアのようなふざけた面構えをしている。

「う……うーむ……」

 タダクニはほぼ無意識に布団から手を伸ばし、手探りでスイッチになっているクマの頭頂部を思いきりぶっ叩くと、

「ウボァー」

という何とも間の抜けた断末魔をあげてぬいぐるみは沈黙した。

 この不快な罵倒ボイスを発する目覚まし時計は数年前に父親の旅行土産に貰った物で、以来ずっと使い続けている。こんな愛嬌の欠片もない代物をわざわざチョイスしてくるのは嫌がらせ以外の何ものでもないだろう。最初の二、三日はさすがにイラついて叩き壊すところだったが、今ではすっかり慣れてしまっていた。

 もっとも愛着は道端の石ころほども抱いてはいないので、壊れたらスマートフォンのアラームを代わりに使うだけだ。


「ふわ……あぁぁ……」

 大きな欠伸を一つすると、タダクニは頭をぼりぼりと掻きながら布団から身を起こした。

 二階の自室の窓から外を見ると、とても梅雨入りしているとは思えないほどどこまでも澄んだ朝の青空が広がっている。昨日のローカル局の天気予報では今日は終日大雨になると言っていたのだが、ダーツでも投げて決めていたのだろうか。


 制服に着替えて登校の準備を終えると、所々軋む階段を下りて茶の間へ向かう。

 有馬家は古い木造の二階建てで、家の周囲は塀で囲まれており、そこそこの広さの庭もある。外見は一軒家というより旅館に近く、実際、タダクニが生まれる前は小さな旅館を経営していた。そのため、今は使われてない部屋がいくつも余っており、普通に住むにはかなり広い。

 立てつけの悪い引き戸を強引に開けて畳敷きの茶の間に入ると、奥の台所では制服にエプロン姿のシズカが既に昼食用の弁当をせっせと作っていた。


「あ、おはよう。お兄ちゃん」

 ストレートロングの黒髪をなびかせながら振り向くと、シズカは柔らかに微笑んだ。

「おーす」

 軽く手をあげて応えると、タダクニはそのまま台所に入って冷蔵庫から食パン一枚とバター、牛乳を取り出す。

「さっき、お母さんから電話あったよ」

「ふーん。で、親父たち今どこだって?」

「群馬だって。今度ももう少しかかるみたい」

「またえらく遠くまで行ったな。これで日本はあらかた制覇したんじゃねえか?」

 続いて冷蔵庫の隣の戸棚からコップ(プリンのガラス容器)を取り、茶の間に戻ってちゃぶ台の前の座布団に腰を下ろすと、食パンをトースターにセットする。

「こないだは北海道まで行ってたもんね」

「次はいよいよ国外って感じだな。毎度毎度よくやるよ」

「ふふ、そうだね」


 有馬家には祖父母を含めて九人の大所帯が住んでいるのだが、現在家にいるのは長男タダクニ、次女シズカ、三女ユウキ、次男ヒロキの四人だけだ。

 長女のミハルは今年から大学に進学して一人暮らし。父母と祖父母が家を空けている理由は、平たく言えば夫婦喧嘩である。


 事の発端は、祖父がオークションで出された某ミスタージャイアンツのサイン入りバットを祖母のへそくりを持ちだして競り落としにいったことだ。その度し難い所業に激怒した祖母は父母に愚痴ったのだが、巨人ファンの父は当然祖父に味方し、対して母は「ふざけんな」と祖母側についた。

 めでたく二対二のタッグマッチの完成である。


 このようなろくでもない夫婦喧嘩が有馬家では度々勃発(ぼっぱつ)するのだが、いざ戦闘となると愛するはずの夫に対し羽虫でも払うが如く平気で刃物や鈍器を振るってくる女性陣に男性陣は常に惨敗。ただひたすら逃げるしか道がなく、追走劇はたいてい県外にまで及ぶのだ。

 近所ではこの騒動を『有馬事変』『有馬家の乱』などと呼んでおり、もはや年中行事となっている。


 トーストが焼き上がるまでの間、タダクニはちゃぶ台の上に置いてある朝刊でも読むことした。隣にはテレビのリモコンもあったが、タダクニは電気代がもったいない(どうせ誰かがつけるのだが)という理由でナイター中継以外に自分からつけることはほとんどない。


「う~……おはよ~……」

 手を伸ばして新聞を掴もうとすると、パジャマ姿のユウキがひょこっと顔を出してきた。

 いつもはぱっちりとした大きな瞳は今は寝ぼけ眼になっており、肩にかかるくらいのボブカットの髪は寝癖で跳ねまくっている。シズカとは双子の妹で、顔は似ているが大人しく家庭的なシズカと違って活発で人懐っこい印象の少女だ。

「おう」

「おはよう、ユウちゃん」

「あれ、ヒロキは~?」

 ユウキは酔っ払いのようなふらついた足取りでタダクニの向かいに座ると、眠たげな両目を擦りながら聞いてくる。

「ヒロキならもう朝練に出たわよ。もうすぐ県大会だしね」

 手慣れた所作でフライパンを小刻みに動かながらシズカが答える。

 次男のヒロキは中学三年生でバスケ部に所属している。先日、見事地区大会を優勝し、今は次の県大会へ向けて日々猛練習に励んでいる。

「いーなー、ウチはもう負けちゃったし。二回戦で全国常連校なんて運悪すぎるよー」

 しょんぼりした顔で言うと、ユウキはテレビのリモコンを取ってテレビをつける。が、特に見たい番組があるわけでもなく、適当にチャンネルを変えて朝のワイドショーに落ち着いた。


粕駄署かすだしょの警察官がまたやりました。昨日、現金三〇〇〇万円を強奪した銀行強盗を追い詰めるも、説得中に犯人と意気投合して一緒に逃亡しました』


 タダクニ達が住む粕駄町かすだちょうの警察署の不祥事が流れていた。

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