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僕だけが見えない

作者: 幌雨

 壇上に立つと一斉に注目が集まる。

 みんな夏休み前に現れた突然の転校生に興味津々だ。

 とりあえず悪い印象を持たれているわけではなさそうだった。朝から少々気合いを入れて小綺麗にしてきた甲斐があったな。


「えーと、山田公佑です。親の都合でこの学校に転校してきました。よろしくお願いします」

 挨拶も上々。ここまでは無事に噛まずに言い切ることができた。

 ちなみに、この台詞もちゃんと練習していた。こういうのは最初が肝心だからね。


 改めて教室を見渡してみる。教卓のすぐ前の席の女の子と目が合った。真っ黒でツヤツヤの髪を腰の辺りまで延ばした、とんでもない美人だった。ちょっとツンケンした印象の眼差しに見つめられるとドキドキする。あ、まずい。次に何言うんだっけ。

「折角だから、質問がある者は?」

 言葉に詰まった僕を見かねてか、担任がそんなことを言う。新しいクラスメイトたちは隣近所となにやらひそひそと相談してから、一人の女の子がクラスを代表するみたいに手を挙げた。

「お、高橋、なんだ」

「王子君は前はどこに住んでたの?」

 女の子、高橋さんの質問に、僕は首を傾げざるを得ない。いや、もちろん質問の意味は分かるよ?

「あ、えっと、神奈川です」

「フランスとかじゃないんだ…」

 どっから出て来たんだフランス。

「フランスってどういう?」

「え、だって王子でしょう、あなた」


 高橋さんが何を言っているのかわからない。この僕の一体どこが王子だというんだ。僕の顔はどちらかというとド平民寄りの地味顔。不細工ではないと信じているけど、王子だなんて言われたことは一度もない。

「あー、山田はまだこの町に越してきたばかりだからな。何、二、三日もすればわかるさ」

 ぽん、と担任が僕の肩を叩いた。

「はあ」

 二、三日すればわかる、といわれれば、あまり気にしても仕方ないことなのかと思うことにするしかない。

「そろそろホームルームも終わるし、自己紹介はまた今度な。山田の席は、あそこ。廊下側の一番後ろな。中田、まだ教科書が揃ってないみたいだから見せてやってくれ」

「はい」


 呼ばれて返事をしたのは、空席の隣に座っていた男子だ。僕と同じタイプ、ちょっと地味顔。良かった。ヤンキーとかイケメンだったら緊張しちゃうからな。

 なぜかじっと僕を見つめてくる黒髪美少女の隣じゃなくてよかったような残念なような。

 すすす、と視線を逸らしながら、教卓の脇を抜けて指定された席へ向かう。

 黒髪美少女の隣を通るとき、ノートに書かれた名前が見えた。見えたんだ。見ようとした訳じゃない。彼女は佐藤、なんとかさん。よし覚えた。


「よろしく、王子君、だっけ?」

 席に着くなり隣の男子がそう言った。お前もか。

「山田です」

「山田、な、オッケー。俺は中田。皆はイケメンって呼んでる」


 えーと?

「イケメン?」

「あー、二、三日すればわかるよ」

 中田君は少し照れたような顔でそう言った。これはアレか。行動がイケメンなタイプなのか?見た目はこう、普通だし。

 席に着いたのとほぼ当時に朝のホームルームの終わりと一時間目の開始を告げるチャイムが鳴った。


 一時間目、数学。

 幸い授業は前にいた学校の方が進んでいた。復習のつもりで真面目に授業を聞こう。


 と思っていたのだけど。


 クラスのみんなが僕の方をちらちら見てくるので落ち着かない。しばらくは仕方がないと思っていたけれど、特に女子たちの視線が妙だ。やけにソワソワしている。こんなの初めての経験だ。モテ期の到来ってやつか。

 僕はこの通り特にまあ不細工ではないと思うけれど、取り立てて美形でもないし運動が得意だったり勉強ができたりするワケじゃない。普通だ。それが転校生ってだけでこんなに注目されるものなのか?

 僕は教科書(幾つかは前の学校と同じだったのでそのまま使っている)の影で視線を遮ることで何とか平静を保つことができた。



 事件が起こったのは四時間目の終わり頃だった。四時間目は古文。教科書が自分のと違うやつだったので、隣の中田くんの机とくっつけて授業を受けていた。

 ざわざわと突然教室が色めき立っている。そして何故かクラス中の視線が僕に集まっていた。何もしてないのに。最前列の黒髪美少女佐藤さんもこちらを見ていて、頬を赤く染めている。


「あー、あのな、中田、山田」

 先生が僕と、中田君を呼ぶ。

「はい?」

「すまんが、授業にならないからそれどうにかならないか?」

「な、なりません!」

 先生の質問に答えたのは中田君だ。僕には何のことだかわからない。それとは、一体何なのかすらわからない。

「うーん、そうだよなあ…自分の意志ではどうにもならないよなあ」

 先生は困った様子で手にしていたボールペンの後ろで頭を掻いた。

「イケメンと王子が…デュフっ!ご、ごちそうさまです!!」

「先生ー!小林さんが鼻血を噴いて気絶しましたー!」

「何だと…しかたない。今井、保健室に連れて行ってやってくれ」

 びくり、と名指しされた子が肩を振るわせた。

「あ、あの、わたし、保健委員じゃ、ありません」

 蚊の泣くような声だ。

「あれ?そうだっけか?すまんすまん、そんな格好だから勘違いした」

「い、いえ」

 ちなみに、今井さんは他の生徒と同じく制服着用だ。魔改造されているわけでもなんでもない。どちらかというとお手本みたいにきっちりしている。なるほど言われてみればそのきっちり加減が保健委員らしくはある。

