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3 いつでも

 残された時間は、きっともう。


 多分疲労から貧血を起こした私は、その後眠りこんでしまい、たくさんの夢を見た。姫様に拾われて、ニーファのお城で過ごした日々。楽しかった、あの時間。

 中には思い出すと赤面するような夢もあったけれど、いや、夢よね夢。

 きっともう、死へと向かう針は止められなくて。

 では、私にできる事は?

 私はアンヌさんとゴダイさんに呼び掛けて、決意を伝える。いつかきっと、そう姫様に言ったから。

「ニーファに戻りましょう」


 正式な衣装と化粧は久しぶりで、ちょっと緊張。

 眩しげに目を細めるゴダイさんと共に、イシュ王の元へ。おずおずしていた手はしっかり握られて、なんだか心苦しい。

 この腕は、姫様のものだと忘れないで。

 大事な人が死の床にありニーファへ帰郷したいのですと伝え、さらに、発言を許されたゴダイさんも援護してくれて。

 度々出席した会議のおかげで、ゴダイさんはイシュ王の信頼を得ていて、はあ、相変わらず何でもできる人。

「姫が愛情寄せる侍女の事、どうぞご理解を。イシュの方々には問題のない病気ですが、ニーファの民には致命的です」

「それで姫もこんなにやつれたのか。あなたも丈夫でないのだから無理しないように」

 労わりの言葉に込み上げる涙を我慢して。すぐにも発ちたいと告げる。

 けれど続く王さまの言葉は、しかし。しかし次の夜会に出席して欲しいと、言葉穏やかに望まれる。ようやく収拾がついたサディ領の報告と功労者への労いの夜会が開かれるらしい。

 サディ。

 脳裏に閃く、夜空。

「サディでの一件は犠牲者が出る程だった。その労に報いたくてな、聞くと、夜会に是非あなたをと願いがあったのだよ」

 私を?

 何故と首を傾げていると、イシュ王から、途中で退席し帰郷しても良いからと提案された。それどころか、足の速い馬車を二台用意して下さると言われては、断るなんてとてもできない。

「夜会には少し顔を出してくれれば十分だからね。落ち着いたら、またこの城に戻ってくれるかな」

 そう言って背中をあやして下さると、もう我慢できなくて。

「王様、大好き」

 飛び出してしまった言葉と涙ににじむ顔を隠すように、大きな胸に抱き着いた。無作法な私を笑って抱き留めてくれる優しい王様。

「それは大変光栄だ…あなたの護衛から刺されそうな程睨まれているけれどね」


「反対だ」

 硬い表情をしたゴダイさんには悪いのですが、アンヌさんと手早く準備を進め、もういつでも出発できるのです。

「お願いですから、先に行って下さい。私は夜会の後で、馬車に乗せてもらいますから」

「お前が残るなら俺も残ろう」

 だけど、姫様の乗る馬車にイシュの人は。御者はゴダイさん以外いないと、そう分かっている筈なのに。

 お願いです、心配ありません、大丈夫ですと何度も琥珀色を見上げて。

「ゴダイさんだって姫様のお傍にいたいでしょう。だってお二人は」

「…ここにきて、姫の言う誤解が何か理解できたな」

 はあと深いため息をついて、あの、分かって頂けましたか?

「あんなに言ったのに」

 何故覚えていないんだ、との呻きの意味は分かりませんが、その諦め顔は了解したと思っていいですか。

「お前のお願いには敵わん、くそ」

 あの、分かって下さったんですよね。では、たくさんのお説教はもう十分ではないですか。まだですか、そうですか。

 男に近づくな、やたらとほほ笑むな、見上げるなと言われても、あの私子どもじゃないんですが。それに背の関係で、見上げるのは不可抗力です。

「で、俺には?」

 はい?

