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月下のラビリンス  作者: わたしです
デッドエンドのその向こう
5/22

地獄廻り

 覚悟を決めてこの狭い場所を出ようと腰を浮かす。

 どうやら蔓のようなものが出入り口を塞いでいるようで、引きちぎってやると両腕に力を込める新月の横をするりと抜けた女神は、その真っ黒な両腕を蔓のつき間に差し込んだ。


「こういう事はお任せを」


 両腕が波打ち隙間を押し広げるように形を変えていく。

 ブチブチと千切れる蔓を見て舌を巻きながら新月はため息混じりに言葉を漏らす。


「なにそれスゲー」


 すっかり広がった人一人分が通れる程の隙間を前に、新月は腹をくくる。

 外に出た瞬間に何かが襲ってくる可能性は高い。だが既に守りは失われた。

 こんな逃げ場も無い場所でじっとしているなんて自殺行為以外の何者でもない。


 逃げ道が潰えた以上、あとは前に進むのみ。

 何が来てもいいようにと身構えながら恐る恐る顔を出して周囲を見渡す。


「うわっ、見えねぇ。それにくせぇ」


 外は霧が充満していた。血のように真っ赤な濃い霧は視界を塞ぎ、一メートル先すら見通せない。

 鼻を付く刺激臭に目に涙が浮かび、慌てて服を服を引き千切って口と鼻を覆う。

 簡単なマスクだが、ないよりはマシだろう。


 目を凝らしても何も見えない恐怖に足が竦みそうになった新月に鋭く女神は言い放った。


「行って。周囲に気配はありません」

「わかんの?」

「ええ、信じてください」


 揺るぎそうになった覚悟に活をいれ、穴から這い出て一歩を踏み出す。

 べちゃっと踏みしめた柔らかく生ぬるい感触に身震いをして視線を落とす。


 地面は湿気を多分に含んだ泥濘。水が張っている訳ではないが、歩くたびに足を取られそうだ。

 べちゃべちゃとその場で何度か足踏みをして身体の調子を確かめていると、地面が一体何の液体でぬかるんでいるのかに気付く。


「これって……」


 足裏は真っ赤に染まっており、ぽたり、と地面に滴る真紅の雫。この霧も恐らくは同じもの。

 刺激臭は血でぬかるんだ地面のせいだとすれば納得もする。

 喉をすっぱいものがせりあがる。


「うげぇ、おえっ」

「大丈夫ですかっ!?」


 慌てて背を摩る黒い人型に礼をいって、口元を乱暴に拭う。

 気持ちが悪い、痛みもある、疲れもある。だが歩けないという程ではない。

 これなら行けそうだと、新月は前を向いた。


「大丈夫だ、急ごう。道案内してくれ」

「分かってますよ、付いてきて」


 ふわりと滑るように移動する黒い人型の後ろを追って進んでいく。

 大きく真っ黒な樹が点々と生えており天高く伸びているのが幻のような淡い影となって確認できた。


 もしかするとこの樹も、先ほどまでいた場所と同じように天井を枝や葉で覆っているかもしれない。

 ただどちらにせよ、この霧の濃度では太陽も月も拝めないだろう。


 すいすいと進んでいく女神は時折その動きを止め、何かがじっと過ぎ去るのを待つように息を潜める。

 今まではただ静寂と霧が充満し、何をしているのか気付く事が出来なかった。


「ひゅッ」


 しかし今回は違った。僅かながら霧の向こう側で動くような気配を感じて新月は背筋が凍りつく。

 ここは間違いなく化け物が闊歩する巣窟なのだ。飲み込んだ息がかすれた音を立てた。

 思わず力が抜けそうになり、慌てて樹に寄りかかる。


「――――ッ⁉」


 手近な黒い樹に手を添えた新月は、帰ってきた手触りに喉まででかかった悲鳴を根性で飲み込む。

 真っ黒な大樹の樹皮は、人の皮膚に良く似ていた。

 触感も、温度も、まさしく人のそれだった。


 慌てて手を引っ込めて樹を見てみるがそこに生命の気配は無く、不気味に点々と周囲に立っている。

 一体これは何なのか、注意深く見たら何か手がかりが見付かるかもしれない。


(……駄目だ、考えるな)