「あー、あーしが保健委員なんで連れていきまーす」

 すぐに一人の女子が名乗り出て、小林さんを担いで運び出していった。


 何がなんだかわからないままそれを見送ると、中田君と目があった。その顔は耳まで真っ赤だ。どうした中田君。

「あの、ゴメンな、山田君。馴れ馴れしいやつでさ。今は何のことかわからないと思うけど先に謝らせて」

 そしてよくわからない謝罪をされた。


 パンパン、と先生が壇上で手をたたいて注目を集める。

「みんな、気になるのはわかるが一番後ろなんだから振り返らなければどうということはないだろう?ほら、授業を再会するぞ」

 その先生の声で何とか教室は静かになったものの、それでもたまに振り返っては目を覆い、指の隙間から僕たちを見てキャーと小さく悲鳴を上げる女子が絶えることはなかった。





 事の真相は昼休みに中田君が教えてくれた。教えてくれたんだけど、僕はその話を信じていない。だってあまりにも荒唐無稽、みんなして僕をからかっているとしか思えないような内容だったから。

 四時間目終わりのチャイムと同時に中田君はまず僕の予定を確認した。弁当だと告げると彼も同じだったようで、そこでそのまま机をくっつけたまま弁当を食べながら彼の話を聞くことになった。

「これから話す内容をきっと田中君は信じないと思うんだけど、二、三日すると信じられると思うから伝えておくよ」

 そういうふうに深刻な顔で語り始めたんだ。


「人にはみんな、守護霊が憑いている」

「守護霊」

 なんとなく復唱してしまった。あまりにも唐突な単語だったから。

「そう、守護霊。聞いた事ある?」

 ないこともない。僕は曖昧に笑った。ちょっと馬鹿にした風になってしまったかもしれない。

「守護霊はいつも俺達のそばにいて、俺達を守っているんだ」

「守るって、何から?」

「さあ、よくわからない」

「なんだよそれ」

 正直ちょっとガクッと来た。


「ここからが本題。この学校は昔有名な霊場があった場所に建てられていて、そのせいでここにしばらく居ると、学校の敷地の中では守護霊が見えるようになる」

「それが二、三日?」

「そう」

 だから、しばらく経つと信じられるというワケか。

「それで、山田君の守護霊なんだけど――」

 話が見えてきたぞ。これはあれだ。中途半端な時期に編入されてきた新入りと仲良くなるためのサプライズ的なアレだ。やや滑っている感はあるけど、ノッておかないとな。

「もしかしてそれが王子?」

「そうそう」

 ということは。

「じゃあ、君はイケメンだ」

「そうなんだよ…恥ずかしいんだけどね。なんかバスケとか得意そうな感じの長身スポーツマンなんだ」

 なにそれ…あと言いながら照れるんだったら最初からそんな設定にしなけりゃいいのに。


 じゃあ、と考えていると、ふと最前列の佐藤さんと目が合った。彼女は一人でお弁当を食べながら、チラチラとこちらの様子を窺っていたのだ。ちなみに、僕達の様子を盗み見ているのは彼女だけではなくて、このクラスに残っている生徒の全部だったりするんだけど。

「彼女は?」

「彼女?」

「一番前の、えーと」

 名前を曖昧そうにしたのは、要らぬ誤解を避けるため。全員の自己紹介を受けたわけじゃないから今の時点で彼女の名前を知っているのは不自然だと思ったんだ。何しろまだクラスメイトの名前は隣の中田君と彼女しか覚えていないんだから。例えばほら、さっき授業中に保健室に運ばれていったのはえーと、うん、思い出せない。


 ところが。僕が言っているのが佐藤さんだとわかったらしい中田君の顔はなんとも困った感じだった。「なんで彼女?」って質問が顔に書いてある。

初対面から決めてました、なんて言えるわけもなく、どうしたものかと考えていたら。

「一つ先に忠告しておくと、彼女を好きにならないほうがいいよ」

 お見通しだった。


「な、なんでだよ」

 つい、と中田君が顔を寄せて耳打ちをしてきた。それにクラスの女子達ががまた少しざわついたけど無視しておく。

「彼女は、邪神なんだ」

「邪神」

 僕も小さく復唱。

「邪神って?」

「邪神は邪神だよ。なんか良くない感じの神様だよ」

よくわからない説明だった。設定が甘いんじゃないか?

