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2 護衛さんからの

 部屋には護衛の兵士さん、そして、私だけ。

 しんとした空気はとても重たくて。

 俯いているべきなのか、それとも顔を上げているべきなのか、どうしても判断できずにちらりと彼を伺った。

 短く刈り上げられたミルクティ色の髪、それに続く日に焼けた首筋。

 深い眉間の皺さえなければ、その綺麗な額の線をずっと見ていたいと思うのに。

 突然現れた私はかなりの不審者で。

 そう分かっているから、吐いてしまいそうになるため息を必死で我慢。すると、うう、ぴかりと光る琥珀の瞳と目が合ってしまった。

「姫はお前をシータと呼んでいたが本名でないだろう。姫の名前を知っての偽りか?」


 私がお仕えする事になった姫様のお名前は、ルーシェルシィタ・セロ・ニーファ。


「わたくしの名前もシィタよ、同じで嬉しいわ。シータ」

 姫様、私の名前は真下なんですが。

 何度も説明したけれど、にんまり笑う姫様は聞いて下さらなくて。


「シィタとは風の神シルに仕える白き鳥の名だ」

 透き通るような白い肌をした姫様。まるで折れてしまいそうな程華奢なその姿。

「姫様にお似合いですね」

 ついついふにゃりと笑ってしまい、彼の眉間の皺をさらに深める結果になった。

「風の神の使いで人の世界に出たシィタは迷い込み、人に助けられる逸話が残されている。姫もまさかお前がそうだと考えておるまいが」

 不機嫌そうに声が低められて、でも、言い訳ですが私にとっても不本意な名前です。

 そんな某国民的アニメの可憐なヒロインと同じだなんて、大変恐縮なんですが。

「早くここから出て行くことだ」

 そう言われても、私、どこにも行く当ても、頼れる人もいないのです…。

 本当のほんとは、姫様の身代わりなんて遠慮したい。

 だって、ただ髪と瞳の色が同じなだけ。私に務まるとは思えません。

 けれど姫様の役にたてるなら少しでも恩返ししたくて。それにもう一人ぼっちになりたくなくて。

 ずるくてごめんなさい。

 俯いて小さくすみませんと言うと、護衛さんの口からため息がこぼれた。

「あの、私にできる事なら何でもします。精一杯、頑張りますから」

 お願いしますと深々と頭を下げると、またしてもため息が降って来たのだった。


「姫様も相当な世間知らずだが、お前はさらにひどい。今までどうやって生きてきたか疑問だ」

 私はともかく、仕える主への酷評は、えっと聞こえないふりをしますね。

「よろしくお願いします、ゴダイ先生」

「先生はやめろ」

 護衛さん、いえゴダイさんの授業は、姫様の命令で始まった筈なのに、意外な程丁寧で分かりやすくて。

「ゴダイさんって凄い。何でも知っているんですね、尊敬します」

「お前…その調子だと姫様に振り回されるぞ」


 ため息交じりの忠告は的を射たものでした。


 あれどうして?

 私は侍女という立場のはずですが。確かに侍女仕事もアンヌさんから教わっています。が。

 あの、どうしてこんなに高いヒールの靴が支給されるのでしょう?

「あら、だってわたくしと同じ背にそろえなくては」

 え?

 なんとかバランスを保っていますが、アンヌさんと同じローヒール靴にして頂く訳にはいきませんか?うう、これでお仕事できるかな?

 さらにこのドレスは一体?

「あら、似合うわ。わたくしドレスは好きだけれど苦しくて駄目なのよね。せっかく誂えたけれど一度も着ていなかったの」

 素敵なドレスなんですが袖が大きく開いていて仕事がし辛いのですが。侍女の服を下さい。

 え、駄目?

「この扇持ってみて。そう。」

 このふわふわ扇は姫様愛用のお品では?

「あなたの所作、優雅になったわ。頑張っているのね」

 褒めて頂いてとても嬉しいのですが、あのその前に、侍女に扇は必要ですか?