 深く考え込みそうになる思考を頭を振って霧散させた。

 もし、この樹が何で出来ているか分かってしまったら、恐怖は今の非ではないだろう。

 そんな直感があった。態々自分で自分の首を絞める事もない。

 唾を飲み込んで女神の後を追っていく。


「な、なあ。そういえばお前名前とかないのか?」

「意外と余裕ですね」

「余裕なもんかよ、少しでも気を紛らわせたいだけだ」

「警戒は怠らないでください。万が一があるので。……けれど、少し話すのも良いかも知れませんね」


 前を向いたまま、歩を止める事はない。

 それでも了承を得た新月は拳を握り締めて今まで通り周囲に視線を彷徨わせた。


 彼には深い霧が見えるだけで、生き物の気配など察知するなんて芸当は出来ない。

 女神の後に続いている今でも、この霧の向こうから化け物が飛び出してくるのではないかと神経をすり減らしている。


 気を抜く訳にはいかないのは分かっているが、このままでは先に神経が参ってしまいそうだ。


「で、名前はなんだよ」

「そうですね、なんと名乗りましょうか」

「今考えてんじゃないだろうな」

「ある意味では。私には名が幾つもありますので」

「おお、なんか神様っぽい」

「ぽいではなく正真正銘月の女神様なのだけれど」

「元だろ」

「ひどいです」


 朱色の霧が厚い層を織り成し静寂が支配する湿地帯。

 だが赤い霧のベールに包まれた向こう側に、蠢く何かが居る事は疑いようも無い。

 緊張で固まる身体を軽口めいた会話で解す。

 彼女は暫し悩む様子を見せ、思いついたとばかりに首を振った。


「『アディアナ』、というのはどうでしょう?」

「どうでしょうじゃねぇよ。ま、それなら『アナ』だな」

「数ある名前の中でも特別短いのを選んだつもりなのだけれど、さらに縮めるのですか」

「あだ名ってそういうモンだろ?」


 あれから一日経ったか経ってないかだというのに、もう親友と語り合っていた時が懐かしく感じる。

 強張った頬を緩めて、思い出に浸るように目を細める。


「ところで、貴方の名前は教えてくれないのですか?」

「そういやまだだったな。新月こよみだ。新月が姓でこよみが名、今更だけどよろしく頼むよ」

「全く持って今さらですね。けれど、ええ、よろしくお願いします、こよみ」


 踊るようにステップを踏んで振り返り綺麗な一礼をするアディアナの姿に、例えそれが黒一色の人型であろうと、冷たく凍えそうな新月の心に暖かなものが広がっていく。


 カチコチに固まりぎこちなく進んでいた歩みは、何時の間にか軽やかなものへと変わっていた。


 ちょくちょく会話を挟みながら慎重に進んでいると、霧の中からぼんやりと分かれ道が浮かび上がった。

 真っ直ぐ行く道は今までどおり平地が広がっており、右側に反れる形で上を向く傾斜がある。


 前へ後ろへと蛇のようにうねり折り返しながらかなり高い所まで登っている坂道を前に、アディアナは少し考えるように足を止めた。


「道わかんないとか今更言うなよ?」

「大丈夫、どちらがより安全かを考えていただけですから」

「どっちも出口に通じてんの?」

「ええそう、道なりとは行かないけれど」


 彼女の感知範囲がどれほどのものかは知らないが、今はそれが二人の生命線。

