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2 白き鳥よ

「白き鳥よ、言ってくれ」

 耳に触れる、熱を持つ吐息。

 あ、あのもう本当にお願い、です、から。

 これ以上ない位に真っ赤になって、息も絶え絶えな私。

 だというのに、ゴダイさんは甘い声で懇願の言葉を囁き続け、うう本当に私の心臓は限界です。死んでしまいますから、もうこの辺で許して下さい。

「一言でいい」

 で、でも。

「頼む、その言葉を」

 …だって。

「俺を好きだと」

 それは…。


「ゴダイ、そろそろ姫様を返しなさい」

 腕の拘束からアンヌさんが救出して下さり、ようやく自由の身の上に。ああありがとうございます、できるならもう少し早く助けていただきたかったです。

「あなただけの姫ではありませんよ」

「俺のです、アンヌ殿」

「シータの決意を聞いたでしょう。ニーファの姫になるからには、立場上イシュ王の意向も無視できません。気軽に返事をしないのは賢明な判断です」

 そう、私はルーシェルシィタに。

 この名前が背負うもの、それは甘いものばかりでなく。

 この先ずっと姫様と共に、そう決意したその日から分かっていた事。何もかも自由とはいかないと、できない事もあるのだと、理解しているつもりです。

 そう、婚姻しかり。

 多分、私は、心のままに相手を選ぶ事はできない。

 でも私のためを考えて下さる、そう信頼しているから、王様が選んでくれた人をきっと好きになろうと思っていて。


 決して嫌いじゃないし、その、す、好きだと思うけれど。

 だけど。

 だから、言えないんです。


「ゴダイ、あなたの気持ちを理解するからこそ許した部分もありますが、これ以上求めるのは。分かっていますね」

 分かっているからこそ、言葉が、心が欲しいと、心を吐き出すかのような呟き。

「手にする方法は考えています、あとは行動のみ」

 そう言って私の前に膝をついたゴダイさんは、私の手を取りそっと唇を押し当てて。

「姫、あなたに心を捧げる許しをどうか頂きたく。剣に誓い、あなたのために己の全てを尽くさんことを」

 力強い言葉に琥珀の瞳が瞬いて、少し剣呑な輝きは、イシュ王と喧嘩でもするのかと不安になって。まさかそんな事、しませんよね?

「あの、揉め事はちょっと」

「ああ知っている、白き鳥は争い事を嫌うと。有名な神話だ。そんな事はしないが、俺はニーファには戻らず、しばらくイシュに留まる必要がある。お前と離れたくないが」

 ゴダイさんだけイシュに戻る?