 姫様教育は相変わらずです。

「だってできないんですもの」

 姫様…。

 ちょっとの授業、そして、長めの休憩。

 部屋の端から端を長めの裾を捌いて歩くにも、ドレスを踏んで転んだり足を挫いたり。

 大丈夫ですか、姫様。床には何もありませんけど。

 チュニック風の部屋着から着替えても、絞められたビスチェのせいで息ができなくなったり、優雅なドレスは5分ともたなかったり。

 あ、姫様。お袖がスープに浸かっていますよ。

 丁寧な言葉使いをしようとすると、舌を噛んで涙目になって。

 ああ、なんていうか、とても微笑ましい。

「もう駄目、わたくしには無理」

 今日も同じ台詞をおっしゃって。

 私には「もう一度」と厳しい声で駄目だしするアンヌさんも温かい眼差しを向けるだけで。

 ええと、そんな姫様も私は結構好きですよ?


 そうして日々は過ぎて、新たな生活と仕事に少し慣れた頃。

 イシュ国への旅立ちを明日に迎えた日、その国から派遣された役人さんが到着したのだった。

 その様子を、こっそりとカーテンの隙間からのぞき見していたところ、姫様はぶるぶる震えだして真っ赤な顔になって後ろにひっくり返ってしまった。

 だ、大丈夫ですか?

「だって、あんなに怖そうな人達に挨拶しないといけないなんて、わたくしとてもできそうにないわ」

 確かに隣国の人達は、アジア民族によく似たニーファの人々と違って、大柄な体格に厳めしい顔つきをしていますが、それなりの身分を考慮すると普通の範囲内のおじ様方のように思います。

「姫様、よろしくお願いしますと言うだけです。頑張って下さい」

「無理よ、絶対無理。ね、アンヌ、ここはシータにお願いしてもいいでしょう?」

 はい?

 お願いするって、え。う、腕を放して下さい、アンヌさん。私をどこに連れて行くつもりですか?

 笑顔が怖いです。


 あれ、なんで?

 困惑しきりの私は抵抗らしい抵抗もできず、まるで人形のように易々とアンヌさんによって、着替えさせられ化粧を施され。

 そして無情にも、姫様のにんまりした笑顔。悪役ですか、姫様。

「わたくしの代わりをお願いしますわ」

 ええ?

 無理です、無理ですから。あの、聞いていますか?

「姫様は熱がありなさるのか。では仕方ないのう」

 え、熱なんてない筈。

 確信犯の姫様、共謀のアンヌさんは元より、国の重鎮たるじいちゃんズまでもが仕方ないで済まさないで下さい。

 真っ青になった私の耳元で、そっと姫様は優しく囁く。

「大丈夫よ、ドレス似合っているわ。シータ」

 いやいや似合う似合わないではなくて。

「大丈夫よ、これも挨拶でしょ。やってくれると約束したじゃないの」

 いやいや姫様、約束は旅の間に出会うニーファ国民への挨拶でしたよ。こんな偉い人を相手にするとは聞いていません。

「大丈夫よ、練習の通りでいいのよ。わたくしよりあなたの方が出来が良かったのですもの」

 無理ですってば、え、ちょっと。

 ちょっと待って、と焦る私を大広間に引きずり出して、ぽいと居並ぶ強面なおじ様方の前に立たされてしまった。

 うう、こうなった以上逃げ出すこともできず、姫様に代わり挨拶いたしましたとも。泣く泣くですが。

 高いヒールによろめきつつ、ふわふわ扇で顔を隠して、どうかばれませんようにと唱えながら。

「ほら、言った通りちゃんとできたでしょ」

 そそくさとカーテンの後ろに引っ込むと、それはいい笑顔で迎えて下さる姫様。

「あなたならできるってわたくし分かっていましたもの。これからも時々代わりをして下さいますわね?」

 にっこりと笑顔の姫様に対抗する術を、私は持っていません。冷や汗をかきながらただ頷くのみで。

 壁に身を預けていたゴダイさんから呆れたような視線が。

「だから言っただろう」

 その通りでした。


お読み頂きありがとうございました。

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