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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第3部 都大会編 1
99/385

VS 鷺山 シングルス3 水鳥 対 宮本 1 "世界でただ1人の天敵"

0-0(ラブ・オール)


 来るッ。


 審判のコールと共に、コート内は戦場に変わった。

 いつ、どのタイミングで、どこに向かって。葵はあのジャンピングサーブを打ってくるか分からない。


 葵は右手で握っていたそのボールを、何のタイミングをとる動作もせず、すっと上に放り投げた。

 放り投げたという表現を使いたくなるほど高く。

 そしてボールが丁度落ちてくるタイミングで、彼女はコートを蹴り上げる。


 葵の身長からは考えられないほどの高い打点で、ボールがインパクトされた。

 まるで高台からこちらに突き進んでくる1本の矢。

 私を串刺しにせんばかりに鋭く速いそのサーブが、サービスコート内で跳ねる。


(―――でも!)


 "それ"の対策は十分してきた。

 葵のより強力なジャンピングサーブを、この5日間で私は数百本打ち返してきたのだ。


 冷静にボールの軌道を目で追える。

 高さにも、角度にも、スピードにも。私が驚くことは無かった。

 スライスするサーブへと回り込み、両手でしっかり握ったラケットを振り抜く。


 力いっぱい、そのサーブをレシーブ。


「ッ!」


 良い感触がした。

 真芯(スイートスポット)に当たった、気持ちのいい感触だ。

 振り抜いたレシーブは鋭い軌道で敵のコートへと返っていく。


 しかし。


(―――まだ、取れない!)


 それが直感的にわかった。

 普通の相手なら、今まで戦ってきた相手なら。間違いなく(ポイント)を奪えていたほどの快心のレシーブだ。


 しかし、葵はそのレシーブの速度にも、威力にもひるむことなく。

 それを丁寧な短いストロークで返してきたのだ。


 少し前に出て、それを打ち返す。


 ―――そこで、狂いが生じた


 葵は前陣に上がってきていたのだ。


(速攻!?)


 今からロブショットに切り替えるのは無理だ。

 両手でラケットを握り、出来る限り強いショットを放つ。


「迷ったね、ふみちゃん!」


 葵はそれをまるで羽虫でも(はた)き落すかのように、ボールをネット前に思い切り叩きつけた。


「15-0」


 ―――なんて瞬発力

 ―――いや、それ以上に中学生離れしたパワー


 レシーブを返されたのもそうだけど、速攻を仕掛けられて少し、迷いが出てしまった。

 そして何より驚いたのが、"私の次のプレー"を葵に見透かされている事だ。


(ジャンピングサーブを返されることを前提としたレシーブ対策、そして私のラリーに対する強さを見越しての速攻・・・)