 えっと、何が言いたいのか分からないんですが、とにかく、お願いしますと頭を下げた。その後頭部に投げられた言葉。

「…イシュ王には。…納得、いかん」


 慌ただしく姫様を乗せた馬車が出発し、その影が見えなくなっても、足は縫い止められて。

 姫様、絶対にニーファに帰りましょう。


 明日から夜会まで王妃様のお部屋に招かれているので、一人淋しくなった部屋で過ごすのは今日だけ。無理にそうして頂いたのに、こんなにも心細いなんて。

 だから、星が瞬く音に目が覚めて。

 行こう。

 向かうのは、あの塔。

 何かを期待するかのようにゆっくりとドアを開けて、でも、そこには、曇天の夜空が広がるばかり。あんなに光っていた星は一つも見えなくて。

 期待した分、心は沈み。

 神様。

 風の神シル様、白き鳥シィタ様。太陽神様。どうかお願いします。私の大切な人をどうかお守りください。

 ただただ祈るだけ、いつだって。


 どの位時間が経ったのか、ふと目を開けると、そこには二つのつま先。

「やっと顔を上げたな」

 声?

 誰の、声?

 視界に入るつま先、それを辿って膝へ、大腿へ、そして腰元。すっぽりした外套に包まれた半身。

 そして、その上には、略式のナナイからはみ出す金髪に、澄みわたる青い瞳。


「気付くの遅すぎ。全く鈍いな」

 え…。

「…生き、て」

 震える言葉。

「俺が死んだと思ったのか。ほら、生きているだろう」

 にやりとした顔が、鼻先と鼻先が当たるくらいの位置へと。手のひらが頬を包み込み、ああ、温かい。伝わる脈。

 ぽつんと降り出した雨が頬を濡らせば、それが引き金となって涙を誘う。頬を滑り、顎先から幾つも水滴は落ちていく。

 生きている。

 彼の手を濡らしてしまうと思ったけれど、涙は止まらなくて。

 熱の愛おしさに、その手に自分の手を重ね、頬を摺り寄せる。ああ神様。


「なあ、白の意味、聞いた?」

 え?

 青い瞳の中には私。ぽかんと莫迦みたいで、眉を寄せて記憶を引き出せば、あの夜摘んだ白い花が思い浮かび。

「白は神の愛を表す、転じて、唯一の愛。お前には似合わないだろ?」

 まるきり子どものお前に愛なんて、意地悪な笑顔でそう言って。

 愛。

 白い花を一輪求めた姫様、その心。私に愛を求めていた、なんて。

 今更。

 私の心はいつだって、姫様、あなたに傾いて。

「白い月花は渡せたのか」

「はい。喜んでもらえました」

「…お前の勘違いだな、それ」

 はい?

 急に声が低くなって、もう片方の頬も手に包まれてしまっては、まるで自由が効かない。なのにどうして、どうして涙を舐めるの。

 ざらりと、舌の感覚。ひう。

「何故なら、お前が白を渡す相手は俺、だから」


 吐息と耳に囁く声に、首筋がぞくりとして一気に頭に血が駆け上った。

 こ、これ、だめ。

「あ、あ、あの、私、答えを見つけて。聞いて、いただけます、か?」

 上手く話せない、あの、頬を放して。

「ここでそうくるのか。ち、仕方がない。聞こう」


 このままの体勢では冷静でいられなくて、手を放してもらって。しぶしぶした表情には見えないふりを。

 一歩下がって、息を吸って。ゆっくりと吐いて。落ち着け、私。

「壊れた物を取り戻すには」

 彼から出された課題、時間がかかったけれど、答えを見つけた。

 あなたに、聞いて欲しかったの。

「私なら、なおします。壊れる前と全く同じになりませんが。私の国にはつぎという技術があって、入ったひびもまた魅力だと考えられています。なおす時間がかかっても新たな物に生まれかわり、より魅力のあるものになります」

 ふにゃりとした笑みでそう言うと、お返しとばかりに、にやりと笑われて。

「お前だけの答えか、いいだろう。受け取ろう」

 私の見つけた答え。

 それはありきたりで。

 誰もが知っているのかもしれないけれど。

 でも、笑えなくなるほど悩んで、過ごす日々に埋もれてしまうその前に、手に入れた私の答え。それは、姫様がいて下さったから得られ。

 だから、私だけのもの。


 きっと、私も、新しく。

 いつだって。


長くなりました。お読み頂きありがとうございました。

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