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月下のラビリンス  作者: わたしです
デッドエンドのその向こう
8/22

悪夢は終わったかに見えた

 ぼんやりと寝ぼけた眼を擦って伸びをする。

 こうして誰かに起こされる事なく、眠りから目覚めるのは地球ではまず無かったなと新月は寝起きで回らない頭で呟いた。


 何時も誰かに起こされていた。

 それは親友の声だったり、目覚まし時計だったりするのだが。


 随分心地のいい眠りだった。

 疲れもすっかりとれ、痛みは完全に消えている。

 たった一晩の睡眠で、瞬く間に完全回復だ。

 当然の様の向上している回復力に契約様様だとにやけてごちる。


 大きく欠伸をしながら二度寝するかなと目を閉じた新月は、ふかふかの寝台に身を沈めて、丸めた身体を包む暖かな毛布を肩まで引き上げて、――――そこで疑問が浮んで漸く周囲の景色に目をやった。


「……どこだここ」


 どこまでも広がる白い空間。そこにぽつんと存在する寝台の上で毛布に身をくるんでいる。


(あれっ、俺確か孤島の砂浜で寝たはずじゃん、どうなってんの)


 もしあれが全て夢だとしたら、ここは精神病院かナニカだろうか?

 冗談交じりにそんな事を考える新月の顔に影がかぶり、ぐるりと寝返りをうって振り替える。


「おはよう。よく眠れましたか、こよみ」

「……誰」

「流石にそれは酷いと思うのだけれど」


 声から察するに、見下ろすように立っているのはアディアナだろうと彼は思う。

 

 こんな意味不明な状況、十中八九彼女が関わっているだろうと考えていたからアディアナが居る事に関して驚きはない。


 驚いたのは彼女の姿。現れたアディアナの見た目は予想と大きくかけ離れていた。


 肩に掛かる程度の艶やかな髪は雪を思わせる白さで、頭の動きに合わせて揺れ動き時折瞬くように輝いている。


 お揃いの白いワンピースは飾り気が一切無いにもかかわらず、どこか神聖な雰囲気を思わせた。

 満月の如くに金色に煌く瞳は、少しだけ怒ったように、同時に優しげに細められて呆ける新月を見つめている。


 夜の闇を切り取ったようなガウンを羽織った、彼女の風格はまさしく女神に相応しい。


「なにどうしたの。契約が馴染んだお陰で黒い人型からここまで進化したの? 俺が寝てる間に?」

「いえいえ。外ではこよみの言う黒い人型のままですよ。ここはこよみの精神の中にある、私の魂が住まわせてもらっている場所。一応この領域の主は私なので、寝台しかり、思うままに変えれます。紅茶でも飲みますか? 実際に呑む訳ではないので、喉の渇きは癒されないのだけど」