 相変わらず濃密な霧が満たす現状で、周囲数メートル先の敵すら発見できるかどうかあやふやな新月は口を挟まずに黙って結論が出されるのを待つ。


「……うん、やはりこちらにしましょう。少し遠回りになるけれど、こちらの方が安全です」


 一つ頷き指を挿して示された進む方向は、右へ反れる坂道ではなく真っ直ぐに続く平地。

 取りあえずは上る事無く、この坂道の壁際に沿って歩く事になるらしい。


 確認を取るように振り向くアディアナに顎を引いて了承を返す。

 それを見ても前を向かず、じっとこちらへ顔を向ける彼女の様子に新月は首を傾げた。


「どした? はっ、まさか俺の後ろに……ッ!」

「大丈夫、近くに怪物どもはいませんよ。けれど、調子はどうかな、と」

「今聞くかそれ、最悪だよ」


 あまりに今更な質問に肩をすくめて返す。

 彼女はすすす、と近寄り心配そうな声色で。


「出口までは距離があります、まだ歩けますか?」


 彼女の顔は下を向いており、目が無い黒い人型といえど、怪我をしている足を心配してくれているのは伝わった。新月もつられるように自身の爪が剥がれ傷だらけの足へと視線を向ける。


「あー、大丈夫だ。痛みはあるんだけど、慣れてきたのか前ほどじゃない」

「そうですか、それは良い事です。恐らくは契約が馴染んで来ているのでしょう。完全に馴染めば、身体能力や自己治癒能力なども向上するはずです」

「なんだそれ、良い事尽くめだな契約」

「勿論です、神様ですから」


 腰に手をあて自慢げにふんぞり返る元女神様に、控えめの拍手を送った。

 出来れば盛大な拍手喝采を送りたいところだが、この場所と状況でそんな無謀で無駄な事をする程新月の頭はお花畑ではない。


 十分気持ちは伝わった筈だ。

 満足したのか再びすいすいと歩き始めた彼女の後を追い先を急ぐ。



◆ ◆ ◆



 何度と無く霧の向こう側で動く気配をやり過ごしながら長い間をアディアナの案内で進んでいると、再び景色に変化が訪れた。


 左手に小さな丘が見え、今度は分かれ道と言うほどでもないかも知れない。

 だが少なくとも丘の向こう側に何があるかは行って見ないと分からない。


 アディアナは今度は足を止める事無く小さな丘を無視して進み、間もなく警戒を多分に含んだ声で囁いた。


「ここから先はかなり危険です、決して歩みを止めず、声を上げず、私を信じて付いてきて」


 彼女の警告にぶるりと震えた腕を掴んだ。

 この危険極まりない場所の中でも、警戒を呼びかけるほどさらに危険な場所。

 短く息を吐き出し気持ちを引き締めて、新月は怖気付きそうな足を強引に動かした。


 警告から差ほど時間も経たずに、進んでいる中でふと踏みしめる泥濘に僅かな傾斜があることに気付いた。

 歩みを止めないアディアナの後ろを追いつつぬかるむ坂道を慎重に下っていけば、次第に左右の地面との高さに違いが現れ、何時しか両端は高い崖に遮られていた。


 道幅は差ほど狭くも無く、かと言って広いわけでもない。

 霧の中でも中央を歩く新月の目に薄っすらと簿やけた影のように映るところを見るに、幅は五メートル程度だろうか。

 

 今まで無風だった霧の世界に、硬く冷たい風を感じる様になっていた。

 風に混じるように聞こえる、呻き声のような存在も新月の耳は確かに捉える。


(いや、違うこれって呻き声じゃなくて……)