 相手に対する研究をし尽してきたのは、私だけではなかった。

 いや、もしかしたら私の対策なんかとは全然違うレベルで、葵は私への対策を完璧にしてきていたのだ。


 そこで。

 葵はすっとその金色の長髪を手で梳いた。


 ―――その仕草は、紛れもなく


「ふみちゃん」


 私が癖でやっている動作、そのものだった。


「ふみちゃんに対する想いなら、誰にも負けないよ」


 彼女の表情には。


「愛の為せる業、だから」


 その自信から来ているであろう、無邪気な笑顔が浮かんでいた。





「・・・強い」


 宮本葵のプレーを間近で見て、改めて確信した。

 彼女は強い。

 その強気は態度やプレーにも現れている。


「文香姐さんを天才と表現するのなら、あの葵サンは怪物ッス」

「どう違うの?」


 隣で一緒に試合を観戦している海老名先輩が聞き返してくれた。


「一言でいうなら荒々しさッスね。そして何よりパワー。文香姐さんが持ってない要素を、葵サンは持っている」

「運が悪いの・・・。水鳥さんが、1番苦手なタイプなの」

「いや。その言い方は正確じゃないッスね」


 ウチの目測が正しいのなら。


「"目的"と"結果"がそもそも通常の考え方と大きく逸脱してる・・・。あれは文香姐さんに勝つためだけに自分のプレースタイルを変えた可能性があるッス」

「ええっ。たった1人のプレイヤーに勝つためだけに?」

「・・・価値観の問題ッスよね」


 目の前で展開されている試合を見ていて思う。


「大勢のプレイヤーに勝つことより、"そのたった1人に勝つことだけ"が、彼女のすべてだとしたら?」


 言うなれば文香姐さんにとって、世界でたった1人の天敵。

 対自分に特化された、『水鳥文香殺し』のプレースタイルだったとしたら?


「う・・・。こ、怖いの」


 海老名先輩はその豊満なお胸を抱えるようにして、身体を震わせる。


 適切な反応だと思う。

 そう、怖い。

 自分の為だけにテニスをやっている相手。そんなものが敵コートに立っていたら、恐怖以外の何者でもないだろう。


(あんま対戦相手を中傷するような事は考えたくないんスが)


 この宮本葵にだけは、言いたい。


(イカレてるッス・・・!)


 考え方やプレースタイルだけではない。

 1人の人間に対する私怨だけでテニスを続けてきたにしては、強すぎる。

 そこまでずば抜けた才能があったのに・・・。

 彼女をそこまで文香姐さんに執着させるものは一体何なのか。その得体の知れなさ、そして恐らく、それを理解することは不可能であろうという事も含めて。


 宮本葵は、イカレている。





(ジャンピングサーブが対策されてるなんて事は、想定済み)


 目の前のコートで躍動する宮本さんを、ベンチから見守る。

 ここは特等席だ。試合を見るにあたって、こんなに良い席は無い。審判席が1番の絶景だとよく聞くけれど、その次にあたるくらいには良い環境。


 私自信も、興味はあった。

 宮本さんがそこまで執着する、水鳥さんとの決戦に。


 相手は名門で1年生レギュラーを取った天才。

 宮本葵というプレイヤーはそれに匹敵するほどの才能を持っている。


 そして、あの2人の最も違うポイント。

 それは宮本さんのテニスの最終目的が、"水鳥さんに勝利すること"であるという点。


(一方、水鳥さんの最終目的は"宮本さんに勝利すること"では無いと、言い切れる・・・!)


 この差は大きい。

 モチベーションや戦意と言う意味だけではない。

 宮本さんのプレイスタイルは水鳥さんに勝つことに特化している。考え方、そして練習してきた時間。それは全て、この試合で勝つため。


 ジャンピングサーブを対策されるだとか、水鳥さんも相当の意志を持ってこの戦いに挑んでくるだとか。

 そんな事、分かっていた。


 だけど、それがどうしたと言うのか。

 対策をしてきたからなんだと言うのか。


(もし宮本さんがその程度で不利になるような、中途半端な実力の選手だったら・・・)


 一瞬、目を瞑ってこの数か月間の出来事を思い出す。


(―――彼女のあそこまでの横暴を、黙認するわけがない!)


 宮本葵の横暴を、部を乗っ取るような真似を、学校側で取り立てて問題にしてこなかったのは、"彼女があまりにも強すぎるから"だ。

 その才能が遥かに傑出していたから、特別待遇で見過ごしてきただけのこと。


 そして宮本さんが強くなる最大の要因が、水鳥さんと戦うことだとしたら。

 その下準備をすることが、監督権顧問である私の為すべきことだったんだ。


 無事に準備が全て完了して、この戦いを迎えた。


 ―――その時点で


(この戦い、宮本さんの圧倒的優位は決まったも同然!)


 "勝った"に等しいとさえ言って良いと思う。

 そして、その目論見通り。


「ゲーム、宮本。1-0!」


 ガチガチに対策の施されたジャンピングサーブを使用したサービスゲームを。

 死守(キープ)することに、成功したのだ。

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