「守護霊にもいろいろあるんだけど、一番多いのは人間なんだ。俺とか、山田君のもそうだし、クラスの大半がそう。で、たまに動物がいる。犬とかね。だいたいそんな感じなんだけど、彼女のはなんだかわからないんだ」


 口に出すのも恐ろしい、といった感じで佐藤さんを一瞥してから、中田君は続けた。

「まず見た目。まともな生き物じゃない。体長は1メートルくらいかな。全身が彼女と同じ真っ黒な長い毛で覆われていて、たまにモサモサって動くんだ。どこが顔だかも全くわからないんだけど、しょっちゅうぱっくりと口を開けて、真っ赤な中身を見せてくる不気味な奴さ」

 あまりにもオドロオドロしい語り口に僕は若干引いている。

「で、喰うんだよ。近くにいる守護霊を頭からバクっとね」

 中田君は手でバクっと噛みつくジェスチャーをしながら、真剣に語っていた。


「食べられるとどうなるの?」

「さあ。今まで食べられそうになった奴はいたけど、周りの守護霊が助け出してなんとかなってた。ただ、齧られた瞬間こう、わかるんだよ。背筋にゾクっと来るんだ」

「食べられるのは守護霊なんでしょ?」

「うん。でもね、守護霊と宿主の精神は繋がってるって考えられているんだ。だから、人間の方にも影響が出る」

「なるほど」

 さっぱり分からないが指摘するとややこしそうなので僕は流すことにした。


「で、だ」

 不意に深刻な顔になって、さらに顔を寄せてくる。これじゃ耳打ちというよりほとんどキスだ。やめてくれ。僕は女の子が好きなんだ。ほら、クラスの女子がまたキャーキャー言ってる。

「あんな不気味な守護霊がついてるヤツが、まともな筈がない。見た目で騙されたらダメだよ。彼女には近づかないほうがいい」


 驚いた。


 見るからに普通な彼は、こんなことを言うようには思えなかったからだ。

 佐藤さんを見てみる。なぜ一番後ろの僕と一番前の彼女の目がよく合うのか理解した。もちろん彼女がこちらを気にしているのもあるけど、彼女の周りには、誰もいないのだ。露骨に避けられている。虐められているといっていい。

「正直、視界にも入れたくないぐらいなんだけど、前の席替えの時にクジで邪神があの席を引いちゃってさ。うちの担任、そういう差別にはすげー厳しいからさ、僕たちが何を言っても無駄だった」

 そう言った中田君はとても演技しているよには見えなかった。心底佐藤さんを嫌っているように見える。本当にそうなら人間不信になりそうだ。


 これ以上この話題を続けていると彼がダークサイドに落ちてしまいそうだったので、僕は話題を変えることにした。

「じゃあ逆に、誰ならいいのさ?」

「今井か、高橋」

 うん、わからん。

「今井は、ほら、四時間目に先生が保健委員と間違った子だよ。彼女の守護霊はそりゃもうむっちんむっちんの美人ナースなんだ」

「ナース」

「で、高橋はあの隅っこで固まってるグループの真ん中にいるツインテの子。朝のホームルームで君に質問した」

 ああ、あの、と思い浮かべてみたもののはっきりしない。本人は囲まれてて見えないし。

「その子の守護霊は?」

「メイドさんだ」

「メイドさん」

 なんとなく中田君の好みというか性癖がわかったような気がする。別に知りたくはなかったが。

 彼は守護霊が所有者の性格に影響する、あるいは守護霊はその持ち主の本当の心を表しているのだと熱弁した。守護霊が持ち主のポテンシャルを表しているそうだ。


 これは彼だけではなくこの学校に通う殆どの生徒の認識だそうで、だから本人が実際にどうかよりもその守護霊によって評価、というよりもこの場合はスクールカースト上位置が決まってしまうらしかった。

 だからこそ、彼のような「イケメン」、さっき話に出てきたエロエロナースとかいかにもなメイドさん持ちはちやほやされるし、佐藤さんのような「邪神」持ちはゴミクズのように嫌われる。

そして僕は王子。


 この話が真実であれドッキリであれ、正直反応に困る。僕はこれからの身の振り方についてよく考える必要があった。この話が罠で、僕の出方を伺っていて佐藤さんに辛くあたったら今後卒業するまで村八分、みたいな展開もあり得る。僕が佐藤さんに冷たく当たるなんてのはありえないけどさ。

 その後も、クラスメイトの守護霊について彼は順番に教えてくれた。正直あんまり覚える気もないので聞き流していたからほとんど覚えていない。そもそもまだクラスメイトの顔と名前も一致していないのにそこに守護霊という名のとりあえず本人とは無関係に見えるあだ名を追加で覚えろというのは無理ゲーというものだろう。





 そうこうしている間に昼休みも終わり、午後の授業もつつがなく終了した。部活があるそうで、みんな僕と話したそうにしていたみたいだけどしぶしぶ教室を出ていった。ちなみに、帰宅部というのはないらしい。すべての生徒が何らかの部活動に所属する習わしだった。

 僕も最後のホームルームで部活を見て回るようにと各部の活動場所を書いたプリントを担任に渡されていた。


 部活か。

 前の学校では帰宅部だった。新天地で何かを始めてみるのもいいだろう。遠くからラッパの音が聞こえる。多分吹奏楽部だ。グラウンドの方もずいぶん騒がしくなってきていて、運動部の連中が集まってきているのだとわかる。