 『嘲笑』。次第に音量を増していく声の正体に気付いた新月は背筋をぶるりと震わせる。

 呻くように、低く反響する嗤い声があちらこちらと全方位から鼓膜を揺さぶり否応なしに恐怖を煽る。


 どこに居るのか分からない。何処にでも居るのかもしれない。

 霧に隠れ姿の見えない襲撃者の存在は、例え目で分からなくとも音となって耳では理解できる。


 今までとは違い、明確に察知できるとこうも変わるものなのか。

 じわりじわりと、喉元に鋭利な刃物をつき立てられていく様な冷たい感覚に息が荒れ、視界が乱れる。膝が震え始め冷え切った全身の血が巡る音が耳鳴りのように木霊した。


「大丈夫、大丈夫。私がいます」


 耳元で囁くような声ではっ、と肩を震わせれば、何時の間にか黒い人型が傍で佇んでいた。

 あれだけ前へ前へと進んでいた足は地面に縫い止められたように動きを止めていた。


「わ、悪い。足止まってた、もう大丈夫だ、だから――」

「落ち着いて。大丈夫、元々止まってもらうつもりでしたから」


 静かに語りかける彼女の声に、漸く新月の心は平穏を取り戻す。

 同時に情けないと唇をかみ締めて顔を険しく歪ませる。


 恐怖に負けないように頑張っていたはずなのに、これでは意味がない。

 このままでは何れまた足を止めてしまうかもしれない。

 それが繰り返されるほどに生存の確率は下がっていくというのに。


「自分を責める必要はありません」


 自らを叱咤する新月をまるで咎めるように彼女は言い切った。


「この声は『恐怖を煽る声(ロア)』。『ロア』を耳にした者はまるで赤子のように泣き喚くばかりになってしまう。並の人間には抵抗する事のできない声に、けれどこよみはよく抵抗したほうだと褒めて上げましょう」

「えっと、ありがとう?」


 ぐっと胸の前で両拳を握り締める彼女の様子に目を瞬かせてお礼を口にする。


「でもそうだとまずくないか? 今も声聞こえてるし、何度も立ち止まってたらここ抜けるの無理なんじゃ」

「ええそう。ですから、こうします」


 傍に立っていたアディアナは言葉と同時に大きく腕を広げて、まるで抱きしめるかのように新月の背に腕を回す。


 顔に押し付けられた黒い人型の胸に人肌の温かさを覚え、次の瞬間すっぽりとその暖かさで全身が覆われたのを感じた。


 湯船に全身浸かるような、前から抱きしめられるような暖かさに驚いて自分の手に目を向ける。

 眼前まで持ってきた両手は真っ黒な靄を被っており、視線を動かせば身体や足も同じように靄に包まれているのが見て取れた。


「どうなってんだ」

「合体です」

「……」

「合体ですっ!」

「うるせぇ! 耳元で叫ぶなっ」


 つまり、そう言う事らしい。

 彼女の発する声は耳元で聞こえ、さらに胸から真っ黒な手が生えて元気良く上下に振るわれる。

 あの黒い人型に全身を包まれる――合体している状態らしいという事を正確に把握出来た。


「合体って、どんなメリットがあるんだよ?」

「この状態ならば私が防ぐので『ロア』は届きません。上手く調整すれば気配も薄く出来るので察知される事もないでしょう」

「いい事尽くめだな、なんで今まではしなかったんだ?」

「デメリットもあるから。まず、今は感じないでしょうがこよみの身体に大きな負担が掛かります。さらに感知範囲が激減します」

「おいおい、大丈夫なのか?」

「ええ。けれど、ここを抜けるまでですね。それ以上は危険ですから」


 彼女の言葉に頷いて、新月は道なりに真っ直ぐ進み始める。

 今もまだ聞こえてくる姿無き者の嗤い声は確かに恐ろしいものだが、先ほどのように深く心を乱すような事はもうない。


 だが話に聞いたデメリットの方は直ぐに実感することになる。


(身体が、重いッ)


