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3 旅路にて

 こうして私は姫様について、隣国イシュに旅立った。

 広めの馬車には姫様とアンヌさんと私。ガタゴト揺れる馬車の窓から見える景色に心奪われてしまう。

 少しずつ色が違う緑の木々に高低のある山々。それは麗しく光り、青空は澄んで輝く。咲き乱れる色とりどりの花。花。花。まるで桃源郷のよう。

 一人さまよった時には、色のない白と黒と灰色にしか見えなかったのに。

 今や世界は鮮やかに塗り替えられて。

 ああ、一人じゃない、それだけで。


 予想通り、出発早々ほとんどボウルに顔を突っ込む事になった姫様も、緑の湖畔に立つ小さなお城が、見えなくなるころ顔を上げて呟いた。

「いつか帰ってこられるかしら」

 切ないその横顔に、ええきっと、としか言えません。

 そんな私にできる事はあるでしょうか。


 姫様の体力を考慮して休憩回数を長く多く取り入れた結果、旅程は遅れに遅れ。

 おかげで侍女の仕事に慣れる時間が増え、初めの内は怪訝な表情をした護衛の兵士さん達とも徐々に打ち解けることができて、かえって良かったのかも。

「ほらシータ。火熾しするぞ。やってみたいって言っていただろ」

「ありがとうございます。えっと、こう?」

「シータ、薪集めに行くが一緒にどうだ」

「行きます。声をかけてくださって、ありがとう。嬉しいです」

「いいハーブがあったぞ、シータ」

「本当、いい匂い。早速姫様にお見せしますね、きっと喜ばれます」

「え、姫様じゃなくてそれは、まあ、いいか」

 旅立ちの時に姫様が紹介して下さった言葉に、護衛さん達はぽかんとしていたけれど。

「わたくしの可愛い子よ、よろしくしてね」

 可愛い子?と呟いた彼らからは、今は優しくしてもらえて、まるで兄が何人もできたみたい。私はとても恵まれている。

「え、兄?それは、うん、光栄、か、な?」


 ただ、やはり打ち解けない人もいて。

 ゴダイさんから琥珀の瞳で、いつも遠巻きに睨まれていてちょっと怯んでしまう。それでも彼にはニーファについてのあれこれや神話、一般常識に至るまで教えてくれた人だし。

 少しでも打ち解けたらいいな。

 どうしたら不審者じゃないと分かってくれるのかな。

 知恵を絞って考えても、挨拶するとか、話しかけるときには視線を合わせるとか、なるべく笑顔とかしか思いつかない。取り柄がないって悲しい。

 結果は、無視されたり顔を逸らされたりで。

「構うな」

 冷たい声で言われると、やっぱりへこんでしまいます。


 少し落ち込み気味の私に、護衛さんの一人シエルさんが笑顔で近づいてくる。その両手はそっと何かを包んでいて、ほら、と指の間を覗くように言われた。

 そこには薄黄色の羽のヒナ。

 わあ可愛い。

「お前、どういうつもりだ」

 背後から厳しい声がして、私もシエルさんも背中をびくりと震わせた。みれば、非常に不機嫌そうなゴダイさん。

「シエル、行け」

 命令することに慣れた声は私をひやりとさせたけれど、頬を掻きつつ去っていくシエルさんには怯えがない。ああ私も退散したかった。

「そんな笑顔で俺達に取り入るつもりとは」

 低い声に返す隙も与えず、彼はさっと踵を返して足早に離れていく。

 …取り入るなんて、そんなつもりは。


 姫様を悩ませる馬車酔いを何とかしたいな。

 しりとりに、クイズ、小話。あれこれ試してみて、割と効果があったのは歌。ただ姫様は、楽器を嗜んだことはあっても、歌うのは初めて。

 その歌声は「ぼえー」と歌う某アニメキャラを彷彿させて、やだ、姫様ったら可愛い。

 歌ってすっきりしたかもと、にこにこしているとすれ違いざまにゴダイさんの声。

「馬車の中で歌う侍女がいるか、この莫迦」

 …すみません。


 小さな集落に着けば、馬車に向かって笑顔で手を振ってくれる人が見えて、少し楽しい。

 約束通り、姫様に代わって手を振り返すと満面の笑みを見せてくれる。