 とりあえずいくつか見てみよう、と教室を出たところで、僕はばったり黒髪美少女と出会った。

彼女は僕を見るとビクッと身をすくめて、一歩後ずさりをする。ちょっと傷つく。


「佐藤さん、だっけ?」

 こくり、と彼女は小さくうなずいた。さらさらの黒髪がいい感じに流れてとってもいい。とにかくいい感じだ。

「あの、私、忘れ物を取りに…」

 聞いてもいないのに彼女はそんなことを言った。思えば、僕が扉の前で通せんぼしているような形になっている。僕は慌ててその場を飛び退いた。声までかわいいな。

「ごめんね、邪魔だったよね」

「大丈夫。こちらこそごめんなさい」

 彼女は小走りで教室に駆け込むと、ロッカーに入れてあった小さな袋を持ち出して、すぐに出てくる。それをなんとなく眺めていた僕と、また扉のところですれ違う。


「あの」

「へっ?」

 声をかけられるとは思っていなかったから変な声が出た。

「山田君はまだ見えていないからわからないと思うんだけど、あんまり私には関わらないほうがいいよ」

 まさか本人の口から言われるとは思ってなかったな。

「私は、邪神だから」

 ものすごい厨二病感漂うセリフだけど言っている本人は真剣そのものだ。


「それじゃあ」

 そう短く告げて彼女は踵を返した。

「あ、あのさ」

 勝手に声が出ていた。特に何か言いたいことがあったわけじゃない。勝手に口が動いた。

「あのさ」

 彼女に近づくと、それに合わせて彼女は後ずさる。

「それ以上近づかないで」

 かなりきつい口調でそう言った。ガチへこみだ。正直かなり傷ついた。けど諦めるわけにはいかない。なんとなく。ここで下がったら、ダメな気がした。

 さらに一歩踏み込む。あっ、と小さく彼女は声を上げた。ぞくり、と背中をいやな汗が伝う。構うもんか。踏み込め!正直変なテンションになっていることは間違いない。自覚もある。

「佐藤さ――」


 キャアアアアアアアアアアアアアア!!!!


 唐突に、廊下に悲鳴が響いた。女の子の悲鳴だ。

 佐藤さんじゃない。窓の外から聞こえた。たぶん下の階だ。

 佐藤さんが弾かれた走り出す。僕も反射的にそれを追うと、あんまり足の速くない彼女をすぐに追い越して階下へ向かった。


「おっ、、、とっと」

「気をつけなさい!」


 階段を駆け下りたところで危うく人にぶつかりそうになった。白衣を着た、スキンヘッドの先生だった。彼も悲鳴を聞いて駆けつけているんだろう。服装からすると化学の先生かな?

 先生はズレてしまった眼鏡を直すと、再び歩き始めた。僕もそれについていく。

 現場は明らかだった。女の子が二人倒れていて、その傍でもう一人の女子が震えていた。

 女子は僕たちに気づくと

「一心先生!」

 先生を呼んだ。


「何があったんですか?」

「わかりません。私は、二人が倒れているのを見つけただけで」

 一心と呼ばれた白衣の教師は倒れている二人のそばにしゃがみ込むと手首に指を添えている。

「呼吸も脈も正常ですね。一旦保健室に運びましょう。頭を打っているかもしれないから慎重に。誰か担架を――」

「はい」

 担架はすぐに運ばれてきた。すぐそこに設置されていたのを、近くにいた佐藤さんが一心先生の呼びかけに気づいて持ってきたのだ。一心は佐藤さんを見ると、一瞬ピクリと眉根を動かした。え、何、まさかこの先生もなの?

「君は離れて」

 つい、と手で佐藤さんを制すると、一心先生は僕の顔を見た。

「君がそっちを持って」

「あ、はい」


 保健室は二十メートルほどでたどり着く。あっという間だった。

「今井さん…小林さん…」

 佐藤さんが二人の名前を呼んだ。聞いた名前だな。そういえば、見たことがある顔だ。クラスメイトか。ああ、一人はたしか、授業中に鼻血を噴いて運ばれていった子だ。もう一人は、えーと…エロエロナースの子かな?

 くそう、こんな真面目そうな子をこんなあだ名で覚えることになるなんて。誰だこんな無茶な設定をしたのは。恨むぞ!

 手際よく二往復して二人をベッドに寝かせたころには、集まってきたやじ馬が保健室の中を覗き込んでいた。ちょっと落ち着かない。


「あの、僕たちはどうすれば?」

 僕は担架を手伝ったので先生と一緒にくっついてきた。僕たち、のもう一人は佐藤さんだった。佐藤さんは不安そうに僕の隣に立っている。先生が保健室で待っているように、と呼び止めていたのだ。

「君は帰っていい」

 一心先生はそう、僕にだけ言った。

「…彼女は?」

「少し話を聞きたい」

 なぜ、彼女にだけ?

