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誰より

別視点です。

「天使様を拾ったのよ」

 もう二度と城へは戻らない、そう宣言し馬車に乗り込んだ姫にかける言葉を持たない俺は、奥歯を噛んで沈黙を守り続け、御者の役目を果たす。

 神の住まう湖に面した断崖に向かう筈だったが、馬車に酔ったと侍女に言われて、手前の林で馬を停めた。

 侍女と共に木々の間を進む姫の背中を見届けながら、詰めていた息を吐きだす。ほんのしばらくその背が見えなくなり。

 すぐに興奮した頬で姫は、馬車まで戻ってみえた。

 天使?

 姫の背後には、侍女のアンヌ殿に支えられた一人の子ども。

「すぐに城に戻るわ、ゴダイ」


 薄幸の姫を思い、涙にくれていた城は思いもかけない帰還に驚き、姫の悲痛な決意を止めた天使に感謝した。天使だと?

 いや、子どもだ。

 薄汚れた子ども、だった筈なのに。

 風呂に入れられ、髪を梳かれ、きちんと身なりを整えられたその姿に言葉なく立ちつくした。

 大地色の髪と瞳。

 白い肌に映える薄紅の唇から目が放せない。

 まるでニーファ王家の姫君そのもの。いや違う、それよりも、神話に伝えられている風の神シルに仕える白き鳥のような。

「あの、拾っていただいてありがとうございます」

 柔らかな声に、目尻の下がる笑顔。


 自分では制御できない胸の高まりを感じた。


 それでも王家を守る立場を忘れるわけにはいかない。監視の名目の元、堂々と彼女を見つめられると、心のどこかで喜んでいたが。

「わたくしのために、神様が遣わして下さった天使様なの。だから」

 だから、彼女を姫の身代わりに。

 幼少時より病弱で長く床について過ごした姫は、可憐な見た目に反し、狡猾で強引な面を持っている。姫の思惑を正しく理解しているアンヌ殿と共謀し、俺にまでその計画の一端を握るよう脅すとは。

「だってわたくし、いつまでもつか分からないのよ。それまでに…必要でしょう?」

 身代わりにして、そして。


 姫は彼女をシータと呼ぶ。


「シィタとは風の神シルに仕える白き鳥の名だ」

 自分の心を読まれたかのようで、彼女の名前が呼ばれる度に、ひどく居心地が悪く感じた。

「風の神の使いで人の世界に出たシィタは迷い込み、人に助けられる逸話が残されている」

 首を傾げて俺の話を聞く彼女。

 あどけない仕草は、まるで本当の小鳥にしか見えない。お前、ここにいると面倒な事に巻き込まれるのだと、忠告してやりたい。

「早くここから出て行くことだ」

 そう言うと、悲し気に瞳を揺らして俯いてしまい、しまった泣かせたかと焦った。

「あの、私にできる事なら何でもします。精一杯、頑張りますから」

 お願いしますと言う彼女が健気すぎて、ため息しか返せなかった。


 姫の命令で始まった一般教育のため、きらきらした瞳を向けられて、むず痒い思いをする毎日。

「ゴダイ先生」

「尊敬します」

 …お前、そんな事ではいつか誰かに食われる。


 死の影が色濃く残り悲しみの癒えぬ城中を、小さな体でアンヌ殿の後を追いかけて歩く。途中、出会った人々にふんわりと笑んで、明るく挨拶する。

 分かっていないんだろう、お前、その声でその笑顔で人の背負う闇を少しずつ払っているのを。

 だから皆、こっそりとお前を見ている。

 自分にも笑って声をかけて欲しいと思いながら。

 …いつかきっと、誰かに。


 そして食ったのは、姫だった。

 イシュから派遣された使者の前に、ちゃっかり身代わりとして引き出して、思惑通りに事を運べて満足そうにほほ笑む姫。

 だから言っただろう、と痛む頭を押さえた。


 イシュへの旅路にも、頭痛は増すばかり。

「ゴダイさん」

 たかが名前を呼ばれただけ。

 たかが挨拶されただけ。

 たかが、そう思うものの視線が合わさり笑顔を向けられると、どうしても口元が緩んでしまい、それを必死で隠すためには無視するか顔を逸らすしかなく。


 他の誰かが彼女に構えば、喉奥を締め付けられる思いがする。


 シエルの包まれた両手に、その小さい手を添えて覗き込む姿を見つけた時には、鼓動が一瞬止まった気がした。

 その小さな白い手、その黒い睫毛、その柔らかそうな唇が、シエルに触れて。

「そんな笑顔で俺達に取り入るつもりとは」

 思ってもみない程、冷たい声になった。

 自分に怯える彼女を見たくなくて、その場から逃げ出した。


 どうしようもなく惹かれてしまうのだと、心の片隅で理解してはいても認めたくなかった。今は国の死活問題に己の全てを掛ける時だというのに、女に惑わされるなど。

 ありえない。


 彼女は、さらに、ありえない。

 馬車から聞こえる歌声。

 にこやかに民に手を振る姿。

 にやけた地方領主に腰を触られながらも、背筋を伸ばして対応するなんて。


 誰よりも王家の姫らしい彼女に、護衛兵の皆が心奪われ、いつしか忠誠を誓う事となるとは。

 彼女は気が付いていないだろう。

 姫のしてやったり顔には、悔しいが。


 旅も終盤に差し掛かり、気が緩んでいた。

 彼女はいつもの通り、くるくると働いて皆にお茶を入れて回っている。その小鳥のような姿をぼんやりと見入ってしまい、近づいてくる彼女との距離を測りかねた。

「ゴダイさん、お茶どうぞ」

 俺だけに向けられた笑顔が、俺の胸元近くに。

 風に届けられて香る、彼女の匂い。

 くらりとした。

「…お前」

 そんなに近づいていいのか、食えと言わんばかりに。

「何故逃げ出さない」

 何故、笑っていられる。

 姫がお前を利用し、お前という人間を食い尽くしている事を理解しているだろうに。ただただ利用される程、お前は愚かではないだろうに。

 ポットを握る彼女の手は小さくて、俺を誘惑する。触りたいと密かに思っていた獲物は目の前で、その魅力に抗うことなく細い指に触れた。

 痺れるような、その。

「これから先、お前はもっと利用される。それでもいいのか、どこまで許すつもりだ?」

 姫に食い尽くされる前に、俺に食われてくれないか。


 大地色の瞳で俺を見上げて、ほんのりと笑う。小鳥の囁き。

「私だって姫様を利用しています」

 予想外の答え。

 お前が、利用?

 頭は悪くないくせして人が良いお前に、そんな事、できる訳がない。

「もしかして褒めてくれました?」

 穏やかな話し方、そして気の抜けるような笑顔は、決して捕食される側のものでなく。

 ぎゅっと唇を噛みしめて、冷静さを取り戻すよう自分に言い聞かせる。俺は、一体何を血迷って。

「ゴダイさん、私、結構ずるいんですよ」

 は?

 困ったような笑顔をして紡ぐ言葉は、利用とかずるいとかで、全くお前に似合わないのに。以外にも、姫の思惑に翻弄されているわけではないと言っているのか?

 …面白い。

「いつか、そのずるさを教えてくれ」

 いつか、お前の全てを知りたいと、そう思うから。

 お前の全てを知るのは、俺でありたい。


 誰よりも。 


今更な感じですが新章前の息抜きに。お読み頂きありがとうございました。

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