「だから」

 だからと、懇願に満ちた瞳は一瞬も逸らされなくて、うう、どうしよう。どうするの私。

 一度きつく瞼を閉じて、えい、私も膝をつく。握られた大きな手、その親指の爪に口づけを落とし。

「忠実な護衛さん、あなたの望みが叶いますように」


 翌日、私はアンヌさんと他の護衛さんと共にニーファの城に向かった。ゴダイさんは私たちの代わりにイシュ国へ赴任する方に付き添い、戻る事に。

「離れている間の祝福をくれ、俺の白き鳥」

 近づく距離、手にはシーツが。準備良すぎませんか、ゴダイさん。

 散々抱っこされたのち、離れていく影。心細さに何度も振り返ってしまいましたが、私は私の役割を果たさないと。

 ね、姫様。


 馬車の中で、私とアンヌさんは言葉なく見つめ合って、そして互いを抱きしめ。

「これからもお傍に、姫様」


 ニーファのお城に着くと、ずらりと並んだ国の重鎮じいちゃんズ。

 この事態をどう説明しようかとさんざん悩んで、アンヌさんに大丈夫ですよとほほ笑まれたけれど、いざとなると体が硬直して。

 そんな私を取り囲んで、皺のある手で頭を撫でて下さる。優しく何度も。

「我々の姫様がお帰りなさった」

 涙をこらえた、慈しみに溢れる言葉。

「姫様が選びなさった事に、何も言う事はないよ。我らニーファの民は風の神シル様も、その子孫の王家も、そして白き鳥シィタも愛しているからの」


 それからは、慌ただしくも愛しい日々。


 私には足りないものが多すぎて、教育に次ぐ教育が。

「お分かりになりましたかの、姫様」

「う、ここをもう一回説明して下さい。お願いします」

 能力もなく平凡な私、でも、できないのは悔しいんです。誰かさんの言う通り、ほんとに意地っ張りで。

 それでも、胸の中の姫様も、きっと頑張りたい筈だから。


 じいちゃんズと手をつないで領地を巡るのも楽しい。

「姫様」

「お体は大丈夫ですか」

 たくさんの人達に囲まれながら、触れて笑い合って。身代わりという偽りは心苦しく感じるけれど、その分彼等のために心を尽くしたい。

 たくさんの問題は考えれば考える程増えて、でも解決に向けて対策をみんなで話し合って。私は、私にできる事を精一杯に頑張るだけ。

「大変だけれど、楽しくもあるわ」

 そうですね、姫様。


 そんなある日。


 親を亡くした子ども達のための施設、視察とは名ばかりに朝から遊び倒していた時、イシュ国から使者が来訪したと伝えられた。

 使者?

「姫様、どうしたの」

「次はかくれんぼだよ、姫様」

 子どもたちは首を傾げる私を不思議そうに見て、そして。

 ばきぃ。

 大きな音が響き渡り、誰もがびくっと飛び上がるほど驚き、膝の上にいた子ども達は転げ落ちてしまい。な、なに?

 恐ろしい勢いで扉が開けられて、とういうか、吹き飛んでいった。ぽかんとする私、そして周りにいる皆。

 慌てふためく声々を背負い、向こう側から現れたのは、薄い青のナナイを巻いた人。

「見つけた」

 澄みわたる青い瞳は血走って、形のいい口唇から漏れるのは、怖いくらいに低い声。すらりとした姿のその人の髪は、ナナイに隠されて見えないけれど、見惚れる程綺麗な金色だと知っている。

 驚きに、言葉がでない。

 瞬きさえ。


 どうして、あなたがここに?


「自己紹介しよう、私はオーティス・ローク・イシュ。イシュ王の元、国の査察を担当している」

 ぎらりと光る瞳に閉じ込められているのは、私。

「ルーシェルシィタ・セロ・ニーファ」

 呼びかけられた名前に有無を言わせぬ圧力を感じ、立ち上がって立礼を。伏せた頭の中を巡る混乱、裾から覗く自分のつま先をただ見つめ。

 見つけたとの彼の言葉に、お腹の奥を握られるような感じがして。でも今は感情を一切排した声が、震えあがるほどに怖い。

「ルーシェルシィタ、お前の犯した罪を暴きに来た」


 とりあえずお城へと戻ったけれど、どうしよう、どうしよう、ああ何も考えられない。ざあっと血液が頭から抜けてゆく音、両手からは力が無くなり、震えが止められない。

 私の、罪。

 姫だと偽り、多くの人を騙したこと。

 どうしよう。

 私が罰を受けるのは仕方がない、だけど、アンヌさんにゴダイさんに、皆に、ニーファには。


「主を思うなら、お前たちはここから退け」

 感情のこもらない命令に、ゆるゆると顔を上げる。いつの間にか私は城の広間に立たされて、騒いでいた周りの人々は抵抗することも叶わず、音を連れて広間から退出。

 訪れる静寂。

 ここには、彼と私だけ。


「ニーファに現れた、白き鳥、か」

 まさしくその通りだな、目を眇めて見つめる彼。

「俺はイシュ王により裁定を下す権利をもらっている。ルーシェルシィタ、お前は有罪だ」

「ゆ、う罪」

「罪を償うには俺と共にイシュに行かなくてはならない、いいな?」


長くなったので切りました。お読み頂きありがとうございました。

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