 むっとしたのが顔に出ていたのか、一心先生が小さく笑った。

「ははっ、正義感か?さすがですね、王子サマ」

「馬鹿にしないでくれますか?」

「別に、馬鹿にしたわけではありませんよ。気を悪くしたなら謝ります」

 先生が慇懃に頭を下げた。そんなにされると、何も言えない。でも。

「僕はここに残ります」

「どうぞ」

 あっさり認められた。とはいえ、先生が話があるのは佐藤さんなので、僕は先生の視線に従って一歩下がる。


「彼女たちが倒れた原因、おそらくは守護霊を失ったことによるショックでしょう。すぐに目を覚ますと思います。守護霊を失ってしまったからしばらくは不調が続くかもしれませんが、そのうち新しい守護霊が憑くでしょう」

 でたよ守護霊。正直僕はこの守護霊ってやつについてどう接すれば正解なのかわからない。

 みんな大真面目に「居る」前提で話しているけど、僕には全く見えないし。どこかにプラカードを持った人が隠れていないか探してみたけれど見つからなかった。ここで白けた対応をするのは簡単だけど、ノリの悪いやつだと思われてこのあと二年半この学校で暮らすのもキツい。


「佐藤るるいえ」

 先生が佐藤さんの名前を呼ぶ。

 え?僕は自分の耳を疑った。

 嘘だろマジか…なんて名前だ…親どうかしてる…!僕は唐突に理解した。ちょっと毛もじゃで不気味らしい彼女の守護霊がなんで「邪神」とかいう厨二病丸出しの名前で呼ばれているのかを。彼女の両親のせいだ。

「…はい」

 佐藤さんが小さく答える。僕は中田君に聞いた話を思い出した。邪神は守護霊を食うらしい、という設定だ。伏線回収早すぎるよ!誰だよこの脚本書いたの!ネタばらしの瞬間が近いのか?


「悲鳴が聞こえた後、君はすぐに駆け付けましたね?どこで何をしていました?」

「教室に、荷物を取りに行っていました」

 一心先生は無駄に芝居がかった仕草で眼鏡の位置を直す。佐藤さんの手にある小さな袋を見ていた。彼女の答えが正しいものなのか考えているようだ。まるで警察の取り調べだ。

「証明できるものは?」

 佐藤さんはうつむいてしまう。いや、そこは普通に僕を頼ってくれていいんだよ?


「あの、僕が一緒にいました」

「君が」

 ぎろり、と一心先生の目が僕を向いた。大人に睨まれるのは正直怖いけど、これも彼女のためだ。正直下心はあるよ?

「君は、今日転校してきたっていう王子様でしょう?まだ見えていないのでは?」

「守護霊が、ですか」

「そうだとも」

「見えませんよ」

 それがどうしたというのだ。

「なら、何の証拠にもなりませんね。守護霊は守護対象のそばにいますが、全く離れられないわけじゃない。佐藤の教室は現場のすぐ上、そのぐらいなら離れられる。何にでもかじりつくその邪神が、ふらっと出て行って食べてしまったのかもしれない」


 かもしれない、という言い方をしていたが、一心先生の言葉は完全に「そうだ」と断定する口調だった。見守っていた生徒たちもザワついている。

「ち、違う!違います!!この子は私と一緒にいました」

 気丈にも佐藤さんは言い返していたが、形勢はかなり不利なようだ。先生は頭から彼女(の邪神)がやったと決めつけているし、保健室の外のギャラリーたちも疑っているような様子はない。

 くそ、これ演技だとしたらかなりハイレベルだぞ。


 僕はこの雰囲気が苦手だ。中学校の頃、体育の授業の後にクラスメイトの財布がなくなっていた事件があった。そのときたまたま体調を崩して見学扱いでトイレにこもりきりだった僕だけのアリバイがなかった。結局は証拠不十分で不起訴みたいな扱いになったのだけど、そのあとしばらくしてから実はその日財布を持ってきていなくて家にあった、と盗まれた本人がゲロっていなければ僕は卒業するまで針の筵の上だっただろう。


「み、見えますよ」

 一応抵抗してみる。

「ほう」

 くるり、と一心先生が僕のほうを向いた。

「では、私の守護霊がどんなものか、言って下さい」

「そうきたかー」

「声に出ていますよ」

「おっと」

 慌てて口をふさいでももう遅いけど。えーと、たしか守護霊は持ち主と心のそこで繋がってるんだよな、この底意地悪そうなハゲメガネの守護霊は…

「へ、蛇、とか」

「君にそんな風に思われていたとは、残念ですね」

ハズレだったみたい。先生は僕に興味を亡くしたのか、再び佐藤さんに詰め寄った。

「佐藤るるいえ、やはり君のその邪神は危険です。無理やりにでも私が成仏させておくべきでした」


 ざわっとギャラリーが沸いた。

 一心先生が白衣のポケットから何かを取り出した。数珠だ。それを手にかけて、じゃらりと鳴らす。

「南無阿弥陀仏!」

 浄土真宗だ!!

 これは後で聞いた話だが、一心先生は季節外れのインフルエンザでぶっ倒れた養護教諭(保健の先生)のかわりに来ていた先生で、普段は近所の総合病院勤めだが実家が寺でたまにこのへんの法事もやっているらしい。

 そしてその守護霊は――

「で、でたーー!!ホトケだっ!!」

「うおっ、まぶしっ」

 ギャラリーが騒いでいる、何ががまぶしいのかさっぱりわからない。みんな手をかざして目を守っている。そんな中で一心先生は悠然と合掌しながら念仏を唱えている。目が怖い。ちょっと不気味だ。

 それにあわせて佐藤さんもじりじりと後ずさっているが、そこは狭い保健室のこと、すぐに窓際に追い詰められてしまった。なんだこれ!