「いらない。つまりその格好が月の女神本来の姿って事か。あの巣窟の中で捕まってた時と雰囲気といい随分違うな、面影はあるけど」

「忘れてください、あの時は色々と危うかったのです」


 恥ずかしげに頬を赤らめ目を逸らす。

 化け物の影響を受けたせいで、神とは別のものになっていたと言っていた意味が新月にも分かり易いほどに理解できた。


 確かに目の前に居る彼女は女神という言葉がぴったりで、出会ったときのアディアナは邪悪なものが混じっていた。


「それで、俺って今どうなってんの?」

「身体はまだ眠っています。ここを出れば目覚めるでしょうけれど」


 毛布を跳ね除け手足を伸ばしてベッドに腰掛ける。

 一瞬にして世界は切り替わり、気付けば座り心地のいい椅子に深々と腰を沈めていた。


 目の前のアディアナも同じような椅子に腰掛け、二人の間に小さな机とメニュー表が置かれている。


「俺はここを知らなかったから、連れて来られた訳だよな。何か用か?」

「ええそう、私がここにこよみを呼んだ。その、別に特段用があったと言う訳ではないのだけれど」


 メニュー表を手にとって少しだけ悩む。

 シュークリームという文字を指差し彼女に見せればすぐさま美味しそうなシュークリームが表れた。


「すげぇ。食べれんのこれ?」

「ええ。けれどお腹は膨れませんよ」


 シュークリームにかぶり付き、クリームで口周りを汚しながら新月は首を傾げる。


「それで、何もねーの?」

「こよみの中で私は黒い人型か、あの恐ろしい見た目のどちらかでしょう? そのイメージを払拭したかったんです」

「あー、なるほど」


 確かにここまで美しいというのに、その姿を思い浮かべる時の二択としては酷いものだ。

 女性としての意地でもあるのだろう。


「ちなみにどれくらい見た目盛ってんだよ。本当はこんな綺麗じゃないだろ」

「これが私の本当の姿なのだけれど。疑うのは酷いです。ちなみに、胸も盛っていませんよ?」

「そりゃ分かる、盛るならもっと大きくするだろうし」


 絶壁という訳ではないが、巨乳には程遠い胸部を見て頷く。

 大きいほうが好きですかと聞かれれば、どれも胸は大好きです大真面目に答えて、新月はシュークリームを食べきった。


 別れを告げるのはおかしいだろう。

 新月は少し悩んだ様子で顎に手を当てて、思いついたように口を開く。


「直ぐ後で」

「ええ、お目覚めです」


 気軽に手を振って、新月は今度こそ本当に目を覚ます。

 ぐっ、と目を開ければ日の光に照らされた砂浜が目に入り、そして顔に触れる柔らかな感触。

 精神世界の枕とも違う暖かなそれの上で頭を転がし、上を向けば真っ黒な人型と目が合った。


「……おはよう。なにしてんの」

「おはよう。膝枕です。気持ちいいですか?」

「恥ずかしいからやめてもらえる?」


 例え今は黒い人型といえど、つい先ほどまで彼女の本来の姿である美しい姿を目のあたりにしていたのだ。


 男の子で在る新月は至極真面目に答えて上半身を起こし、大きく背伸びをする。

 精神世界で一度目覚めて会話したお陰か、すっきりとした目覚めだ。

 立ち上がって腕を回しながら、彼は海を見つめた。


「さてと。何時までも無人島生活続ける訳にも行かないし、早速今日から脱出の為の準備を始めますか」

「ええ、頑張りましょう」


 疲れは微塵も感じず、怪我も痛くはない。

 精神世界だからという訳ではなく、実際に回復力は向上していたようだ。


 すっかり爪も生え揃い、傷跡が薄っすら残るだけとなった両足で調子を確かめるように飛び跳ねる。

 何不自由なく身体を動かせ、全く痛みを感じない。

 あれだけの怪我を負っていたにも拘らず、たった一晩で完治といっても差し支えないほどに回復していた。


「それじゃあ、やっぱいかだ作りかね。ここから人がいる大陸までは結構あるんだろ?」

「ええ。それなりに」

「だったら頑丈なの作んなきゃな。途中で壊れて溺死なんて笑えねえ」


 折角拾った命を無駄になんて出来ない。

 出来るだけ早くこんな島を離れてしまいたいというのが本音だが、それで焦って失敗したら目も当てられない。


 都会育ちの新月はいかだ作りなど初めてのことだ。

 ちらりと無意識に期待の篭った目でアディアナへと視線を投げかけると、彼女は分かっていますよというように深く頷いた。


「大丈夫。作り方なら私が分かります。協力して頑張りましょう」

「悪いな、頼ってばっかで」

「いえいえ」


 契約から始まって新月はアディアナに助けられてばかりだ。

 申し訳ないと頬をぽりぽりと掻きながら眉を落とす彼に、彼女は胸の前で両手を握り締めて優しげな声で笑う。


 元神ゆえか大人な包容力でなんでも頼ってくれと言いたげなアディアナに、思わず包まれてしまいそうになる。


 事実巣窟を抜ける間おんぶ抱っこだった事を思い出し、新月は男として頼ってばかりの現状をどうにかして変えねばならないと密かに覚悟を決めた。


「取りあえず材料集めからか。木とかもろもろ……手で折れるかな?」

「多分いけると思うけれど、無茶はしないように」


 お墨付きを戴き、物は試しと黒ずんだ幹へ目掛けて正拳突き。

 それなりに力を込めた拳は、幹と激突し大きな音を立ててめり込んだ。

 驚いて引き抜いた拳に痛みも怪我もない。


「すげーな、こりゃちょっと自分の身体の事を把握しとかないと不味い事になりそうだ」


 力を込めたといってもまだまだ本気で殴った訳ではなく、新月の予想を超える急激に上昇していた身体能力に何れ振り回される事になる。


 木にめり込む以上の拳で人に殴りかかれば、どうなるかなど考えたくはない。

 新月が喧嘩っ早いというのは彼の親友の意見だが、事実その通りだろうと認めていた。


 あの地獄のような経験があり、尚且つ異世界という右も左も分からぬ世界で、以前のように早々に手を出すという事はないかもしれないが、何にせよ力のセーブの仕方ぐらいは覚えたほうがいいだろう。


