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5 残念だけど

 うう、すっかり迷ってしまったみたい。

 ゴダイさんの忠告に、早めに夜会を切り上げようとしたのに、広いイシュ城に迷ってしまったようで、どうしてもアンヌさんやゴダイさんとの待ち合わせ場所に行きつけない。

 ここはどこ。

 辺りを見回しながら歩いても、見知った場所がないことに疲労感が増していく。足が痛んで、階段隅の暗がりに座り込んだ。


 足を見ようと屈んだ途端、不意に強い声がした。

「おい、ここは立ち入りを許していない場所だぞ」

「す、すみません。あの、迷ってしまって」

 見上げれば腰に剣を刷いた兵士が一人、こちらに近づいてくる。その手が剣柄に掛けられていて、慌てて立ち上がった。

「あの、すぐに立ち去ります。すみません」

「その声。お前、あの夜の女だな?」

 剣柄から手が放された事にほっとする間もなく、その手がこちらに伸ばされて、ぐっと手首を捕まれた。後ろは壁で逃げ場もなかった。

「この手の細さ、間違いない。お前だな」

「あっ、あの、手を放して下さい」

 暗くて顔立ちははっきり見えない。巻かれたナナイは兵士を表す群青、首元できっちりと掛け合わせた襟、以前の様子とまるで違うけれど、夜と聞いて思い当たるのは。

 あの、塔で会った人?

「ここは場が悪い。移動するぞ」


 力強く手首を引っ張られてしまい、有無を言わさぬ動作に仕方なく歩き出したが、灯りの少ない場所ばかり選ばれてはどうしても歩みは遅くなってしまう。

 つま先、痛い。

「遅いな、ち。これだから女は」

 舌打ちした音が頭の上で聞こえて、え、じゃあ放っておいて下さっても、との言葉が喉元まで出かかって。うう、辛うじて飲み込んだ。

 足も限界になる位歩かされて、ふと気が付くと、いつの間にか建物の外まで出てきてしまったみたい。円形の塔の下は、剪定された木々と花々。


「お前、来いと言っただろう。何故来なかった」

 ぴたりと止まった彼は、金の眉をひそめて私を見下ろす。肘を引いたけれど、手首に絡んだ長い指は外れてくれなくて。

「ここは西塔の下だ。あの後ここ一帯を探したが、お前の失くした欠片は見つからなかった」

 え、本当に探してくれたの?

「え、あの、ありがとうございました。でも本当に、お気になさらないで」

 まさかそんな親切な人だったなんて、ちょっと苦手と思って悪かったかな。

 反省する私の手は放さずに彼は、自分の耳に手を当てて耳飾りを外し、それを私の手に乗せた。えっと、行動が意味不明ですけど。

 それに、引っ張られた私の手が、彼の頬に触れてしまって。

 少し冷たいその頬に、どうしてか心臓がどくっと跳ねた。

「小さい手だな。爪もこんなんでちゃんと動くのか」

 そう言って、指の腹で爪をなぞられる。

 なに?

「ちゃんと代わりの物を用意していたのに、お前が来ないから。今はこれ位しか持っていない」

 少しだけひそめた声が、何故か優しく聞こえるなんて。

 この人の瞳と同じ色をした、綺麗な青い宝石。

 掌に伝わる、僅かなぬくもり。


「え?」

「お前、人から鈍いと言われないか。代わりにそれをやると言った」

「ええ?駄目です。頂けません」

「気に入らないのか。あれはそんなに高価な物だったのか」

「違います。反対です。こんな高価そうな物、私の安物と交換できません」

「は、安物?ならいいだろう、貰っておけば」

 貰え、貰えません。

 何度も繰り返す攻防、そして睨みあうことしばし。

 目を逸らして、額に大きな手をついたまま深くため息を吐いた彼の、負け。

「面倒な女だな、お前。意図が分からないのか?」

「い、意図?」

「それになんだ、それ。お前にその服は、似合わないだろう」

 は?

 似合っていないなんて、目の前で言われたのは初めてで。

 じろじろと上から下まで見つめられて、思わず、私も大きく目を開いてお返しとばかりに目の前の彼を見つめる。

 イシュ国の人にしては、すらりとした体型。長い手足。シャープな頬と顎のライン。やや眦はきつめで弧を描く唇。なんて言えばいいのか、そう、小さな頃に夢見る王子様のようなその姿。


 だのに。

 なんだか残念?


 もう少し女性に対する態度を学んだらどうかな。

 いや、まだ若そうだから女性に慣れていないのかも。

「何だ、その目は。何が言いたい」

 私は大人だからと、そう自分に言い聞かせて。

「えっともう少し歳がゆくと、女性への対応を理解できるのではないかと」

「は?お前、俺をいくつだと思っているんだ?」

 憤慨した様子で顔が近づく。

 あの、もう少し離れて下さっても、十分聞こえますから。

 この世界の人の年齢なんて私には分からない。20位かなと適当に考え、逆算した答えを告げる。

「17だと、ふざけるな。俺のどこがそんな若造に見える。年端もいかない奴に女の扱いを説かれるなんて、あり得ない」

 じゃあもっと下なのか問えば、綺麗な目をますます吊り上げる。


 本当に残念なんだけど。

 

 はあ…もう帰ってもいいですか。手首さえ捕まれていなければ、退散しているところなんですが。

「いい加減手を放して下さい。放さないと、足を踏むか噛みつきますから」

「莫迦かお前。宣言してどうする。男を甘く見ているとつけ込まれるぞ」

 やってみろと面白そうに口角を上げられ、悔しくて唇を噛みしめた。いや今は私の唇を噛んでいる場合じゃない。

 えいっ。

 膝を少し落としてぐぐっと伸び上がり、ごつっと音がして私の額は彼の額に反撃した。

 いっ。

 覚悟していたとはいえ、い、痛い。その衝撃に涙がにじむ。

 だけれど、手首は自由になった。額を押さえた彼と同じ体勢で、素早く手を振り払ってその場から走り出した。

 背中に怒声が追い付いて、ひっ、怖くて振り向けない。

「っ、お、前。明日もここに来い、必ず来い。来なかったら城中探し回ってやる。俺はやると言ったら、絶対にやってやるからな」


 ちょっとだけ膨らんだ気持ちもぺちゃんこに潰れた心地でとぼとぼ部屋に戻ると、ドアの前にゴダイさんが立っていた。

 その表情は、ああ、怒っていますよね。

 心配かけてしまったので怒られるのは当然だと思います。思いますけれど。

 うう、お叱りのがみがみに涙をこらえて俯いて。

 ごめんなさいを繰り返す私に、ゴダイさんはごほんと咳払いを一つ。

「王子と踊っていたな」

 頭頂部に降ってくる声。

 そう、失敗する事なくちゃんと踊れましたよ。先生。

 ゴダイさんのおかげです。

 褒めてもらえるのかもと期待に満ちて顔を上げると、琥珀の瞳はぷいと反らされてしまって。唸るような低い声。

「…楽しそうで、何よりだ」

 え、褒めてもらえない?


 ええ、なんで私、怒られるの?

お読み頂き、ありがとうございました。

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