「なんまんだーぶ!なんまんだーぶっ!」

 一心先生が声に出すたびに、うっ、と佐藤さんが苦しそうに胸の前で手を握り締めていた。

「す、すげぇ!これが噂に聞くホトケの一心の念仏…近くで見ているだけの俺の守護霊まで成仏しそうだ」

「ああ、でも邪神もすごいぞ!あの光を浴びながらまだ平然としている!!」

「でもさすがに苦しそうだな。今までにない動きだ」

「やっぱり邪神なんだわ!気持ち悪い!」

「一心先生!がんばって!!!」


 ギャラリーはどうやら僕以外完全に佐藤さんの味方だ。佐藤さんのほうも、特に抵抗する気はないのか黙って念仏を受けていた。


「…何のつもりです?」

 唐突に、一心先生が突然念仏をやめて僕を見た。

 いや、何のつもりといわれましても。

「王子君…」

 ギャラリーや佐藤さんまでもが僕を見て困惑した声を上げている。どうしたの、急に。こんなところでアドリブ振られても困るんだけど?

 これはあれだよな、たぶん僕の「王子」が佐藤さんを助けるために颯爽と飛び出した!みたいなシチュエーションだよな。だから、邪魔された一心先生が怒っている、と。


「と、見えない君にってもわからないのでしたね。君、邪魔をするならここから離れなさい」

「それは、できない」

「なぜです」

「僕は、彼女を助けたいから」

 ちらり、と佐藤さんを見る。どうしてそんなことを言うの?みたいな顔をしていた。


「何もわかっていない君が、何をすると言うんです?」

「何もわかっていなくても、僕は彼女と一緒にいたんだ。彼女は何もやっていない」

「だから、やっていたかどうか君にはわからなかったのだと言っているんですよ!」

 一心先生は声を荒げる。僕はゆっくりと佐藤さんに近づいて言った。

「佐藤さん」

「僕は、君が何かしたなんて信じられない。だから君を助けたい」

「王子、君」

 君までその名前で呼ぶんだね。

 ひょっとしてだけど、僕の名前はいまいち認識されてないんじゃないだろうか。


 その時ぞくっ、っと背中に寒気を感じた。

 僕は慌てて振り返る。

 恐ろしい形相で一心先生が僕を見ていた。

「佐藤…やめろっ!」

 あれ?なんか思ってたのと違うな?

「ご、ごめん、王子君!この子が!!」

「スゲー!さすが邪神だ!助けてくれた王子様も頭から丸かじりだ!!」

「こらっ!邪神!王子君を離しなさい!!」

 佐藤さんも慌てふためいていて、とりあえず僕から離れようと窓際を移動していくが、すぐにコーナーに行き当たってしまった。

「王子君ももうちょっと離れて!!」

 えーなにそれ。なんだかよくわからないけど、僕が近づいたことで王子を射程圏にとらえた邪神が齧りついたのか?


「南無っ!」

「うあっ!?」

 一心先生の念仏が保健室に響いた。佐藤さんが苦しそうに体を抱いている。足も震えていてすぐにでも倒れてしまいそうだ。

「やった!邪神が王子くんを吐き出したわ!!」

「でも邪神のよだれでべとべとだ!」

「汚らしい!!」

 ギャラリーたちはそんな佐藤さんの様子など気にもかけずに、王子の開放を喜んでいるようだった。


「佐藤さんは無実だ!」

 とりあえず叫んでみたものの、何をどうすればいいかなんてわからない。そもそも状況が分からない。

「ああっ、王子がホトケに斬りかかった!?」

「なんて罰当たりな」

「しかしホトケも流石だな。素早い身のこなしで難なく躱したぞ」

「見ろ!合掌した手が光っている!」

「ホトケビームだ!!」

 ギャラリーはさらに盛り上がってきたようだが、僕にできることは何もない。そもそもアドリブって苦手なんだよ僕は。しかしなんだホトケビームって。

「王子、邪魔をするというなら仕方がない。僕は邪神を払うが、巻き添えを食っても知らんからな!」


 ふんっ、と一心先生が気合を入れて念仏を唱え始めた。

「すげえ光だ!何が起こっているか全然見えない!!」

 ちなみに僕には坊主頭の先生が念仏を唱えているようにしか見えない。

「ああっビームが王子くんに!!」

「王子もすげえな!あれだけの攻撃を受けて平然としている」

 盛り上がっているところ悪いがなんのことだかわからない。僕は一体どうすればいいんだ!誰か教えてくれ!!

「むう」

 気がつくと一心先生が苦々しい顔で僕を見ていた。もっとアドリブを効かせろよ!みたいな感じなんだろうか。


「そうかわかったぞ!!」

 ギャラリーの一人、見るからに解説とかが好きそうなメガネの男子が声を荒げた。

「王子は欧米の人だから念仏が効かないんだ!!!」

 えー、そうなの?

