4 意地っ張りで
どうしよう、上手く笑えない。
この世界で姫様に拾われて、笑顔を絶やさない人になりたくて、そんな自分になれるように頑張ってきたのに。そんな自分になれたと思ったのに。
やっぱり、私はいつまでも駄目な自分のままなのかな。
変わりたいと思ったのに。
「おい」
姫様の衣装を折りたたみながら、途中でぼんやりしてしまって、手が止まっていた処にゴダイさんから声をかけられ、びくりと肩が震えた。
「は、はい」
ほほ笑んだつもりがひくっと口元が引きつり、ああ、やっぱり上手く笑えない。
「…お前、何か俺に言う事はないか?」
「え、ええと特にありま、せん?」
機嫌が悪そうなゴダイさんの顔が見られなくて、私を呼ぶ姫様の元へそそくさと逃げ出した。
なぜ私はこんなに莫迦なのかな、いや知っていたけど。
「体調不良ですとお断りしてもいいのよ」
姫様がせっかく言って下さった言葉にも、自分から行かせて下さいとお願いしてしまいました。今回のお茶会は姫様の結婚相手との顔合わせだと言うのに。
でも、何か、していたかったから。
姫様の視線に気が付いて、ぎこちなく笑うと、ふわふわ扇で口元を隠しながらはあとため息を吐かれてしまった。
「まあニーファ姫は噂の通り、小柄で白くて、本当に小鳥みたい」
「あらあらリボンよりレースの方が似合うのではなくて。誰かわたくしの部屋から持ってきて」
「とても濃い色の神秘的な瞳ね。黒真珠の飾りをつけてみてもいいわね」
圧倒されるほどのボンドンバンな体型の美女軍団に囲まれて、あまりの迫力に目を回していたらそれはイシュの王妃様、王太子妃様、第二王子妃様でした。
イシュ国特有の小麦色の肌、金茶色の髪に碧眼。
大柄で朗らかで、ちょっと圧倒される。
けれど、とても優しい方々で。
これもあれもとお菓子を振る舞われ、男性より女性の方が多い会場にほっとした。
艶々と光る、いろいろな種類のお菓子。綺麗なカップにいい匂いのお茶。賑やかな女子会みたいで、ちょっとだけ心が軽くなったかも。
「初めまして、ニーファの姫君」
掠れ気味の声に、見上げれば背の高いつり目がちな青年が立っていて、青い瞳を細めていた。
彼はイシュ国第三皇子、ブリード様。
第一候補のブリード様、その他にも従兄弟にあたる人も紹介されましたが、みな、紳士的でいい人達でした。
青い瞳のブリード様を、一瞬、塔で出会った青年に見間違えたことは秘密です。
塔に行った事もいまだに言えなくて、ごめんなさい姫様。
「シータに言わせると誰もが皆、いい人なんでしょうよ」
姫様はちょっと行儀悪くも舌打ちして、私を睨む。
「それで今度の夜会に誘われました、ぜひにとイシュ王からも勧められてしまって」
「まさか、はいと返事していないでしょうね?」
えっと、してしまいました…。
そもそも、普通に生活してきた人間に、夜会と言われてピンとくる人の割合ってどの位なのでしょうか。もちろん私には全くピンときません。
夜会とは舞踏会、つまりはダンスが必須らしいです。
「舞踏…姫様、ダンスは」
「わたくしが踊れると思う?そんな器用に見えて?」
そうですよね、踊れませんよね。でもそんな姫様も好きですけど。
「では、練習あるのみですね、お二方」
アンヌさんの言葉に、姫様と顔を見合わせた。
ダンスの先生にはアンヌさん、そしてゴダイさん。え、護衛さんなのにダンスまでできるんですか、すごいですね。
基本的な足運びに姿勢。二人の先生はとても厳しく、早々に姫様が戦線離脱。
何度も転倒して「もう嫌、できない」と涙で濡れた顔を、一時アンヌさんの膝で休めている。
「お前もやめるか?」
疲れた。やめたい。
だけど、出来ないのは悔しい。
俯くなとか姿勢を正せとか、ゴダイさんの素人には厳しい指摘に、もう一杯いっぱいなのに。
奥歯を噛んで視線を上げる。
横に首を振り、ゴダイさんの瞳を見て。
「いいえ、もう少しお願いします」
練習が再開されると、目の前にはゴダイさんの広い胸があって、一体どこを見たらいいのかすごく戸惑ってしまう。
ため息交じりのゴダイさんに合わせた手は温かくて、そっと腰に回された腕も囁くような声も近すぎて、かかる吐息にぐるぐる目が回りそう。
「…お前、前に言ったな、辛くなったら俺だけには言うと」
「辛くなんて、ない、です」
私の答えに、手の下の肩の筋肉がぴくりと痙攣し、ひそめた声の分顔が近づく。
「は、そんな顔をしておいてただ見ているだけでいろと?」
「そんな顔って、前からこんな顔です」
可愛くない事は分かっていますけど、うう、睨んじゃうから。
「…どんな顔でも可愛いけどな…いや、何でもない。言うと言われたからには、俺には待つことしかできない」
そんな睨み返されても。
「えっと…じゃあ、もう少しだけ頑張ってから」
「お前、どれだけ意地っ張りだ」
だって。
「じゃあダンスは手加減してください」
憮然として唇を尖らせると、握られた手にきゅっと力が込められる。そしてそのまま引っ張られ抱きかかえられるような形になって、うわわ、くるんとターンさせられた。
「び、びっくりした。もう」
「はは。意地でも手加減なしで、と言うところだろ?」
珍しく声を上げて笑う彼の頬にはミルクティ色の髪がかかって、ほんのりと紅く見えた。口元が動いたけれど、その声は私の耳には届かなくて。
「無理に笑うくらいなら、早く俺を頼ってくれ」
イシュ王から頂いた夜会服は、まるで白い花のように美しく、帯にも細かな刺繍が施されていた。
素敵だったが着るには少々、いやかなりの苦労が必要だった。ぐう、アンヌさん絞めすぎでは?
ええ、お分かりでしょうが、夜会には私が出席します。だって、こんな私でも役に立つんだって、自分自身に分からせるためにも。
「楽しめるといいわね」
ひらひらと白い手を振る姫様に送り出され、途中まではアンヌさん、後はゴダイさんに手を引かれて会場に向かう。
「お前、いや姫。今宵はあまり、その、踊らぬ方がいいかと」
「はい?」
「…近づかれ過ぎると困る、いやお前が困るだろ?」
身代わりだとばれない為にはなるべく目立たない存在でいることだ。
ゴダイさんの忠告に、私はイシュ王の後ろで控えめに挨拶する位に留めた。いや、そんなに誘われたりしませんでしたけど。
「踊って頂ける約束でしたね」
片目をつむってブリード様が声をかけて下さって、ちょっとだけ踊りましたが。
隅っこの方でお願いしますと言うと目元をやわらげて、それは素敵にリードして下さいました。沈んだ思いをしばし払ってくれる程に楽しくて。
「本当にあなたは、白き鳥のようですね」
次は、姫様と踊りたいな。
ブリード様みたいに私がリードして、そして、姫様が笑ってくれたら。
そう思った。
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