「この際だ、伐採がてらどれぐらい力が出んのか試してみよーかね」


 ペキリ、と指を鳴らし握り締めた拳を叩きつけるように勢い良く前方へと振りぬいた。



◆ ◆ ◆



 四度の夜を向かえ五度目の朝日が照らす頃、急ピッチで進められた孤島リングビー脱出作戦は最終局面を迎えていた。


 二本の長いオールを肩に担いで、砂浜の上に完成した小船を見ながら新月はカラカラと快活に笑う。


「いやー、わっはっは。見た目だけなら完璧だな」

「見た目だけとは失礼だと思うのだけれど。絶対に沈むなんて事はありません」


 自信満々に胸を反らすアディアナの手には葉を編んで作られた簡単な袋が握られており、中には彩りは悪いものの味は抜群の多種多様な果実が入っている。


 食料、水共に一週間以上は持つだろうか。

 問題は無事にこの手作り干満際の小船で海を渡れるのかという点と、一週間程で無事に人のいる大陸へ辿り着けるかという点。


 前者は何度か耐久テストをして大丈夫だろうと判断したが、後者については残念ながらさっぱり運任せとなる。


 異世界人である新月は勿論、アディアナも永き時を封印されていた。

 昔であれば、二週間程度あれば十分辿り着くらしいのだが、今の世界地図は分からない。


「まあ釣竿も一応作ったし、水の方も積めるだけ積んだ。何時までもここで無人島暮らしをすんのも嫌だし、何とかなるよう神頼みと行きますかね」

「この世界に神はいないのだけど」

「そう言うこと言わない」


 神頼みという言葉に少しだけ不満そうな声色で意地悪な事を返してくるアディアナに、思わずがくりと肩を落とす。


 目の前の小船はあまりに頼りない。アディアナの助けもあったとはいえ、製作に関わった新月は当然ド素人で、年に数回海水浴に行く程度でしか海を知らない。


 嵐でも来れば一発アウト、転覆コース間違いなしだ。

 自分で考えた悪い予想に顔を青くする新月は、ふとつい最近も同じような事を考えていた事を思い出した。悪夢のような巣窟での経験。


 悪い条件なら幾らでも思いつく、だが前へ進むために少しでも良い条件を見つけ出す。頭を悩ませる事もなく、良い条件は直ぐに見付かった。


 彼は今、一人ではない。助けてくれる人がいる。

 視線を動かし横に立つアディアナを盗み見る。頑張りましょうと拳を振るって鼓舞する姿に、強張った表情が溶け笑みが零れた。


 根拠はない、だが何とかなると考えていくしかない。

 巣窟を乗り切るときに何度でも口に出した言葉を、再び彼は音にする。


「行くか」


 前へ。


「ええ、行きましょう」


 彼女も首を振って肯定し握り締めた拳を天に翳す。

 作り上げた小船に必要なものを詰め込んで海に浮かす。


 波の動きに合わせて上下する小船を押しながら入水させて、ひっくり返さないように慎重に乗り込んだ。

 オールを握りどきどきと高鳴る新月の胸の鼓動とは裏腹に、小船はしっかりと二人を乗せて進みだす。


 ぎこちなくオールを漕ぐ新月は、ふいに視線を上げて少しの間だが生活をした砂浜へと目を向けた。次第に上がる視線は、奥に聳え立つ巨大な門を捕らえる。


 心に波が立ち、離れ始めた島をまるで目に焼き付けるように見続けた。

 過ごした日数に比べてあまりに膨大な、悪夢のような記憶が次々と脳裏を掠めていく中で、彼はポツリと呟く。


「仇、か」


 夢の中で親友と交わした言葉。親友との最期の記憶は、最悪の記憶の中で星のように輝いていた。


 もう二度と戻ってきたくない場所に違いないが、もしかすると何時か戻ってくるかもしれない場所。

 今よりずっと力をつけて、強い仲間でも見つけて、いつかの未来に仇をとることが出来るだろうか。


 静かに考えながら、新月は無意識にオールを漕ぐ手に力を込める。

 きっと彼は必ず戻ってくるのだと予感していた。

 例え夢であったとしても、親友の最後の願いなのだから。


 小船に乗って島を離れる。

 段々遠くなる島を目にして、何れ来る未来を思い描きながら彼は揺るやかにオールを漕ぐ。


 だが新月はまだ知らない。

 思い描く未来が、想像以上に近くまで迫ってきて居る事を。



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