「どうやら、僕のほうに分があるようですね?」

 ちょっと棒読みになってしまったような気がするけれど、僕はいう。一心先生は舌打ちせんばかりの形相で僕を睨みつけている。


 かと思うと、何かに気づいてハッとしたように僕の後ろの方を指差した。

「その、マントに引っかかっているものはなんです?」

 うげ、僕の王子とやらはマントまで装備しているのか。もしかして下半身はかぼちゃパンツで白タイツだったりしないだろうな。

 ギャラリーたちもどよめきながら僕の方を見ていた。そして何人かがあっ、と小さく声を上げる。

「王子くんのマントの端からナースキャップが!」

「本当だ!」

「まさか、ナースちゃんを襲ったのは王子君だったの!!?」

「そんなわけあるか!!さっき邪神にかじられた時に邪神の口のなかにあったものが引っかかったんだろう!!」

「なるほど!!」

 なるほど!じゃないよ。どういうことだよ。


 振り返ると、佐藤さんは青い顔で震えていた。違う、違う、と声にならない声を上げて震えていた。

 ギャラリーたちの盛り上がりを尻目に、等の一心先生はなぜかだんまりだった。脂汗まで浮かべているようだ。

「あれ?ナースキャップ、光ってる?」

 誰かがそう言った。もちろん僕にはわからない。


「そういえば聞いたことがある」

 例の解説したそうな男子が言った。彼のことはこれからテリーと呼ぼう。


「守護霊は体の一部が残っていれば再生可能だと!」

「なに!?ということはナースちゃんは再生するのか!!?」

「てかあれって体の一部か?服だぞ」

「霊にとっては体の一部に決まっているだろう!」

 ドヤ顔テリーの解説にギャラリーは大いに盛り上がっていた。ナース、人気なんだな。一方ですっかりと静かになった一心先生が気になる。脂汗から一転、目をそらして口笛なんか吹いている。露骨に私は関係ありませんよーみたいな雰囲気を作ろうとしているようだ。


「ナースちゃんが復活した!」

「王子にお姫様抱っこだと!!?」

「くそう、羨ましい!俺もお姫様抱っこしたい!!」

 何がなんだかわからないな。展開に全然ついていけていない。


「おや、ナースちゃんの様子が…?」

 ギャラリーたちは守護霊の一挙手一投足に注目しているのか、微かなざわめきを残しつつも静かになっている。その視線は僕と一心先生を行ったり来たり。ちなみに佐藤さんも同じだ。

「ああそうだよ!僕がやったんだよ!!」


 唐突に、一心先生がゲロった。





 曰く、一心先生は公序良俗に反する雰囲気のエロエロナースちゃんのことが気に入らなかったらしく、本体である今井さんに悪影響が出て今井さんが公序良俗に反する感じにならないように守護霊を祓って別の奴に交換しようとしたらしい。


 というようなことを、とても僕の口からは言えないような口汚い言葉で延々と語っていた。ギャラリーたちもドン引きだ。真面目な先生だと思ってたのに!とか、そういえばあの仏もちょっと胡散臭いよな!ヨシ○コに出てきた奴に似てるわ、とか好き勝手言っている。


 で、一心先生がこんなことを言い出した理由なんだけど、仏にやられたんだ、ということを復活したナースちゃんが王子に訴えていて、声は聞こえないもののその身振り手振りでギャラリーのみんなが察したから、らしい。


 当の一心先生は

「彼女のためにやったんだ!私は悪くない!私は悪くない!!私は悪くない!!」

と繰り返す壊れたレコードになってしまっていた。正直イタい。


「おい、邪神がまた何か吐き出したぞ」

 ギャラリーの一人が言ったその声は、不思議とざわめきの中で目立って聞こえた。

「なんだアレ?ハゲのカツラ?」

「ぽいよね」


 ギャラリーのみんなは邪神が吐き出したらしいハゲのカツラに注目しているのか、一点を見つめている。さっきの流れから行くとそのハゲのカツラも誰かの守護霊の一部で、再生するんだろうけど。誰か、ってかまあ小林さん、だろうけど。

「おお、再生するぞ!」

 ほらね。


「…誰?」

 しかし、復活を見届けたらしいギャラリーたちの反応は微妙だった。


「小林の守護霊って確か落ち武者だったよな?」

「ああ、邪神とはまた違うベクトルでヤバげなやつだ」

「そ、そうだとも!落ち武者の邪悪な気に当てられないように私が祓ってやったのだ!!」

 一心先生が余罪をゲロったけれど、みんなそうだと思っていたのでスルーされた。


「それは、私の守護霊で間違いないですよ」

 そう言ったのは、ベッドに寝かされていた小林さんだった。どうやら目を覚ましたらしい。

「小林の守護霊は落ち武者だったんじゃ?」

 ギャラリーの一人が言った。

「正確には、落ち武者のコスプレが大好きな歴女ですよ。他に誰もいないときなんかは別のコスプレだったりします」

 正直どうでもいい情報だが。


「なあ、不気味だったからまじまじ見たことなかったけど、割と可愛くねえか?」

「そうだな、いつものオドロオドロしい感じはメイクだったんだな」

「彼女は恥ずかしがりやさんのイイコですよ、デュフフ…」

 そのやり取りにショックを受けていたらしいのが、一心先生だった。さっきから青い顔でガタガタ震えている。


「そ、そんなまさか…だとしたら私のしたことは…」

 うん、誤爆ですね?