 最初の数分はなにもなく快調に進んでいたが、次第にペースを落としている。

 原因は身体の重さ。まるで人一人を担いでいるかのような疲労感がずしりと足に絡まり、歩みを阻害する。


 もし今霧を割いて化け物が現れ、新月に牙を剥いたとしても戦うのは勿論逃げる事すら出来ないだろう。


 奇襲に怯える心は増幅し、視線を不安げに彷徨わせる。

 一人だったら挫けて居た。だけど彼は一人ではない。


 耳元で応援する鈴の音のような清廉な囁き声に背を押され、決して足だけは止めずに歯を食い縛って前へ進む。

 一歩一歩前へ――――。

 ――――。

 ――。


 嫌な想像は終わる事無く湧き上がり新月の脳裏を掠めていく。

 しかし結局は想像に過ぎなかったようで無事に何事も無く、風と嗤い声が吹き込む谷を通り抜けた。


「あーっ、きっつい」

「ふふふ、けれど無事に抜けられたでしょう?」

「ま、そうだけど、重すぎんだろ」

「こよみが貧弱なだけですよ」


 谷を抜けて直ぐに新月の身体を離れたアディアナは、黒い身体でくるくると回りながら「お見事」と奮闘を称える。


 纏う重さから開放された直後ゆえか、身体が随分と軽く感じた。

 契約がさらに馴染んできたのか足の痛みも殆ど感じず、その場で調子を確かめるように何度か飛び跳ねる。


 ただ完治まではまだまだ遠そうだ。

 疲労も回復しきっていない為に万全には程遠いが、ぐるりと周囲を見渡し気付いた風景の変化に思わず笑みを浮かべた。


 今までは真紅の濃密な霧が漂っていた湿地帯は、随分と霧が薄くなりある程度先まで見渡せるようになっていた。


 これは出口が近いのかもしれないと期待に胸を弾ませたのも束の間、霧が薄くなった事によるデメリットに気付き笑みを浮かべた表情を引き攣らせる。


「随分と霧薄くなってるけど、これ大丈夫か?」

「ええ、出口に近付いているという事。大丈夫よ」

「そうじゃなくて、化け物からこっち見付かりやすくなってんじゃない?」

「ああ、その事。けれど、そっちも大丈夫でしょう。言ったでしょう? 外から中へは厳しいけれど、中から外へは案外楽な作りになっていると。さっきまでの場所に比べたら、随分と怪物どもの数もへっていますよ」

「マジか、だったら――――ッ!?」


 もろ手を挙げて喜びを表現しようと跳ねた新月の耳に、ザリッ、と何かが引き摺られるような音が届く。


 両手を挙げた状態で生唾を飲み込み、音の発生源である右方向へと目を向ければ、霧の中を進む影が目に付いた。


 霧が薄くなった事もあり随分とはっきり見えるその影は、ぱっと見は人型に見えた。

 ただ両腕が異様に長くずりずりと引き摺って音を立てながら地面に線を書き、両足はなく変わりに蛇のような尾をくねらせて前へと進んでいる。


 身に着けている衣服はなく、代わりに背に巨大な木で出来た十字架を背負っている様はまるで罪人で、前を向く顔は痩せこけ両目があるべき場所は暗い空洞が開いており、時折うぞうぞと細長い虫のようなものが這い出てデロリと舌を零した口の中へと消えていく。


 喜びの声を上げようとした口からは掠れたような音が漏れ、大きく見開いた目は進む化け物に釘付けになる。


「大丈夫。大声を上げたり、こちらから何かしようとしなければ、あれは危害を加えてこないでしょう」

「お、お前、あんなのが近付いてたのに気付いてたなら、警戒の声を上げたって……」

「あの程度の距離で一々止まったり警告したりしてたら、ここまで来るのに倍以上の時間が掛かっていましたよ」

「――――」


 なるほど、確かに化け物との距離は十メートル以上はある。

 今は霧が薄くなってあの化け物を見る事が出来たが、谷の中やその前であれば濃密な霧に隠され見る事すら出来なかったであろう距離だ。


 だがそれは即ち、今まで気付いていなかっただけでこの距離を化け物が悠々と闊歩していたという事実に他ならず、喜びに舞い上がりかけた新月の心は一瞬で凍りついた。


「まだここは、巣窟真っ只中。出口が近いというのは本当だけれど、気を抜く事だけはしないように」

「はい、すみません」


 ぴしっ、と人差し指を立てて注意を促すアディアナに、新月は頭を垂れて謝罪した。

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