 腰の曲がったお年寄りに小さな子ども達。

 どうして笑顔ってこうも癒されるのかな。私もできるだけ笑顔でいたいな。

「へらへらするな、みっともない」

 …ゴダイさんには怒られるけど。


 地方地主や町の代表者と挨拶する機会にも、ボウルを抱え動けない姫様の代わりを務めます。

「姫様にはご機嫌麗しく」

 姫様のご機嫌は最悪ですけどね、なんて心で思いながら、アンヌさんから教わった立礼を。優雅に見えますように。

「地主の手によろめいていたな、もっと気を張れ」

 …ゴダイさんの評価はなかなか厳しいです。


 本日のお宿で、姫様の大地色の髪を梳き、ふんわりと結い上げているとどうしてもため息が漏れた。ふう。

「ゴダイは手厳しいわね。わたくしからゴダイに話をつけましょうか」

 手鏡越しに、ふふと笑う姫様と目が合って。

 でもそれは。

 きっと、私自身が頑張る事。

「いえ、信じてもらうにはもっと努力が必要なんだと思います」


 旅程も終盤に差し掛かった。

 少しずつ姫様の体力も回復し、休憩には木陰で休むこともできるようになっていて嬉しい。

 いつもの通り皆にお茶を入れて回っていると、一人離れてゴダイさんが木にもたれていた。ちょっとためらってしまったけれど、避けずに自分から行かなくては。

「ゴダイさん、お茶どうぞ」

 少しだけ笑顔は硬くなってしまった。ええと見逃して下さい。暖かな湯気を立ち上らせて、綺麗な色のお茶をカップに注いだ。

「…お前」

 くるりと立ち位置を変えられて視界はゴダイさんの広い胸が広がる。皆の声も聞こえにくいような。

 あれ、でも前より距離が近い、かもしれ、ない。

「お前、姫に利用されていると分かっているだろう。だのに何故逃げ出さない」

 それに以前よりずっと口調に刺々しさが無くなって。

「何故笑っていられる」

 眉間の皺だってずいぶん浅い。

 これって。もしかして。

 ふと、石のように硬くなっていた肩が緩んだ。

 私が笑っていられる理由は簡単。ずっと一人で見知らぬ場所をさまよったから。それはとても辛かった。でも、今は一人じゃない。

「行く当てもない私に、姫様が居場所を与えて下さったからです」

「利用されても、か」

「利用…」

 彼はポットを握る私の手の上から、そのごつごつした指で包み込む。ポットよりも温かい指。こんな風に触れ合う事は初めてで。

「これから先、お前はもっと利用される。それでもいいのか、どこまで許すつもりだ?」

「私だって、私だって姫様を利用しています」

 食事も衣服も、生きていくために必要なものを私は姫様からもらっている。これを利用と言わずになんて言うの?

「分からんな。身代わりなど本来の自分を無くす行為だ。それが分からない程、お前は莫迦に見えない」

「もしかして褒めてくれました?」

 初めて褒められた、嬉しくて顔がふんにゃりしてしまう。

 彼はぎゅっと眉間と唇を歪ませて、けれど、ふっと息を吐く。急に取り巻く空気がゆるんだような気がした。

「今のどこにお前を褒める言葉があったんだ。やはり莫迦なんだな」

「莫迦じゃないのか、莫迦なのかどっちですか」

「…莫迦に決まっている。せいぜい姫に取り込まれんようにする事だ」

 ゴダイさん、私ってそんなにお人よしじゃありませんよ?

 私の中に天秤があって、ゆらゆらと揺らぐそれの片方には私。もう片方には姫様が乗っている。

 姫様への恩返しだとか、一緒に過ごした時間だとか親愛だとかも含んでいて。さてどちらに傾くでしょう。

 傾きをはかるずるさも、私、あるんです。

「ゴダイさん、私、結構ずるいんですよ」

 一拍遅れて、ゴダイさんが琥珀の目を細め、口角を上げる。

「…いつか、そのずるさを教えてくれ」

 はい、ゴダイさんになら。きっと。


タイトルの天秤を出せてほっとしています。お読み頂きありがとうございました。

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