「いや、そんなはずはない!!私が落ち武者の霊を祓ったからこそその女子の霊が……グッ、ぐあああああああああああッ!!?」

 びっくりした。突然大声を上げるんだもの。

「ナイス、王子!」

「あの胡散臭い仏がまっぷたつだぜ!!」

 どうやら僕の王子が仏を成敗したらしい。全く実感はないけどね。にしても、真っ二つって大丈夫なんかな?仏、成仏しないんかな?って仏は最初から成仏してるのか?


 今や、一心先生は壁にもたれ掛かって肩で息をしている。いつ終わるんだよ、この茶番。

 そう、いい加減うんざりしてきた頃に、ギャラリーをかき分けて保健室に入ってくる人がいた。

「はーい、そこまで!この件は私が預かります」

 入ってきたのは、キリッとした印象の、僕の親よりはちょっと年上ぐらいの人だった。校長だ。

「はい、一心先生はこちらへいらしてくださいますか?」


 請われるままに先生はフラフラと歩いていった。その顔には生気がない。土気色だ。

「守護霊も戻ったことですし、心配はいらないでしょう。二人は一応念のため、下校時刻までベッドで休んでおくように」

「でゅ、わ、わかりました」

「さ、皆さんは部活動に戻りなさい!」

 そう言って、校長先生は手早くギャラリーをちらしてしまった。

 この人も守護霊って言っちゃうのか。もう、誰も信用できないな。


 部屋に残ったのは僕と佐藤さん、小林さんとまだ目を覚まさない今井さん。

「どうも王子くんとルルちゃんにはご迷惑をお掛けしたようで」

 ベッドに正座したまま深々と頭を下げる小林さん。

「りりこは、私と話しても平気なの?」

 佐藤さんの口から予想外に可愛い名前が出た。て言うか名前で呼び合う仲だったのか。少し意外だ。


「当たり前でしょう?幼稚園からずっと一緒だったんですから?」

 佐藤さんと小林さんはお互いに何言ってんだこいつ、みたいな顔をしている。

「でも邪神が…」

「あー、このワンコですか」

「ワンコ?」

「この黒いの。犬ですよ、これ」

 衝撃の事実発覚。

「犬っていうか犬っぽいなにかデスね。可愛い物にかじりつく癖があるんですよねえ?」

 なんとなく、某麻雀好きの作家を幻視した。


「で、でもこの子が齧り付いたらみんな背中がゾクッてするって…」

「それはそうですがそのうちクセになるって言うか…ああッ!」

「あっ!?こら!また!?」

 小林さんが突然ベッドの上でピクピクした。見てはいけないものを見ているような気がする。この娘、Mの者だ。


「はあはあ、と、とにかく。この子がうちの子の一部を飲み込んでいたおかげでうちの子は無事だったんだから、むしろ感謝したいぐらいですよ」

「りりこ…!」

 この二人、所謂幼なじみだったらしい。名前もルルとリリで近いし、何か通じるものがあったのかもしれない。


「あのさ」

 僕は、とりあえず答えを知りたい。この茶番が終わりそうな今なら、ちゃんと答えてくれるに違いないと信じている。

「守護霊はいますよ。まだ見えていないだけです」

「そうですか」

 小林さんに先回りして答えられてしまった。まだ続くんだろうか。


「といっても、見えないうちは信じられないでしょうが。私達も入学したての頃はそうでしたから」

 小林さんの言葉に佐藤さんも頷いている。

「正直僕は、僕が新しい学校に馴染めるようにみんなで仕込んでくれたドッキリだという説を信じているんだけど?」

「ドッキリ、かもしれませんね。なに、三日もすればはっきりするでしょう」

 くくく、と小林さんが怪しげに笑っている。

 そう言われると、これ以上突っ込みようもない。


「ただ、王子くんはもう何度も邪神ちゃんに齧られてますからね。ゾクッと来てそうなものですが。見えないからあんまり感じない、のかも?」

 そういえば、僕の王子は何度か齧られているのだった。そうは言われてもそんなに背中がぞわっとするようなことはなかったような…いや、あるな?あったかもしれない。一心先生の視線を感じたんだと思っていたけれど、もしかしてあれが?

「通過儀礼ですからね。嘘だと断じてしまっても誰も文句なんかいいませんよ」

 小林さんの言葉に佐藤さんも強く頷いている。


 と、そこへ。

「田中君!大変だったんだって!!?って邪神!!?ぎゃあああ!!!」

「うっほ、邪神から王子を守らんとするイケメン!!顔が近い!!ごちそうさまです!!!」

 中田くんがやってきて、小林さんはシーツを鼻血で紅に染めた。





 これが、僕が転校初日に巻き込まれたことの顛末だ。

 こんなことがあったから、僕達、つまり僕と中田君と佐藤さん、小林さん、今井さんは仲良くなった。相変わらず中田君は佐藤さんのことをゴミムシの様に嫌っているみたいだけど。新生活は順調と言っていい。


 ただひとつ、問題があるとすれば。

 あれから一ヶ月以上経ったというのに、僕にはまだ守護霊が見えないってことだけだ。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 短編でしたが、登場人物が引き立っていて面白かったです。 [気になる点] 自己中心的な感想ですが、連載でみたかったなと。 [一言] これからも執筆活動を陰ながら応援させていただきます。
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