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皐月に喜びの桜咲く。  作者: 高橋徹
第1章 巡る季節、予期せぬ出会い
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(2)

 放課後、教室で少しばかり勉強して家に帰る。

 部活は何となく入っていなかった。スポーツ少年団の類に入って野球やサッカーをした事もあったけれど、あまり長続きしなかったので、恐らく部活をやった所で同じ事になるだろうと判断したからだ。

 しかし、それよりも、部活に入らなかった理由はこちらの方がしっくりくるかもしれない。


 家に着き、玄関のドアを開ける。


「ただい――」


 ま、と挨拶を言い切るまでもなく、視界が塞がれた。


「おっかえりーーーー匠っ!」

「うぐっ!?」


 正確に言えば、柔らかい感触により動きも封じられた。

 学校から帰って来た高校3年生の弟に対して、何の躊躇も無くタックルをかまして来たのは――姉の橘桜たちばなさくらだ。

 歳は3つ上で、今は大学3年生。

 高校までは流れる黒髪を胸の辺りまで伸ばしていたのだが、高校を卒業すると同時に、突然、ウェーブをかけた茶髪のセミロングになった。大学デビューと言うやつだろうか。

 活発な印象を抱かせるつり目は、同時に猫のような奔放さも窺わせる。

幼い頃からモテっぱなしのキュートな姉は、にこにこと微笑みながら俺の顔をその豊満な胸に埋めている。

 正確に言えばその表情も見えないんだけど。今、視界が物理的に真っ暗だし。視界が柔らかいという斬新な表現を提唱したいところだ。


「ち、窒息するから……そろそろ、やめて、くれよ!」


 胸を触らないように、慎重に肩に手を回して胸を引き剥がす。

 惜しい真似をしたなどとは思わない。だって、毎日されてるし。


「あん、もう……良いじゃないのよぉ……」


 何で小指を咥えて扇情的な表情をしてんだこの人。ここ、家だよ? じゃなくて、姉弟だよ?


「その表情やめろよ……変な気持ちになるから……」


 頬をぽりぽりと掻いて目を背けながら呟くと、姉ちゃんはそろりと顔を背け、婀娜っぽい流し目を送った。


「…………」

「……何か言えよ。変に本気感が出るだろ」

「…………」

「……いや、ほんとに、え? 姉ちゃん?」

「……もーーーー匠は可愛いなーーーー」


 また抱き付かれた。

 しかもさっきよりもがっちりと。


「むぐぉぉ……」


 呻きながら、姉ちゃんがいつからこんな風に甘えるような、と言うよりばりばりに甘えたじゃれつき方をするようになったんだったかなと、ふと思う。


 あれは俺が中学を卒業する頃だったか、家でも学校でも今の様に明るく元気な姉ちゃんが、一度信じられない程沈んだ時があって。

 それが何故なのか、聞くことも叶わないくらいに沈んでいた。

 それまでは周りに比べればそこそこ仲が良いと思うくらいの仲だったのだけれど、その時期は姉ちゃんが何も話さなくなってしまった為、気付けば同じ家に住んでいるのに疎遠になっていった。


 しかし、今までずっと元気で周りを明るくし続けてきた姉が、死んでしまうのではないかと思うくらい沈んでいるのは見ていられなくて、何とかかんとか励まそうと必死で色々やった。

 懸命に選んで借りてきた映画を見てはつまらないと言われ、学校であった楽しい話をしてはつまらないと言われ、その内、何かを提案しようとすると食い気味につまらないと言われるようになっていた。泣いた。


 だけど、段々と、つまらないと言う時の姉の顔が綻んで来ているのが分かって。

 こんなしょうもない事をやっていても、姉が前に進む手助けになっているのかもしれないと思うと、どうしようも無く嬉しくなった。

 めげずに姉に接し続けると、徐々に姉は元気を取り戻して、気が付くと俺にやたらとべたべたするようになっていた。並のべたべたと比べてもらっちゃ困る。油断したらすぐ一線を越えるレベルだ。


 問題なのは、その姉の態度を俺は嫌がるどころか、むしろ結構歓迎してしまっている所だろう。

 正直、部活に行く暇があったら、家で姉とべたべたしていた方が良いと思ってしまうくらいには姉好きになってしまった。家のリビングでだらだらとテレビを見て、姉がじゃれつきに来るのを待つという捻くれ者スタイルだったりする。


 元々年上好きになったのも、幼い頃から姉の包容力に触れていた影響が大きいと思うのだけれど……高校に入るくらいの頃から、急に仲良くなった為に年上好きに拍車がかかった気がする。

 告白した人の8割5分は、今の高校の先輩だし。何なんだろう、俺。発情期なんだろうか。だから俺の周りの女子がたまに俺のことを「あ、歩く性器だ」などと言うのだろうか。ひどすぎるあだ名だけど、よく考えたらそれ男は全員そうだろ。宦官とかじゃねぇ限り。


 胸に埋もれたまま回想を終えると、再び姉ちゃんを引っぺがした。変な所を触らないように、触らないように……。


「ったく、こうやって色気も交えてからかう感じ……卯月先生とそっくりだな」


 卯月先生は当時姉のクラスの担任をしていたようで、俺の苗字を見た際に卯月先生から姉がいないか聞かれ、それで姉弟揃って卯月先生が担任だということが分かった。

 だから、このタイミングで名前を出しても何も違和感は無いだろうと考えたのだけれど。


「…………」


 姉が、急に押し黙った。何か感情を押し殺したような、複雑な表情。確か先生と姉はだいぶ仲が良かったはずなんだけど……?


「……姉ちゃん? どうしたんだよ?」


 顔を覗き込むようにして尋ねると、姉ははっと気付いたようなリアクションをとり、


「……あ、な、何でもないよ! それより、ほら、ごはんにする? わたしにする? それともわ・た・し?」


 いつの間にか手におたまとフライ返しを持って、片足を上げてポーズを決めた。


 ……裸エプロンで。


 うわー、太ってる訳では全くないのに、すごく肉感的な身体をしてらっしゃる。むちむちしてる。色っぽすぎて頭がくらくらする。


 ……そうじゃなくて。


「おいぃぃ!? いつの間に着替えたんだよ!? あと古典的なセリフを言うタイミングが完全におかしいし、ごはんには早いし、何でわたしって2回言ったんだよ!」

「ああん、良いじゃない。一回くらい……」

「何が!? 何が一回!?」

「分かってるくせにぃ……」


 しな垂れかかってきて、柔らかな二の腕の感触に理性が飛びそうになるのを何とか堪える。

 姉のペースにすっかり巻き込まれて、一瞬だけ垣間見えた謎の沈黙はあっと言う間に流された。

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